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囲碁でAIに負ける人類 生き残りの道は

AI shows down Human by Go game

2016.01.28

Updated by Ryo Shimizu on January 28, 2016, 11:36 am JST

 アジアのとある小国では、囲碁ができないと一人前のビジネスマンとして認められないという噂を聞いたことがあります。

 なんでも、その土地の有力者が大層な囲碁ファンで、ビジネスで必要な素養は囲碁の棋力として表出すると信奉しているのだそうです。

 かつて任天堂の山内溥社長が囲碁ゲームの発売を認めなかったのは、自分に勝てる棋力の思考アルゴリズムがいつまで経っても開発されないからだ、というまことしやかな噂もありました。

 何を隠そう筆者自身も、10年ほど前にプロ棋士の梅沢由香里さん(人気マンガ「ヒカルの碁」の監修で知られています)の監修のもと、携帯電話向けの囲碁ゲームサービスを担当していたので囲碁にはそれなりに思い入れがあります。

 当時から囲碁ゲームの開発は難しいとされてきました。
 というのも、そもそも囲碁ゲームを開発する場合、その盤面を見てどちらが優勢なのか判断するのにさえ、一種の人工知能が必要と言われていて、私達はそれを遊んでいる人間の側が自分で判断するという感じの逃げの一手で解決したのですが、本来はそれでは物足りず、やはり勝敗判定を何目差という精度で行って欲しいという要望を数多く頂いていました。

 チェスでAIが人間を打ち負かし、将棋でAIが人間を打ち負かすようになっても、囲碁だけは人間の創造性を最大限に発揮しないとまだまだ勝つことができない分野だと言われていました。

 なぜ囲碁がそれほどまでに難しいかというと、単純にチェスならば盤面のパターンは10の120乗、将棋ならば10の220乗というパターンであるのに対し、囲碁は10の360乗以上という膨大な場面のパターンであるからと言われています。

 ただ、これもそう簡単な話ではなく、将棋にしろチェスにしろ、全てのパターンをメインメモリに載せるわけにはいかないので、思考AIというのは、その中の代表的なコマの相対的な位置を記録してデータを圧縮したり、データベースからの検索を高速化したりするのです。

 ところが囲碁の場合は、チェスや将棋のように、重要な役割を持つコマが規定できず、コマが置かれているか置かれていないか、あまりにもシンプルなルールによって決まっているのであるコマに注目してデータを圧縮するという手法が使えません。

 ところが今年、GoogleとFacebookは相次いで囲碁のチャンピオンに勝利できるというAIを投入してきました。

 Googleの研究グループが発表した「AlphaGo」は、盤面を読み取るAIと、次に打つ手を選択するAIの2つのAIを組み合わせて中国のプロ棋士に対して5戦して全勝したそうです。

 また、Facebook社も今年の3月に日本の電気通信大学で開催される「UEC杯コンピュータ囲碁大会」に自社の最新鋭AI「ディープフォレスト」を擁して参加することが決定しています。

 このタイミングでこれまでコンピュータ囲碁に参加してこなかったGoogleとFacebookという二社が参加してくるということは、当然、その裏側には最先端の深層学習(ディープラーニング)技術の躍進があります。

 囲碁は論理よりも感性に訴えかける局面が多いゲームです。

 筆者の個人的な経験ですが、以前、筆者の父親が脳溢血で倒れた際、言語機能に重大な関係のある左脳を激しく損傷しました。

 その結果、父はしばらくは文字も読めないほど言語機能が混乱し、満足に言葉を紡ぐこともできなくなっていました。

 ところがそのような状態の父であっても、囲碁だけは元気な頃と変わらない棋力を持っていました。筆者は脳を損傷した父に幾度も負かされるほどでした。

 脳の言語機能は、計算機能とも密接な関係があり、脳溢血になるとまず自分の生年月日や名前を書くよう求められます。

 いわばもともとある概念の要素を組み合わせて自分の考えを表明するというのが、もともと左脳に備わった機能でした。

 しかし左脳を激しく損傷しても、囲碁のようにパターン認識である程度までは戦えるゲームの場合、幾度も訓練した盤面を父は感じ取ることができ、その都度、その都度で適切な判断を下していくことができたのです。

 よく、ビジネスの計画や戦略を語るときに、「布石」とか「定石」とかという言葉を使います。これはもともとは囲碁の用語です。

 余談ですがかつてスティーブ・ジョブズが務めていた北米のゲーム会社「Atari社」も囲碁用語の「アタリ」から来ています。

 囲碁で人間に勝てるAIの出現は、知性というものに対して我々にこれまでとは別の視点を提供してくれることになるでしょう。

 これまで、知性とは論理性と同等の意味を持っていました。
 知性的であることと論理的であることは非常に密接な関係があるように思われていたのです。

 しかし、もしディープラーニングで囲碁に関して十分な棋力が得られるとすると、知性とは本質的には論理性とは無関係であることが想像できます。

 なぜならディープラーニングそのものは一切の論理性を獲得しないからです。
 
 ディープニューラルネットワークが学習によって獲得するのは、あくまでも特徴量です。
 特徴量というのは、要するに囲碁なら盤面を見て「どの盤面をどのように感じ取ればいいか」という感覚です。

 次に、自分の盤面を有利な盤面に持っていくように学習するニューラルネットワークを作るとします。これまた、基本的には特徴量を学習して、次の一手を19x19=361次元への分類問題にするということです。

 やはりここには一切の論理性や確たる根拠はなく、「なんとなくこうすると良さそうな気がするから」そこに石を打つ、ということになります。

 入力次元は361x3状態(白、黒、なし)ですから、1083次元の入力をもとに、361次元の出力を得ることになります。

 もしかすると、過去の打ち筋を入力するため、入力次元はもっと増やしたほうがいいかもしれません。たとえば最初の10手くらいは定石通りに進みますから、過去10手ぶんを入力することで入力次元は10830次元になります。

 1万次元以上の入力と聞くと、すごく膨大に思えるかもしれませんが、一般物体認識の入力は約20万次元なので、これはニューラルネットワークへの入力としては小さい方です。

 学習のもとになるデータとして、既に膨大な数の棋譜がありますから、これをひたすら学習させることでAIを鍛えていくことが出来ます。

 この状態のAIは、いわば勘で手を決めてるのに近いので、計算も瞬時に終わり、これで強いなら最強に近いと考えられます。

 また、深層学習を用いた囲碁AIの場合、これまでのAIのように極端にルールに偏った学習をするわけではないので様々な分野への応用も期待できるのではないかと思います。

 つまり、十分な数の学習データが用意できて、適切なマッピングさえできれば、さまざまなビジネス戦略上の布石を読み取ったり、時にはみずから布石を打ったり、撹乱させたりして最適なビジネス戦略を組み立て、実行できるAIの出現も夢ではなくなります。

 また、(もっとも難しいと言われていた)囲碁AIが実現できるということは、およそ人間の思いつくあらゆるゲームの攻略がAIによってできるということを示唆します。

 ということは、現実を適切にモデル化し、作った図上演習(ゲーム)をプレイさせ、それを攻略させることで深層学習AIが現実の問題を人間よりも効率的に解決できる可能性も生まれてきます。

 一般物体認識の画像認識という難題をクリアしてしまった今、今度は深層ニューラルネットワークの真の可能性について、GoogleもFacebookも掘り尽くすつもりになったということかもしれません。

 この領域はまだまだ未知・未踏の部分が広がっていますが、FacebookもGoogleも、そうした領域を自分たちがいち早く征服しようと狙っています。

 こうした未踏分野では残念ながらまだまだ日本は後塵を拝しています。

 果たしてGoogle、Facebookの言ってることは本当か。
 3月の対決が楽しみです。

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清水 亮(しみず・りょう)

新潟県長岡市生まれ。1990年代よりプログラマーとしてゲーム業界、モバイル業界などで数社の立ち上げに関わる。現在も現役のプログラマーとして日夜AI開発に情熱を捧げている。

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