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小さな自治体の人口減少問題にIT教育で挑む−人口7万の消滅可能性都市・加賀市IoT推進ラボ

急がば回れの子供向けIT教育。人口の少なさはスピードにつなげろ−人口7万の消滅可能性都市・加賀市IoT推進ラボ

2017.12.04

Updated by SAGOJO on December 4, 2017, 11:28 am JST

小さな自治体の人口減少問題にIT教育で挑む−人口7万の消滅可能性都市・加賀市IoT推進ラボ

2040年までに人口減少により存続が困難になるであろう「消滅可能性都市」。加賀市は、石川県で唯一「消滅可能性都市」に指定された都市だ。2015年の国勢調査では、過去5年間の人口減少は-4,701人、人口減少率は年平均-6.47%と急速に進み、石川県で最も人口減少が加速している都市だ※1。この深刻な人口減少問題に対して、IoTを活用して解決する新たな取り組みがスタートし、話題となっている。IoTをどのように活用し効果を上げようとしているのか、そして見えてきた課題について、加賀市役所のIoTイノベーション推進室:岡田 隆之氏にお話を伺った。

加賀市IoT推進ラボ

危機感とトップ主導から生まれた、IoT推進ラボ中「最も人口が少ない市」のスピード感

加賀市が「地方版IoT推進ラボ」に選ばれたのは2016年7月31日。経済産業省が推し進める地方IoTビジネス創出支援の第1次募集に応募、選定された29地域のうちの1つだ。この選定された地域のうち、市として選定されたのは10地域、その中で加賀市は最も人口が少ない市である。この加賀市が1次募集から即座に応募する情報力と行動力はどこから生まれたのだろうか。

「加賀市は人口減少に危機感を抱き、様々な対策に取り組んでいます。宮元 陸市長の主導のもとで、これからの産業分野の発展のためにIoT技術にも注目しており、小中学生へのプログラミング教育をすでに実施していました。今回の「地方版IoT推進ラボ」への応募も、今までのIT推進の取り組みから迅速に実現につながりました。」と岡田氏は語る。‎

加賀市IoT推進ラボ

「加賀市のIoT推進の目的は、人口の減少抑制、定着・増加です。そのためにまず取り組むべきなのは『農業』『商工』『観光』の3分野でのIoT活用です。特に、就業者数が最も多い製造業が最重要課題であると考えています。」(岡田氏)

かつて年間400万人を超える観光客を引き寄せる人気観光スポットだった加賀市。しかし現在は半分以下の170万人ほどに減少、それに伴い宿泊施設や雇用も半減した。現在、加賀市の主な産業は機械部品や食品工業などの製造業。さらに製造業は20〜30代男性の雇用を最も吸収している産業でもあり※2、若者世代の定着には製造業の発展が不可欠だ。製造業の発展と若者世代の定着、この課題に対して着目したのがIoT技術だった。

全小学生の20%が参加した夏休みのIoT講座−次世代を担うIT人材とコミュニティを育てる方法

加賀市IoT推進ラボ

「地方版IoT推進ラボに選定された29地域は、加賀市と人口規模や産業など条件が違いすぎるため参考にならなかった。そのため、自ら現状を改めて見つめ直し、対策を考える必要がありました。」(岡田氏)

加賀市が地方版IoT推進ラボに選出されてまず取り組んだ施策の一つが、次世代の人材と企業を育てるための教育だ。平成28年度から民間と連携し小中学生を対象としたプログラミング授業を行った。さらに、平成29年度の夏休みには市内小学校をまわりラズベリーパイ講座を開催したところ、加賀市の小学生全体の約20%に相当する総勢224人もの参加があった。「正直、想定以上の人気でした。子供たちはITに関心があり、自然に楽しんでいる。」と岡田氏は手応えを感じた。

加賀市のIT普及・教育への取り組みは今に始まったものではない。将来の科学者育成を目的に2001年にアメリカで誕生し、世界各地の小学生〜高校生の子供たちがロボットプログラミング技術を競い合うロボレーブ国際大会。この大会を加賀市で開催するようになったのは、地方版IoT推進ラボに応募する以前の2015年から。3年目となる2017年11月開催予定の大会では、世界中から過去最多400人以上が加賀市に集結する。こうした継続的なIT教育活動が、確実に子供たちのITへの興味、関心を高めている。

もちろん子供だけでなく、地元企業や一般市民に対してもIT普及活動に取り組んでいる。技術者やコミュニティの育成を目的に、地元企業を集めたITセミナーや、自由参加の市民ものづくり講座を開催。実際にIoT機器や3Dプリンタなどのデバイスに触れてもらうなど、IoTへの関心や活用イメージが膨らむよう意識しながら活動している。

加賀市IoT推進ラボ

IoT推進ラボのIT普及・教育活動を担うのは、元システムエンジニアの地域おこし協力隊

加賀市IoT推進ラボ

IT教育の活動により、子供たちの興味は高まり、産業分野でのIoT機器の活用も始まっている。しかし、紹介した教育活動を支えているのは、わずか2名の地域おこし協力隊のITチームだ。ロボレーブ国際大会では運営支援やスコアリングシステムを開発。プログラミング講座指導、企業へのIT導入相談、助言を行うことができたのも、もともと東京のIT企業でシステムエンジニアとして携わっていた地域おこし協力隊の隊員がいたからこそ。

ロボレーブ大会やプログラミング講座などで自主的に意見や企画を実現している彼らは現在30代中頃。地域おこし協力隊契約期間終了後には加賀市でIT起業を予定している。外からやってきたIT人材が地域のIoT推進の担い手となるばかりでなく、地元に根付こうとしていることは加賀市の確かな成果だが、それでも技術の活用や教育ができる人材はまだまだ足りないのが現状だ。

今後は専門家や技術者同士のリアルな交流や情報交換ができる場をつくっていきたいと話す岡田氏。しかし、地元企業をも巻き込むかたちでのコミュニティづくりやIT人材育成が思うように進まないことが、今の課題だ。

加賀市IoT推進ラボ

IoT活用はゴールではない−いかに生産性向上と雇用拡大につなげるか

そもそもIoTの普及や教育が、加賀市の本来の目的である消滅可能性都市対策として、どれだけの効果を出せるのかは別問題だ。岡田氏は「人口減少対策としての‎IoT活用は、人手不足を補い生産性を向上することが、雇用拡大・人口定着に結びつく。」と分析している。

産業分野の発展には、制度づくりや補助金による支援ももちろん大切だが、より重要なのはIoTを活用できる人材を育成することで地元企業がしっかり利益を出し、周囲を巻き込んでいくことだという。

たとえば農業分野では、石川県特産品の高級ブドウ「ルビーロマン」の生育にIoTセンサーを活用する取り組みが始まっている。ルビーロマンは大粒で糖度が高く、酸味が少ないため人気が高まっているものの、品質管理が厳しく商品化率の低さが課題だ。2017年の房全体の商品化率は約48%程度。そこでIoTセンサーを活用し、気候や作業をデータ化して商品化率を上げ、生産者の売り上げを伸ばそうという取り組みだ。

そして、製造業や農業分野でのIoT活用により雇用や収入を拡大することに加えて、ITに興味を持って学んだ若者が働けるIT関連産業を新たに創出し、拡大することも急務だ。

子供・学生のITへの関心は高まっているが、大学がない加賀市では、進学のために市外に出てしまう若者が多い。現状、20代前半は進学のため県外へ、20代後半〜40代は転勤・転職により、金沢など県内他都市へ流出している※2。この流出を食い止め、呼び戻すには、雇用を吸収している製造業の成長を促すだけでなく、市外へ一度出ても再び加賀市へ戻りたいと思えるような、魅力ある産業を育てる必要がある。そのために現在、ITベンチャー企業を毎年創出するという目標を掲げ、ものづくりラボやインキュベーションオフィスなどによる支援を行い、スタートアップ企業の創出を目指している。

素早く動き、改善を続けること-IoT推進ラボは、前例主義では進まない

加賀市IoT推進ラボ

加賀市が地方版IoT推進ラボに選定されてから2年が経過した。この過程で、IT教育や普及の活動により地域の関心が高まる一方で、人材面などの課題も明確になってきた。市全体でのIoT推進、それによる生産性向上、人口減少のストップという新しい課題に、今後どのように取り組むのか。

「IoT推進は新しい取り組みで、計画どおりに進まないことも多い。しかしIT技術を我々自身が活用することにより、以前より情報をすばやく集めることができて、現状把握から改善までのスピードがアップしていると感じています。前例がないからこそ、すばやく計画、実施、改善していくことが重要だと考えています。」と岡田氏は語る。

新しい技術を使った取り組みには前例や正解がないが、ITは産業に限らず、地方行政にも変革をもたらしうるもの。加賀市のIoT推進ラボが活動の中で見出したのは、自らもIT技術を活用しながらスピードを上げ、常に現状を改善していく、王道とも言える方法だった。

※1:平成28年度版 加賀市統計書:第3章「国勢調査」
※2:経済産業研究所「石川県加賀市の人口減少の要因分析」

(取材/文/写真:小林真先)

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