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社畜のボロ雑巾化は管理者の経営スキル不足が原因

Lack of Management Skills Create "Company Slaves"

2016.05.19

Updated by Mayumi Tanimoto on May 19, 2016, 09:39 am JST

先日私がAERAにコメントを提供した記事が話題になっていましたが、それだけ日本では、長時間労働やサービス残業に苦しんでいるサラリーマンが多いということなのでしょう。

ボロ雑巾になって捨てられる社畜たち

深夜にもかかわらず鳴り響く携帯電話。都内のソフトウェア会社でプロジェクトリーダーを務める男性(46)の体がこわばる。画面に映るのは顧客の担当者の名前だ。電話に出ると、罵声が飛んできた。

「俺の顔に泥を塗る気か!」
「お前たちの会社なんか、すぐにでも切ってやる」

そのプロジェクトは進捗が予定より3カ月遅れていた。納期に間に合わせようと徹夜が続き、睡眠は2時間取れればいいほう。もちろん土日も休めない。しかも、会社に残業代を正直に申告すれば原価率が上がり、給与やボーナスの査定に影響するから、報告は「定時帰宅」。

私の本業はサービスレベルやITガバナンス、欧州や北米の情報通信関連の規制や政策、市場の動向調査なのですが、ここ数年はやたらと「働き方」に関する記事の執筆や書籍の執筆、取材へのコメント提供などが多く、なぜか海外の働き方事情の専門家、のようになってしまっています。それだけ苦しんでいる方が多いということなのでしょう。

昨年出版した日本人の働き方の9割がヤバい件についてという本では、日本では働き方に悩む人が多いけれども、悪いのは働く人自身ではなく、働く「仕組み」である、という点を分析しました。

この記事に出てくるIT業界の文系SEの話は、日本だとよくある話ですね。Wirelesswireの読者の皆さんも似たような体験をしている方が多いのではないでしょうか?

さて、しかし上記のような事例の本当の問題点はどこにあるかおわかりでしょうか?

問題の本質は、この男性の上長や、会社の幹部に、経営(マネージメント)スキルがないことです。

「経営」と日本語でいうと、その本質が伝わりにくいのですが、「経営」=「マネージメント」とは、「お金・人・時間・モノ」をうまく配分し、最低限の労力で最大のアウトプットを生み出すことです。

「お金・人・時間・モノ」は限られていますし、調達は簡単ではありません。特に知識産業であるIT業界では、最も重要なのは「人」です。

専門性が高いため教育には時間がかかりますし、人件費も安くはありません。そのように重要な「人」が疲弊しないように、労働工数を調整し、適材適所を実施し、不足しているスキルがあれば学習の機会を提供するといったフォローアップが「マネージメント」ということになります。

「人」が最大限能力を発揮できるように、顧客に対しては妥当な納期や料金を提示するのも上長や経営者の仕事です。

そういう仕事には対人関係の調整など多大なストレスを伴うソフトスキルが必要なので、管理者や経営者の報酬は高いのです。

このような状況は、欧州や北米のIT業界では、あまり聞きません。

まず、プロジェクトの進捗は、プロジェクトマネージャやプログラムマネージャが細かく管理し、問題は早いうちにイシューとして他のチームや経営幹部と情報共有します。

例えば人員不足で作業が遅れている、予算が足りないといった場合は、そこをフォローするのが管理職の仕事になります。

フォローをしないと何が発生するかというと、プロジェクトのチームメンバーが、他の上級管理職に「フォローがない」などの報告が行き、ひどい場合は人事部に通報されてしまいます。

フォローしないで、徹夜が発生するような就労状況になった場合は、安全管理義務違反で、その上級管理職がペナルティを食らうことがあります。関係がこじれた場合は、労働裁判所に訴訟を起こされたりします。

またプロジェクトの人員が怒ってやめてしまうということも起こります。転職が容易なので、大手企業であっても、早い人は入社から一週間以内にやめることも珍しくありません。他に報酬の高い仕事があれば、そっちにいってしまうこともあります。(特にインドの人は転職決断のスピードが早いように思います)

会社は離職率も監視しているので、離職率の高いチームは人事部から厳重注意されることもありますし、管理職のKPIに離職率が含まれている場合は、期末のボーナスや昇進に関わることがあります。

ですから、管理職は、労働条件を確保しつつ、アウトプットを出す「工夫」をします。その「工夫」とは、顧客の説得であったり、予算の確保であったり、人員増強です。

それは極当たり前のことなので、定時上がりや、夏のバカンス確保が可能なのです。ですから、IT業界であっても、50代、60代で技術職をやっている方が大勢いますし、35歳定年説なんてものは存在しません。コントラクタ(契約社員)になっても、平均以上の賃金をもらうのが当たり前です。

会社側は子供の学校の休みに合わせてプロジェクトを組みますので、子持ちでも仕事が可能です。定時上がりが当たり前なので、子供のお迎えは、お父さんお母さんが交代でやっていることも珍しくありません。公務員ではなく、郊外のIT 企業や金融企業のシステム部の人達がこんな生活を送っています。仕事の後に、会社の人とちょっとサッカーをやったり、テニスをやったりというのも珍しくありません。欧州だと夏は9時ぐらいまで明るいので、職場からゴルフ場に直行して夕食前にプレーして帰ることもあります。帰宅後に庭の手入れをする時間も十分あるので、郊外の家の庭は、たくさんの花が咲いていて、芝生が整っています。

学校が休みの時期にはプロジェクトの進みが遅くなりますが、大半の人には子供がいるので、特に問題にはなりません。それは最初からわかっていることで、毎年のことですから、最初からプロジェクトのスケジュールに組み込みます。

お客さんも外注も休みだったり、人員が手薄ですから、自分のところも休んだほうが都合が良いわけです。従業員の家庭生活がハッピーであれば、労働能率も上がりますし、職場の雰囲気も良くなるので、むしろ休むこと推奨です。

しかし、こんな働き方でも、仕事が進まないわけではありません。それは「マネージメント」をきちんとやっているからです。

デスマーチやサービス残業について語る際に、日本だとどうしても「可哀想」「ひどい会社だ」と感情論を語って終わってしまいがちですが、問題の本質は「マネージメント」であることを考えてみる必要があるでしょう。

欧州や北米のIT業界では、35歳定年説も、デスマーチも一般的ではないのには理由があることを考える必要もある様に思います。日本のIT業界は、若い人に敬遠されるような業界になってしまいましたが、欧州や北米では、高収入でホワイトな職場も多いのです。

日本のIT業界がなぜそうなってしまったのか、どうしたら良くなるのか、海外から学んでみるのも悪くないのではないでしょうか。欧州も北米も、70-80年代に日本の経営を研究し、良い部分は取り入れてきました。

日本の働く人個人個人は大変スキルが高く、モチベーションもあり、責任感があります。しかし、「マネージメント」がうまくないので、それが生かされていないだけなのです。それは本人にとっても、会社にとっても、国にとっても大変不幸なことです。

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谷本 真由美(たにもと・まゆみ)

NTTデータ経営研究所にてコンサルティング業務に従事後、イタリアに渡る。ローマの国連食糧農業機関(FAO)にて情報通信官として勤務後、英国にて情報通信コンサルティングに従事。現在ロンドン在住。

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