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「インデアンカレー」に商売の真髄を見る ウイスキーと酒場の寓話(11)

2019.12.14

Updated by Toshimasa TANABE on December 14, 2019, 11:01 am JST

カレーは、自分で作るようになってからは、師匠のインド人シェフのカレーをたまに食べに行くくらいで、外では滅多に食べなくなった。しかし、一つだけ例外がある。大阪が本拠地で1947年創業の「インデアンカレー」である。

インデアンカレーは、現在では大阪に7店舗、兵庫に1店舗、東京に1店舗である。関西以外で唯一の店である丸の内店は、東京駅丸の内南口近くの地下飲食店街にある。

会社員だったころ(2006年の春と記憶する)、大阪に出張で行ったときに地元の人に教えてもらったのだが、一瞬で忘れられない味となったうえに、2005年に丸の内店ができていたことを知った。それ以来、仕事で東京駅の方に行ったときには、空いているようならサクッと食べるのが楽しみの一つとなった。並んだりはしないが、多少込んでいてもU字型のカウンターだけなので客の回転がとても良く、すぐに席に着ける。

カレー以外には、「インデアンスパゲッティ」「ハヤシライス」「ピラフ」「ミートスパゲッティ」がある。ただし、全てのメニューを全店舗で提供しているわけではない。丸の内店にはピラフはない。というわけで、ピラフ以外はすべて食べたことがあるのだが、たまに行くのでやはり看板メニューのインデアンカレーかスパゲッティのどちらかを選んでしまう。

インデアンカレーの特徴は、一度食べたら忘れられない独特の「甘み」とじわっと来る「辛さ」だと思う。盛り付けが独特ではあるが、いわゆる日本的なカレーライスである。量の違いで「レギュラー」と「大盛り」がある。

卓上には、辛さを調整するスパイスもないし、注文時に辛さの指定もできないが、それがかえって潔いと思わせる。福神漬けの類もないが、別皿で出てくるキャベツのピクルスがとても好ましい。

粒々とした炊き加減のご飯はこのカレー専用と感じさせるほどで、「これで刺身定食は無理だな」というくらいのものだ。また、ご飯の量とカレーの量のバランスが素晴らしい。楕円形のご飯の山をほぼ覆い隠すようにカレーが掛け回されている。

インデアンカレー

カレーは、ビーフカレーだけである。日本のカレー・チェーンのような「ルーは同じで肉などのメインの材料が異なるメニュー」はない。また、カツカレーのように揚げ物などを追加したりすることもない。一般にインドカレーは「素材の味わいを生かすためのシンプルなスパイス料理」という性格だが、大阪発祥の「インデアンカレー」は独特で濃厚なルーを味わうカレーライスである。

カレーと並んで捨てがたいのがスパゲッティだ。イタリアンでいうところの「アルデンテ」のように芯が残っているということはなく、小麦の味が濃厚なタイプでもない。しかし、麺としての歯応えはちゃんとある。このちょっと太めの日本的な麺をフライパンで少量の油で軽く炒め、香ばしくしたところにカレーを掛け回してある。

インデアンスパゲッティ

これも、カレーライスと同様に絶妙なバランスだ。麺とカレーの相性といい、分量といい絶妙なのである。これを超えるだけの説得力とバランス感のあるカレースパゲッティは、他には知らない。所望すれば「粉チーズ」(あえてこう呼びたい)も出してくれるけれど、まったく必要だと思わない。

例えば、自宅で自分が好きだと思っているカレー(作っても良いし、レトルトでも良いだろう)をスパゲッティを茹でてからちょっと炒めたものに掛けてみると、インデアンスパゲッティのクオリティが良く分かる。似て非なるものにしかならないのである。スパゲッティの味(特に小麦の味が強いもの)とカレーの味は、それなりの工夫がないと、実はあまり相性が良くないのだ。その点では、小学校の給食にあった「ソフト麺カレーソース」は、ソフト麺であるところがポイントであり、かなり巧みだと思う。

結局、リピートすると、スパゲッティを食べた次にはカレーを、カレーを食べた次にはスパゲッティを、という感じになるのだが、そのたびに「やはりインデアンカレーは米が素晴らしい」と再認識するし「これを超えるカレースパゲッティはない」と感じさせられる。

インデアンのカレー自体は「なるべく少ないカレーの量で、ご飯やスパゲッティといった炭水化物をどれだけ食べられるか」という目的を追求した結果の味ではないか、と勝手に想像している。そして、この目的のための絶妙のバランスが、レギュラーと大盛りには貫かれている。ご飯はたっぷりしているが、カレーとご飯を丁度良い味の加減になるようにスプーンですくっては口に運んでいるうちに、意識して調節しなくても両方ともキレイさっぱり皿から消えているのである。

しかし、そんな絶妙のバランスであるにもかかわらず、「ルー大盛り」「ルーダブル」というオプションを用意しているのが、この店のしたたかなところなのだ。2019年12月時点で丸の内店の場合、カレーは780円、ルー大盛り200円追加、ルーダブル500円追加である。単なるサービス精神であるとか、客のオーダーや嗜好に忠実、というだけではないはずだ。

例えば子供の頃、モノのバランスも何もまだ分からないときに、家庭でカレーを多めに掛けてもらったときの嬉しさ(普段は、何となくカレーが少なめだったりしたことの裏返しなのかもしれないが)。あるいは、ラーメンからそば・うどん、定食から丼物まで、何でもあるようないわゆる食堂ではできなかった、ちょっとした追加注文としてのルー大盛り。おそらく、こんなことを知り尽したうえで、ルー大盛りを用意しているのだろう。

ルー大盛りは、レギュラーのバランスの良さを理解できない、あるいは肉やルーが多いことを有り難がるというセンスのなさ、さらにいえば「カレー屋のカレーは、ルーを少なめにしているのではないか」という無意識な勘ぐりを反映した、かなり「貧乏くさい」注文なのだ。だから、そういうセンスのない客にそれと知らせずに金を払わせる(客単価200円増し)ための巧妙な作戦ではないか、ここにこそこの店の商売の真髄があるのではないか、と推測しているのである。

とはいえ、そもそもカレー自体の大盛りを注文して、さらにルー大盛りという大食漢も存在するようなので、バランス云々でウルサイことをいっても無駄なことなのかもしれない。しかし、こんなふうに「メニュー構成と食べてみた自分の感覚から、メニューの裏にある商売としての意図を考える」のが楽しいのだ。そしてこれは、インデアンカレーに限った話ではないのである。

大阪では「店によって多少味が違っていて、それは店長のカレーを煮込む技術の差だ」などといわれているらしいが、東京には1軒しかないので、そんなことには関係なく、私にとっては丸の内店の味こそがインデアンの味なのである。

また、ご飯の上にカレーを掛け回すにも修行が必要で、新人は簡単にはさせてもらえないという。カレーの掛け回し方にも、担当する人の個性や上手い下手が出るらしい(実際には、かなり微妙な差ではあるだろうが)。

ちょっと前のことであるが、ギターデュオ「ゴンチチ」のゴンザレス三上さんが、ラジオ番組(NHK-FMの「世界の快適音楽セレクション」)の中で、おそらくインデアンカレーのことであろう、と思われることを語っていた。

ざっくりいうと、こんな内容である。

「店長がカレーを掛けると、いまひとつ。同じカレーをご飯に掛けるだけなのに、店長は自信過剰で少し慢心がある。でも、サブの人は心を込めている感じがあって、それが美味しさにつながっているのではないか。ある日、サブの人だけだったのでラッキーと思ったら、若い人を呼んできて『お前ちょっとやってみろ』となってしまってガッカリ」

最後に、インデアンのもう一つの素晴らしさに触れておきたい。それは、完璧なオペレーションだ。つま楊枝に象徴されている。楊枝が数十本入る筒に楊枝を詰めてあって、取りやすいように1本だけ飛び出させてあるのだが、カウンター内の2人くらいのスタッフが、この状態を常に維持しているのだ。水についても、常にすべての客のコップを見ていて、半分以下になると、さっとコップに水を満たしてくれる。何かを指摘したくなったことや、「すいませーん」と呼んだりしたことが、過去に一度もないのである。

toothpicks

ダメなチェーン店などでは、端が楊枝入れになっている箸箱から楊枝が溢れてしまい、そこらへんに散らばっている、箸箱のフタに挟まって折れたりしている、という状態がいつまでも続いていたりする。スタッフはいなくはないのだが、常に卓上の状態に気を配ったり、何かのついでにその辺を拭いたり、乱れているところがあったら整理したり、という動きがないのである。バイトと社員の違い、経験やトレーニングの違い、などもあるだろうけれど、大して変わらない価格帯なのにインデアンカレーとは対極な店は多いものだ。


※カレーの連載が本になりました! 2019年12月16日発売です。

書名
インドカレーは自分でつくれ: インド人シェフ直伝のシンプルスパイス使い
出版社
平凡社
著者名
田邊俊雅、メヘラ・ハリオム
新書
232ページ
価格
820円(+税)
ISBN
4582859283
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田邊 俊雅(たなべ・としまさ)

北海道札幌市出身。システムエンジニア、IT分野の専門雑誌編集、Webメディア編集・運営、読者コミュニティの運営などを経験後、2006年にWebを主な事業ドメインとする「有限会社ハイブリッドメディア・ラボ」を設立。2014年、新規事業として富士山麓で「cafe TRAIL」を開店。2019年の閉店後も、師と仰ぐインド人シェフのアドバイスを受けながら、日本の食材を生かしたインドカレーを研究している。