※画像はイメージです original image: © maxcam - Fotolia.com
4K映像伝送に向けいよいよ始まった放送機器のIP化
2016.10.24
Updated by WirelessWire News編集部 on October 24, 2016, 06:30 am JST
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2016.10.24
Updated by WirelessWire News編集部 on October 24, 2016, 06:30 am JST
4K非圧縮映像をIPネットワークで伝送するのは、そう簡単なことではありません。13Gbpsというと、10ギガビットイーサネット回線が2本必要になってしまいます。そこで、圧縮技術が登場することになります。現在欧米でポピュラーなのがJPEG 2000(J2K)という圧縮形式です。非可逆圧縮形式ですが、"visually lossless" (見た目のロスなし)を800Mbps程度で達成できると言われています。帯域で1Gbpsを切ることができれば、4KのIP伝送は現実味を帯びてきます。10ギガビットイーサネット回線2本ともなると多大なるコスト出費に迫られますが、1ギガビットイーサネット回線であれば低コストのネットワーク機器を用いて、安価なサービスを複数選ぶことができるようになるからです。
IPネットワークの可能性は、既にお天気カメラの伝送や携帯網を使った現場中継で示されています。これまで高価、あるいは限定的だった遠隔地からの中継が簡単に実現できるようになるのです。実際、お天気カメラなどはカジュアルな装置として普及しています。SIerが大掛かりなシステムを提案するのではなく、既に世の中に広まっているパーツを組み合わせて使う。まさにインターネット的な考え方です。こうした考え方が成功し続けてきたことが、放送機器のIP化に向けたダイナミックな動きに繋がってきたと、筆者は考えます。
放送機器メーカの観点では、IP化に伴って自らの指針に選択を迫られていると言えます。これまで蓄積してきたSDI(Serial Digital Interface:同軸ケーブルを用いて映像を伝送する規格)の技術とは別に、光ファイバー、そしてIPという新しい技術に取り込む必要があるからです。IPは放送機器の根幹部分に入り込んでいくだけに、どのように取り込むべきなのか悩ましいところではないでしょうか。放送機器では、IPの世界とは別の「ルータ」と呼ばれる機器が存在します。字義どおり、映像のソースとディスティネーションのペアを決定する役割を持ちますが、この映像ルーティングの機能をIPスイッチ機器の上位に構築しなければなりません。アプリケーションレイヤーとトランスポートレイヤー、双方への深い知識が要求されることになります。
放送機器メーカのアプローチはさまざまです。カナダのEvertz Microsystems社は数年前から"Software Defined Video Network(SDVN)"というコンセプトを提唱し、自ら、機器へのIP技術実装を進めています。もじりではありますが、まさに自分たちのためのSDNを作り上げているのです。筆者はこの点に興味を覚え、Evertz Microsystems社のSDVN担当エンジニアにインタビューしたことがあります。もともと、映像系のエンジニアリングをしていたが、2010年頃から社の方針でEthernetやIP技術の獲得を始めたと語ってくれました。彼らには、IP及び映像レイヤーを垂直横断的に設計・実装できる強みがあると、筆者は考えています。
別のアプローチとしては、Cisco Systems社、Juniper Networks社やArista Networks社など、IPネットワーク機器メーカと連携するという放送機器メーカが多くみられます。もはやコモディティとなったIPネットワーク機器を、カジュアルに使えるようになるのが一番良い。自社でIP技術の開発をするより、多機能・大量生産されている機器と組み合わせられるようにするのが好ましい、ということでしょう。これはこれで慧眼と言えるでしょう。なにより、IPネットワークに対する考え方が合理的です。
1点考えなければならないことは、これらIPネットワーク機器メーカと放送機器メーカそれぞれが考えているIPネットワークというものに齟齬が生じていないかということです。IPネットワークは汎用的であるが故に繁栄してきました。メールもWebもストリーミングも、すべて同じIPネットワーク機器で扱うことができます。一方、放送機器メーカが想定するのは、極端に言えば「放送事故の起きないIPネットワーク」です。ここには大きな開きがあります。IPネットワークでは冗長性を確保するために、ルーティングプロトコルが用いられています。途中の経路で回線断があったとしても、自動的に切り替えや迂回させることができます。例えばWebの閲覧やビデオチャットなどでは切り替えがあったとしても気づかないことがほとんどでしょうが、秒間60フレームをコンスタントに送り続けるようなSDI over IPの世界で、果たしてその切り替えが受け入れられるでしょうか。
放送業界では、よく「A系/B系」というアクティブ-アクティブの構成が取られています。これをSDI over IPに適用すると、JPEG2000の4K映像を、A系回線・B系回線パラレルに送出し、受け側ではどちらかの信号を採用するという形になります。最もクリティカルな用途であれば、そのような構成にならざるを得ません。しかし、この「A系/B系」は設備投資が倍になるというデメリットもあります。もう少しIPネットワークのカジュアルさを活かした構成は作れないものだろうか。ネットワークの良いところとSDI over IPは、果たしてどこで折り合いをつけるべきなのでしょうか。
もちろん目的志向で作成されているIPネットワークも存在します。その一例が、ナノ秒のレベルでネット取引を成立させるためのトレーディングネットワークでしょう。このような非常に高いレベルの要求に応えるIPネットワークが構築できるかどうか、ポイントになるのはIPネットワーク機器メーカ、そして私たちのようなネットワークサービスプロバイダの回答にかかってくると考えています。
文:山本文治(IIJ 経営企画本部 配信事業推進部 シニアエンジニア)
※本稿は“Internet Infrastructure Review vol.29 「いよいよ始まった放送機器のIP化とIIJの動き」”を一部編集し、転載したものです。原文では、米国の放送関連の規格動向やIIJで実施した、SDI over IPの実証実験についても紹介されています。
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