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ロボティクス

ブラック労働と人工知能とロボティクス

Guide to Spacer world

2016.10.30

Updated by Ryo Shimizu on October 30, 2016, 09:12 am JST

 筆者が大学生になった1995年は、日本でもちょうどWorld Wide Webが話題になり始めた頃でした。
 アメリカの大学生が開発したMosaicというソフトが大流行し、筆者も話題のインターネットとやらを試しにワクワクしながら大学の計算機センターに入ったことをふと思い出しました。

 計算機センターにはSONYのNEWSというワークステーションがずらりとならび、高精細な白黒ディスプレイに小さな文字が所狭しと並んでいるのが、普段大雑把な解像度でしかコンピュータを体験してこなかった少年の日の筆者の心を踊らせました。

 当時のWorld Wide Webは、まだ黎明期で、検索エンジンすらもありませんでした。
 筆者らはNTTの研究所の誰かが作った「主要なWebページ一覧」という、極めてざっくりしたリンク集を手がかりにしてしかインターネットを放浪することができなかったのです。

 あるとき級友が「どうもヤッホーというサービスが便利らしい」と言ってきて、それはすぐにYahoo(ヤフー)というサービスだということがわかります。Yahooも、アメリカの大学生がなんとなく作り始めたリンク集で、それはすぐに会社になり、インターネットの事実上の支配者になりつつありました。

 筆者が学生と社会人の間のような立場で、まだ小さかった株式会社ドワンゴに参加した頃、会議室では大真面目に「なぜ我が社のWebページへのリンクがYahooに無いんだ」ということが議論されていました。Yahooにリンクがないということは、インターネットでは存在しないも同然だったのです。

 その頃のYahooでは、「サーファー」と呼ばれる職業の人を大量に雇用していました。
 「サーファー」は、申請されたリンクを見に行き、Yahooに掲載するのにふさわしいかどうか判定する専門職です。

 その頃のYahooは毎日膨大な量の新規リンク申請を受け付けており、とても小さい会社のリンクまでは手が回る状況ではありませんでした。

 サーファーという、人力に頼るやり方から、ページの被リンク数からページの重要度を推定するページランクというシンプルなアイデアを利用して、ロボットに自動的にネットを検索させるロボット型検索エンジンをGoogleが開発し、Yahooに提供することにしました。

 しばらくの間、ネットサーファーとロボット型検索エンジンを併用していたYahooでしたが、ロボット型検索エンジンの威力に気づいたYahooはGoogleとの契約を破棄して、別のロボット型検索エンジンを採用します。

 困ったGoogleは仕方なく自社で検索ポータルを始めます。
 結果的には、検索しかしないシンプルなトップページがウケて、莫大な利益を生む会社になりました。

 サーファーという人間の作業をロボットが奪う、という現象は、既にこの時点から起きていたのです。

 ブラック労働というのがとかく話題になります。たとえばワンオペと呼ばれる、牛丼チェーンの深夜一人での営業とか、コンビニエンスストアのシフト問題などです。

 コンビニエンスストアもそうですが、基本的に店舗というのはシフトが埋まらないと営業できないため、コンビニで働くアルバイトは常に24時間ぶん必要なわけです。それを集めるのだって大変なのに、アルバイトの統制をとったり、内引き(店員による万引き)を防いだりとコンビニのオーナーは気が気ではないでしょう。

 しかしコンビニや牛丼チェーンの果たすべき役割を考えると、そもそも人間は必要ないことになります。
 コンビニの店員との心のふれあいを求めるお客さんは基本的にいません。だとするとコンビニは巨大なウォークイン自動販売機でいいはずです。

 AIを搭載した防犯カメラがあちこちに設置され、万引きを防止したり、犯罪が行われていればすぐに警察に通報。近くに待機していた警備会社かなんかの警備員が駆けつけます。

 どのみち公然と行われる犯罪を防ぐことはコンビニ店員の手に余るので、警備員か警察をすぐに呼ぶべきでしょう。

 コンビニにおける人件費は非常に高く付きます。
 なにしろ全く何も売れなくてもアルバイト代だけは払わないとならないからです。
 時給800円として、常に二人がいることにすると、一時間あたり1600円、24時間で3万8400円、30日で115万2000円にも達します。

 あれだけの品揃えで、しかも賞味期限付きのものも扱っているわけですから、よほどモノを売らないと絶望的です。
 しかもたいていのコンビニは契約により、必ず24時間営業しなければなりません。

 都心ならともかく、僻地のコンビニは生き残るのにも死活問題です。逆に言えば、だからこそ僻地にはコンビニがないのです。

 さて、完全に自動化し、無人化したコンビニが、あるとき既存の有人コンビ二の隣にできるとします。
 ただし、全ての商品は無人コンビニでは半額で提供されています。なぜなら毎月100万円以上かかっていた人件費が、まるごとかかってないわけです。警備会社と契約したにしても、毎月100万円ということにはなりません。

 原価は1/4になり、売値が半額になってもまだ儲かります。

 そうなると、隣にある有人コンビニは潰れますが、世の中からブラック労働は一つ減ることになります。
 

 筆者の父は工場に勤務していました。
 工場というのは稼働率が命ですから、24時間稼働が当たり前です。
 そのため、三交代制で働いていました。

 三交代制は工場が充分な安全性を確保するための施策です。だからこれは厳密にいえば人間に無理を強いるブラック労働ではありません。

 しかし三交代制は家族とのふれあいの時間を著しく損ないます。

 筆者は子供の頃、ほとんど父の姿を見たことはありませんでした。
 父は筆者が朝学校に行く頃に帰宅し、夕方返ってくる頃に出勤するという生活を続けていて、せいぜい週末くらいしか父に会うことはないのですが、それであっても、地震が来たり雷が落ちたりすると、父は休日だろうが深夜だろうかすぐに工場に駆けつけて設備が正しく稼働しているかどうか確認し、必要に応じて修理や応急処置をする必要がありました。

 こうした仕事、「できればやりたくないが、誰かがやらなければならない仕事」は完全にはなくならないでしょうが、AIとロボットの発達によってかなり限界まで減らせるのではないかと思っています。

 たとえば命の危険が伴う仕事もその一つです。
 ベーリング海のカニ漁は命の危険が伴う大変な労働です。
 しかしそれがロボット漁船に置き換えられたらどうでしょう。
 生命の危険がないのでカニの価格は大幅に下落すると考えられます。

 養殖や農業でもロボット化が進めば原価が大幅に減ることが予想されます。

 ではそうやって危険な仕事、できればやりたくない仕事が置き換わっていったら、我々はなにをして暮らすのでしょうか。

 公にはあまり指摘されないことですが、実際の労働には二種類あります。

 ひとつは、ある時間のあいだ、雇用主に頭脳や体力を貸し出して、その対価として給与をもらう仕事。要は「ガマンする代わりに給料をもらう仕事」です。ここではこれをレンタル型労働と呼ぶことにします。レンタル型労働のうち危険や健康被害を伴うものはどんどんAIとロボットに置き換わっていくでしょう。筆者はいわゆる危険という意味でのブラック労働はAIとロボットによって減らせると考えています。

 もう一つは、雇用主の用意する環境を上手く利用して、自分の能力を高めて表現し、その対価として給与をもらう仕事です。これは修行型労働と呼ぶことにしましょうか。

 この2つの違いは、ハッキリ言ってしまうと、前者はアルバイトや契約社員、期間労働者、いわゆるサラリーマンのような仕事、後者は職人の仕事です。

 ただし、サラリーマンであっても職人的な働き方をする人は、労働の実態としては修行型労働になっている人も居ます。そして残念ながらブラック労働と呼ばれるのはこの修業型労働の中から生まれます。

 過剰な接待やサービス残業、休日まで上司の遊びに付き合わなくてはならなくなるのはなぜか。
 それは、みんながそれを修行の一種だと思っているからです。

 やる気満々の部活のようなものです。修行すればするほど売上が上がり利益が出ると思っているわけですから、修行しない人はダメ人間の烙印が押されます。

 残念ながらAIは修行型労働を置き換えることはできません。
 なぜなら修行型労働という価値観の中においては「人間が修行することが大事」という大前提があるからです。AIが酒の接待をしたり、サービス残業したりしてもありがたがる人は居ません。むしろ接待を受けてる側とすれば、どこかバカにされているように感じるのではないでしょうか。

 ところが修行型労働の世界では、実際に高い地位を得るためには修行をどれだけ積んだかということよりもいかに効率的に働いたかということのほうが重要です。

 頭の使い方を間違うと、ただひたすらサービス残業してあとには何も残らないということになります。

 たとえば筆者は接待をしません。接待で仕事をとってきた人をほとんど見たことがないからです。接待をするくらいなら研究をしてその成果で人をひきつけたほうがずっといいと思っています。研究は、会社の業務時間内に終わることは殆どありませんが、それは筆者の興味がそこにあることなので、これをブラック労働とは筆者自身は思いません。ただ気をつけているのは、それを他人に強要しないということです。

 どこに重きを置くか、何に興味を持つかという価値観は人それぞれなのでそれを他人に共有しようとすると齟齬が生まれ始めます。

 実際には修行型労働というのは実は思い込みに過ぎません。

 たとえば人間はきちんと睡眠をとらないと正常な判断ができません。
 たまに睡眠時間が少ないことを自慢する人が居ますが、そもそも睡眠時間が少ないと、判断能力が人より劣っているので、間違ったことを自慢してしまっているのです。

 AIはそういうことに関しては役立つ可能性があります。
 

 たとえば夕方に「今から○○を全部調べておいて」という無茶な命令を出されたとき、自分で調べるのではなくAIに調べさせることで労働時間を節約できます。

 プログラマー的思考を身につけることの利点のひとつは、「これはバカバカしいからやらない」という仕事の判断が早くできることです。

 もしくは「まさか人力でやるんじゃないよね?これを調べるプログラムを書けばいいんだよね?」と問題を上手くすり替えてできるだけ無駄な時間を使わなくて済むようにします。

 たとえ修行型労働であっても、いや、むしろホワイトカラーの修行型労働者にとってはAIを活用できる人とできない人では今後の活躍の仕方は大きく変わってくるでしょう。

 そんな時代でもAIが調べ物をしている間に接待には行かなきゃならないとは思いますが、両方やるよりはマシですよね。

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清水 亮(しみず・りょう)

新潟県長岡市生まれ。1990年代よりプログラマーとしてゲーム業界、モバイル業界などで数社の立ち上げに関わる。現在も現役のプログラマーとして日夜AI開発に情熱を捧げている。

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