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IoTがワインにもたらす「おいしさ」と「楽しさ」 -大分と長野をワインとインターネットでつなぐ、「IoWプロジェクト」の可能性

2016.06.10

Updated by Asako Itagaki on June 10, 2016, 15:00 pm JST

6月最初の週末となった4日、5日の2日間、長野県塩尻市の塩尻インキュベーションプラザで、「塩尻ワインオープンデータアイデアソン2016」(主催・rakumo株式会社 協賛:SCSK株式会社 協力:塩尻市)が開催された。そのユニークなプロジェクトの成り立ちと、ワークショップでの議論から出てきた「ワイン×IoT」の新しい可能性について紹介したい。

ワインとICTが出会う街・塩尻市

塩尻市のワインづくりは100年以上の歴史を持ち、信州を代表するワイン産地として知られる。2014年には市全域が構造改革特別区域(桔梗ヶ原ワインバレー特区)に認定された。ワイン愛好者からは「小規模でも品質の高い個性的なワインを作るワイナリーが集まった地区」として親しまれており、毎年春に開催される「塩尻ワイナリーフェスタ」には多くの観光客が訪れる。地元の塩尻志学館高等学校はワインの醸造免許を持ち、生徒たちは年間7000~10000本のワインを生産する。ワインは地元に密着した産業であり、貴重な観光資源でもあるのだ。

▼アイデアソン2日目の午前中には、希望者が塩尻駅からほど近いワイナリーでの試飲を楽しんだ。
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▼塩尻志学館高等学校で醸造されているワイン「KIKYO」。入手は困難だが、ワイナリーフェスタなどで飲むことができる。
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そんな塩尻市のもう一つの顔が、国内でも最先端をいく「スマートシティ」への取り組みだ。1996年に市自らインターネットサービスプロバイダー事業「塩尻インターネット接続機構」として1万件以上の接続サービスを提供するという先進的な取り組みにはじまり、2000年からの総務省所管「街中にぎわい創出事業・地域イントラネット事業」では情報拠点「塩尻情報プラザ」を整備し、総延長130kmのギガビット光ファイバーネットワークで役所、学校、公共施設など72箇所が接続されている。

2006年からは信州大学と共に特定小電力アドホック無線網を整備し、現在は市内で640台の中継器を設置運用している。このアドホックネットワークを活用して、2006年からは、子供のランドセルに端末をつけ中継局との距離によって位置情報を特定しモニターする「地域児童見守りシステムモデル事業」を実施。2012年度から2013年度にかけ実施した「鳥獣被害対策事業」では、鳥獣出没センサーと鳥獣捕獲センサーを活用した集中的な追い払いと捕獲を行うことで、2年間でモデル地区内の鳥獣被害をゼロにして収入を6.5倍に増やすという成果を上げた。他にも、アドホックネットワークを活用した市内循環バスのバスロケーションシステムの開発や土砂崩れの危険がある傾斜地での減災情報提供などさまざまなIoTアプリケーションが開発・提供されている。

▼市内で運用されている中継器と端末
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▼中継器は街中の電柱や街灯などに設置されている。
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さらに、これらのセンサーから収集したさまざまな情報を自前のプライベートクラウド環境に蓄積し、エリアワンセグネットワークや市内に整備したWi-Fiフリースポットを通して、住民向けに提供する独自ID「塩尻ID」を利用した情報提供を行っている。端末の操作が苦手な高齢者向けには、遠隔地にいる子供などが自分のFacebook IDを利用したサインオンで親の代理でサービスを利用できる仕組みも整えた。

▼塩尻市が運用するセンサーネットワーク(出典:「ICT街づくり推進事業について」総務省情報通信国際戦略局情報通信政策課、2013年11月)※クリックで拡大
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こうした取り組みは国際的にも評価されており、Intelligent Community Forum (ICF)による世界インテリジェント・コミュニティの2015年度最終選考リスト「Smart 21」に選ばれている。

産官学を巻き込んだ「IoWプロジェクト」

今回のアイデアソンのきっかけになったのは、大分県の安心院(あじむ)葡萄酒工房、信州大学総合情報センター、東京大学、rakumo(株)、SCSK(株)、エプソンアヴァシス(株)、そして塩尻市役所が2016年4月から始めた共同実験「Internet of Wine(IoW)プロジェクト」。現在は加えて静岡大学、(株)三菱総合研究所、(株)NTTドコモも参加している。 ちなみに安心院葡萄酒工房は、焼酎「いいちこ」で知られる三和酒類株式会社が経営するワイナリー。同社はいいちこ発売(1979年)よりも早く、1976年からワインの生産を開始している。安心院葡萄酒工房は2001年に観光ワイナリーとして開設した。

▼安心院葡萄酒工房(写真提供:安心院葡萄酒工房)
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安心院葡萄酒工房が保有するぶどう農園に東京大学が開発した同時送信型プロトコル「Choco」を使用したセンサーネットワークを設置。日照、気温、湿度、土中水分などの測定データをタイムスタンプ付きで収集し、3G回線を経由して塩尻市のプライベートクラウドに蓄積している。このデータをはじめ、ICTを高品質で生産性の高いぶどう栽培やワイン製造に活かすためのアイデアを創出するためのワークショップが今回の企画というわけだ。

▼ぶどう園に設置されたセンサー(写真提供:安心院葡萄酒工房)
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安心院葡萄酒工房と塩尻市を結んだのは、実験にも参画しているSCSK R&Dセンターの吉田柳太郎氏。ネットワーク・セキュリティコンサルタントとして長野県のICT関連の審議会委員や塩尻市の認証関連などをサポートしてきた。大のワイン好きでもある吉田氏が、国内では珍しい瓶内二次発酵で生産される「安心院スパークリングワイン」に興味を持ち、工房に連絡をとったことからつながった縁だ。そして「一緒に塩尻ワインを飲みにいって感動した」という友人・rakumo代表取締役の御手洗大祐氏の協力を得て立ち上げたという、まさに「産官学を巻き込んだ草の根プロジェクト」なのだ。

▼IoWプロジェクト立ち上げのきっかけとなった安心院スパークリングワインは、国内のさまざまな賞を受賞している。(写真提供:安心院葡萄酒工房)
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ワイン造りのプロと地元のIoT専門家がレクチャー

アイデアソンには、地元信州大学の学生、IT技術者、研究者など、20名余りが集まった。塩尻市のCTOである金子春雄氏や、塩尻ワイン大学や塩尻志学館高校で指導にあたる高橋千秋氏など、地元の専門家も加わった。全体のファシリテーションはrakumoの濱野智史氏が行った。

冒頭では、まずワインについて知るために、安心院葡萄酒工房のエノログ(高等教育又は大学の学位によって確認された科学的・技術的知識を基に、ワイン専門分野の職務を行なうことができる醸造技術者)である古屋浩二氏から、ぶどう栽培とワイン造りのプロセスについてレクチャーが行われた。

▼安心院葡萄酒工房 古屋浩二氏

安心院葡萄酒工房では、2010年に農業法人を設立し、自社畑でのぶどう生産を行っており、また自生の山ぶどうを活かした品種改良にも取り組んでいる。この日は、ワインに適した糖度の実を収穫するための芽掻き、摘芯、除葉などの作業や、収穫から仕込み、熟成までの工程が紹介された。

栽培には日照、気温、降水量などの情報が重要だ。ワイン造りに適したぶどうを収穫するためには、天候や湿度などによる水分含有量の変化を考慮し、実を見たり触ったりしながら、職人技で収穫時期を見極める必要があるといった話に、参加者は聞き入っていた。

信州大学総合情報センター長の不破泰氏からは、IoTに関する取り組みの一例として、塩尻市のセンサーネットワークの取り組みが紹介された。

▼信州大学総合情報センター長 不破泰氏

塩尻市のアドホックネットワークは、不破氏の研究成果を活かして構築されている。「私が思うワインづくりに役立つセンサーネットワークは、大量生産ではなくおいしいワインを作るためのもの。熟練者のノウハウをコンピューターがビッグデータ解析やデータマイニングで数値化していくことでこうすればおいしくなるという助言をしていくことではないか」と不破氏は述べた。

東京大学先端科学技術研究センターの神野響一氏からはChocoの時刻同期と多地点のセンサーデータ収集の仕組みについて、エプソンアヴァシスの相沢一摩氏からは実際に安心院葡萄酒工房に設置されているセンサーの配置と収集されるデータの形式についてそれぞれ解説された。

ワインの飲み手にも新たな楽しみ方をもたらすIoT

1日目のワークショップは5つのグループに分かれ、ワインづくりの課題について話し合った。1日目の最後のまとめでは、「センサーやカメラによる農場の可視化」「ワインの物語性」「楽しくやれる農業」「SNSによる人とのつながり」「味の数値化」などのキーワードが挙げられた。

これをもとに2日めは「ぶどうづくり×IoT」「ワインづくり×IoT」、「SNS」「物語づくり」の4チームに再編成し、引き続きアイデアの検討を行った。ワイン醸造の専門家である古屋氏や高橋氏、IoTの専門家である不破氏などはチームを巡回して質問に答え、助言を行っていた。

▼ワークショップ風景
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出てきたアイデアは以下のようなものだ

来年のワインになるぶどうの「今」を知る、究極のトレーサビリティ

ぶどう畑のセンサーデータを集めデータベース化し、消費者に公開する。「ぶどうの出来がワインの味を決める」ことから、ぶどうの環境がわかれば翌年にできるワインの味が予想できる。生のリアルタイムデータを公開することで、コアなファンづくりを狙うとともに、生産者はデータを活用して品質向上や害虫発生などのトラブルの原因究明に役立てる。

小さな樽で醸造する「俺の葡萄酒・シムワイン」

ワイン醸造に関連するさまざまなパラメーターを素人が自由に調整し、樽の単位で醸造する。できたワインは醸造職人による評価と本人による評価で、「味」を格付けする。ビッグデータとして樽ごとのパラメーターとワインの状態と評価を蓄積しておき、パーソナライズされた好みのワインづくりに活かす。素人が入ってパラメーターの幅が広がることで、突然変異的に「美味しい組み合わせ」が誕生する可能性も狙う。

グラスをセンサーに「一緒にワインを楽しむ」SNS

「塩尻ワインの経験を通じて人をつなぐ」をテーマに、ワインのうんちくを思う存分語り合いながら飲めるオンライン飲み会の場を作る。塩尻名産の漆器ワイングラスにRFIDを仕込み、そのグラスをスマホに近づけることで「ワインを飲み始めた」ことを感知してアプリが立ち上がりその時飲んでいる人とコミュニケーションが取れるようなSNSで「塩尻ワインを楽しむ文化」を育てる。

ノンフィクション小説「桔梗ヶ原」

塩尻志学館高校がワインを作りはじめたきっかけは、戦中に軍需工場として「酒石酸生産」のためだった。というところからはじまり、志学館高校に入学したヒロインが塩尻の文化とワイン生産の歴史、醸造の化学、センサーを活用したIoT、インバウンド向けの英語などさまざまな学びを得ながらワインを作る物語。大人になって成功したワイン醸造家となったヒロインの視点から振り返る。20XX年、NHK朝の連続テレビ小説としてドラマ化を目指す。

▼各チームによるまとめの発表
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古屋氏からは、「とても楽しかった。お客様による仕込み体験を実際にやっているので、シムワインのようなものは発展性があるかもしれない。作る側としても今回得た知見を活かしていきたい」と講評があった。

ちなみに、吉田氏と御手洗氏を引き合わせた伊藤穰一・MITメディアラボ所長からは、以下のようなメッセージが寄せられたそうだ。

The project looks so fun and exciting that I wish I had time to participate in things like this. I remember working with you fondly and hope that we get to connect again sometime. The best of luck on this project and your other endeavors and please keep me abreast of your activities.

- Joi

IoWプロジェクトでは、引き続きデータを収集・蓄積するとともに、「今回はアイデアソンだったが、ハッカソンとして実際にものづくりに取り組む機会も持ちたい」(rakumo・御手洗氏)とのことだ。ワイン×IoTは、ワインの作り手の課題を解決するだけでなく、飲み手にも新たな楽しみ方をもたらす可能性を感じられた2日間だった。

▼参加者全員の記念撮影
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板垣 朝子(いたがき・あさこ)

WirelessWire News編集委員。独立系SIerにてシステムコンサルティングに従事した後、1995年から情報通信分野を中心にフリーで執筆活動を行う。2010年4月から2017年9月までWirelessWire News編集長。「人と組織と社会の関係を創造的に破壊し、再構築する」ヒト・モノ・コトをつなぐために、自身のメディアOrgannova (https://organnova.jp)を立ち上げる。