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テレイグジスタンス×クラウドソーシングで、新しい移動代替手段のビジネスを創出するtoraruの挑戦 - 日本を変える 創生する未来「人」その5

2019.09.05

Updated by 創生する未来 on September 5, 2019, 07:04 am UTC

インターネットの進展により、youtubeやニコニコ動画など、誰もが気軽に自分で撮った動画を発信できる時代になった。さらに最近では、ロボティクスによるリモート監視や、テレイグジスタンス(★注)の技術を使って、あたかもその場に自分の分身がいるように遠隔操作することも可能になってきた。これらの技術を使い、画期的なビジネスが生まれようとしている。

希望の場所に行けない人と、現地で時間のある人や副業で働きたい人をマッチングさせるプラットフォーム「GENCHI」という「疑似どこでもドア」のようなサービスだ。第5回目の創生する未来「人」では、このGENCHIを立ち上げた、スタートアップのtoraru 代表取締役 西口 潤 氏に話をうかがった。

(★テレイグジスタンス(英: Telexistence、遠隔臨場感、遠隔存在感のこと。VRの分野で、遠隔地にある物(あるいは人)が、あたかもすぐ近くにあるかのように感じながら、リアルタイムに操作などを行う環境を構築する技術や体系のこと。

▲toraru 代表取締役 西口 潤 氏

世界中にいる誰かが、誰かを思いあい、代わりにその場所に行ける社会を

今回ご登場いただくtoraruの西口潤氏は、就職氷河期を乗り越えて、IT企業に入社した世代だ。文系大学卒業ながらプログラマーの道を歩み始め、そこでさまざまなシステムを手掛け、プログラムのスキルを習得。次の大手金融系情報子会社では、銀行の内部統制業務システムを構築するなど、エンジニアとしての経験を着実に積んできた。同氏は学生時代から、いつかは独立して起業したいという強い思いがあったという。

とある事情により、長く外に出られない体験があり、不自由な生活をせざるを得なかったからだ。そんな苦境から思いついた事業が、いまtoraruが手掛ける「GENCHI」というユニークなサービスに結実している。

西口氏は「最初は自分自身の困り事だったのですが、金銭的・時間的・身体的なさまざまな理由から、行きたいところに行けない人が世の中にたくさんいることに気づきました。そこで、この課題を解決したいと考えるようになりました。世界中にいる誰かが、誰かを思いあって、代わりにその場所に行ってあげられる社会を実現したかったのです」と当時を振り返る。

そこで以前から海外のテレプレゼンスロボットを企業に提案していた同氏は、ロボット業界で注目を浴びているテレイグジスタンス技術と、時間のある人に代理の仕事を依頼できるクラウドソーシングを組み合わせた「人間版Uber」のような新事業を思いついたという。

▲テレイグジスタンス技術とクラウドソーシングを組み合わせた「人間版Uber」のような新しい移動手段を創る事業。

コペルニクス的転回! 人間版Uberで「体は移動しない移動事業」を実現

たとえば、テレイグジスタンス技術を使えば、時間や距離を超える「自分自身の分身」によって、自宅に居ながら世界中のどこでもつながることが可能だ。一方、群衆(crowd)と業務委託(sourcing)を組み合せたクラウドソーシングは、不特定多数のユーザーに対し、ネットで業務を依頼する新しい仕事の形態として注目を浴びている。

このテレイグジスタンスに、クラウドソーシングを組み合わせた。まず、依頼者は希望地に行きたい旨と運賃を、既に希望地にいる(住む)人たちのスマートフォンにアプリを介して通知する。その通知を受けた人の中で、その金額や内容から仕事として請けてもよいと合意に至った場合に、希望地にいる人がスマートフォンのアプリで現地をライブストリーミングする。視覚・聴覚を共有すると同時に、「遠隔地の人を肩に乗せたイメージで共同して目的達成に協力する」ことで、疑似的な移動も行う。これは、いわば「(依頼人の)体は移動しない移動事業」というコペルニクス的転回ともいえる発想だろう。

▲希望の場所に行けない人と、現地の体験共有者をマッチングさせるプラットフォーム「GENCHI」

もともと西口氏は、このサービスをロボットで展開しようとしていた。契機となったのは、大阪市のソフト産業プラザ TEQSで実施されている「AIDORアクセラレーション」というロボット・IoT・AIなどを活用したビジネス創出プログラムに参加し、専門家からメンタリングを受けたことが始まりだ。しかし、ロボットは高価だし、誰もが使えるわけではない。それにこのビジネスを広げるには、必ずしもロボットが重要ではなかったのだ。

「映像を撮ってもらうだけなら、スマートフォンなどのビデオカメラが付いたデバイスでも用が足りてしまいます。むしろ依頼者の要望を聞いて、臨機応変に動き回るには、現時点では移動ロボットを操作して動かすよりも、人間のほうが遥かに柔軟性が高いことに気が付いたのです」(西口氏)。

そこで希望地の近くに住んでおり、仕事をする時間があって、小遣いを稼ぎたい代理人を探せるマッチング・プラットフォームとして「GENCHI」を発案したわけだ。実際に同サイトでは、以下のような案件が並んでいる。

▲GENCHIのトップ画面に並ぶ案件。仕事の依頼、または請負を行う前に会員登録を行う。報酬額、希望日時などの条件設定も自由に行える。

請負:京都の神社仏閣名所巡り

請負:【各日3組限定】京都の錦市場を歩いてみませんか?

請負:奈良と東大寺をご説明します 

仕事の依頼、または請負希望を出す際には会員登録だけで済み、料金はかからない。ただしマッチングが成約し、報酬が発生した場合のみ手数料をもらうというビジネスモデルだ。

現地の代理人(ワーカー)に対して、主体的に行動の指示を出せる

GENCHIのサービスがユニークな点は、単に現地からライブストリーミングするだけに留まらない点にある。依頼者が音声などによって、現地の代理人(クラウドワーカー)に行動を主体的に指示することで、疑似的な新しい移動体験が得られるのだ。その利用シーンは非常に多様だ。

たとえば代表的な利用シーンとして、体の不自由な高齢者が「昔、訪れた思い出の地に行きたい!」といったお願いをクラウドワーカーに依頼する。クラウドワーカーは依頼者の指示にリアルタイムで従って行動することで、依頼者に疑似的な移動を創出する。

▲現地の人に依頼して、リアルタイムに映像の映像・音声を共有してもらうが、依頼者が指示を出すことができ、疑似的にでも現地にいる気分になれる。

またインバウンド対応として、外国人の依頼者に代行者を介して、日本の百貨店に疑似移動してきてもらう。もし買いたい商品が見つかれば、店舗の配送サービスを使ったり、代行者に手続きをしてもらい、海外へ商品を発送することも可能だろう。

これなら「他社の映像共有サービスでも可能では?」と思われるかもしれない。実際、当初は西口氏もSkypeを利用してこのGENCHIの仕組みを実現しようとしたが、そう簡単にはいかなかったという。

映像の品質面でも、GENCHIはFaceTimeといった顔を中心に映すために作られているテレビ電話よりクオリティが高く、フルハイビジョン対応と手ブレ補正対応機能も有している。現地での通信環境の問題もあるので、事前にチェックする機能を備え、ハイビジョンの場合にはフレームレートを落とす機能も準備している。多少のコマ落ちがあっても、実際のデモを見る限りでは違和感はない。

▲デモの実画面。新御徒町のリアルタイム映像を南青山に送ってもらった。映像はクリアでコマ落ちしているようには感じられない。

こういった点で映像サービスとしての優位性もありながら、視聴を目的とした映像サービスと比較するよりは、飛行機や自動車などの移動手段との比較や単発のアルバイト提供アプリとの比較などの方が正しいのではないかと思い始めた。

GENCHIは、インバウンド需要のみならず、海外のいろいろな地域と結び、簡単に海外に移動できる疑似移動を体験してもらうことも計画中だ。その際には言語の壁が懸念される。そこで今期から、誰もが使える「体験共有特化型UI」の開発を進めているという。依頼者と代理人が共通して使える簡易インターフェイスを開発し、リアルタイム体験共有の一般化を図る意向だ。

海外の展示会会場と日本の企業の会議室をつなぎ、企業目線で情報収集

地方創生や企業のビジネスにつながるところでは、遠い場所で開催される展示会やイベントに代理人が参加すれば、依頼人の代わりに行動でき、目の代わり耳の代わりにリアルタイムにライブストリーミングして依頼者と体験を共有できる。

▲遠い場所で開催される展示会やイベントにGENCHIを利用すると、距離による不平等さを解消できるようになる。

西口氏は「現在の日本は至る所に地域格差があると感じています。大阪では東京と比べても展示会の規模が年々小さくなってきています。私自身も奈良県に在住していますが、地元の衰退を肌で感じています。一例を出せば、スタートアップが事業を展開する際においても同様で、やはり首都圏よりも不利な状況です。GENCHIによって、距離による不平等さも解消したいという想いがあります」と説明する。

関西の企業が、東京で開催する展示会を見に行きたいと思っても、時間的な制約もあるし、経費面でも負担がかかる。しかしGENCHIで首都圏在住の人を探し、依頼者が見たい展示会のブースに代理人が出向いて映像を流してもらう。その映像を依頼者が見て、疑問点があれば、直接ビデオ通話モードで展示員に直接質問を投げることも可能だ。

「ここでポイントになるのは、依頼者視点の映像を届けてもらえること。ゲゲゲの鬼太郎の“目玉おやじ”が代理人の肩にちょこんと乗って、映像を届けてくれたり、質問してくれるイメージです(笑)。展示会を一緒に回るという感覚が得られる新しい共同モデルだと思います」(西口氏)

イベント運営側もGENCHIとの相性は良さそうだ。現地に来られない企業のキーマンをイベント会場につなげることができるからだ。展示会場で製品を見て、すぐに商談をスタートできる。このように遠い場所で開催される展示会でも、オフィスにいながら数クリックだけで瞬時に参加できるし、しかも従来より断然安い経費で済んでしまう。

これが、もし海外イベントであれば、さらに効果的だ。実際にラスベガスで開催されるIT総合展示会・CESでの案件もあるようだ。日本からイベントに参加する人に代理を頼むだけでなく、現地の邦人に頼めれば通訳も可能だろう。

このようにGENCHIには「行けない」「行きづらい」をなくし、企業視点で情報収集を行うことで、グローバルな競争力をつけられる可能性も秘めている。

大手メーカーや医科大学との実証も! 5G時代に広がる新ビジネスの予感

GENCHIは、まだ完全にローンチしているわけではないが、現時点でも多くの大企業と実証実験を進めている。

たとえば、大手企業とともに、一部の県の見どころをアピールする実証実験を行っていたりする。これは、同社のつながりのあるユーザーを対象に、GENCHIのサービスを提供し、そのフィードバックを得る実験だ。現地を担当する代理人は大企業が負担し、あまり行かない県に疑似的に移動してもらい、一緒にユーザーの目的を達成するというものだ。

また、介護施設向けにGENCHIの利用権と再生用機材をセットにしたモデルの開発も推進している。

知人の高齢者に京都への祇園祭を疑似体験してもらった際、タイムラグを挟んでの50年前の記憶のよみがえり具合から、「バーチャル(疑似)旅行は高齢者の認知症予防になるのではないか?」との仮説を立てた。奈良県立医科大学や介護施設業者(株式会社ナッセ)とともに、関西の介護施設など8団体にご協力してもらい、189名もの参加者のデータを分析し、その有効性を証明し発表したばかりだ。旅と認知症の関係の証明は非常に新しく、本年6月に奈良県立医科大学の澤見一枝教授から日本精神保健看護学会での学会発表がなされている。

具体的には、189人の高齢者をGENCHIを利用したグループと従来通りのグループに分けて3ヵ月に渡り実験した。2つのグループの認知度チェックテストを比較すると、その結果に差異が出た。GENCHIを利用したグループのほうが、結果に概ね5%以上の有意差の上昇が見られたのだ。これは仮説を裏付けるものだった。

ただし、GENCHIにも、これからクリアしなければならない課題が残っている。映像を通信で送るため、どうしても場所によっては外部要因(ラグなど)が発生するからだ。ただ、こういった点は本格的な5G時代になれば、容易に解消できるかもしれない。

サービス内容も順次充実させていく予定だ。いま開発しているのは、すでに搭載されている手ブレ補正機能の強化だ。撮影時にスタビライザーがあったほうが好ましいが、手ブレ補正機能を改善することで、指示を受けるために必要なイヤホン以外の特別な機器がなくても撮影できるようにする方針だ。

さらにGPSの位置情報を利用することで、該当エリアの単発の仕事も該当エリアのGENCHIアプリ導入済みのスマートフォンへ通知される機能が搭載予定だ。これにより、代理人として登録した人がいる場所が分かれば、その代理人のスマホに依頼情報をプッシュして、タイムリーに仕事をお願いできるようになる。「いま青森にいるなら、ねぶた祭りの映像を撮って!」というように柔軟な対応も可能だろう。

このようにテレイグジスタンスとクラウドソーシングを組み合わせたマッチング・プラットフォームによって、新しい移動代替手段となるビジネスを掘り起こそうとしているtoraru。その主軸となるGENCHIは、これからスタートする5G時代において、さまざまな新規ビジネスを創出するポテンシャルを十分に秘めている。そんな活動を展開する西口潤 氏に、今後の期待も込めて、創生する未来「人」の認定5号としたい。

 

(インタビュアー・執筆:フリーライター 井上猛雄 写真:高城つかさ 編集:杉田研人 監修:伊嶋謙二)

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