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『運命は踊る』予告編

彼らは何のために戦うのか? イスラエル映画「運命は踊る」を観て

2018.10.16

Updated by Hitoshi Arai on October 16, 2018, 16:35 pm UTC

ヴェネチア国際映画祭で審査員グランプリを受賞した映画「運命は踊る(原題 FOXTROT)」が日本で公開されている。監督は、イスラエルのサミュエル・マオズ。

本国で公開されるや、特に保守派の政治家から「イスラエルにとって有害な映画である」と大きな批判が出て、熱い論争が繰り広げられた。それにもかかわらず、イスラエルのアカデミー賞であるオフィール賞で、作品賞を始めとする8部門を受賞するなど、イスラエル国内で圧倒的な支持を集めた作品である。

全体で約2時間の上映時間は3部で構成されており、最後の瞬間を見るまで、そのつながりを理解することができない。しかも、描かれる場面は、「ミハエルとダフナ夫妻の家の中」と「その息子ヨナタンが警備の任につくイスラエル北部国境付近の検問所」のわずかに二つだけなのである。この二つの場面で「イスラエルの今」を伝えている。

イスラエルの今とは、アラブ、パレスチナとの民族対立の中で「戦争」を抱えているイスラエルと、同時に日本となんら変わりない「平和」な日常生活があるイスラエル、そこに内在する矛盾である。

おそらくあまり多くの人がこの映画を観ることは無いだろうという想定のもと、多少のネタバレを含みながらイスラエル人の監督により提起された「イスラエルの今」の問題を論じたい。

映画は、ミハエルとダフナ夫妻に、息子のヨナタンが戦死した、と伝えられる場面から始まる。徴兵制があり、パレスチナ自治区との境界では常にテロ・紛争の危険に直面している彼らにとっては「戦死」は起こり得る悲劇だ。しかしそれでもなお、自分の息子にその悲劇が起こることを単純に受け入れることはできない。

ところがその後、同姓同名の他者との間違いであった、という連絡が軍から来る。ダフナは息子ではなかったことを素直に喜ぶが、ミハエルはいい加減な軍に対して激怒し、息子を即刻連れ戻せと要求する。

場面は一転して、ヨナタンが従軍する国境付近の検問所。ラクダしか通らないような辺鄙な場所で、数日に1台通過する車を4名の兵士が交代で24時間警備する。周囲には彼らの寝る場所となるコンテナ以外何もなく、20歳前後の若者4名が何も起こらない平坦な日々のなかで緊張を維持しつづける任務に従事し、ふと「なぜ戦っているのだろう?」と漏らす。

ある夜、若い(おそらくアラブ人の)男女4名の乗った車が検問所にやってくる。4名の兵士は決められた通りの手順で身分証明書のチェックを行い、コンピュータの「問題なし」の表示を確認の上、車の通過を許可する。車の運転手が、助手席の女性にドアにスカートが挟まっているので閉め直すよう指示し、女性がドアをあけた途端に飲み物の空き缶が転げ落ちる。

それを見て一人の兵士が「手榴弾だ」と叫び、ヨナタンは車に向けてマシンガンを連射するが、直ぐに誤りと気付き4名は呆然と立ちつくす。この後始末に軍の上官が検問所へやってくるが、丁度その時、本部からの電話で上官はヨナタンへ帰宅を命令する(物語はさらに続く)。

イスラエルイノベーションで紹介している先端技術を持つ多くのスタートアップは、兵役時に8200部隊のようなインテリジェンス部隊で「研究開発」に従事したエリート中のエリート達である。それは同世代の若者の1%にも満たず、大多数はこのヨナタンと同様、現場の兵士として従軍する。

中東で起こっている様々な対立は、「宗教」「民族」「歴史」という解決することが困難な問題に起因し、戦争の主体が国家に組織された軍隊から顔の見えないテロリストへと形を変えてきている。70年前にホロコーストを経験したイスラエル(ユダヤ人)にとって「戦争はどこでも起こり得る」ものでもある。しかし一方では、今現在、現実の紛争が起こっている場所はガザ地区などごく一部であり、イスラエル国内での大半の日常生活は周辺国との緊張はあるものの一応平穏である。

平穏な日常を生きてきた者にとっては、映画の中の若者のように、兵役でラクダしか通らない検問所を警備しながら「なぜ戦っているのだろう?」という疑問がふと口をつくのも無理はない。

この平穏な日常も、国際社会との軋轢の中でイスラエル自身が努力して手に入れたものであり、日本が敗戦後70年間、いわば米国の庇護の下に成し遂げた平和な日常とは質が異なることは理解せねばならない。その上で、イスラエルの今をもう少し深掘りする。

中東での主な対立要因の一つは「宗教」であり、イスラエル国民の75%はユダヤ人、である。イスラエルの文化・習慣・政府の催しなど、すべてがユダヤ暦とユダヤ教の戒律に従っているが、信仰の度合いは人それぞれで、厳密にユダヤ教の戒律を守る超正統派の人々は人口の1割にも満たない少数派だ。ユダヤ人の半数以上は、世俗派と呼ばれるあまり戒律を気にしない人々である。

この聖と俗の対立はこの映画の中でも見られる。軍がヨナタンの戦死通知とともに説明する葬儀の段取りは、ユダヤ教の戒律に則ったもので、ミハエルがいつ何を語るかまで指示される。しかし、ミハエル自身は世俗派であり、そのような形式の指示にイラつく様子が見える。

現実の世界でも、超正統派の人々は兵役もなく、ほとんど働かずに国の支援で生活するなど、世俗派の人々から見れば言わばコストセンターでもある。従って、イスラエルの社会は、聖と俗が微妙なバランスの上に成り立っている状態であり、コストの割合が増加すれば、当然その均衡が崩れるリスクは大きい。

もう一つの問題は歴史の記憶である。ユダヤ人にとってだけではなく、世界の歴史においてホロコーストは大変な負の遺産だが、それを実際に体験し、生き延びた人々も、戦後70年を経た今、少なくなってきた。一方で、それを語り継ぐ機会はむしろ増えているようだ。

しかも「記憶を語り継ぐ」というよりも、「二度と悲劇を起こさないためには我々は強くあらねばならない」という方向に向いているように見える。四国程度の大きさで900万人弱の国民の国が生きてゆくには、(経済的にも軍事的にも)強くあらねばならない、というメッセージはイスラエルの多くの人々から聞く。

天然資源も無い国で彼らが頼るのが「知恵」であり、だからこそ、スタートアップネーションといわれるほどの技術革新を次々に生み出し、世界の大企業からの投資を集めてきた。この原動力は、「記憶を語り継ぐ」から「強くあらねばならない」と方向を変えてきた彼らの「意志」であろう。

イスラエルイノベーションは、この意志の力が生み出した注目すべき技術成果を紹介しているが、その強さ故に、彼らの「意志」が世界との軋轢を生み出していることもまた事実である。

最後は、やはりアラブとパレスチナとの対立である。我々が海外旅行で経験するパスポートコントロールも同様だが、検問する目的が犯罪者・不審者を見つけ出すことである以上、性悪説に立たねば意味がない。麻薬や銃というTangibleなリスクを見つけるための検問は容易かもしれないが、テロの危険というIntangibleなリスクを洗い出さねばならないのが、イスラエルに限らず日本を含む今の国際社会の現状である。

仮に、映画の中で車に乗っていたのが4人の若い日本人の男女であれば、兵士は空き缶を手榴弾と誤認しただろうか? 映画に描かれた悲劇は極端な事例、であって欲しいが、その裏に、宗教や民族という動かしがたい壁がある以上、対立のリスクは容易に消えることはない。

参考までに、原題のFOXTROTとは、4拍子で元に戻るダンスのステップである。グルグル回る「運命」を示唆し、かつ、車の男女4人を殺してしまった後、兵士が軍に検問所封鎖を報告するときのコード名でもあった。

筆者のような第三者がイスラエルの抱える問題を無責任に論ずるのは容易ではあるが、この映画の素晴らしいところは、イスラエル人の監督により描かれたイスラエルが抱える問題、イスラエルの今であることだ。とはいえ、嗜好や思想にかかわることで個人の主張を押し付けることは避けたいので、この映画を推薦することはしない。

イスラエルイノベーション IRI イスラエルイノベーション特集の狙い

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新井 均(あらい・ひとし)

NTT武蔵野電気通信研究所にて液晶デバイス関連の研究開発業務に従事後、外資系メーカー、新規参入通信事業者のマネジメントを歴任し、2007年ネクシム・コミュニケーションズ株式会社代表取締役に就任。2014年にネクシムの株式譲渡後、海外(主にイスラエル)企業の日本市場進出を支援するコンサル業務を開始。MITスローンスクール卒業。日本イスラエル親善協会ビジネス交流委員。E-mail: hitoshi.arai@alum.mit.edu