Pokémon GOとLINEモバイルが問いかける、ゼロレーティングの現況とこれから
2016.08.22
Updated by Yoshiko Kano on August 22, 2016, 06:15 am JST
2016.08.22
Updated by Yoshiko Kano on August 22, 2016, 06:15 am JST
7月22日にポケモンGOがリリースされ1ヶ月が経ちました。ドハマリしているひと、もう飽きちゃったひと、なんだよingressの時は大騒ぎしなかったくせにとヘソを曲げているひと、それぞれかと思います。米T-Mobileはリリース前にポケモンGO関連データ料金の特典プランを発表し話題になりましたし、日本でもMVNOがポケモンGOのみ通信量の上限なしで遊べるプランを出したりと、話題には事欠かかないポケモンGO旋風だったと言えるでしょう。
ここでよく登場するようになったのが「ゼロレーティング」あるいは「ネットワーク中立性(ネット中立性)」というワードです。見慣れない言葉で身近なモノとは思えないし、だいたいインターネットの中立性って、わざわざ言わなくてもそんなこと当たり前じゃないのか、なんだかよくわからんけどポケモンGOやり放題でデータ料タダって最高じゃない?そういえばFacebookのデータ料タダとかも日本以外ではあるんでしょ、それがいいなぁ等…いろんな思惑が錯綜する今だからこそおさらいしたい「ゼロレーティング」。
そんな折り、「ゼロレーティング(Zero Rating)の現況について」と題した、インターネット・ソサエティ日本支部(以下ISOC-JP)主催の参加費無料ワークショップが、2016年8月1日に開催されました。講師に日本ネットワークイネイブラー株式会社代表取締役社長である石田慶樹氏を迎え、24名の参加者と共に車座になって本テーマに関わる問題意識を共有、後半は参加者も含めた活発な議論が行われました。
▼日本ネットワークイネイブラー株式会社 代表取締役社長 石田慶樹氏
ゼロレーティングの周辺キーワードとなっているのはポケモンGOだけではありません。今春にはLINEが「LINEモバイル」を発表し、LINE、Facebook、Twitterなど主要なSNSアプリの利用データ通信量をカウントしないプランなどを発表し、話題になりました。(参考:LINEがMVNO「LINEモバイル」に今夏参入、LINE使い放題で月額500円から)ポケモンGOもLINEも、一部のアーリーアダプターに留まらず、実に幅広い層が利用しているアプリです。
ユーザーのお財布にとって歓迎すべきサービスであるこれらのプラン、これらがまさに「ゼロレーティング」に関する話題そのものです。元々はモバイル事業者主導で特定のアプリやサービスについて課金しないことをゼロレーティングと言っていましたが、近年では特定のプレイヤーが支援することで、特定のアプリやサービスへのアクセスを無料で提供する場面でもこのワードが使われるようになりました。
さてこのゼロレーティングを実現するには、無料にするアプリやサービスと、課金するものを区別しなければなりません。実現方法としてはいくつか方法があるのですが、ここで問題になっているのはDPIと呼ばれる手法で、「IPパケットの中身を深く検査する技術」のことです。
▼石田氏スライド資料より引用
オススメするにせよ無料にするにせよ、なにかしら「個別の」サービスを行うためには、ユーザーの行動履歴の中身を見ることが必要になります。その為に必要なDPI技術の利用は、ネット広告のターゲティングで話題になった2010年頃は大きな批判があったものの、近年はMVNOによってなし崩し的に行われているのが現状だそうです。
今まで日本の通信事業者は、電気通信事業法第6条の「通信の公平性(ネットワーク中立性)」や日本国憲法第二十一条に代表される「通信の秘密」を厳密に守り、これらを侵すことに対して非常に神経質になってきました。DPI利用に対して否定的立場からは、ゼロレーティングに於けるDPIが「通信の秘密」を侵す可能性があり、オペレータの恣意性が入ることでネットワーク中立性が損なわれる観点などが挙げられています。
一方、これらの法律が作られたのは昭和の時代、通信はまだ民営化していなかった時代のルールであり、現代インターネットの時代には適合しなくなってきているのではないかという議論も起こっています。
▼石田氏スライド資料より引用
日本国憲法第21条第2項の「検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。」という条項は、公権力による検閲、調査のことを想定して作られた条文です。一方で、現在の通信インフラは民間企業によって運用されており、自由競争下であることを前提条件とした上で、社会インフラとして期待されている公平性、安定性を担保しつつイノベーションを産み出すような新たな規制を時代が要請しているとも言えるでしょう。
ゼロレーティングのプラス面・マイナス面や課題のまとめとして、Mozilla Japanが掲載している記事(オリジナルの英語版はコチラ https://blog.mozilla.org/netpolicy/2015/05/05/mozilla-view-on-zero-rating/)を紹介しておられました。現在でも各国政府また専門家、事業者によって様々な立場があるゼロレーティング問題の様子がよく分かる内容になっています。
石田氏からのゼロレーティングに関する現況説明、問題提起の後は、参加者からの質問に応えるかたちだけでなく、各分野に於ける参加者同士による実務や現状に即した質問や議論が交わされました。
参加者「ゼロレーティングは違法なのか、通信の秘密が引っかかってグレー、という認識でよいのか」
石田氏「違法と断ずることは難しい。ただ、やるのであればきちんと制度やガイドラインを制定するべきなのではないか、ということ」
参加者「やる際にネットワークや市場のことを考えて策定しないと、(特定の事業者のみが有利になることで)結局消費者に不利益になるということか」
石田氏「それがLINEモバイルで出てきたマーケットにおける占有率の問題。MNOが負っているものと同じような、接続義務を課すなど、やり方はあるのかもしれない」
参加者「DPIを使わないゼロレーティングについて、問題になりにくいのは何故か」
石田氏「フリーダイヤルやテレホーダイなどの今まで利用されてきたサービスは、利用実績の観点から問題になりにくい。これまでの0120のようなサービスと今議論になっているゼロレーティングで最も違うところは、特定の第三者が提供するサービスを決めて特別扱いしているというところ。これが良いのかどうか、議論が待たれる」
参加者「特定のサービスしか利用できない専用SIMとゼロレーティングはイコールなのか」
石田氏「アマゾンのKindle専用SIMやイントラネット用SIMのようなものは出ているが、それはアウトではない(法的に問題はない)。整理やカテゴリ分けが必要になってくると思う」
参加者「お金を払ったら優先的に帯域を確保して欲しいという要求はあるように思うが、現状のインターネットでは難しいのだろうか」
石田氏「USでは認められていないが、国内では通信の秘密に抵触しなければ問題無い」
参加者「ネットワーク中立性についてアメリカではFCCがルールを提出しており裁判所も支持しているようだが、日本での議論はどうなっているのか」
石田氏「ネットワーク中立性について気にしている人達はいるものの、レギュレーションは無い。LINEモバイルのようにコンテンツホルダーがMVNOを始めて自分たちのコンテンツを優先的に扱った場合でも、日本ではあまり話題にならない傾向がある」
参加者「競争政策的なところで、公正取引委員会の扱うような問題に近づいている?」
石田氏「以前はネットワーク中立性の問題はコンテンツレイヤー対アイボールネットワーク(アクセス網側)の間での綱引きであったのが、現在新しいフェーズとしてコンテンツ同士の綱引きがそのままアイボールシェアに直結する可能性があるという、別の断面としてのネットワーク中立性の問題が出てきているという認識。アプリケーション側の人達がネットワークの方へくるにあたって、インフラ側が暗黙のウチに守っていたルールを知らずに軽々と一歩二歩踏み越えてくる。それが果たしてどうか、というのが現実」
ISOC-JPでは、今回のようなワークショップを定期的に開催しており、今年取り扱ったテーマは「インターネットガバナンスの話題としての「IANA監督権限移管」を通じて感じたこと」「セキュリティオペレーション自動化に向けた、基盤技術と共通インターフェースの構築」「グローバルにおけるIXPをとりまく技術および技術以外の近況」など、毎回ホットな話題を据えられています。
今回のワークショップは、今までの開催のうちでも、参加者数の多い会になったとのこと。非常に密度が濃い議論を通して、ゼロレーティングへの注目度の高さが感じられ、考えさせられる時間となりました。
【関連情報】
・ゼロレーティングの現況について(プレゼンテーション資料)
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青山学院大学史学科、東京藝術大学声楽科、京都造形芸術大学ランドスケープデザインコースを卒業。京都造形芸術大学大学院芸術環境専攻(日本庭園分野)修士課程修了。通信キャリアにてカスタマサービス対応並びにコンテンツ企画等の業務に従事、音楽業界にてウェブメディア立ち上げやバックヤードシステム開発、コンサート制作会社での勤務を経て、現在はフリーのヴォーカリスト、ヴォイストレーナー、エディター、ライター。
http://kanoppi.jp