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地方だからこそICTを活用して元気になれる!「遠隔医療」「ドローン活用」から「地域リーダーの育成」まで着手する異色の研究者の地方創生へのまなざし −日本を変える 創生する未来「人」その9

2020.01.26

Updated by Takeo Inoue on January 26, 2020, 17:15 pm JST

移動体通信分野のジャーナリストとしてメディアによく登場する研究者、木暮祐一氏。同氏は、1980年代後半に登場した黎明期の携帯電話から最新スマートフォンまで収集する、国内屈指の携帯電話コレクターとしても知られている。そんな木暮氏は現在、青森公立大学の准教授として、ICTを活用した地方創生に関わる研究を進めているという。携帯電話コレクターがなぜ、地方創生なのか。キーワードは「遠隔医療」「ドローン活用」、そして「地域リーダーの育成」だ。いずれも“地方だからこそ”可能なことだという。そこで今回の創生する未来「人」では、異色の経歴を持つ木暮氏だからこそ行き着いた地方創生のアイデアや可能性について話をうかがった。「産学連携」というキーワードから言えば、「学」の立場からの意見となるが、どの地方でも援用可能な視点が必ずあるはずだ。 

地方ほど優秀な学生がいる? 人材発掘の傍らで自身も研究者に転身

まずは木暮氏の異色の経歴を辿ろう。

木暮氏は、学生時代には医療関係を専門に学んでいたが、趣味が高じて「携帯電話」にどっぷりハマっていった。大学卒業後は健康情報誌の記者を務める傍ら、携帯電話の知見を活かして専門誌に記事を書き始めた。2000年にPC出版社のアスキーに移り、そこで携帯電話情報サイト「携帯24」を立ち上げて、編集長に就任した。

▲青森公立大学経営経済学部地域みらい学科 准教授 博士(工学)/ITヘルスケア学会(理事)/モバイル学会(理事・副会長)/あおもりドローン利活用推進会議 (理事・事務局長) 木暮祐一氏

2002年にはケイ・ラボラトリー(現KLab)に転職。同社はコンテンツ関連技術や携帯アプリを開発している企業で、産学連携の事業も積極的に進めていた。そして、広報担当マネージャーになった頃に地方創生への意識が芽生え始めたという。

ここでは重要な“気づき”を得た。当時、通信事業者は地域会社に分けられ、それぞれの地域に根差したコンテンツ作りやアプリ作りが求められていた。そこで携帯電話を使いこなして最もユニークな成果物を生み出していたのは“若い学生たち”だったことだ。

「ケイ・ラボラトリー時代に気づいたことは、地方ほど優秀な学生が多いことでした。そこでケイ・ラボラトリーで関西・東北・九州にラボを作り、学生を契約社員として年俸制で雇用し、開発に携わってもらいました。彼らには首都圏のように勉学を妨げる誘惑が少なく、自身の能力を最大限に生かして成果を上げていました。生み出されるコンテンツやアプリは学生視点でのアイデアで、それぞれ地域ならではの個性にあふれたアプリを作ってくれました」

こうした中で、優秀な学生を発掘するために全国の大学を奔走していた木暮氏は、まだケイ・ラボラトリーが進出していない四国に着目し、徳島大学に拠点をつくることにしたという。ここで転機が訪れる。人材発掘のための活動をしていたところ、自身が研究者の道を歩むことになったというのだ。

「徳島にはヨソモノを拒まず、快く受け入れてくれるウェルカムな風土がありました。昔から和歌山~徳島間でフェリーが運航していたり、四国のなかで最初に本州四国連絡橋(神戸・鳴門ルート)ができて、関西との交流が深かった地域性が関係しているのかもしれません。逆に徳島大学や地域の皆さんが、我々と何か一緒にやろう! と誘ってくださり、気がつけば私自身が徳島大学大学院に入学して、そこで博士号を取ることができました」

確かに、徳島県はオープンな雰囲気がある土地柄かもしれない。以前、本コラムの6回目に登場いただいた認定NPOグリーンバレーの大南信也氏を取材した際にも、筆者は同じような印象を受けた。

高齢化が進行する地方こそ「遠隔医療」サービスを!

徳島大学大学院では、木暮氏は携帯電話の知見を生かして「医療×携帯電話」の研究に取り組んだ。そこで「遠隔医療アプリ」を開発したことをキッカケに、大学教員へと転身した。このアプリは、病院に入院している患者のバイタルデータ(心電図や脳波などの生体情報)を、外部にいる医師の手元にあるガラケー(iPhoneが登場する以前のことだった)で確認できるというものだ。

当時から同氏は「高齢化が進む日本で、いつでも持ち歩ける携帯電話ならば、いざというときに人々を助けられるかもしれない」という思いがあった。そこで日本遠隔医療学会(元理事)をはじめ、ITヘルスケア学会やモバイル学会の理事を兼任しながら、医療現場で携帯電話を活用できないかと奮闘した。しかし、保守的な医療業界において、こうした機運は思うようには高まらず、同氏の強い思いもなかなか浸透しなかった。こうして日本の医療界が足踏みしているうちに、スマートフォンが登場。世界では加速度的に「遠隔医療サービス」が進展していった。木暮氏は、こう警鐘を鳴らす。

「すでに中国、インド、英国ではAIを活用したスマート医療が進んでいます。スマートフォンで医師とチャットしながら患者を遠隔診断し、投薬で済む症状であれば数時間後に薬が配送される医療サービスも登場しています。日本はこうした医療サービスに慎重ですが、インターネットの世界は軽々と国境を越えてしまいます。5Gの時代になれば、あっという間に世界から取り残されるリスクもあります。いまこそ日本発のアプリとサービスを推進すべきだと思います」

日本の医療界は後手に回っているわけだが、最近になってようやく、日本ならではの「モバイル遠隔診断サービス」の実証実験がスタートしている。これは長野県伊那市とMONET Technologies、フィリップス・ジャパンが共同で始めた「ヘルスケアモビリティ」という画期的な医療サービスだ。ヘルスケアモビリティとは、端的には、医療機器(心電図モニター、血糖値/血圧測定器)などを車内に搭載して医療従事者との連携によってオンライン診療などを行うことができる車両のこと。「走る遠隔医療診察室」と言えようか。医療サービス版のMaaS(マース:Mobility as a Service)である。

車両はMONETの配車プラットフォームと連携しており、効率的なルートで患者の自宅などに訪問できる。到着したら車両内のビデオ通話により、病院の医師が遠隔地から患者を診察し、看護師が医師の指示にしたがって患者の検査や必要な処置を行う。さらに情報共有クラウドシステムを活用して、電子カルテの閲覧や訪問記録の入力・管理も可能だという。

▲医療×MaaSを実現する、走る遠隔医療視察車両「ヘルスケアモビリティ」。伊那市で2019年12月から実証実験が始まったばかりの画期的な医療サービスだ。医療機器などを車内に搭載し、医療従事者との連携によってオンライン診療が行える(出典:MONET Technologiesプレスリリース)

「高齢化が進む地方では、車を運転できなかったり、交通機関がなくて移動が困難なこともあります。また医療従事者や医療施設も不足しており、日本こそ"走る遠隔診療室"が求められていると感じています」と木暮氏。

同氏が提唱し続けてきた通信と医療との結合は、最新技術との連携によってこうした形で結実しつつあるということだ。

補足になるが、木暮氏が暮らす青森県は「平均寿命が全国で最も短い」という課題も抱えている。2015年の調査で男性の平均寿命は78.67歳(トップと3.21歳の差)、女性も85.93歳(同3.74歳差)となっており、いずれも最下位なのだ。もし、この「医療×MaaS」が将来的に実現すれば、こうした地方の課題を解決できる可能性もあるだろう。

地方だからこそ先進的な実証実験ができる。「あおもりドローン利活用推進会」の立ち上げ

携帯電話から遠隔医療へと関心や研究テーマを変えてきた木暮氏だが、新たに取り組んでいるテーマが「ドローンの活用」だ。

青森県だけでなく、「県自体の面積が広くて、移動するのも困難」というのは東北全体に共通する課題だろう。前述のように病気になっても適切な移動手段がなく、年配者はすぐに病院にも行けないのが現状だ。特に青森県では、都市間を結ぶ高速道路も建設途上。自動運転車や自動運転バスが一般化するのももう少し先の話。こうした中で、「流しのタクシー」のない地方では、配車アプリが活用されている。これは、青森県が日本で4番目に早くUberが導入され、2019年7月にDiDiモビリティジャパンが東北地方で初めて(国内で8番目)タクシー配車プラットフォームの提供を開始していることからも分かる。

自動運転やMaaSが地方の移動手段に革新をもたらす可能性は確かにある。そしてもう一方の手段として注目されているのが「ドローン」だろう。農業や建設業などでは、すでにドローンの活用が着実に進んでおり、2020年代後半には人を運ぶドローンも登場すると言われている。こうした未来を見据えて、木暮氏はドローンの活用をテーマとした活動にも着手している。これは「地方だからこそできる」取り組みでもある。一般的なドローンも特殊なドローンも、大都市では実証実験を行うことは容易ではないからだ。

▲写真はCEATEC2019で公開された、NECが開発中の「人を運べるドローン」の試作機(筆者撮影)。日本では法整備も必要だが、こうした実証実験は、地方だからこそ最初にできることだろう。

「先進的な実証実験は、まず地方から始めるしかないと考えています。我々も、先ごろ"あおもりドローン利活用推進会議"(以下、ADUP)を立ち上げました。空港からすぐ近くにある青森公立大学は森で囲まれており、ドローンを飛ばすには大変良い環境です。実証実験の場として活用できます」

ADUPでは同氏が理事となり、企業・行政・研究機関とドローンの情報を交換したり、ドローンを利用した観光誘致などのビジネスモデルや、安心・安全な運用を目的としたフレームワーク作りを進めているところだ。県内の経済・産業振興を目指しているという。

「あおもりドローン利活用推進会議」(ADUP)のWebサイト。写真は青森港からのドローンによる空撮。企業・行政・研究機関とともに、ドローンを利用したビジネスモデルなど、県内の経済・産業振興を目指す。

1年生からゼミで地域の課題を学ぶ「地域みらい学科」の人材育成とは?

木暮氏は、教育者として「人材育成」にも力を注いでいる。もちろん、木暮氏の豊富な経歴をバックボーンにした、“ならでは”の教育方法だ。それはICT(情報通信技術:Information and Communication Technology)に特化した地方創生への取り組みでもある。

木暮氏は青森公立大学で、地域の行政・ビジネス・コミュニティのリーダー的な役割を果たす人材を育成する「地域みらい学科」に籍を置き、教鞭をとっている。こうした人材育成に関わる学科は、最近では他大学でも多くなってきたそうだが、青森公立大学では2006年からスタートしており、この分野の先駆け的な存在だという。

▲地域みらい学科は1学年40名の少人数教育。1年生からゼミでフィールドワークを行い、地域の課題を掘り下げて、それを解決していく。卒業までに「知の冒険」という3段階の教育方法を採用している。

「地域みらい学科には、最初から地方創生を意識した学生が多く入学してきます。出身者の割合は青森県内が半数弱、あとは岩手、秋田、北海道(道南)、その他の県です。1学年40名の少人数教育を実践しており、1年生からゼミで地域の課題を掘り下げて、それを解決していくスタイルが大きな特徴です」

しかし、文系大学ということもあって、地域みらい学科でICT関連の科目を教えているのは現在、木暮氏のみだ。まず2年次の地域ICT基礎論においてICT利活用の基礎を学んでもらい、3年次の地域ICT戦略論で様々な業界のICT動向を俯瞰し、さらに地方でのICT事例を分野別に学んで未来の戦略を練ってもらうという。地方創生に関わるどんな課題であっても、今では科学技術の知見は外せない。文系学生にとっては貴重な学びの場だろう。

「日本はICTが重要と言いながら、実は情報化ができていません。これまで進めてきたことの多くが、情報化ではなく、単に電子化なのです。たとえば駅の改札機ひとつ例に取っても、昔の改札機をそのまま電子化しているから、いつまで経っても改札や窓口がなくなりません。電子カルテやお薬手帳も同様です。本来の情報化とはデータを活用し、従来の仕事のプロセスを抜本的に変えて効率化を図っていくこと。そういったICTの勘所を学生には常々伝えています」と木暮氏は強調する。

そしていま、木暮ゼミで実践しているフィールドワークのひとつに挙げられるのが、地域活性化を支援する本格的なWebコンテンツ制作だという。なぜか。

「青森は『ねぶた祭』など観光リソースが多く、東北のなかではインバウンド熱の高い県*です。冬の八甲田山にはウィンタースポーツや温泉を目当てに外国人がこぞってやってくるようになりました。そこで情報を発信し、地域を盛り上げようとしています」

かつて編集者/ライターとして活躍していた時代のノウハウを生かし、学生には現地での取材から、ドローンによる写真や映像の撮影、コンテンツの執筆・編集、Webサイトデザイン、コーディングまでをチームで担当してもらい、プロ並みのWebサイトが制作できるように教育しているという。文系学生ができる地域創生の足掛かりが、まずは情報発信、ということなのだろう。

たとえば「八甲田山九湯会」のWebサイトでは、温泉のなかで日本一雪が積もることで有名な「酸ヶ湯温泉」など、地域に点在する温泉をまとめてブランディング化し、集客まで含めてSNSのツールで積極的に発信している。

▲地域に点在する温泉をまとめてブランディング化する「八甲田山九湯会」のWebサイト。このほかにも南津軽郡の大鰐温泉でVRを活用したコンテンツなども制作している。

「単なるWebサイトで終わらず、360度の視点で温泉の湯気の雰囲気が伝わるVR技術も導入しています。今後はサイトにEC機能を導入したり、インバウンド向けに多言語化などにも取り組んでいきたいと考えています」

「地方ほど優秀な学生がいる」という冒頭の木暮氏の言葉も、改めて思い返される。それに取材や情報の多言語化といったフェーズでは、理系学生よりもむしろ文系学生の方が長けているのかもしれない。一人でも確かな知識を持った専門家が協力できれば、学生というリソースと協働しながら地方創生につながるコンテンツを制作できるという好例だ。いずれの地方でも援用可能なことではないか。

ICT活用を推進する橋渡し的な役割として各自治体と連携を図る

教育者として木暮氏は、「人材育成については息の長い取り組みになりますが、地域創生に対してICTが重要であることを学生にしっかりと理解してもらい、卒業後に社会で活躍してくれる優秀な人材をたくさん育てていきたい」と抱負を語る。

研究室の学生もICTが重要なツールであることを強く認識しており、ある教え子の観光映像は307万回再生、34万2000いいねを獲得し、「TikTok Video Awards 2019」の「キセキの瞬感アワード10作品」に選ばれた。また、ラスベガスで毎年1月に開催される家電ショー「CES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)」に青森県の学生を派遣するプロジェクトでも、木暮研から2年連続で選出された。木暮氏の教育は、すでにいくつも実を結んでいるのだ。

地域みらい学科の学生らは、首都圏のICT企業に就職して活躍する卒業生もいるが、地方自治体や銀行などに就職する学生が多いという。また、実際に地域を動かせるような立場に育ったOBもおり、地域活性化のカギを握るリーダーとして活躍し始めているという。

「地域リーダーはいろいろなスタイルがあってよいと思っていますが、自分たちの地域を見ているだけでは地域課題を解決するのは難しいでしょう。やはりICT化に関しては首都圏のほうが進んでいるので、地元から東京に就職する学生に対しては、5年から10年ぐらい修行して最終的にUターンしたほうがよいと言って送り出しています。そこで経験したことや、仲間とのつながりを自分の地域に生かしていくことが大切だからです」

加えて、今後、同氏が進めたいと考えている施策の一つが地域(自治体)間の連携だという。特に東北地方は地理的条件や文化的な要因から、自治体同士であまり連携が取れていないのが実情だ。青森県の中でさえ、そうした傾向にあるそうだ。

「いまは自治体の各首長の活躍に期待しています。私自身は、あおもりICT利活用推進プランの策定委員として、県のお手伝いもしました。また総務省が認定する"地域情報化アドバイザー"でもあるので、各自治体の橋渡しとしてご指名いただければ、ICTを使った地域課題の解決や活性化のお手伝いに全国どこでも伺います。地域が変われば課題も変わります。情報交換や共有も重要です。学生が協力できる体制も敷いています。ぜひお声がけください」

「地方でこそICT活用が重要であり、実証実験の場としてさまざまな課題を解決する突破口になる」と説く木暮氏。遠隔医療にしても、人を運ぶドローンにしても、地方だから最初に着手できるチャンスも多い。とはいえ、それを実際に推進するには、やはり優秀な人材が必要だ。青森県を中心に、東北各県のローカルヒーローの卵を孵化させ、世に羽ばたかせるために日々奮闘する青森公立大学の木暮祐一氏を、創生する未来「人」認定第9号とする。

(執筆&写真:井上猛雄 編集:杉田研人 監修:伊嶋謙二 企画・制作:SAGOJO)

*日本政策投資銀行が発表した「2019年東北インバウンド意向調査」によると、青森県は訪問希望者の割合が5.7%と東北で最多

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井上 猛雄 (いのうえ・たけお)

東京電機大学工学部卒業。産業用ロボットメーカーの研究所にて、サーボモーターやセンサーなどの研究開発に4年ほど携わる。その後、株式会社アスキー入社。週刊アスキー編集部、副編集長などを経て、2002年にフリーランスライターとして独立。おもにIT、ネットワーク、エンタープライズ、ロボット分野を中心に、Webや雑誌で記事を執筆。主な著書は「災害とロボット」(オーム社)、「キカイはどこまで人の代わりができるか?」(SBクリエイティブ)などがある。