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iPad Pro,SurfaceBook, "ペンが使えるコンピュータ"が出揃った時代になぜ敢えてenchantMOONにこだわるのか

Why we choose to go to the moon?

2015.11.19

Updated by Ryo Shimizu on November 19, 2015, 12:48 pm JST

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 初めて公式にペンに対応したiOSデバイスであるiPad Proがついに発売されました。
 ペンは品薄で、予約受付開始を待ち構えてボタンを押したにも関らず、未だにペン(Apple Pencil)が手元に届きませんが、ついにiPadがペンを公式にサポートしたことは喜ばしいことです。

 また時を前後して、Microsoftから人気のMicrosoft Surfaceの最上位機種として、Surface Bookが発売されました。

 SurfaceBookは、キーボードを取り外せるノートパソコンではあるのですが、キーボードを取り付けるとバッテリーが拡張され、GPUも高速化されるのが特徴です。

 iPad ProもノートPCを凌駕する性能を持つと言われるなど、極めてパワフルなマシンがともにペンをサポートしたことは一つ象徴的な出来事であると言えるでしょう。

 Appleとしては、売上が漸減してきているiPadシリーズに、コストのかかるペンデジタイザーを搭載する前にまずプロユースとしてのiPad Proを発売し、ペンの使い方が十分認知されたあとで、iPad AirやiPad mini、そしてiPhoneへ漸次投入していくという戦略なのだろうと思います。

 いきなり主力製品のiPhoneにペンを搭載すると、SamsungのGalaxy NoteやGalaxy Edgeあたりと差別化がしにくくなりますし、アプリや使われ方も大きな差として見えにくくなってしまいます。

 筆者がペンをベースとした独自のOSをハードウェアのレベルから作り直してみよう、と思ったのは今から4年前、2011年のことでした。

 その前後で、筆者らはNECさんと共同でやはりペンインターフェースに力点を置いたデバイスとその上で動くソフトウェアを作っていたのですが、どうしても、いちアプリケーションという枠の中では自分たちの表現したいことを表現することが難しくなり、その状況にたとえようのないむず痒さを感じていた時でした。

 たまたま中国本土でE本という電子ノートのヒットもあり、雨後の筍のようにペン対応タブレットを作る工場があちこちに産まれたのと、オープンソースのAndroid OSがようやく中国本土でも普及機に入ったことが筆者の構想を後押しし、我々は独自のハードウェアを含めたオペレーションシステム環境を開発する決意を固めました。

 独自OSというものに関してそもそもの知見は、筆者が米Microsoftで働いている時から幾度も考えていたことでした。
 読者の皆さんの多くは、Windowsのソースコードを見たことはないと思います。そして、それをLinuxのソースコードと比較したことがある人も少ないでしょう。

 しかし実際にそのソースコードを目の当たりにした21歳の筆者は、衝撃を受けたのです。

 何に衝撃を受けたのかというと、その、あまりのオーバーヘッドの多さに、です。

 たとえばあるハードウェア機能にアクセスするためには、最低でも4回の関数呼び出しが必要でした。4回の関数呼び出しというのは、その度にパイプラインハザードが起きることを意味します。パイプラインハザードが起きると、CPUは最高の効率で演算を処理することができません。

 もちろん連続して呼ばれる場合は、これはコードキャッシュというキャッシュに格納されることでそこまでのオーバーヘッドにならない可能性もあります。しかし、レイテンシーが問題になるときにこのパイプラインハザードが起きることは致命的です。

 なぜこのようなオーバーヘッドが生まれるかと言えば、ひとつは保護のため、もう一つは保守のためです。
 この場合の保護(protection)とは、悪意あるプログラムや意図せずして暴走したプログラムから他のプログラムが正常に動作するのを阻害させないための措置です。コンピュータウィルスなどもこれによって封じ込めることができます。いわば必要悪として受け入れなけれはぜならない仕組みです。

 もうひとつの保守(maintenance)は、プログラムを書いた当人がいなくても、他の人が簡単にあとを引き継げるように、わざと冗長(無駄に長ったらしく)に書くというカルチャーです。

 もちろん保守性がないとプロジェクトは混乱します。

 しかし筆者が絶望したのは、大きなオーバーヘッドを犠牲にしてまで書かれた保守性の高い保守的なコードが、結局、当人がいなくなったら誰にもメンテナンスできなくなってしまったことです。筆者はこのコードを書いた当人が会社を退職したと聞いて、彼の転職先のサンフランシスコまで追いかけたことがあります。

 つまり実際の保守性が高いか低いかは、コードを書いている時点では正しくベンチマークされているとは限らないのです。

 Microsoftには多くのプログラマーと、プログラムマネージャーが居ます。
 Microsoftではほとんどの決定に多くの人々の判断が要求され、多数決で民主的に決まります。

 Linuxのソースコードを見た時の驚きは、Windowsのソースコードを見た時の驚きとは全く性質の異なるものでした。
 Linuxのソースコードは、当時、驚くほど、小さかったのです。

 
 Windowsは、全てをゼロから創りだそうとして作られたOSです。
 ですから、Linux(というかUNIX)との共通点は用語や概念を除けばほとんどありません。

 ただ、それでも殆どの機能は問題なく動いているのです。
 Windowsのあの某大なオーバーヘッドは、なんのために必要なのだろうか。

 本当はもっと効率的に書けるのではないか。

 
 MicrosoftはOSを含む全てをプロプライエタリにして、利益を独占しようとしているが、オープンソースのOSの方が最終的には有利なのではないか。

 Linuxのカーネルは最初はたった一人の男が書いたものです。
 その後、無数の人間の手が入りますが、大本をたどれば、一人のプログラマー、リーナス・トーバルズに行き着きます。

 もし世の中にオープンソースソフトウェアやフリー(自由な)ソフトウェアがなければ、Linuxは成立しなかったでしょう。しかしLinuxを支えるツールチェインの多くはGNUプロジェクトによるフリーソフトウェアです。

 フリーソフトウェアのおかげでリーナスは、マルチウィンドウシステムの知識が全く無くてもX-Windowを自分のOSで動かすことができましたし、構文解析の知識を学ばなくてもGNU C Compilerを動作させることができました。数多くの労力をGNUによって節約することができたわけです。

 オープンソースをベースとした新しい思想のOSを作ればいいのになあ、とぼんやり考えたとき、筆者はMicrosoftでの仕事が急に色あせて見え始めました。

 それから時を置かずして、MacOSの新バージョンはNeXTSTEPをベースとしたものに生まれ変わるというニュースが飛び込んできました。それがOSXです。

 筆者は当時不勉強であまり意識してなかったのですが、NeXTSTEPの多くの部分はオープンソースのフリーソフトウェアで構成されていました。MacOSの新バージョンであるOSXは、オープンソースのソフトウェアの上に、独自のユーザーインターフェースや思想を付加したものだったのです。

 そうでなければ、最大でも500人しか従業員のいなかったNeXTSOFTWARE社が、その十倍以上のエンジニアを抱えるAppleよりも優れたOSを短期間につくり上げることはできなかったでしょう。

 AppleはNeXTのおそらく10倍以上のエンジニアを擁していても、たった6人が企画したOSに及ばないものを延々と作り続け、最後にはそれを捨て去る羽目になりました。Appleの足を引っ張っていたのが何だったかと言えば、それはしがらみです。

 本当に必要なもの、本当に素晴らしいものは何かを見つめるチャンスがあっても、成功の中から破壊は産まれません。
 Appleは失敗しつつあったからこそ、NeXTの受け入れという破壊的創造を実現できました。でもこれは最終的にはAppleにとってとてもラッキーな出来事だったと言えるでしょう。NeXTがあるからOSXが、iOSが生まれることになったわけですから。

 NeXTが生まれるまでにスティーブ・ジョブズは少なくとも3つのオペレーションシステムに関わっています。
 一つはAppleIIに搭載されていたInteger BASIC、次にLisa、そしてMacintoshの最初のSystemです。これは後にMacOSと呼ばれるものです。

 20代のうちに3つの大きなアーキテクチャに関われるのはジョブズにとって幸運なことだったでしょう。Integer BASICに関してジョブズがどの程度貢献したかはわかりませんが、それを売り込む過程でジョブズが何をどう感じ、どう売り込んだのか想像してみるのも面白いかもしれません。

 ジョブズがLisa、そしてMacintoshを作ったのはアラン・ケイの影響が強いと言われています。しかしAppleから見ると、Lisaの開発もMacintoshの開発も、ともに失敗という評価だったようです。ジョブズはMacintoshを発売した直後に解雇されています。当時はまだInteger BASICを搭載したAppleIIが不動の売上を誇っていたのです。

 ジョブズが関わり、そして情熱を注いだ最後のOSが、NeXTといえるでしょう。
 事実、彼は残りの生涯をNeXTの発展と普及に捧げます。NeXTはAppleに買収されることでOSXと名前を変え、iOSという派生系も産まれます。

 Microsoftもまた、社内にはいくつもの「新しいOS」や「新しいコンピュータ・パラダイム」の実験プロジェクトを抱えていました。例えば、ロボット制御のために開発されたMicrosoftのリアルタイムOS、「Singularity」もそのひとつです。

 しかしMicrosoftの不幸は、あまりにも成功しすぎているということでした。そして今もそれは変わっていません。
 Microsoftは独占禁止法を疑われた時代も含めて、ピンチらしいピンチを迎えていません。
 社内に大きく変革を求める力が生まれてこないので、いつまでたってもMS-DOSの延長上にある概念を使い続けることを余儀なくされているのです。

 この連載の読者の皆様が、なぜこの筆者は未だに独自のOSを搭載したハードウェアを作り出すことにこだわるのだろうと疑問に思うのならば、ぜひともiPad ProとSufraceBook、両方使ってみていただきたいと思います。

 ついでにGalaxy Noteや、その他のペンに対応したデバイスでもいいです。なんでも使ってみてください。

 その後、それが、普段カバンに入れている紙の小さなノートの代わりになるかどうか、考えてみてください。

 大きく人の答えは、「それは紙のノートの代わりにはならない」ということでしょう。

 これは直感的にそう感じるものです。

 では、理由を訪ねてみましょう。
 理由を聞いてみると、かえってくる答えはバラバラです。

 曰く「重い」「かさばる」「電源を入れてから書けるようになるまでに時間がかかる」「ペンが画面をツルツル滑って気持ち悪い」「充電する費用がある」「値段が高い」などなどです。

 この全ては、基本的に技術的な問題です。
 技術的な問題というのは、技術が進歩すれば解決するものです。

 放っておいてもディスプレイは軽く薄くなり、CPUは速く低消費電力になり、ペンと画面の摩擦はハプティック技術(iPhone6sの3D-Touchのような)で気にならなくなっていくでしょう。

 問題は、常に、その先なのです。
 仮にそれらを全て解決できるようデバイスが進化したとして(その進化は誰も求めなくても勝手にやってきます)、そのとき、あなたはiOSやWindowsを使い続けるのか?という疑問です。想像してみましょう。今のWindows10タブレットが1/100の重さになったとき、あなたはそれをちゃんと使いこなすことができますか?

 アラン・ケイが1970年代に示したコンセプト「Dynabook」は、Alto、または暫定ダイナブックコンセプトとして知られる実装を得ました。

 そのデモを見たビル・ゲイツとスティーブ・ジョブズが全力疾走した結果今のコンピュータの形が出来上がっているわけですが、結局、当時の技術的制約に過ぎなかったマウス(およびマウスカーソル)という概念に、今も制約を受けています。

 スティーブ・ジョブズはマルチタッチをユーザーインターフェースに導入しましたが、全ての操作がマルチタッチで行われるわけではありません。ほとんどの操作はシングルポインティング、すなわち、マウスカーソルと変わりません。

 そしてマルチタッチそのものは、何もiPhoneの登場を待たなくても、普段使っているキーボードが、そもそもマルチタッチデバイスなのです。シフトキーを押しながらaを押したら大文字のAが出るでしょう?技術的にはかつてはそれさえも「マルチタッチ」と呼ばれた技術なのです (昔のキーボードの実装では同時に押すとうまく入力を拾えないことがあった)。

 その意味でのマルチタッチは、Altoの時代からありました。
 いわゆるシフトキーや装飾キーと呼ばれるものです。

 右ボタンのないMacintoshでは、しばしばOptionキーを押しながらマウスを操作するとモードが切り替わるといったハイブリッドマルチタッチを必要とします。

 今のOSの形、今のユーザーインターフェースの形は、ビジョンそのものとしては、1970年代にアラン・ケイによって語られたものの、直線上にある発展形でしかありません。そしてそれはもはやほぼ完成に近づいています。

 iOSの新しいバージョンに以前ほどワクワクしなくなったのはなぜでしょう。
 それ以上、もう変化がないからてず。
 

 私はももう何年も前からWWDCに行くのをやめてしまいました。
 もう変化がないのです。

 私にとって、いちコンピュータファンとして最後の希望は、AppleがiPadにペン入力を追加することでした。そのとき、Appleがペンとコンピュータの関係をどのように再定義するか、それは人類が正常に非連続的な進化を遂げるラストチャンスのように思えました。

 ところが私の期待は悪い方に裏切られました。
 Appleほどの企業ですら、これまでの延長線上でしかものをつくれなくなっていることを、Apple Pencilの導入で証明してしまったように、今の私には思えます。

 なぜなら、指で触ることを前提としたユーザーインターフェースと、ペンで触ることを前提としたユーザーインターフェースは、本来、全く性質が異なるものだからです。

 今のところ、iPad Proとペンの関係性は、Galaxy Noteにさえ劣っていると思えます。

 きっとペンはすこぶる性能が良く、グラフィックデザイナーやイラストレーターの皆さんにはとても好意的に受け入れられるものだと思います。しかし私からみると、それはキャンバスの代わりにはなっても、MOLESKINEの変わりにはならないシロモノなのです。大きさというデメリット(もちろんメリットでもある)を差し引いても、です。

 Appleはかつてに比べて、成功しすぎた会社になってしまいました。
 成功しすぎた会社では、改革者は常に白い目で見られます。

 
 保守的なデザイン、保守的な機能、保守的なイノベーションを余儀なくされ、もちろんiPad ProもApple Pencilもそこそこ売れるでしょうが、果たしてApple Watchよりも売れるかどうかは疑問です。iPad Proの発売前行列はあまりできなかったようですが、これはAppleが行列を禁止したこととは無関係に、心から欲しいと思っている人が少なかったことの現れではないでしょうか。

 筆者の夢想する世界は、アラン・ケイの考えたパラダイムを超えることです。
 アラン・ケイがAltoを考えた時代、コンピュータが一人一台になることすら、普通の人には想像もつかないことでした。

 誰かがこのパラダイムを超えなければなりません。
 しかしそういうガッツがある人が、とりあえず見える範囲に見当たりません。
 実際、しくじれば大金と人生を棒に振ることになるかもしれません。
 本業で十分な成果と報酬を得ていれば、あえてバカげた冒険などしないほうがずっとお利口さんでしょうし、だからこそ優秀な人ほど挑戦をむしろ避けるようになるのでしょう。

 しかし残念ながら私はとても不器用な人間で、自分の心の奥底から湧き上がる情熱、アラン・ケイの描いた世界の先、ゲイツやジョブズさえも見通せなかった未来を自らの力で切り開いてみたいという欲望に打ち勝つことが出来ません。

 この仕事は傷つくことを受け入れなければ到底できない仕事だと思います。
 批判もされれば、失敗もする、それで人に迷惑をかけることもあるでしょうし、憎まれたり、恨まれたりすることもあります。実際、私はこのプロジェクトを通じて大切なものを幾つも失いました。そしてこれからも失っていくことでしょう。

 それでも私は自ら人柱になることを望み、おそらく本当は他の誰もがそれに挑むことを望んでいて、そして私達はそれを後回しにせず、今すぐとりかかることを望みます。

 それこそが私がenchantMOONを作り続ける唯一の理由です。

 というわけで、急遽イベントをやりたいと言われてしまい、来週で申し訳ないんですが、この辺りの話をもう少し詳しく行う予定です。

11/24(火) 清水亮「人類補完計画」で全人類がプログラミングできる社会を作る

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清水 亮(しみず・りょう)

新潟県長岡市生まれ。プログラマーとして世界を放浪した末、 '17年にソニーCSLとWiL LLC.とともにギリア株式会社を設立し、「ヒトとAIの共生環境」の構築に情熱を捧げる。 '17年より東京大学先端科学技術研究センター客員研究員を兼務。著書として「教養としてのプログラミング入門(中央公論社)」「よくわかる人工知能 (KADOKAWA)」「プログラミングバカ一代(晶文社)」など。