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3)いまさらながら、なぜこの連載を始めたのか?

2019.04.01

Updated by Toshimasa TANABE on April 1, 2019, 16:44 pm UTC

今回は、まったくもって「いまさらながら」ではあるのだが、なぜ「考える『食』」などというカテゴリでこの連載を始めたのか、について書いておきたい。簡単に言ってしまうと「地産地消」の安心・安全な食をインドカレーの流儀で実現するにはどうするかを考えてみたい、である。これは、WirelessWire Newsの編集方針とも関連する方向性なのだ。

筆者は、小さなレストランも営んでおり、インドカレーやホットドッグなどを提供しているが、お客様の言葉の端々に「間違った刷り込み」を感じることがとても多い。例えば、こういう感じだ。

・インドカレーって辛いんですよね?
・ホットドッグってマスタードで辛いんですよね?

家族連れの観光客が多い場所柄、子供向けのメニューも一応の配慮はしてある。カレーはまだしも、ホットドッグはメニューには何もかかっていないプレーンな状態の写真を掲載している。それにもかかわらず、この手の質問は多い。

インドカレーといっても、辛さに弱い人もいるのでさほど辛くない状態で用意してあり、「辛いのはお好きですか?」などというやりとりを通じて、好みの(であろう)辛さに仕上げて提供するようにしている。子供向けの「インドカレーではないカレー」も用意している。ホットドッグは、ケチャップはもちろん、マスタード、サルサ、自家製のカレーペーストなどのトッピングを好みで選べるようにしている。

この「インドカレーは辛い」「ホットドッグには辛いマスタードが最初からかかっている」といったよくある間違った思い込みはどこで形成されるのだろう、と考えてみた。おそらく、これまで経験してきた外食や食関連のメディアによって、そのイメージは形成されたのだと思う(ボブ・ジェームスのアルバムのジャケットもひと役買っているかもしれない)。

ちなみにハンバーガーのマクドナルドは、ピクルス抜きなどの個別のオーダーがある程度は可能だ。サンドイッチのサブウェイのように、パンの種類からパンを焼く焼かない、野菜は何を入れて何を抜き、ソースはどうするに至るまで、すべて好みの内容を指定できる、というところもある。多くのインドカレー屋では、好み(耐性)のレンジが広い辛さについて、丁寧に確認してくれるはずだ。

つまり、辛いも甘いも、好きも嫌いもなく、決まったレシピで作られたものを「そういうモンだ」と食べざるを得ない、ということではなく、ハンバーガーやサンドイッチ、カレーといった大枠はあるものの、あるいはそのお店のオススメの食べ方はそれとして、自分の好みのモノにして食べる、という方が食事としての満足度は高いのではないか、と思うのだ。

料理人の主張が込められたコース料理やこの料理人に任せておけば安心、などではなく、先に例示したような気軽で日常的な食事であれば特にそうだろう。デフォルト状態のモノに疑問を感じつつ食べた結果、好みではなかった時に非難してしまう、などということもネットではよく見られる光景だ。これは、提供する側とユーザーの双方にとって不幸な話である。

とはいえ、実際に「これか!」というものを自分で体験しないと、その間違ったイメージは容易には覆らないだろうとも思う。自分の人生経験をそれなりに否定することにもなるわけで、そこそこの年齢だったりするとなおのこと覆らないだろう(こだわりとも頑迷ともいう)。

自分は何が好きなのか、どういったモノが好みなのか、ということが分かっていないと(実はこれが一番難しい)、選択肢の範囲で何かを指定しようにもできないということもある。そしてそこには、「失敗したくない」あるいは「こんな選択をしてバカにされないだろうか」といった気持ちも働いてしまい、ますます殻に閉じこもることになる。

例えば、マティーニというスタンダードなカクテルがある。たいていのバーやパブで飲めると思う。しかし、いろいろなところで飲めるからこそでもあるが、世の中のマティーニはその99%が偽物である、と言ってしまって差し支えはないだろう。

多くの人は、「マティーニってのはちょっと我慢して飲むモンであって、そのやせ我慢が粋なんだよね」などと思っているのではないだろうか。筆者もその一人だった。しかし、もう25年近く前になるが、知らずに入ったバーで腕利きのバーテンダー(「バーテン」というのは職業的差別用語なので、あくまで「バーテンダー」である)の作ったマティーニをひとくち飲んだ瞬間から世界が変わった。

「ジンと少量のドライベルモットを氷をたっぷり入れたミキシンググラスでステアする」ということの意味がはっきりと分かったのだ。ほんの少しのベルモットとジンが冷やされつつ混然一体になることで、ジンの角が取れてスムースになる。中身はほとんどがジンであるにもかかわらず、ストレートのジンとはまったく別の我慢など一切要らない洗練された飲み物に化けるのだ。

しかし、見様見真似で自分で何度やっても、絶対に似て非なるモノにしかならないのである。そこに確かな技術があってこそのマティーニなのだ(それ以来、そのバーにはずっとお世話になっているのだが、それはまた別のお話)。

そういうわけで、ここまできて、ようやくインドカレーである。

元々、カレーは好きだし、街のカレー屋はもちろんインド料理屋にもよく行った(個人的には某チェーン店はちょっと「???」だったが)。東京・神保町に行ったら、カレーのハシゴをした。自分でも、市販のルーは規定量の半分くらいにしてなんだかんだと工夫したり、気に入った店の味を真似してみる、などということをやってもいた。

そんなある日、YouTubeで玉ねぎのみじん切りについて、とても分かりやすく丁寧に説明しているインド人シェフの動画を見つけた。しかしそのコメント欄には、日本語での下品で悪意に満ちた見るに耐えないコメントが並んでいたのだった。

当時は横浜市内に住んでいたのだが、Webでそのお店を調べてみると、偶然にも自転車で20分くらいのところにある「インド家庭料理 ラニ」というお店だということが判ったので、さっそく行ってみた。これが、この連載の共著者であり師匠でもあるメヘラ・ハリオム氏との出会いだった。

そして、ハリオム氏のカレーをひとくち食べたとき、「オレが今まで食ってきたインドカレーは、一体何だったのか!?」と茫然としてしまったのだ。目から鱗とは正にこのことであり、前述のマティーニとまったく同じ感覚と感動を覚えた。

これは本当に衝撃だった。人生が変わったといっても過言ではない(実際、自分の店でカレーを作って出すようになったりしている)。それまで、特に北インド系のお店に行くときは、食べている時は美味しくても後でもたれることを覚悟して行ったものだったが、ハリオム氏のカレーでは、そんなことはまったくないのだ。それ以降、ラニに行くようになり、いろいろなことを教わった。

ハリオム氏は、Webサイトやブログで丁寧にレシピや作り方を公開している。さらに定期的にインド料理教室を開催してノウハウを惜しみなく伝授している(ラニのインド料理教室とレシピのページ)。だから、ラニで食べたり教室で教わったカレーを自分でも作ってみることができる。もちろん、厳密にはそのものではないが、それはマティーニと同じで当然のことなのだ(ガラムマサラの回にも少し触れた)。そして、何度か作っているうちに「あー、これか!」というポイントというかセオリーのようなものが見えてくる(アルジラの回でさわりを簡単に紹介した)。

また、ラニのWebサイトにも書いてあるが、ラニのカレーは完成した状態での作り置きはしていない。いつも、注文を受けてから一つひとつカレーを仕上げる。もちろん、カレーの種類や素材(必要な加熱時間など)にもよるが、素材に応じてどこまで作っておくか、という点がポイントなのだ。

カレールーの味ではなく、素材の味わいが生きていて、鍋料理などで良く言われる「煮え端(にえばな)」の美味しさが味わえる。でき立てなので、フレッシュなスパイスが感じられる。これが、インドカレーの本来の姿である、ということをハリオム氏に教えられた。

これを体験してしまうと、世の中のカレーというものは、商売だからある程度は仕方ないとしても、作り置きのカレールーで溢れているということがよく分かるようになってしまう。ラニのカレーを体験して以来、カレーはラニで食べるか自分で作るかの二択になった、という人が何人もいる。もちろん、筆者もその一人である。

つまり、自分で作るインドカレーは「その地の食」の一つのジャンルと捉えるべきであって、インドに縛られる必要はないと思うのだ。みりんや醤油を使う和食、ごま油やオイスターソースを使う中華、オリーブオイルやトマトを使うイタリアン、というように世界にはいろいろな流儀の料理があるが、日本ではそのいずれもが日本の食材を生かしたメニューで提供されていて、それらが違和感なく日本の日常の食に融け込んでいる。

これと同様に、日本の食材をスパイスを使ってインド流に「料理」するのが、この連載で想定する「インドカレー」なのである。そして、「インドカレーは辛い」という先入観、あるいは「もたれるかも」などといった間違った刷り込みを払拭していただきたい、「これか!?」という目から鱗の体験をぜひ、というのがこの連載を始めた理由なのだ。もちろん、ラニに食べに行っていただくのが手っ取り早いといえばそうなのだが、リアルな店舗は横浜だ。自分の手で試してみることで、このことが実感できると思う。

典型例を一つ挙げよう。3月上旬に開催されたラニでのインド料理教室のお題は「ぶり大根」だった。文字通り、ぶりと大根のインドカレーである。次回は、このぶり大根をテーマにインドカレーのセオリーについて考えてみたいと思う。


※本連載は、横浜市都筑区のインド家庭料理「ラニ」のオーナーシェフであるメヘラ・ハリオム氏と、同氏を師と仰ぐ田邊(富士山麓のcafe TRAILでカレーを提供中)の共著という形で、インドカレーのセオリーについて考え、それを分かりやすく提示する試みです。もちろん、いくつか代表的なカレーのレシピも掲載していきますが、いわゆるレシピそのものを紹介すること自体は目的ではありません。このレシピはなぜこうなっているのかを理解することで、レシピを見なくても、自分にとって美味しいインドカレーが作れるようになることを目指しています。また、各種スパイスについての解説は、食材やスパイス同士の組み合わせや相性を中心とし、スパイスの歴史や特性などについては、他に優れた本がたくさんあるので、それらにお任せするというスタンスです。

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田邊 俊雅(たなべ・としまさ)

北海道札幌市出身。システムエンジニア、IT分野の専門雑誌編集、Webメディア編集・運営、読者コミュニティの運営などを経験後、2006年にWebを主な事業ドメインとする「有限会社ハイブリッドメディア・ラボ」を設立。2014年、新規事業として富士山麓に「cafe TRAIL」を開業。師と仰ぐインド人シェフのアドバイスを受けながら、日本の食材を生かしたインドカレーを研究中。