イギリス

日本の変化を先取りするイギリスの通信事情(後編)

2015.10.02

Updated by 特集:トラフィック可視化で変わるネットワークの姿 on 10月 2, 2015, 15:20 pm JST Sponsored by プロセラネットワークス ジャパン

前編に続き、ロンドン在住でWirelessWire Newsにもコラムを執筆している谷本真由美氏に、ローミングサービスの現状や、2020年に向け日本の通信事業に期待する変化についてお話を伺いました。

ローミングプランもオペレーター選択基準の一つ

菅野:もう一つ、谷本さんにぜひお聞きしたかったのは、今、ヨーロッパのローミングチャージってどうなっているのかというお話です。陸続きの隣の国といっても国が違えばキャリアは違いますから、ローミングを利用することになりますよね。ローミングといえば、日本の感覚だとだいたい1分100円から300円ぐらいかなあという感覚で。

谷本:かつては、ヨーロッパでもローミングチャージはものすごく高かったんです。でも、EUができて、「高いローミングチャージはヨーロッパ人権規約に反する」「人権規約にのっとり消費者の権利を守り、テレコムに関してもシングルマーケットを完成させるためにローミングチャージは廃止すべき」という議論が始まりました。当初は2015年に廃止するプランがありましたが延期されまして、現在の予定では2017年にEU域内でのローミングチャージは廃止しようという話になっています。

2015年、EU域内での現在のローミングチャージは、最大でも1分間19セント(約20円)、テキストメッセージが6セント(約8円)、データが20セント(約20円)です。(http://europa.eu/rapid/press-release_MEMO-15-5275_en.htm

EUは2007年に比べ、ローミングの費用は音声で88%低下し、ローミングの市場自体は660%増加したといっています。(http://ec.europa.eu/digital-agenda/en/roaming

2016年4月には音声は最大5セント(約6.7円)、テキストメッセージは2セント(約2.6円)、データは1MB5セント(約6.7円)になり、2017年7月には完全に廃止される予定ですが、延期されるかもしれません。(http://www.consilium.europa.eu/en/press/press-releases/2015/06/30-roaming-charges/

菅野:日本から欧州などに行って、日本に電話しようと思うと、ローミングを利用して1分100円以上するんですよ。やっぱりお客様と込み入った話をする必要が出てくると1日1時間ぐらいは話していたりして、信じられない金額になるんです。ローミングって競争がないからなかなか下がらないというイメージなんですが、1分20円ぐらいだとそれは利用者としてはうれしいですね。

谷本:EUの意図としては、料金体系はどの国の通信事業者を使っても同じになるようにしたいというのがあります。法規制によって料金を下げようというのはEUの保護主義的な考え方が色濃く反映されていまして、アメリカの場合は料金もサービスも市場に任せた競争を良しとしますが、ヨーロッパの場合は国が大きな枠組を決めて競争はその中でさせるという考え方です。市場に対する考え方が、哲学的なレベルで異なります。

ローミングフィーが無くなることは決まっているので、今議論になっているのは細かい運用ですね。例えば、フランスでSIMを買った人がイギリスに引っ越してもずっとフランスのSIMを使っているようなケースでも、単純にローミングフィーが廃止されればフランス国内にいるのと同じ料金で使えるということになります。このようなケースをどこまで認めるのか、半年程度なのか10年なのか一生か、それとも何らかの規制を入れるか、といったことですね。

菅野:今、実際にそんな使い方をしているような人がいるんですか?それはつまり、フランスにかけているつもりが、相手はイギリスにいる、ということですよね?

谷本:多いですよ。番号を変えたくないといった理由で、ローミングフィーを払ってもそうしている人はいます。国内ならMNPで番号を変えずにオペレーターを変えられますが、国が変わると国番号が変わるので、それが嫌なのではないでしょうか。どの国もアメリカに比べれば狭いですから、すぐに国境は越えられますし、国境を超えて通勤しているような人もいますからね。

菅野:たしかに、国境付近だと、ドイツにいるのにフランスの基地局に接続されて意図せずローミング、とかいうこともありそうです。

谷本:それで信じられない請求書が来るようなことも実際、発生していました。そういうこともあってローミング料金規制の方向に動いたのではないでしょうか。

ヨーロッパは伝統的に消費者団体が強くて、例えばイギリスだと「Which?」っていう消費者団体があって、専属弁護士がいて、リーガルな問題を相談できるオフィスがちゃんとあるんです。消費者が怒るとすぐにそういう団体に相談して、EUや各国政府にロビイングをかけます。そこが日本と違うところで、ヨーロッパの人は自分の権利にものすごく敏感なので、自分の権利を侵害されることは許さないんです。そういうところが通信業界にも影響を及ぼしているのでしょう。

菅野:通信事業者を選択するとき、ローミングプランの良し悪しというのもポイントになるんですか?

谷本:当然見ていて、自分の移動するパターンに合わせて条件のいいところを選択します。例えば、イギリスの3(スリー)という事業者は、香港やスペイン、フランス、アメリカなど18カ国で、イギリスと同じ料金で使える「Feel At Home」というサービスを提供しています。つまり、国内と全く同じ費用で、海外でも通話やデータ通信を使え、ローミングフィーが一切かかりません。例えばアメリカで4日間携帯を使用した場合、O2を使っていたら75ポンドの追加費用がかかりますが、3の場合はゼロです(http://www.three.co.uk/static/user_guides/FAH-Comparative-FINAL.pdf)。3の「Feel At Home」いいところは、オプション契約が一切不要だし、追加料金もいらないし、プリペイド契約の人でも使えるところです。私も活用しています。

3はそもそも料金が安く、プリペイドで1分3ペンス(約5.4円)、テキストメッセージ2ペンス(約3.6円)、データ1MB1ペンス(約1.8円)です。プリペイド用のパッケージオプションもあって、30日間データ使い放題、通話300分という「All in One 20」というプランで20ポンドです(約3,600円)。MVNOやその他のキャリアと同じく、トップアップはネット、テキストメッセージ、コールセンターへの電話、銀行のATM、スーパーのレジ、個人経営のタバコ屋のレジ、プリペイドカードなど多様な方法が可能です。

菅野:日本の利用者はヨーロッパに比べれば頻繁に国外に出る人は少ないですから、ローミングプランが主な選択ポイントになることはおそらくないと思いますが、2020年のオリンピックに向けて通信事業者側でローミングについて備えておいた方がよいようなことはありますか?

谷本:訪日外国人向けに、3やLebaraのようなサービスがあると良いんじゃないでしょうか。オリンピックもあるし、政府も移民を入れるといっているし、実際建設や介護など働く人が足りない分野はありますから、海外から日本に来る人は増えるはずです。その人達が日本に来たら安く使える通信サービスを提供したり、ローミングフィーを安くするようなサービスがあれば、流行ると思います。

自社で集めた個人情報を活用したサービス向上は受け入れられる

菅野:ところでさきほどヨーロッパの方は自分の権利に敏感だというお話がありました。通信事業者は加入者情報を持っていて、例えば弊社のサービスを使えば、どのユーザーがいつ、どのサイトを見ていたとか、どのアプリを使っていたといったことまで見ようと思えば見えます。そうした情報を元に使い方に合わせたお勧めのプランを表示してARPUを上げるといったこともできるのですが、こういうことに対して、ヨーロッパの方はどう感じるのでしょう。

谷本:自社で集めた情報を社内で活用することについては、きちんと加入者が承認していれば問題は無いですし、それに対して消費者がクレームすることはないでしょう。でも、他社とデータを共有したり、販売したりということに関しては消費者の評価も法的な規制も厳しいです。

ヨーロッパではデータ利用のルールとして、EUデータ保護指令(Directive 95/46/EC)(http://ec.europa.eu/justice/data-protection/)というのがあります。この指令は、欧州人権条約第8条「プライバシーの保護」が元になっている指令です(http://conventions.coe.int/treaty/en/Treaties/Html/005.htm)。第8条は、民主主義の根幹として、個人や家庭生活に置ける個人情報や通信の秘密の保護を、政府は尊重するという内容です。つまり、個人情報保護は人権問題である、という考え方が根幹にあります。これは、第二次世界大戦で大勢の人が個人情報を侵害され、命まで奪われてしまったことに対する反省がもとになっています。EUデータ保護指令は2017年にはEUデータ保護規制に変わります。指令は加盟各国が実施するデータ保護の「下地」ですが、規制の場合は加盟各国が従わなければならない「法律」で、加盟28カ国全てに適用されます。

現在のデータ保護指令は、加盟各国の法規制により、各国での実装には違いがありますが、基本的には、事業者が集めたユーザーの情報はユーザーが承認しないと絶対に使えないんですね。無断で他社に提供するなんてことはもってのほかで、罰則も非常に厳しいです。他にも、集めたデータをEU外のデータセンターに置く場合、その国の規制やデータセンターの状況が適切なデータ保護の仕組みがなければ移してはいけないという規制もあります。イギリスでは、違反した事業者には日本円にすると9,000万円の罰金が発生します。

これがEUデータ保護規制に変わると、100億ユーロを越える金額か、あるいはグローバルな年間の利益の5%という大変な罰金になり、通報期限も厳しくなりますが、新規加盟国や中小企業にそれを求めるのは現実的ではない、という議論もされています。EUデータ保護規制では、EUデータ保護指令よりも事業者に対する要求やペナルティが厳しくなり、アメリカ式の集団訴訟を起こす事も簡単になりますので、ヨーロッパに進出する事業者は注意が必要です。

菅野:勿論こうした顧客のデータというのは、きちんと扱わなければならない、センシティブなものですが、私自信は情報を適切に管理し、トラフィック傾向の可視化などの活用をしていくことでよりよいサービスを創ることができる技術ですし、そのように活用していただければと願っています。

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プリペイドSIMを活用してマーケットの活性化を

菅野:最後に、2020年に向けて、日本の通信サービスに足りないところなどご指摘いただけますか。

谷本:先ほどローミングのお話はさせていただきましたが、あとはプリペイドSIMをもっと便利に使えるようにして欲しいです。イギリスでは旅行者だけじゃなくて、一般の人が普段からプリペイドSIMを使っています。Wi-Fiとうまく組み合わせて、音声通話もSkypeやLINEを活用すれば、プリペイドで月額5ポンドぐらいのプランでも十分足りるんです。ポストペイドのプランだと安くても月25ポンドぐらいしますから、全然違います。低価格なSIMフリーのスマートフォンもたくさん売っているので、それとプリペイドの組み合わせで利用している人がたくさんいます。

菅野:そのほうが選択肢は広がりますね。オペレーターが端末を分割で販売する場合、そこに割引を入れているので高機能な端末が安く買えますが、その後のオペレーター選択や料金プランの選択の自由度は下がります。SIMフリーだと端末は自分で用意する必要があるけど、その後は使い方によって選べる。

谷本:そのほうがマーケットも活性化すると思うんです。端末だって、60ポンドぐらいのAndroidスマホか、iPhoneか、お金持ちの人ならSelfridgesのような百貨店で売っているVertuの300万円ぐらいするSIMフリー携帯を選んでもいい。SIMだって、先月はTESCOモバイルだったけど来月はSainsbury'sにしてみようとか、番号はMNPで簡単に変えられますから、自由度は高いし競争も激しいです。イギリスはMNPを使うと、キャリア変更は1日で終わります。コールセンターに電話するだけです。

菅野:日本でも少し前からSIMフリー機用のプリペイドSIMが出てきていますが、使われたことはありますか?

谷本:いくつか使ったことがありますが、接続性があまり良くなくてすぐ切れてしまったり、チャージが不便だったりで、まだまだだと感じます。イギリスならその辺のKIOSKで5ポンドからチャージできて、レジでもらった紙に書いてある番号を打ち込めばすぐにチャージできるのに、日本のサービスだと専用のウェブサイトからアクセスしてクレジットカードを登録して、しかも3,000円以上じゃないとチャージできないとか。

SIMの受け取りだって、今でこそ空港の自販機で買えるサービスも出てきましたけれど、少し前には日本の住所にしか配達してくれないようなサービスもありましたからね。私は日本に実家があるから受け取れたけど、荷物を取り次いでもらえないようなホテルに泊まっていたらそもそも受け取れない。で、苦労して受け取っても、端末に入れてすぐには使えなくて、ウェブでアクティベートしろとか、誰のための、何のためのプリペイドだか、意味分からないですよ。街中でボーナス付きのSIMをティッシュ状態で手配りしているイギリスとは大違いです。はっきりいって、日本のサービスが優れているとは言えません。イギリスに比べると15年以上遅れています。

菅野:これから海外の方が増えるのにWi-Fiが重要だと思っていましたが、プリペイドサービスも重要なんですね。

谷本:Wi-Fiもローミング管理のレベルが重要になるでしょうね。単に来たものをつなぐだけでは混雑してうまく行かないと思います。

菅野:アメリカのBoingo Wirelessという、空港などでWi-Fiサービスを提供している事業者様に弊社がソリューションを提供させて頂いており、契約プランによって優先度をつけたり、ローミングユーザーの中でも提携契約のランクによって優先度をコントロールするようなことはしています。そういう制御は必要になってくると思います。

谷本:その通りだと思います。あと、外国人労働者が増えることを考えると、必要になるのは送金サービスですね。ウェスタンユニオンという小口現金を送金するサービスが、日本で急速にサービスを拡大しています。大黒屋やHISなどが取扱代理店になっていて、セブン銀行からも利用できるようになっています。セブン銀行のATMは多言語でサービスしていますから、そういうものを利用する外国人が増えているんですよね。その人達が使うサービスは商売になるのではないかなと思います。

異業種から通信事業への参入でサービスの多様化が進む

谷本:日本では、もっと異業種から、通信事業に参入してくる企業があってもいいと思うんですよ。例えばあるMVNOでは最近格安SIMを始めたみたいだけど、訪日外国人向けに特化したサービスをやればいいのに。特にその会社は東アジアのユーザー向けには、既にオンラン動画サービスで知名度がありますから、成功すると思います。

菅野:たしかに日本ではMVNOはまだインターネットサービスプロバイダーや固定系の通信事業者が多いですが、これから全くの異業種からの参入は増えてくるのではと期待しています。最近になって流通系のサービスは出てきていますが。

谷本:日本の回線は品質がいいし、停電もないし、線を盗まれちゃうようなことだってないんだから、異業種からのMVNO参入は、イギリスよりずっとしやすいと思います。日本には世界で知名度があるブランドがたくさんあるんだから、それを活かして外国人向けのサービスを提供すれば、儲かるんじゃないかと思いますよ。

イギリスで異業種からの通信サービス参入で最近話題になっているのは、これはMVNOではないですが、元エンジニアで農家をやっていたRichard Guyさんという人が、自分の農場で携帯電話が使えないので自分で電波塔を建てて携帯電話を使えるようにしたサービスですね。農家専門に「農場でつながらない携帯電話をつながるように設備設計をする」というサービスを、Agri-Broadband(http://www.agri-broadband.co.uk)という名前で提供しています。

あと、認知症の方の居場所を知らせる見守りサービス的なもの、日本では民間企業がサービスしていますが、イギリスではNHS(国民保険サービス)が出資してケアホームなどと一緒にサービスを提供しています。(http://www.nhs.uk/video/pages/Telecare-traceys-story.aspx?searchtype=video

生活系の事業者が通信に参入してくることで、「通信でこんな課題を解決したい」という消費者のニーズに合ったサービスが開発できるのではないかと思います。

菅野:我々が提供しているような通信の制御や可視化というサービスも、ネットワークそのものの管理にとどまらず、もっと上の方の、サービスを提供される事業者様のレイヤーでもより有効に使えると考えています。この様なプレイヤーの方々にも積極的ユースケースを含めてご提案していきたいと思っています。

本日はどうもありがとうございました。

菅野真一

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