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日本で実践されている「多様性」を育む教育に注目する

2019.07.22

Updated by Hitoshi Arai on July 22, 2019, 20:47 pm JST

世界が注目するようなイノベーションを次々に起こすイスラエルの力の源泉の一つは、国民の多様性にあるといわれる。紀元前からこの地に住んでいたユダヤ人は、ローマ帝国の支配や迫害等を受け、西暦70年頃から世界中に離散した。1948年の建国に至るまで約2000年の間、自分の国・領土を持つことなく、他民族の中で差別や迫害を受けながら暮らしてきた。

イスラエル建国後の政府は、国づくりの一環として、これらの人々の帰還を促進した。2000年の間、異なる言語や文化・習慣のなかで生きてきた人々の末裔の集まりなので、相手を理解し、自分を理解させるためにはまず話し合わざるをを得ない。異なる文化・習慣に育まれた、異なる視点や価値観のぶつかり合いが新しいものを生み出す基盤になっているといわれる。

この対極にあるのが均一な日本社会といえるだろう。ほぼ単一の民族で、人々が同じ言葉を話し、似たような視点・価値観を持つがゆえに、「空気を読め」あるいは「世間を騒がせて申し訳ない」というような言葉や発想が生まれてくる。話さなくても分かり合える社会では、その中に埋没するのは楽だが、新しいモノや価値観を生み出すことは難しい。

技術立国である日本も、イスラエルのように次々にイノベーションを生み出すためには、多様性ある社会となるべきだろう。そのための一つの手段が、海外からの留学生を増やしたり、海外からの労働者を積極的に受け入れることである、と考えてきた。

しかし、機会に恵まれて「ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン」の小林りん代表理事の講演「子どもの多様性を伸ばす、これからの本当の教育とは」を聞き、その認識を改めることになった。

小林氏は、軽井沢の地に全寮制の国際高校ISAKを設立し、運営されているとてもパワフルで魅力的な女性である。2014年8月に開校した全寮制のこの高校には、現在82の国と地域から来た約200名が学んでいるそうだ。この学校では授業はすべて英語で行われ、日本の高校卒業資格と同時に国際バカロレアの資格を得ることができる。

しかし、いわゆるインターナショナル・スクールではない。インターナショナル・スクールとは、海外から日本に駐在している(日本に住んでいる)家族の子弟等を対象に教育を提供している学校であるが、ISAKはここで学ぶことを目的にわざわざ海外から日本へ留学してくるのだ。

講演は、「1)学校の概要」「2)なぜ作ったのか?」「3)学校つくりで学んだこと」「4)そして世界へ」の4項目から構成されており、どの項目も詳細に紹介するべき価値のある内容であったが、ここでは大きな気付きを頂いた2点に絞って紹介したい。一つは「Early Small Succeessを見せる」。もう一つは「国籍が多ければ多様か?」という2点である。

Early Small Succeessを見せる

これは、小林氏が開校の資金集めに奔走していたときに、ある起業家から受けたアドバイスである。小林氏は、2006年に勤めていたユニセフを退職してISAKのプロジェクトに邁進するも、2008年のリーマンショックの影響を受けて、それまでに寄付で集めた開校準備資金20億円がわずかに200万円までになってしまったという。

その後の2年間、寄付活動に走り回っていたが、ISAKの理念には誰もが賛同してくれるのになかなかそれが具体的な寄付に結びつかない、という状況だった。このときにある起業家から「理念を唱えるだけではなく、具体的に見せる」ことの重要性を指摘されたのだ。

学校をこれから作る段階で自分にできることは何か、を考え、小林氏は寺子屋(=1週間のサマースクール)を実施した。それが、具体的なプロジェクトの進展に繋がったという。

サマースクールに参加したある生徒の母親が、わずか1週間で自分の子供が大きく変わったのを目の当たりにし、小林氏の唱える教育の意義を具体的に理解したのだ。その生徒は、それまでリーダーシップを取って積極的に人の前に出る子供ではなかったようだが、人と人をつなぐのはうまかった。その才能と、それが結果として人をまとめる力につながることを、1週間のサマースクールが気付かせてくれたのだそうだ。サマースクールから戻ったその生徒は、自ら積極的な役割を担うように変わっていったという。母親は、自分の息子の変化を見て、ISAK具体化のために1000万円を寄付したという。

この経験を元に、プロジェクトは少額の寄付を多数集めることで目標を達成する、という方向へと転換した。2回目のサマースクールは多くのメディアからも注目され、国内外のメディアでISAKの情報が発信されることとなった。それは、資金集めにも寄与したそうだ。

早い段階で一部でもいいから商品を具体化する、というのは、まさにスタートアップが求められる行動指針でもある。教育・学校というビジネスとは少し異なる領域でも、「新しい挑戦」に求められるものには共通点がある、というのは刺激的な気付きであった。

国籍が多ければ多様か?

ISAKには、82の国と地域から生徒が集まっている。それが多様性を育む源かと思ったのだが、小林氏は必ずしもそうではない、と説明された。日本人だけの学校・クラスでも、比較的豊かな家庭に育った子供から、経済状況が厳しい家庭の子供もいる。このような社会的階層の差も「多様性」なのだという。つまり、言語や文化が違うから必ずしも異なる発想が出てくるのではなく、生活環境の違いでも考え方に差は出てくる。重要なのは、自分と異なる考え方・意見に出会ったときに、「なぜ、この人はこのように考えるのだろう? どうしてこういう意見を持つようになったのだろう?」とその背景を考える姿勢である、と指摘されたのである。

言葉の違いや文化の違いは、異なる発想や価値観のあくまで入り口であり、なぜそのような意見を持ったかを相手の立場に立って考えることがなければ、新しい発見は生まれない。多国籍の人間が集まれば良いというものではなく、その人々がお互いのことを考えることで、初めてインタラクティブな効果が生まれることを理解した。

その意味では、SNSや政治で顕著な、自分と異なる意見を頭から否定してかかる一部の傾向は、多様性を阻害する深刻な課題として取り組む必要があるのかも知れない。

自分自身も、イスラエルのイノベーション・エコシステムを学べ、と常々発信しているが、エコシステムとして産官学(産官学軍)が集まる物理的な「場」を作ったところで、上記の例でいえば、多国籍の生徒を集めた、というだけに過ぎない。集まった人々がお互いを理解しようとコミュニケーションする中で、つまり「場に魂が入る」ことで、初めて多様性の効果が生まれるのであろう。形だけ真似する箱物行政と精神を理解する活動のギャップの本質を理解したように感じた。

ISAKは高校であり、このような教育を受ける若者が増えてくることは、大変嬉しいことである。ただ、その先の高等教育機関である大学も、これらの才能をさらに伸ばしていけるように変わる必要があるだろう。日本のどの大学も大した特徴も無く、似たり寄ったりで、独自の建学の精神を掲げる私学も、実態は国公立と変わらない教育を提供している。

明確な特徴を出していると感じられるのは、大分にある立命館アジア太平洋大学と秋田の国際教養大学くらいではないだろうか。これでは、せっかく育ったISAKの卒業生も、日本の大学ではなくアメリカの大学に進学してしまうのではないだろうか。ISAKから始まる「多様性を育てる教育」のうねりが大学にまで拡がり、日本が多様性ある社会へと変わっていくことを期待したい。

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新井 均(あらい・ひとし)

NTT武蔵野電気通信研究所にて液晶デバイス関連の研究開発業務に従事後、外資系メーカー、新規参入通信事業者のマネジメントを歴任し、2007年ネクシム・コミュニケーションズ株式会社代表取締役に就任。2014年にネクシムの株式譲渡後、海外(主にイスラエル)企業の日本市場進出を支援するコンサル業務を開始。MITスローンスクール卒業。日本イスラエル親善協会ビジネス交流委員。E-mail: hitoshi.arai@alum.mit.edu