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7)豆のカレーと野菜のカレーこそが真髄

2019.05.07

Updated by Toshimasa TANABE on May 7, 2019, 09:50 am JST

日本人は、カレーに何らかの肉(あるいはエビなどの動物性たんぱく質)が入っていないと満足しない、という傾向がある。これは、師匠のメヘラ・ハリオム氏も認識していて、ある日のインド料理教室では、本来は野菜だけで作るちょっと変わったカレーを紹介するときに、鶏ひき肉を入れて日本人に分かりやすくなるようアジャストしたりしていた。

しかし、インドカレーの神髄は、豆のカレーと野菜のカレーにあると思うのだ。日本のいわゆる「カレーライス」ではあまり見られないのが、豆のカレーと野菜だけのカレー(「夏野菜カレー」なんてのを目にすると妙な胡散臭さを感じてしまう)であり、この両ジャンルにはインドカレーならではの世界が広がっている。

背景には、インドの気候風土やそこで作られてきた農作物も影響しているだろうし、宗教的な要因もあるだろう。インドで肉といえば、鶏と羊が中心で地域によっては豚も食べる、という感じだと思われるが、日本の場合でもそうであるように、鶏を締めて捌く、あるいは羊を屠る、などという行為は日常的なものではなく、「ハレ」の行為ではなかったかとも考えられる。そういった中で、宗教的制約もなく日常的な食の中心に位置していたのが、野菜であり豆であったのではないだろうか。

ハリオム氏のブログによれば、インドでは豆のカレーが人気だという。ベジタリアンの多いインドでは、豆は肉に代わるたんぱく源としても重要な食材という位置づけなのだ。豆カレーは、インドの家庭料理を代表する料理でもある。1日3食のうち1食は、必ず豆カレーを食べるほどだ。ハリオム氏のレストラン「ラニ」では、数十種類のインド豆を常備している。定番メニューの豆カレーの豆は毎日違う種類の豆を使い、日替わりのカレーでも豆カレーを用意している(インド豆と豆のカレー)。

このように、インドカレーで使う豆には何種類もあるが、最もポピュラーなのはひよこ豆(チャナ豆、ガルバンゾ―)だろう。これを使ったカレーは、既に紹介したようなベーシックなチキンカレーやキーマカレーアルジラなどとほぼ同じスパイスを使って作るにもかかわらず、豆の味わいが濃厚なまったく異なるカレーになる。そして、豆の美味しさというものがとても良く分かる。もちろん、豆とチキンのカレーなどのバリエーションも可能であるが、あまり材料をいろいろ入れてしまうと豆というテーマがはっきりしなくなる。

豆のカレーには、豆の種類を絞ったもの、たくさんの種類の豆を入れるもの、豆と何かを組み合わせたもの、あるいは使うスパイスの種類や量を調節することでスパイシーなものからマイルドなものまで、豆の味わいに合わせたバリエーションがある。よく使われる豆としては、前出のひよこ豆、レッドキドニー(赤インゲン豆)、レンズ豆、ムング豆、ウラド豆、ラージマ豆あたりだろうか(インドの豆)。

和食でいえば、いろいろな煮豆、お汁粉、豆の入ったお粥などのようなものに相当するだろうか。豆といってもいろいろあって、豆に応じた料理がたくさんある、という点では和食もインドカレーも同様だ。とはいえ、インドカレーで使う豆が日本でも馴染み深いものばかりとは限らないし、大豆で煮豆、小豆ならお汁粉というような、豆の使い分けや味付けのセオリーなども分からないので、豆のカレーといわれてもなかなかイメージしにくい、ということはあるだろう。

豆と同様に野菜のカレーにも、使う野菜やその組み合わせによって無限ともいえるバリエーションがある。カレーベースがたっぷりの汁気が多いものから、ドライなサブジ(炒め物に近い)まで、ひとくちに野菜のカレーとはいってもタイプはいろいろだ。

複数の種類の野菜が入るカレーの難しさは、素材によって火が通る時間や食べ頃の食感が異なるということに尽きる。しっかり火が通っているべきものは十分に加熱され、火が入り過ぎると美味しくないものはさっと加熱するだけ、サクッとした食感やホクホクとした歯ごたえを大事にしたい素材など、食べるときにすべての野菜が一番美味しく味わえるように調理するのが至難の業なのだ。

例えば、ナス、オクラ、ピーマン、レンコン、カボチャ、くらいが入ったカレーを思い浮かべてみるとよくわかるだろう。いわゆる「ごった煮」になっていなくて、各々の野菜がはっきりと自己主張しつつスパイスでまとめられている、というのが野菜カレーの理想的な形なのだ。素材によってカレーベースの中で直接加熱したり、事前に軽く炒めたり、素揚げにしておいたり、といった段取りが重要となる。野菜カレーを食べてみると、その店の料理人の腕が分かる、とハリオム氏も言っている。

インドの野菜
インドの食材


そういうわけで、豆のカレーについて分かりやすいと思われる「ひよこ豆のカレー」を例として挙げておこう。

豆のカレーは、思い付いたらすぐに作れる、というモノではない。それは、乾燥した状態の豆を一晩浸水させる必要があるからだ(豆にもよるが、長時間茹でないと柔らかくならないものもある)。前日の夜にたっぷりの水で浸水させておいて、翌朝、その豆を茹でながらカレーベースとなる他の材料を準備していく。ひよこ豆には水煮の缶詰もあるが、ぜひ自分で茹でた豆と煮汁を使ってみてほしい(素材の分量などを含む詳細なレシピは別途掲載の予定)。

材料)
・乾燥ひよこ豆
・ホールスパイスはクミンシードとコリアンダーシード
・ニンニク
・ショウガ
・玉ねぎ
・トマト
・パウダースパイスはパプリカ、ターメリック、カイエンペッパー
ガラムマサラ
・塩
・水

1)たっぷりの水で浸水させたひよこ豆の水を切り、少量の塩を入れた湯で豆が柔らかくなるまで茹でる。大体、25-30分くらい。柔らかさはお好みで。

2)ニンニク、ショウガは細かいみじん切りかすりおろし(アルジラの回でも紹介したように、ショウガを若干粗めにすると良い)、トマトは粗みじん、玉ねぎはみじん切り、クミンシードとコリアンダーシードを軽く潰しておく。

3)鍋にサラダ油を敷いて、潰したクミンとコリアンダーを入れじっくり加熱して香りを出す。

4)香りが出たらニンニクを加えてきつね色になるまで炒める。

5)玉ねぎとショウガを加えてさらに炒める。

6)玉ねぎが透き通ってきたら、トマトを加えて潰しながら炒め、パウダースパイスと塩を加えてさらに炒める。

7)トマトが原形をとどめないくらいのペースト状になってきたら、茹でていたひよこ豆をゆで汁ごと加える。

8)少し煮込んで馴染ませたら、仕上げにガラムマサラを振る。お好みで無塩バターを少し入れてもコクが出て美味しい。

前日から浸水させる必要があるというだけで、カレー自体はサクッととても簡単にできるし、失敗することもまずない。豆の味がよく分かって、かつスパイシーなカレーを手軽に味わうことができる。カレーベースとひよこ豆を合わせる直前くらいに鶏胸肉を入れて、豆とチキンのカレーにしても(多少、方便な感じもあれど)良いだろう。

この例では、ひよこ豆だけを使っているが、複数の種類の豆を使う場合には、豆によって浸水や茹で時間など、食べ頃の固さあるいは柔らかさになるまでの時間が異なるので、豆ごとに別に茹でる(固い豆は圧力鍋を使うことも)など、さらに一手間かける必要がある。だから、何種類かの豆のカレーを常時提供するということは、なかなか難しいことでもあるのだ。

ちょっと余談となるが、調理済みのひよこ豆はジャガイモなどと違って冷凍しても食感があまり変わらないので、ガラムマサラで仕上げる前の段階で取り分けておいて冷凍保存する、などということもできなくはない。当然、スパイス感は鈍るし、でき立てには敵わないのではあるが、解凍してガラムマサラで仕上げると、そこそこの状態で食べられるのが嬉しい。

ひよこ豆のカレー


野菜のカレーについては、いろいろと奥が深くてとても全貌をつかむまでには至っていないのではあれど、残り野菜への応用範囲が広い「ナスとオクラなどのドライなカレー(サブジ)」を挙げておく。これを基本として覚えておけば、何か一品足りない、あるいはカレーっぽい味のものが食べたい、といったときにとても重宝する。ライスで食べるのも良いが、チャパティ(全粒粉で作るインドの薄いパン。発酵させないのでとても簡単に作ることができる。別途記事にする予定)に挟んで食べると美味しいと思う。

材料)
・残り野菜(ナス、オクラ、ピーマン、玉ねぎ、トマトあるいはミニトマトなど)
・ショウガ(千切り)
・パウダースパイス(パプリカ、ターメリック、カイエンペッパー)
・塩

1)鍋にサラダ油を敷いてショウガを炒め、すぐに玉ねぎを加えて炒める。

2)玉ねぎが透き通ってきたら、粗みじんにしたトマトを加えて馴染ませる。

3)トマトが馴染んできたら、パウダースパイスを加えてさらに炒める。

4)他の材料を火が通りにくい順に投入する。ナスは素揚げ、あるいは事前に炒めておいても良い。

5)全体の塩気を調整して完成。

あえてホールスパイスは記していないが、これは必要ないと思うから。お好みでクミンやコリアンダーを使っても良いだろう。ナスが主役ならアジョワンを少し入れても良い(ナスとアジョワンは好相性)。ニンニクも省略したが同様だ。いずれも、もし入れるなら前述のひよこ豆のカレーの手順を参考にされたい。パウダースパイスは、基本の3種類である。

全体の汁気のバランスはトマトの量で調節する。必要に応じて多少の水を加えて緩めても良い。洋食でいうところのラタトゥイユやカポナータのような、乱暴に言ってしまえば「野菜のトマト煮」のインドカレー版トマト少な目、だと思って大きな間違いはない。

これも、若干の方便感はあるが、アルジラを作っておいて(当然、ジャガイモは食べ頃になっている)、そこに他の野菜をいくつか加えて、即席の野菜カレーにしてしまう、というのも割と使える手段である。ナスやカボチャなら素揚げにしてから、オクラやキノコの類ならそのまま投入など、加える野菜によって火の通し方を意識する。アルジラの場合、クミンが効いているので、せっかくのその風味を他の強いスパイスで損なわないようにした方が良いと思う。

野菜のサブジ


・ひよこ豆についての薀蓄
ダールというとヒンディー語で「豆」全体を意味し、ひよこ豆は「チャナ豆」「ガルバンゾ―」(スペイン語)などと呼ぶが、「チャナダール」というと、実は、ひよこ豆とは違う豆なのだ。日本語でチャナ豆といったら、普通のひよこ豆のことではあれど、チャナ豆をヒンディー語に直訳・全訳するとチャナダールになってしまい混乱しがちである。

ハリオム氏によれば、インド人同士でも「どっちのチャナだよ?」となったりしてややこしいという。豆を発注するときによく確認しないと、間違えて発送されるということが日常茶飯事らしい。そういうわけで、ここでは「ひよこ豆 = チャナ豆 = ガルバンゾ―」ということにしておく。

チャナダール


※本連載は、横浜市都筑区のインド家庭料理「ラニ」のオーナーシェフであるメヘラ・ハリオム氏と、同氏を師と仰ぐ田邊(富士山麓のcafe TRAILでカレーを提供中)の共著という形で、インドカレーのセオリーについて考え、それを分かりやすく提示する試みです。もちろん、いくつか代表的なカレーのレシピも掲載していきますが、いわゆるレシピそのものを紹介すること自体は目的ではありません。このレシピはなぜこうなっているのかを理解することで、レシピを見なくても、自分にとって美味しいインドカレーが作れるようになることを目指しています。また、各種スパイスについての解説は、食材やスパイス同士の組み合わせや相性を中心とし、スパイスの歴史や特性などについては、他に優れた本がたくさんあるので、それらにお任せするというスタンスです。


※この連載が本になりました! 2019年12月16日発売です。

書名
インドカレーは自分でつくれ: インド人シェフ直伝のシンプルスパイス使い
出版社
平凡社
著者名
田邊俊雅、メヘラ・ハリオム
新書
232ページ
価格
820円(+税)
ISBN
4582859283
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田邊 俊雅(たなべ・としまさ)

北海道札幌市出身。システムエンジニア、IT分野の専門雑誌編集、Webメディア編集・運営、読者コミュニティの運営などを経験後、2006年にWebを主な事業ドメインとする「有限会社ハイブリッドメディア・ラボ」を設立。2014年、新規事業として富士山麓で「cafe TRAIL」を開店。2019年の閉店後も、師と仰ぐインド人シェフのアドバイスを受けながら、日本の食材を生かしたインドカレーを研究している。