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「安酒」ならではの楽しみがある ウイスキーと酒場の寓話(12)

2019.12.17

Updated by Toshimasa TANABE on December 17, 2019, 13:48 pm JST

個性を楽しむシングルモルトウイスキーは良いものだが、ちょっと背筋を伸ばして改まって味わうような感じもある。ラベルの内容などもちゃんと読んだりするし、そこにはストーリーもある。安くはないのでガブガブ飲む感じでもない。水やソーダで割って飲むよりは、ストレートが良い。そういうわけで、普段、気楽に飲みたいときには、やはりブレンデッドウイスキーということになる。

大麦で作るモルトウイスキーとトウモロコシなどの穀類で作るグレーンウイスキーをブレンドして、味のバランスを整えたのがブレンデッドウイスキーである。最近でこそシングルモルトウイスキーが普通に出回っているが、かつてはウイスキーといえばブレンデッドウイスキーだった。数種類から数十種類のモルトをブレンドしてあるうえにグレーンウイスキーも入っているので、モルト原酒の個性は薄まっているのだが、ブレンデッドにはブレンデッドの良さがある。しかもそれは、バランスの良さだけではない。

水割りで良し、ソーダで割っても良し、お湯割りなどということもできる。自分で作るなら、濃さも好みで調整することができる。ボトルキープしておいて自分で水割りなどを作って飲むような店では、ブレンデッド(バーボンも含めて)が丁度良い。なんといっても、過度な薀蓄なしに肩肘張らずに飲めるのが有難い。

もっとも、たかが水割りと侮れないことも事実であって、腕のいいバーテンダーが作る水割りは、明らかに美味い。さらに、自分で作る水割りやソーダ割りは、好みの濃さにするので、腕のいいバーテンダーではない他人に作ってもらうより美味い。

最近のブレンデッドスコッチは、ベースグレードであれば国産より安いくらいなので、普段飲みのためのブレンデッドウイスキーの選択肢は広くなった。スコッチのベースグレードは、ウイスキーというのはこういうものである、というツボを正しく押さえている感じがして実力を感じさせる。例えば、こういったブランドだ。

blended_scotch

・バランタイン ファイネスト
・ザ フェイマスグラウス
・デュワーズ ホワイトラベル
・ホワイトホース ファインオールド

過去に有名だった銘柄などで劣化してしまったものもけっこうある中で、ベースグレードがクオリティを維持しているのは素晴らしい。いずれも1000円前後でスーパーやドラッグストアで入手できる。店にもよるが、1000円を切るものさえある。この価格帯には、国産のブレンデッドウイスキーもあるが、まったく相手にならないのである。

どう相手にならないかというと、こんな感じだ。まず、水やソーダで割ってもちゃんとその酒の個性を感じさせるだけの味わいが残っているのである。ダメな酒は、特徴的な味わいもないし、割るとただ薄くなってしまうだけで酒としての腰が感じられなくなるのだ。特徴的な味わいについては、「ちょっと引っかかる感じ」などと表現することもあるが、その引っかかりがなくなってしまうのだ。

最近の国産のブレンデッドウイスキーは、コクというよりはあっさりした味わいのものが多いような気がする。飲みやすさを優先しているという感じだ。ハイボールが人気ということもあるのだろう。ストレートだと首を捻らざるを得ないようなものもある。どこにでも売っていて手に入りやすいものの中で、かろうじてストレートで飲んでも良いかなと思えるのは「スーパーニッカ」である。スーパーで2000円以上するので安くはないが、モルトが感じられる良いウイスキーである。

たまたま今、自宅で飲んでいるのは、ブレンデッドスコッチの「ホワイトホース ファインオールド」である。以前は、ちょっと末広がりの安定感のあるボトルだったが、少し前にスマートなボトルになった。売り場や倉庫などでの面積を取らないようにした、ということもあるのかもしれない。スマートなボトルになって、以前よりちょっと軽くなったかな、とは思うものの、依然としてクオリティを保っていて美味い。ベースグレードの中では、それなりに重厚な味わいの部類で、モルト原酒が感じられて飲み飽きない良い酒だ。

こういったブレンデッドウイスキーは、夕食の前にストレートや水割りで、夕食の後あるいは寝る前にオン・ザ・ロックで、風呂やジョギングの後にソーダ割りで、といろいろなシーンに対応できる。ウイスキーには「食事に合う酒」というイメージはあまりないかもしれないが、薄めに作ったブレンデッドスコッチの水割りは、インドカレーに最も良く合う飲み物でもある。もちろん私の個人的な嗜好の話ではあるのだが、インドビールよりも相性が良いくらいなのだ。

安酒には、安酒ならではの良さ、楽しみがある。「何を飲むか」よりも「どれだけ飲むか」が大事だったりもする。近くの店でいつでも買える、というのもかなり重要なポイントだ。外で飲むときにしても、上述のようなベースグレードの酒がいつもある、という店は有難い。懐に優しいのもさることながら、レアものではないので欠品することはまずないという安心感があるのだ。そう、いつでもある、近くで買える、というのがとても大事なことなのだ。

もちろん、レアものや限定品、上級グレードにはその良さがあるが、実力あるベースグレードあってこそなのだ。例えば、バランタイン 17年は素晴らしいブレンデッドウイスキーだと思うけれど、ベースグレードのファイネストあってこそでもある。デュワーズにしても、ホワイトラベルあっての12年である。

飲み手の側も、ベースグレードの味わいとその好ましさが分からないと、上級グレードを飲んだところでその本当の良さ、凄さは分からないだろう。普段飲みの酒は安酒に限る。野球でいえば、晴れ舞台の試合ではなく、キャッチボールやトスバッティングに相当するのが安酒なのだ。ウイスキーならば、安酒でもそうそう悪酔いすることもない。

以前、ある有名作家が何かの政治問題での騒ぎを「安酒の酔いに似ている」と表現したのを見たことがある。市井の人々が安酒でどれだけ救われてきたか、あるいは作家やアーティストにとって安酒がその創造にどれだけ資していたか、ということには思い至らないのか、と驚いたものだ。この人はウイスキーの本まで出していたのだが、この安酒発言以降、まったく何も分かっていないのではないか、と思うようになった。

酒の失敗で人生を棒に振った人もいるだろうし、酒とドラッグで早逝したアーティストも多数ではある。しかし、そんな人よりは、酒に力付けられながら普通に淡々と生きている人の方が、はるかに多いはずだ。そして、その人たちを支えた酒は「安酒」なのだ。


※カレーの連載が本になりました! 2019年12月16日発売です。

書名
インドカレーは自分でつくれ: インド人シェフ直伝のシンプルスパイス使い
出版社
平凡社
著者名
田邊俊雅、メヘラ・ハリオム
新書
232ページ
価格
820円(+税)
ISBN
4582859283
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田邊 俊雅(たなべ・としまさ)

北海道札幌市出身。システムエンジニア、IT分野の専門雑誌編集、Webメディア編集・運営、読者コミュニティの運営などを経験後、2006年にWebを主な事業ドメインとする「有限会社ハイブリッドメディア・ラボ」を設立。2014年、新規事業として富士山麓で「cafe TRAIL」を開店。2019年の閉店後も、師と仰ぐインド人シェフのアドバイスを受けながら、日本の食材を生かしたインドカレーを研究している。