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苦境を認めたkoryolink 北朝鮮制裁の影響と新規参入の可能性

In DPRK, koryolink and KANGSONG NET are providing mobile phone service

2016.02.16

Updated by Kazuteru Tamura on February 16, 2016, 12:20 pm JST

朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)では携帯電話の利用者が増加し、2015年末時点で携帯電話サービスの加入数は300万件を突破し、人口普及率は10%を超えた。そんな北朝鮮では2社の移動体通信事業者が携帯電話サービスを提供しており、今回は北朝鮮における移動体通信事業者に関する現状を紹介するとともに新規参入の可能性を探る。

koryolinkと強盛網が存在

北朝鮮の移動体通信事業者はCHEO Technology JV Company (逓オ技術合弁会社:以下、CHEO Technology)とKorea Posts and Telecommunications Corporation (朝鮮逓信会社:以下、KPTC)の2社が存在する。CHEO Technologyはサービスブランドをkoryolinkとして移動体通信事業を手掛けており、このほかにKPTCがサービスブランドを強盛網として移動体通信事業を手掛ける。いずれも通信方式はW-CDMA方式を採用しており、CHEO Technologyは主要都市を中心に展開、KPTCは主要都市以外を中心に展開し、両社は競合関係ではなく補完関係にあるとしている。

▼平壌の中心部に位置する建物の屋上に設置されているCHEO Technologyの基地局。
平壌の中心部に位置する建物の屋上に設置されているCHEO Technologyの基地局。

▼綾羅遊戯場内に設置されている鉄塔タイプのCHEO Technologyの基地局。
綾羅遊戯場内に設置されている鉄塔タイプのCHEO Technologyの基地局。

고려망(高麗網)呼称を推進するkoryolink

CHEO TechnologyはエジプトのOrascom Telecom Media and Technology Holding (以下、OTMT)と北朝鮮のKPTCの合弁会社で、出資比率はOTMTが75%、KPTCが25%である。設立当初はOrascom Telecom Holding (以下、OTH)とKPTCの合弁会社であったが、VimpelComがWind Telecomを通じてOTHを買収しており、VimpelComが買収の対象外としたCHEO TechnologyなどをOTMTが継承したため、CHEO Technologyの親会社はOTHからOTMTとなった。なお、OTHは社名をGlobal Telecom Holdingに変更した。KPTCは北朝鮮の行政機関で通信事業などを管轄する逓信省が100%出資し、実質的に北朝鮮政府が出資する国営企業である。

CHEO TechnologyのCHEOは逓信とOrascomに由来している。逓信は朝鮮語で체신、ローマ字表記ではChesinとなる。ChesinとOrascomから文字を取ってCHEOとした。ロゴは北朝鮮で象徴的な扱いの千里馬をモチーフとし、2008年12月15日に携帯電話サービスを開始した。

サービスブランドをkoryolinkとして展開しているが、北朝鮮国内ではkoryolinkを고려망と呼ぶことが増えている。고려망は朝鮮語で高麗網を意味する。2013年に購入した北朝鮮のスマートフォンであるArirang AS1201ではネットワーク名がkoryolinkもしくはPLMN番号で表示されたが、2015年に購入した北朝鮮のスマートフォンであるPyongyang 2404ではネットワーク名の表示が고려망となり、本体設定のシステム言語を朝鮮語から英語や中国語に変更してもネットワーク名は朝鮮語で고려망と表示された。

高麗網の存在は在日朝鮮人を通じて事前に把握しており、高麗網はkoryolinkを意味すると推測していたが、その推測は正しくkoryolinkの朝鮮語呼称が고려망であることはすぐに理解できた。なお、以下から고려망は高麗網と表記する。

CHEO Technologyの関係者や訪朝外国人に同行する指導員に高麗網の呼称について質問すると、北朝鮮国内では高麗網と呼ばれることが増えているという。北朝鮮では様々な分野のサービスや製品に朝鮮語由来の名称を与えており、英字表記のkoryolinkではなく高麗網の呼称を浸透させる狙いがある模様である。また、CHEO Technologyは過去に北朝鮮国民向けのネットワークと外国人向けのネットワークは異なるPLMN番号で分離していたが、2015年半ばの時点では同じPLMN番号に統一されていた。

▼Arirang AS1201のロック画面ではkoryolinkと表示される。なお、設定画面ではPLMN番号で表示される。
Arirang AS1201のロック画面ではkoryolinkと表示される。なお、設定画面ではPLMN番号で表示される。

▼Pyongyang 2404のロック画面では高麗網を意味する고려망と表示される。
Pyongyang 2404のロック画面では高麗網を意味する고려망と表示される。

▼Pyongyang 2404は設定画面でも고려망と表示される。システム言語を英語に変更してもネットワーク名は朝鮮語のままである。
Pyongyang 2404は設定画面でも고려망と表示される。システム言語を英語に変更してもネットワーク名は朝鮮語のままである。

困難に直面するCHEO Technology

OTMTは決算報告書を通じてCHEO Technologyの事業で困難に直面していることを公表した。OTMTは北朝鮮における事業への投資を見直しする計画が報じられるなど、事業が芳しくないとの噂は絶えなかったが、OTMTは厳しい状況を認めたことになる。

主に3つの困難を挙げており、1つめは国際的な対北朝鮮の経済制裁により金融取引や資材調達などに影響が生じ、収益の国外送金や新技術の導入が難しくなっているという。2つめは実勢レートと北朝鮮当局が定める国定レートに大きな開きがあり、その上に国外送金には北朝鮮当局による承認が必要という。そして、3つめは競合企業が登場したという。競合企業との統合など様々な手段を視野に入れて、諸問題の解決に向けて北朝鮮当局と交渉を続けているとのことである。

CHEO Technologyがこれらの困難に直面していることを受けて、OTMTはCHEO Technologyの位置付けをOTMTの子会社から関連会社に変更し、また連結対象から除外する決定を下した。

▼千里馬をモチーフとしたkoryolinkのロゴ。
千里馬をモチーフとしたkoryolinkのロゴ。

▼平壌の観光スポットとなっている千里馬銅像。
平壌の観光スポットとなっている千里馬銅像。

北朝鮮国内でも知名度が低い強盛網

北朝鮮における携帯電話サービスはkoryolink以外に강성망が存在している。강성망は強盛網を意味しており、英字表記ではKANGSONG NETとなる。英字表記はほとんど浸透しておらず、以下から강성망は強盛網と表記する。

強盛網はCHEO Technologyに出資するKPTCが独自で運用し、主要都市以外を中心に展開している。CHEO Technologyは採算性重視で多くの顧客獲得が見込める主要都市を中心に展開しているが、携帯電話の利用者が増加するにつれて主要都市以外に居住する人々にも携帯電話サービスを提供する必要があり、そこでKPTCが独自で強盛網の運用を開始した。

試験運用は2012年に開始していた模様で、本格的な展開は2013年以降という。koryolinkの利用者に対してはkoryolinkの提供エリア外で国内ローミングを受け入れるなど、KPTCはCHEO Technologyの事業を補完しているという。KPTCは逓信省の100%出資であるため、強盛網のロゴは逓信省と同一のロゴを使っている。なお、北朝鮮ではスローガンなどで強盛大国や強盛国家のように強盛という言葉がしばしば見られる。

この強盛網は北朝鮮国内でもあまり知られていない。さすがにCHEO Technologyの関係者は強盛網をよく理解していたが、北朝鮮国内の移動に同行した運転手と2人の指導員の計3人のうち指導員の1人だけが把握しており、強盛網を知らない指導員には筆者の方が北朝鮮の携帯電話事情を熟知していると言われてしまった。強盛網の知名度が低い理由は、主要都市の居住者は利用する機会が少ないことや、商用化の時期がkoryolinkと比べて大幅に遅いことが考えられる。

▼逓信省のロゴ。強盛網のロゴは逓信省のロゴを使っている。
逓信省のロゴ。強盛網のロゴは逓信省のロゴを使っている。

新規参入の可能性

OTMTは困難のひとつとしてCHEO Technologyの競合企業が登場、すなわち移動体通信事業者の新規参入を明かしており、その直後には新規参入の企業は北朝鮮のインターネットサービスプロバイダであるByolと報じられた。

北朝鮮のインターネットサービスプロバイダはSTAR JOINT VENTURE (以下、STAR)が知られているが、やはりByolはSTARを意味するようである。言うまでもないがSTARは星を意味し、星は朝鮮語で별、そして별のローマ字表記がByolとなる。koryolinkが高麗網と呼ばれるように、STARは朝鮮語のByolと呼ばれており、その朝鮮語呼称で伝えられたと思われる。STARとByolが同一であれば、Byolがインターネットサービスプロバイダであることも辻褄が合う。

筆者は移動体通信事業者の新規参入が明らかになってから訪朝したが、CHEO Technologyの関係者によると新たに参入した移動体通信事業者はなく、STARが移動体通信事業への新規参入を検討している可能性はあるとの回答に留まった。

STARにはタイのLoxpac (Thailand)の関連会社で香港特別行政区のLoxpac Hong KongとKPTCが出資しており、出資比率はLoxpac Hong Kongが70%、KPTCが30%となる。2010年10月10日に北朝鮮でインターネットサービスプロバイダとしてサービスを開始した。なお、Loxpac (Thailand)は旧社名がLoxley Pacific、Loxpac Hong Kongは旧社名がLoxley Pacific Hong Kongで、STARの設立以降に社名を変更した。

Loxpac (Thailand)はタイのLoxleyの子会社で、実は北朝鮮で移動体通信事業を含む通信事業を手掛けるために設立された。北朝鮮で最初の移動体通信事業者であるNorth East Asia Telephone and Telecommunications (北東アジア電話通信会社:以下、NEAT&T)にはLoxpac (Thailand)とKPTCが出資している。出資比率はLoxpac (Thailand)が70%、KPTCが30%となり、サービスブランドをSUNNETとして展開していた携帯電話サービスはすでに終了したが、公衆電話やケーブルテレビなどの事業を継続している。

Loxpac (Thailand)は北朝鮮における事業を拡大しており、平壌において逓信省と共同でインターネットサービス通信局を開設することが分かっている。Loxley傘下企業は北朝鮮で移動体通信事業の経験や実績があり、北朝鮮で通信関連事業の強化を図っていることは紛れもない事実である。

火のない所に煙は立たぬ、STARを通じて移動体通信事業への新規参入を計画している可能性は十分に考えられる。北朝鮮では携帯電話の利用者が増加し、またスマートフォンの比率が高まりつつある中で新たなサービスも登場しており、成長市場でビジネスの機会を求めて新規参入を検討する企業が現れても不思議ではない。

▼NEAT&Tの電話カード。左上にはNEAT&Tのロゴが記載されている。
NEAT&Tの電話カード。左上にはNEAT&Tのロゴが記載されている。

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田村 和輝(たむら・かずてる)

滋賀県守山市生まれ。国内外の移動体通信及び端末に関する最新情報を収集し、記事を執筆する。端末や電波を求めて海外にも足を運ぶ。国内外のプレスカンファレンスに参加実績があり、旅行で北朝鮮を訪れた際には日本人初となる現地のスマートフォンを購入。各種SNSにて情報を発信中。