気づきを得られる「ワーケーション」のモデルとは - あきた芸術村わらび座「シアターエデュケーション」による社員研修
2020.02.05
Updated by Takeo Inoue on February 5, 2020, 08:39 am JST
2020.02.05
Updated by Takeo Inoue on February 5, 2020, 08:39 am JST
ICTコンサルタント大手・ITbookの子会社である東北ITbookは、秋田県仙北市のあきた芸術村のわらび座と提携し、「ワーケーション」の誘致を始めた。ワーケーションとは、ワーク(仕事)とバケーション(休暇)を組み合わせた造語。簡潔に言えば、都心から離れた旅先で休暇を兼ねてリモートワークを行う労働のことで、最近では働き方改革の一つとして注目を浴びるようになってきた。今回はこのワーケーションの一環として、実際にわらび座で開催されたNECの社員研修を紹介する。都心部の企業はもちろん、ローカルな団体や自治体にとっても地方創生のヒントになるだろう。
なぜ、ワーケーションが求められているのか簡単にまとめておこう。
ワーケーションを導入すると、企業側にとっては、リゾート地や温泉などで休暇を取りつつ社員が気分をリフレッシュして効率よく仕事をこなせるという利点がある。一方の迎える側(地方)にとっても、地域の関係人口を増やし、都会のビジネスパーソンと交流を深めることで新たな事業創出や地方創生の事業につなげる機会が得られる。
都心の企業と地方の双方にとって、大きなメリットが期待できる「新しい働き方」なわけだ。
ここで紹介する「あきた芸術村」のある仙北市は、日本一水深の深い田沢湖や白濁の湯で有名な乳頭温泉、「東北の小京都」と呼ばれる角館(かくのだて)など観光資源も多く、都会人にとってはまさに休暇にうってつけの場所。なお、あきた芸術村は、角館駅からバスで15分の場所にあり、日本で3本の指に入るミュージカル劇団「わらび座」の劇場公演を始め、ホテル・温泉・工芸館・地ビールの醸造/販売・レストランなどを運営する複合施設である。
そこで東北ITbookはワーケーション事業を推進するために、あきた芸術村内にサテライトオフィスとなる拠点「センボクコンプレックス」を開設。テレワーク環境の提供や、ICT化の支援活動の後押しを始めた。
ここでワーケーションのモデル事業の第一弾として、まずNECの幹部や社員などを招き、遠隔会議やわらび座劇団員による「シアターエデュケーション」のトライアルが実施された。以下、シアターエデュケーション研修に絞ってこの模様をレポートしよう。
今回のワーケーション研修で特徴的なのは、リモートワークが行われただけでなく「シアターエデュケーション」が取り入れられたことだ。ここでシアターエデュケーションとは、役者の演劇訓練スキルを取り入れて「コミュニケーション能力向上」を目指すワークショップのこと。
「なぜ企業研修になぜ演劇を導入するのか?」と疑問を持たれる向きも多いかもしれない。演劇を生業にする役者は、日々いろいろな職業の役を演じている。転じて、企業のビジネスパーソンに目を向けると、ある意味では彼らも営業や幹部などいろいろな役柄を演じていると言える。ならば、日ごろから「役柄を演じること」を訓練している役者のスキルが、ビジネスシーンでのコミュニケーション能力の向上にも大いに役立つだろう、という発想だ。
実は、わらび座では、このようなエデュケーション研修を修学旅行などで訪れた中高生向けに実施してきたノウハウがある。これをビジネスにも応用していこうというものだ。これはまだ全国でも珍しい取り組みで、企業にとっても魅力的なコンテンツとなる可能性がある。
今回すべての研修を実施した講師は、わらび座 作品製作室 プロデューサーの加藤富子氏。
研修に入る前にまず、わらび座で公演しているミュージカル「あきたいぬになりたくて」で主演を務めた3人の女優が特別出演し、お手本を披露した。秋田のご当地アイドルを目指す高校3年生3人の物語だ。
次は参加者が体を動かす番。まず軽い柔軟体操でウォーミングアップし、その後、秋田民謡の「ドンパン節」を歌い踊ったり、誕生月や好きな色などの共通項目でメンバーをグルーピングして招集をかけたり、お互いに殺陣を演じたり、とゲーミング要素を交えながら研修が進んでいく。
特に印象的だったのは、人の話を傾聴したり観察するトレーニングだ。
たとえば2人組で30秒間ほど顔を見つめ合い、その後で1分半ほど質問しあう。そして相手から得た情報を全員の前で話す。すると本人も気づかない新発見があるとわかる。
初見の人に何か聞いたりすることはエネルギーがいる。その中で、相手がいったい何を知りたいのかを読み取る。それに、ファーストインプレッションはそれぞれ違って当然なのだということにも改めて気づかされる。
もう1つ面白いと感じた訓練は「鏡よ鏡よ鏡さん」だ。これは自分でやったジェスチャーやポーズや表情を、そのまま相手が真似するというもの。顔の表情を真似ることは大変だし、やる方も恥ずかしい。この訓練の意図は、とにかく文句を言わずに相手を受け止めるということ。役者は役を演じるために、こういう訓練を日ごろから行っている。これもコミュニケーションスキルを高めるために必要なことだろう。
体が慣れてきたら、続いて演劇を行う準備段階の練習に入る。まず簡単な連想ゲームを行ってイマジネーションを養う。たとえば一人が「お昼ご飯食べに行こうよ」と言ったとすると、相手は「いいね、蕎麦屋に行こうよ」と返答する。さらに「いいね、なら信州の戸隠に行こうよ」という形で、どんどん自分から話題を提案して連想を広げていく。そして最初と最後の内容がどう変わっていくか、そのコンテキストを確認していく。
ここでポイントになるのは絶対に相手を否定しないこと。「いや」ではなく「いいね」と肯定することが前提だ。相手が「いいね」と言えば「ならばどうしよう?」と考えることになる。「いいね」で肯定すれば、いろいろな発想を広げられることの示唆だ。
ボティーランゲージも大切になる。ビジネスの会話でも、言葉だけでは伝わらないニュアンスがある。そこで全員でサークルを組んで、表現力の訓練も行った。相手の目を見ながら、「アン・パン・アン・パン」と言って「パン」のときに手を叩く。このときに喜怒哀楽を表現する。同じように「ありがとう」という表現をボディランゲージで相手に伝える訓練も行われた。
もう1つ重要な点は、役者は感動を伝えるのが仕事であるということ。わらび座では、一人一人が1日に5つ感動するものを見つけるという。その感動を参加者に共有する訓練も実施された。
再び研修メンバーがペアになって「最近、特に感動したこと」を相手に伝える。親子関係であったり、美味しかった食べ物であったり、何でも良いので伝える。それを聞いた相手が、その感動を同じように他のメンバーに紹介しあう。感動した話として飛び出した内容は「愛される上司と部下の関係」「子供サッカーのリフティング大会」「クリスマスパーティでの母親に対する子供の愛情」などだった。
感動は言葉にするだけでは足りない。どれだけ本人が感動を覚えていたとしても、その感動を伝える“熱量”がなければ相手に伝播しない。そこで、伝えるエネルギーで相手を動かす(納得してもらう)という訓練も行われた。たとえば「ラーメンと焼肉どっちが美味しいか?」といったテーマを2人で議論し合い、第三者にジャッジしてもらう。とにかく身振り手振りで、相手を説得するわけだ。こういうトレーニングはプレゼンで役立ちそうだ。
そして、いよいよ本格的な演劇のトレーニングに入る。2チーム各4名に分かれて、創作芝居をするというものだ。冒頭に披露された「あきたいぬになりたくて」を題材として、実際にご当地アイドルを目指す寸劇のシナリオを構成し、それを演出も含めて具現化して、審査員にプレゼンテーションする。
たとえば、アイドル名を決めて、どこのご当地か、そのアピールポイントなどを考える。これを20分間のうちに、各メンバー間でディスカッションして形にしていく。1チーム目は「芸人を目指していた4人組だったがアイドルに転向し、四都物語で4つ都市を紹介する」という寸劇を披露した。2チーム目は「シズちゃんず」というアイドルチームを結成し、ご当地の静岡県の特産品を紹介するという内容になった。
最後の仕上げは、「ジパング青春記〜慶長遣欧使節団出帆〜」のわらび座ミュージカルをベースにしたワークだ。慶長遣欧使節団は、仙台藩主の伊達政宗が1613年にスペイン国王・フェリペ3世とローマ教皇・パウロ5世のもとに派遣した使節だ。
この史実からつくられたシナリオの一部分を通読し、ペアを組んで伊達政宗役と臣下役に分かれてシナリオの読み合わせたのち、演劇を行うというものだ。それぞれ感情を込めた発声練習はもちろんのこと、一歩すすめてセリフの解釈も含めて状況を考えていく。
相手の心を動かすためには、自分の心も動かなければならない。結果的に、今回の研修を受けた参加者のなかには、最終ワークでは演技にはまり感極まって泣いてしまう人もいたほどだった。一度の訓練で、表現力や感動を伝える力がついたということか。これこそビジネスにも応用できることだろうし、チームビルディングの面でも効果が期待できるという。
ビジネス研修というと、どうしてもお堅い勉強会のようなものをイメージしがちだが、こうした演劇や役者の技術から学べることも多いのだ。このシアターエデュケーションは、現役の役者を多く擁するわらび座だからこそ可能な研修だが、興味のある企業は一度、あきた芸術村でワーケーションを実施してみるとよいだろう。
このように、ひとくちにワーケーションと言ってもプラスアルファのオプション次第でオリジナルなやり方を展開することができるはずだ。企業を誘致できれば、関係人口の増加や新規ビジネスを開拓するチャンスも増えるだろう。地方創生にワーケーションを取り入れたい自治体なども、ぜひ参考にしていただきたい。
(執筆&写真:井上猛雄 編集:杉田研人 監修:伊嶋謙二 企画・制作:SAGOJO)
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登録はこちら東京電機大学工学部卒業。産業用ロボットメーカーの研究所にて、サーボモーターやセンサーなどの研究開発に4年ほど携わる。その後、株式会社アスキー入社。週刊アスキー編集部、副編集長などを経て、2002年にフリーランスライターとして独立。おもにIT、ネットワーク、エンタープライズ、ロボット分野を中心に、Webや雑誌で記事を執筆。主な著書は「災害とロボット」(オーム社)、「キカイはどこまで人の代わりができるか?」(SBクリエイティブ)などがある。