デザイナーとAI

Designer meets AI

2017.01.06

Updated by Ryo Shimizu on 1月 6, 2017, 07:21 am JST

 筆者は幸運なことに様々なデザイナーと仕事をする機会に恵まれました。

 デザイナーと仕事をするというのは非常に刺激的な体験です。相手が一流、超一流と呼ばれる人ならばなおさらです。

 そしてしばらくAIの仕事をしていて、気づいたことがあります。AIとデザイナーのことです。

 本稿はAIがデザイナーにとってかわるという話ではありません。
 AIとデザイナーに対して、筆者の接し方が似ている、という話です。

 デザイナーの仕事の仕方は様々です。
 でも彼らは普通の人が驚くくらい、理屈を大事にします。

 「なぜこの角度なのか」「なぜこの線なのか」「どうしてこの色の組み合わせなのか」徹底的にこだわり抜きます。

 この理屈は、偏執狂的なまでに徹底したもので、ひとつの形状を生み出すのにものすごく多くの情報を必要とします。

 もうひとつ、デザイナーと仕事をするときに大事なことがあります。
 それは、デザイナーの力を引き出すのは発注担当者であるということです。

 どんなに素晴らしいデザイナーと仕事をしても、発注担当者が凡庸だと凡庸な結果しか生まれません。

 「form ever follows function(形式は常に機能に従う)」は、アメリカの偉大な建築家ルイス・サリヴァンの言葉ですが、デザイナーとの仕事にも通じます。つまり、そのデザインに「どのような機能」をもたせるか、というのを決めるのは、実は発注担当者です。ですから発注時にどれだけ注意を払って発注できるかということが重要になります。

 デザイナーはエンジニアではありません。そしてエンジニアもデザイナーではありません。だけれども、その両方のバランスを取りながら、両輪として良いデザインを生み出すためには情報が必要です。もっといえば、どれだけそのデザイナーと心を通じ合わせることが出来るかが大事です。

 良いデザインを発注するために発注担当者に必要なのは、デザイナーのような美的感覚です。
 自分の中で「良いデザイン」と「良くないデザイン」を感じ取り、選び取る力です。

 これ、実はとても磨くのが難しいスキルです。
 よくいるダメな発注者の典型に「とりあえずイディオムで発注する」というのがあります。イディオムとは、使い古された言い回しや典型例です。

 たとえば「シンプルなデザインで」という発注があります。Appleも、IDEOも、なんでもシンプルなんだから、シンプルにデザインすればいい、という考え方です。

 考え方そのものは間違っていませんが、この発注ではデザイナーにはなにもできません。デザイナーにとってまずできるだけシンプルなデザインにするということは大前提の当たり前だからです。これはプログラマーにとっての致命的なバグがないコードを書く、というのと同じくらい、大前提なのです。

 それでもバグがないプログラムが存在し得ないように、完璧にシンプルなデザインの道具は存在できません。どうしても実現したい機能によって制約を受けます。そしてシンプルさから産まれた機能こそが本当に美しい形状を産みます。そのせめぎあいが、デザインというプロセスの全てなのです。

 だから「シンプルにしろ」というよりは「立方体にしろ」とか「球体にしろ」とかのほうがデザイナーにとってはマシな発注になります。もちろん制約なしで考えたい、というのもあるでしょう。でもたとえ「立方体にしろ」という発注を出したとしても、それが間違いであり、もっといい形状があると考えれば、ぜんぜん別の形状を持ってくるのが良いデザイナーなのです。

 たとえば、うちの会社の内装工事を発注する時に、複数の建築デザイン事務所でコンペを行いました。

 このとき筆者の言った条件は、「鉄板一枚が雑に置いてあるような、ちょっと悪の組織に来てしまったような、エントランス」でした。

 コンペの前に各社に対してオリエンがあり、個別に質問に答えます。
 良いデザイナーはオリエンで良い質問をしてきます。

 このときはこう聞かれました。

 「この会社の提供する本質的な価値はなんですか?」

 そう聴いたのはたった一社だけでした。
 大手の建築事務所はみんな通り一遍のことを聞いて帰っていったのに、小さめのデザイン事務所だけは会社の提供する価値を聞いてきたのです。つまりこのクライアントが求めているものは、「他社とは違う」ということで、そして他社との違いとは、きっとこの会社の提供する本質的な価値の違いなんだろう、と読み解いたわけです。

 筆者はこう答えました。

 「他のどこにもない独創性と、それを裏付ける技術力。どんな難問でもどんな技術でも使いこなし、解決する能力」

 すると彼は質問を続けました。

 「顧客がこの会社に来る時、この会社にどんなことを期待していますか?」

 筆者は続けて答えました。

 「うちの会社の単価は高いんですよ。でも、高いからこそ他社では出来ないことが出来るのではないか、ここは他とは違う、ということをいつも期待されます。それをエントランスで表現してください」

 果たして、さまざまな建築事務所が提案を持ってきました。
 常に思うのは、なぜだか建築デザイナーが最初に語るコンセプトは、おそろしくダサいのです。まあもちろん、言葉を使うのが本職ではない人たちなので仕方がないのですが、よくこんなにダサいコンセプトを考えることが出来るなと感心します。

 たとえば某大手建築事務所が持ってきたコンセプトは「Factory of the future」でした。なぜそこで英語にした?「未来工場」のほうがまだ期待が持てます。英語を使い慣れてない人が無理やりコンセプトに英語を使おうとすると、陳腐な単語を並べることになって失敗します。

 英語を使うなら、普段聞いたことのないような、耳慣れない言葉をひとつは入れないと・・・と、言葉の選び方の話をすると脱線してしまうのでもとにもどします。

 5社のコンペでしたが、大手事務所のプレゼンは正直どれもパッとしませんでした。

 これはうちの会社が中小なので一線級のデザイナーを割り当ててもらえなかったのかと思ったのですが、こないだ某大手企業の内装コンペのプレゼンを見た時に、相手が一流企業であっても、大手はおしなべて凡庸なコンセプトを出すということを知りました。たぶん、あんまり奇抜だと通りにくいんでしょうね。

 結局、我々が提供する価値を聞いてきたデザイナーが、見た目がものすごく奇抜で、それでいて予算は平凡というデザインを提案してきました。

 これはまさにうちの会社にピッタリだ、と思ったのがいまの弊社のエントランスです。思えばもう7年も前のデザインですが、飽きの来ないうえに奇抜なデザインで気に入っています。

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 いつも、自分の会社のエントランスに立つときには特別な高揚感があります。
 他の人はそうでもないのかもしれませんが、筆者自身はそうです。
 そしてエントランスの目的とは、そもそもそういうものなのです。

 筆者は今、都内5つの拠点を順番に回って働いています。いろいろな事情でそうなったのですが、やはりエントランスがない事務所に行くと、なんとなく気分が下がります。それはそれで、無駄な装飾にお金をかける必要がないということなのですが、エントランスひとつで仕事に対する気分が変わるというのは本当にあると思います。

 このデザインを引き受けてくれた方には、ゲンロンカフェのデザインもお願いしました。コンセプトを忠実に再現した素晴らしいものにしてくれたと思います。

 これはひとつの例ですが、デザイナーによって仕事の仕方、精度の高め方はほんとうに様々です。

 一年間、ずっと開発者の会議に入って、ほとんど発言せず、一年後、突然すごいデザインコンセプトをぶつけてきたデザイナーも居ました。

 また別のあるデザイナーは、「なぜこのデザインなのか」という言葉を徹底的に求めたがりました。それこそ何時間も何時間も、膝を突き合わせてデザインについてああでもないこうでもないとコンセプトを固める作業を一緒にしたりします。

 デザイナーが変わる度に、発注担当者である筆者も、それぞれ接し方を変えなければなりません。
 デザイナーによって発注担当者に求めることが違い、その違いについて我々はついていかなければなりませんでした。

 そして良いデザイナーほど、コミュニケーションを密にすることを最優先します。
 良いプロダクトには良いデザインが必要だと考えていたスティーブ・ジョブズも、だからこそジョナサン・アイブの意見に耳を傾けていたのでしょう。

 AIと似ていると思ったのはそういうところです。
 今はいろいろなAIが生まれています。すぐに実験可能なものもあれば、再現が難しいものもあります。目的が特定のことに限定されているものもあれば、pix2pixのように基本形さえ決まっていればあとはある程度は汎用的に使えるものもあります。

 AIによって接し方を変えなくてはなりません。そしてAIとコミュニケーションを密にするということは、要は沢山AIに触れ、さまざまな仮説をできるだけ沢山、同時に、接することです。

 なぜそんなことを思ったのかと言えば、ついさっきの話なのですが、筆者はいつも5時頃には目が覚めてしまいます。

 それから眠い目をこすりながらベッドでMacを操作し、Webを見たりブログを書いたりするのですが、ふと、思いついたことがあって、「このアイデアを先にAIに作業開始してからブログを書こう」という思考が自然にうまれてきました。

 筆者がブログを書くことよりも優先してプログラムを書くというのは、相当珍しいことです。

 ところが、ブログを書くのに1時間かけたとして、そのあと疲れて二度寝してしまったり、会社に行ったりするかもしれません。そして起きた時におもいついたアイデアを試すまでに、5〜6時間のタイムラグがあるとすると、僕のAIは貴重な学習時間を失うことになります。

 だとすれば、思いついたアイデアがあるなら先にそれを実装して、"彼"が学習をしている間にブログを書くほうが何倍も効率的ではないか、と思ったのです。もし会社に行ってから試すとすると、合計で10〜12時間のロスがあるはずですが、ブログを書く前に試せば、会社につく頃にはある程度の学習結果がでているはずです。

 学習結果が出るというの大変重要なことで、これを得ることで次のアイデアの着想を得ることが出来ます。

 そしてAIの学習時間というのは、長いものでは数日から数ヶ月かかります。
 学習するための計算資源は極めて貴重ですから、アイデアの着想を得てから試すまでの12時間のロスというのは非常に大きなロスになります。

 こうやって、筆者はAIを外側から知ろうとしているわけですが、これはAIとコミュニケーションをとっていることとほとんど同じです。

 AIは実験と観察によってしか理解できません。
 本当のところは誰にもわからないのです。ただ、いろいろな理論を組み合わせて、積み上げていって、途方もない計算量で計算を重ねると、なぜだか上手く行ってしまう。これが今の深層学習です。

 このAIとの接し方が、なんだかデザイナーと接するのととても近いと思えたのです。
 こちらから意図を投げかけて、一方で向こう側から結果を貰う、貰ったら、それに対してまた別の意図を投げかける。

 そういうキャッチボールを繰り返して、デザインもAIも出来上がっていきます。
 そして、デザイナーもAIも、キャッチボールを重ねていくと、時には期待以上の、ビックリするような結果を投げ返してくれます。これがとてもおもしろいことです。

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清水 亮(しみず・りょう)

ユビキタスエンターテインメント代表取締役社長CEO。1976年新潟県長岡市うまれ。6歳の頃からプログラミングを始め、16歳で3DCGライブラリを開発、以後、リアルタイム3DCG技術者としてのキャリアを歩むが、21歳より米MicrosoftにてDirectXの仕事に携わった後、99年、ドワンゴで携帯電話事業を立上げる。'03年より独立し、現職。'05年独立行政法人IPAより天才プログラマーとして認定される。

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