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一瞬で40年前に引き戻されるのが音楽である ウイスキーと酒場の寓話(20)

2020.02.14

Updated by Toshimasa TANABE on February 14, 2020, 06:00 am JST

Rie & 42nd. Street Band の「ストリート・トーク」という1977年録音のアルバムがある。井田リエという歌手のソロデビュー・アルバムであり、まさに乾坤一擲の内容。バンドがスタッフを始めとするニューヨークのファースト・コールのスタジオミュージシャンをリスペクト&フォローするのが楽しくて仕方がない、という70年代半ばの雰囲気が伝わってくる素晴らしいアルバムだ。

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実際、3曲目はエリック・ゲイル(スタッフのギター)のソロアルバム「ジンセン・ウーマン」に入っている「シー・イズ・マイ・レディ」のカバーだ。松本隆によるメロディにピタリと乗った抜群の歌詞と、アレンジは「ボブ・ジェームスにインスパイアされた」という但し書きまである。ギターソロは、エリック・ゲイルを彷彿とさせる。

4曲目のピアノのイントロは、リチャード・ティー(スタッフのピアノ)へのリスペクトに溢れているし、ベースはゴードン・エドワーズ(スタッフのベース)のようだ。さらに、マリーナ・ショウで有名な「フィール・ライク・メイキング・ラブ」をほぼ直訳であるにもかかわらず完璧にメロディーに乗る日本語の歌詞にしてカバーしている。

すべての曲で、日本語の歌詞が変なイントネーションにならずに、とても自然にメロディに乗っているのが素晴らしい。最近の日本の楽曲では、歌詞をメロディやリズムに不自然に乗せてしまって、よく聞き取れなかったり同音異義語にしか聞こえない、などということが多いものだが、そういうことがまったくないのだ。

このアルバム、70年代のニューヨーク起点のスタジオミュージシャンが脚光を浴びたときに、彼らの音楽に共感しつつそれを消化したという、当時の日本のフュージョン・シーンの傑作といえる1枚だと思う。

冒頭でもリンクしたHMVのサイトを見ると、メンバーは、井田リエ:ヴォーカル、米倉良広:ギター、青木保:キーボード、今中孝:ベース、工藤昭一:ドラムス、園山光広:サックスと知れる。1曲だけランディ・ブレッカーとマイケル・ブレッカーのブレッカー兄弟が参加しているのも目を引く。さらに、ピーター・バラカンの名前もクレジットされている。

「42nd. Street Band」というバンド名は、ニューヨークの「24丁目バンド」(ハイラム・ブロック:ギター、ウィル・リー:ベース、クリフォード・カーター:キーボード、スティーヴ・ジョーダン:ドラムス)を想起させる。しかし、24丁目バンドの公式活動期間は1978年からなのだ。完全な推測ではあるが「ストリート・トークに参加したミュージシャンの誰かが録音前にニューヨークに行っていて、まだ正式デビューしていない24丁目バンドのライブを見て感動して帰ってきた」というような背景があったのかもしれない。あるいは、ピーター・バラカンのサジェッションなどがあったか。いずれにしても、すべて推測なので悪しからず。

蛇足だが、1980年頃の札幌には「北24条バンド」というバンドが存在していた。札幌は、街が碁盤の目になった計画都市で、南北が条、東西が丁目で区切られている。北24条というのは、1971年に地下鉄南北線が開通した当初の北端の駅であった。ニューヨークも碁盤の目で、アヴェニューとストリートで区切られている。そんなことからか、2と4という数字の入ったバンド名がいくつもあるのが面白い。

ストリート・トークのCDは、関係者の尽力で2012年に復刻されたのだが、CDのライナーノーツによれば、これがきっかけで30年以上音信不通だった井田リエ本人と関係者との間で連絡が取れたそうだ。参加していた方々には既に鬼籍の人もいるようだが、ちょっと良い話であった。

写真のシングル盤は、おそらくアルバム発売前後のもので、以前、熊本のネットのレコードショップで見つけて迷わず買ったものである。A面の「セクシー・ドライバー」が、冒頭で触れたアルバムでは3曲目のエリック・ゲイルのカバー。B面の「ワン・モア・ナイト」(作曲はギターで参加の米倉良広、作詞は松本隆)はブレッカー兄弟が参加した曲である。

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井田リエ名義のアルバムは全部で3枚あるが、すべてCDになっている(HMVの井田リエのページ)。3枚とも持っているが、やはり1枚目の「ストリート・トーク」が最も多く聴いたし、一番好きなアルバムである。なお、2枚目の「スター」の冒頭を飾る長谷川きよしの「ひとこと」も素晴らしいカバーである。

学生の頃、ストリート・トークを貸しレコード屋で借りてカセットテープに録音し、当時乗っていたクルマ(バイトで買った中古のカローラ。これでバイトに向かうのだった)でよく聴いていた。その後、カセットが行方不明になってしまったのだが、SNSの音楽コミュニティで知り合った人にLPを借りてMP3に落とし、パソコンやiPodで聴いていた。

CDが復刻してからは、現在乗っているクルマでも聴けるようになった(iPodをつなぐ、という手もなくはなかったが)。夜中にこれを聴きながらドライブしていると(夜はたいてい飲んでいるので、クルマで動くことは少なくなったが)、学生の頃のことが次々に頭に浮かんでくる。ダッシュボードの様子などもありありと脳裏によみがえる。

学生のときのカローラは、1.6リッターの4ドアセダンだった。今は中古で買った1.5リッターの4ドアセダンである。似たようなクルマでいずれもマニュアルミッションで、クラッチを踏みながら同じアルバムを聴いているのだから、この約40年はなんだったのか、とも思わないでもない。大排気量のクルマ、SUVなどは好みではない、ということの反映ではあるのだが。


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田邊 俊雅(たなべ・としまさ)

北海道札幌市出身。システムエンジニア、IT分野の専門雑誌編集、Webメディア編集・運営、読者コミュニティの運営などを経験後、2006年にWebを主な事業ドメインとする「有限会社ハイブリッドメディア・ラボ」を設立。2014年、新規事業として富士山麓で「cafe TRAIL」を開店。2019年の閉店後も、師と仰ぐインド人シェフのアドバイスを受けながら、日本の食材を生かしたインドカレーを研究している。