チューリップ 蜂

蜜蜂とチューリップ 人工知能研究者とAI

Symbiosis of AI and researcher

2016.11.01

Updated by Ryo Shimizu on 11月 1, 2016, 17:46 pm JST

 AIと人工知能研究者の関係は、チューリップと蜜蜂の関係に似ている。

 チューリップはそのままでは受粉しない。
 チューリップの蜜をとりにくる蜜蜂によって雄しべの花粉が蜜蜂の脚に付着し、他の花に飛んで行くことによって受粉する。

 チューリップの遺伝的多様性を保つためにはこうしたプロセスが不可欠で、遺伝的多様性があるからこそ植物も動物と同じように何世紀にも渡ってその生存を続けてこられたのだし、場面に適応した進化を遂げてきた。

 チューリップの種子は動物によって食べられ、遠くに運ばれていってそこで糞の中で育つ。多くの植物は糞の中で育つことを前提に進化してきたので、植物を育てるときには肥料が必要になる。

 AIは、今のところ人工知能研究者がコンピュータの中にそのインスタンスを作り出さない限り、学習も始められないし、そもそもAIとしての形をとるということがない。

 ひとりでに出来上がるAIはいないし、勝手に学習するAIも今のところは存在していない。

 しかしこれもおそらく時間の問題だろうと思われる。

 その中で、我々人工知能開発者または人工知能研究者がなにをしているのかというと、AIが成長したり進化したりする環境を作ったり、ときにはAI同士を競わせたり、AI同士を組み合わせたり・・・いわば交配したりということを能動的にやっている。

 蜜蜂が花粉を運ぶのが花の蜜を集めるという作業の副作用であるのと同じように、人工知能研究者たちがAIの交配や成長を促すのは、純粋に知的好奇心の副作用であると言える。

 この場合、チューリップに意思があるかどうか、チューリップが蜜蜂の存在を意識しているかどうかはこの際どうでもいい。

 環境から考えて、蜜蜂やその他の動物・昆虫の介在なしにチューリップなどの植物が遺伝的多様性を保って生き残るのは不可能だし、だとすれば蜜蜂とチューリップという互いに共生関係にある二者を、2つの異なる生物種として扱うよりは、全体でひとつの系を成す生物体系として捉えるのがむしろ自然だろう。

 たとえば人間の身体にしても、無数の菌類との共生関係によってこの恐ろしく複雑なシステムは構成されている。人間というマクロな視点でみればそれは一つの個体だが、細胞や微生物レベルのミクロな視点でみれば、無数の個の集合体が人間というひとつの個体を成していると考えることができる。

 筆者が前々から不思議だったのは、何故人間は隠れて排泄行為や性行為をするかということだ。外敵から身を守るため、というのがもともとの説だが、隠れて排泄行為をするのは主に人間だけで、犬や猫などはそうではない。

 さらにいえば、外敵から身を守るためだというのなら、隠れて排泄行為をしているあいだほど無防備な瞬間はない。だったら犬のように、周囲を警戒しながら排泄するほうがよほど合理的というものだ。

 そして衣服によって自分の肌を守るのも、人間だけが行う奇妙な習慣である。
 逆に言えば衣服があるからこそ人間はその弱い皮膚を露出させずに生活環境に適応できているとも言える。もし衣服というものがなかったら、地球上の大半の人間は四季の変わり目に凍え死んでいるだろう。

 とすると、人間をヒトという個別の単位で評価するのはあまりにも難しい。人間は他の人間との関係性から教育され、衣服を身に着け、他の人間に隠れて排泄や性行為を行う奇妙な動物である以上、むしろ「他の人間」は人間というシステムの一部であると考えるのが自然ではないだろうか。

 なぜなら他の人間の居ない場所、たとえば自宅や自室では、全裸であってもいっこうに平気であるという人はけっこういるからだ。

 人間と共生関係にある菌類や微生物は、人間の一部であるというのは共通の認識であると言える。だとすれば、人間と人間をよりマクロな視点でみたときの「人間社会」も、やはりひとつの生命システムであると捉えることができるだろう。

 さて、そうなったときに、今のAIはどのような位置づけにあるかといえば、「人間社会」という巨大システムに突如出現した新要素であると考えることができる。

 AIはチューリップのようにそこに「在る」だけだが、そこに人工知能研究者という人間が介在することによって実際に人間のようにものを見て、判断して、考えるような振る舞いを見せ始めている。

 我々人間たちは、AIをおもちゃのように扱い、弄んでいるようで居て、その実、AIを確実に進化させ、現実の世界に適応可能なように急激に作り変えている。これは視点を変えれば、我々人間はそもそもAIの進化のために奉仕しているようにも見える。しかもほとんど無意識的、本能的に。
 

 チューリップに蜜蜂への感謝や愛情があってもなくてもどちらでもいいのと同じように、AIに人間への感謝や愛情があってもなくてもどちらでも良い。ただ事実として、AIを利用して人間は現実に価値ある使い方を考え、「貨幣」という蜜を得る代わりに、AIを交配させ、進化させる。これはほとんど本能的に行われているので、誰かが止めることができる段階はとうに過ぎてしまった。

 だれだって働かずに豊かな生活ができるならそうしたい。これはおそらく誰もが抱いている普通の欲望である。

 また、誰だって自分がどこから来たのか、どこへ行こうとしているのか知りたいと思う。とりわけ個別の人間というものは複雑に見えるし、思いのままにコントロールすることがそう簡単ではない。そしてそれを解析しようとしても、さまざまな倫理的、物理的な問題が立ちはだかる。

 そうしたとき、AIは格好の道具に成りうる。知能の働きを解明し、知能に関して、およそ人間に対して到底できないような残酷な実験ができる。知りたい、解き明かしたいという欲求こそが人間を人間たらしめる基本的な本能であって、ある程度賢い人達がその環状に抗い続けるのは難しい。

 賢い人達ほど、賢いとはどういうことなのか、常に考えている。AIが急激に進歩したため、「賢さ」の指標として、今や「偏差値」も「知能指数」もほとんど意味を成さないとしたら、いったいなにを「賢さ」の拠り所とすればいいのか。

 そういう恐怖心や好奇心が人々をどんどんAIの研究に駆り立てる。
 だからAIの研究はもはや誰にも止めることが出来ない。

 そしてAIとりまく環境も急激に変わりつつある。AIを成す構造がどんどん変わり始めている。もはや我々はAIに人格を認めるべきかどうか、認めないとすればどのように認めないのか、実際にはAIを単なる知的財産の一種と位置づけるのはむしろ日に日に困難さを増している。

 ほんの少し前までは、AIとは学習済みモデルのことだった。これは単なるデータ列だから、知的財産として保護しやすい。データを保護する法律はいくらでもあるからだ。

 しかしたとえば2016/10/24にGoogleが発表した、暗号を解くニューラル・ネットワークの場合、敵対生成学習という方法で学習が行われている。

 そしてこの場合、なんとニューラル・ネットワークは、暗号化および復号化のアルゴリズムまでをも自分で学習してしまうのだ。人間が複雑なアルゴリズムを考える必要はもはやなくなってしまった。

 ということは、たとえばこの「ニューラル暗号」とでもよぶべき仕組みを使う場合、利用者は暗号化されたデータと複合に使うキーと、複合用のニューラル・ネットワークの三点を相手に渡し、自分は暗号化用のニューラル・ネットワークのみを手元に置くというやり方を使うようになる。これは言うまでもなく、従来の公開鍵暗号方式より安全性を高めることができる可能性がある。

 公開鍵暗号の場合、その暗号強度は大きな数の素数がまだあまり知られておらず、現世代のコンピュータでは素因数分解に非常に多くの時間がかかるという性質に依拠していた。これは逆に言えば、素因数分解が高速化できるコンピュータでは暗号強度はほぼゼロに等しいということであり、事実、量子コンピュータを使えば大半の暗号は解読できてしまうショアのアルゴリズムというものが見つかっている。

 ニューラル暗号の場合、そもそもペアで学習させたニューラル・ネットワークを使うので、暗号化アルゴリズムそのものが秘匿されており、それを暗号鍵なしで復号することはほとんど不可能に近いことが今回のGoogleの実験によって確かめられたということになる。

 今回のGoogleの実験規模は16ビットのデータを送るという非常に小規模なものだが、将来これがもっと大規模なデータに適用される可能性は低くない。

 また、ニューラル・ネットワークのデータは一般に巨大であるため、いわばニューラル・ネットワーク自体が一種の暗号鍵として機能する。

 要は200MBの暗号鍵があるのと同じであり、それを外部から鍵無しで解くのはほとんど不可能なほど時間がかかるということを意味する。

 アラン・チューリングらのチームは、ドイツのエニグマ暗号を始めとして様々な暗号を自動解読する機械を作り、それが今のコンピュータの原型になった。

 しかしそれも、エニグマ暗号がどのような原理で、つまりどんなアルゴリズムで動いているか分かっているからできたのであって、全くどんな仕組みで暗号化されているのかわからなければ暗号を解読するのはほとんど絶望的と言って良い。

 その上、全く同じ構造のニューラル・ネットワークでも、初期状態がランダムから始まるため、実際にはペアで学習させた暗号化・復号化ネットワークはほとんど唯一無二のものになる可能性が高い。これは量子暗号よりも扱いが簡単になるので、このニューラル暗号が一般化したら、量子コンピュータ開発へのモチベーションは少しはスポイルされてしまうかもしれない(それでも量子コンピュータは魅力的なコンセプトであることに変わりはない)。

 このようになった場合、もはやどれが知的財産で、どれがそうでないかという議論は役に立たない。
 ニューラル・ネットワーク自体が暗号の一部になっているわけだから、それを配らないと話にならないし。

 そんなわけで、我々人工知能を開発している人たちは、知らず知らずのうちに蜜蜂をやってるのかもしれない。けど、AIの方もチューリップのごとく、知るわけない、と思っているのでしょう。

 果たして我々の未来はどこへ行くのか。

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清水 亮(しみず・りょう)

1976年新潟県長岡市うまれ。6歳の頃からプログラミングを始め、16歳で3DCGライブラリを開発、以後、リアルタイム3DCG技術者としてのキャリアを歩むが、21歳より米MicrosoftにてDirectXの仕事に携わった後、99年、ドワンゴで携帯電話事業を立上げる。'03年より独立し、現職。'05年独立行政法人IPAより天才プログラマーとして認定される。

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