金沢工業大学(KIT)は、2019年11月9日〜10日、KIT白山麓キャンパスにおいて1泊2日のオープンイノベーション合宿「サトヤマカイギvol.1」を実施した。第1回目となる今回のテーマは「エンターテイメント」×「モビリティ」。地方創生に関心の高い県内外の企業11社(15人)が参加した。座学だけで終わらせず、地域住民との交流を通じて地域課題の解決策を考える合宿で、結果として多くの“斬新な”アイデアが生まれることになった。本稿では、提案されたこれらのユニークなアイデアと、参加者や交流した地域住民らの声を中心に報告したい。産学連携プロジェクトを思案している人たちにとっても刺激になる事例だろう。
座学+地域住民との交流を通じて地域課題を学ぶ
KITが白山麓キャンパスで目指していることは、ウチモノである大学・自治体・山麓住民、とヨソモノである企業(ウチモノの企業も含む)が手を取りあって、持続可能な新しい価値を作り出すことにある。そして白山麓の里山そのものをプロダクト化し、「里山エンタメ都市」というサービスを創造する、という目標を掲げている。今回開かれたオープンイノベーション合宿「サトヤマカイギvol.1」もその一環で、大手企業社員からベンチャー起業家まで幅広い人材がKIT白山麓キャンパスに集った。
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▲ウチモノとヨソモノが交流した「サトヤマカイギvol.1」
まずは、2日間に及んだ合宿の大まかなスケジュールから紹介したい。初日は簡単なオリエンテーション後、着眼点を学ぶために座学からスタート。KITの副学長で感動デザイン工学研究所所長の神宮英夫教授による「都市×エンタメ 〜感動を科学する〜」と題した講義、およびKIT建築学部の宮下智弘准教授による講義「都市×関連学 〜見立ての思考力〜」が行われた。
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▲感動を指数化できるか?(神宮教授の講義)
神宮教授の講義は、“何となく”感じる心の動きを、心電計やアイマークレコーダー(人がどこを見ているかを可視化・計測するシステム)、サーモグラフィーなど組み合わせて指数化(見える化)できないか、という内容。感動を客観的指数で測り、「記憶に残るものとは何か」を分析できれば、より効果的に地方創生にもつながるイベントや企画を打ち出せるのではないか、と提案された。
宮下准教授からは、モノの本質の見極め方や「見立て」方、トレードオフに代わる発想の在り方など、自身の提唱する「関連学」的考え方の講義があった(宮下准教授の関連学の講義については別稿を参考にされたい)。
講義後は白山市の鳥越地区に移動。温泉施設の「バードハミング鳥越」で入浴し、ここから地域住民との交流会としてお酒を交えてのBBQ大会が開かれた。と、初日はここまで。白山麓キャンパスに戻り、宿泊となった。
2日目は、朝7時から白山市尾口地区の岩間山荘に移動し、朝食。地元の山菜や熊肉などジビエ料理に舌鼓を打ち、白山麓キャンパスに戻ってからがいよいよ合宿の総まとめ。午後5時までたっぷりと時間をかけて地域創生のアイデア出しを行い、最終的にプレゼンまで行われて閉会となった。
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参加者は、座学で基本視座をインプットし、地域住民との交流を経て、“手触りのあるものとして”地域課題を発見する。そこに、それぞれ豊富なバックボーンと知識を持つ参加者から出るアイデアが合わさり、見たことも聞いたこともないユニークな発想が生まれる。これらのアイデアが実現可能であるかの判断はさておき、この試験的なオープンイノベーション合宿が成功であったことは疑いない。
そこで以下では、今回提案された地方創生のアイデアと、地域住民・参加者双方のリアクションを中心に見ていこう。
地域住民が受けた刺激。おもてなし会で終わらせない交流会の重要性
ここで、この合宿で提案された地域創生のアイデアに入る前に、企画に参画した地域住民の反応から紹介したい。合宿参加者が地域住民らから学びを得るのは当たり前(それが目的だ)。こうした地方×企業のマッチングイベントにおいては、住民側がいかに刺激を受けるか、も重要なファクターであるからだ。
まず、合宿初日の夕食(BBQ)での声だ。BBQは、地元の農事組合法人「んな~がら上野(かみの)」の倉庫で開かれ、住民側からは白山市議会議員や上野町町会長をはじめ、JA職員、農事組合法人職員らが参加。ジビエや海産物、地物野菜などが豪華に振る舞われた。
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▲合宿初日の夕食(BBQ)では豪華な料理が振る舞われた
開始当初こそよそよそしさが感じられたが、火を囲み酒を酌み交わす中で、ただの「おもてなし会」ではなく、参加者と地域住民が徐々にフラットに語り合える空間に変わっていったのが印象的だった。3時間を超える交流会を通じて、地元住民側はかなりの手応えを得たようだ。
例えば、JA石川県中央会の橋本豊巳夫さんは、「いろんな話をうかがっていると、『東京がイナカに来た!』って感じで面白かった。子供達は東京でこんな話をしているのか、と。東京が近く感じられました」と、気持ちの高ぶりを抑えられない様子だった。
白山市議会の南清人さんは、率直に「希望を感じた」と話す。「“水がきれい”だけじゃダメ、市は何もしてくれないと愚痴るだけじゃダメなんだと強く思いました。地方の爺さんだけだと一歩踏み出す力がないので、ベンチャーの方々の力添えが必要です。でも結局、最後は人と人。互いに楽しめる関係性がないといけない。このメンバーで何か生まれて欲しい」
また、鳥越分団長の橋爪靖司さんも、「田舎で生まれ育ってこれからどう生きていこうかと悩んでいましたが、いろんな生き方の可能性を感じて勇気が出た。勇気と夢と希望を持って生きていこうと思った」と、参加者から聞いた“未来の地方のあり方のビジョン”に感化されたようだった。
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上野町内会の中西勇町会長は、「将来の地域のあり方は、水稲や高収益の作物を作ることだけではないと強く感じました。おんぶに抱っこではなく、こちらからも意見を出していく必要性を感じた。それに、いろんな企業さんからお声がけいただくことはあるが、こちらも企業を選ぶ目が必要なのだな、と。今回集まりいただいた企業さんは素晴らしく、何ができるか分からないがとても刺激的だった」と話す。
ヨソモノの立場で参加した企業人たちはそれぞれのテーブルで、自己紹介がてら「自身ができること」を中心にアイデアをぶつけていたようだった。開宴当初は「どんな話をすれば良いのか…」と手探りだった地域住民側も、合宿参加者側の熱意に呼応する形で打ち解けていく様が手に取るように分かった。
地方が抱える問題に対して、そこに住む人々誰もが「何かしなければならない」と考えてはいる。その漠然とした思いに、「何かできるかもしれない」とプラスの心境の変化をもたらした瞬間かもしれない。
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▲ウチモノもヨソモノも腹を割って打ち解けた
合宿2日目の朝食は、スキー場でもある尾口地区で、岩間山荘の女将・北村祐子さんから白山地区の歴史や文化、伝統的な生活の知恵などについて解説があった。北村さんは白山の民話絵本を発刊するなど、ローカルな知を備えた人物。
ここでの時間は、双方向の語り場というより合宿参加者が地域の歴史や伝統を学ぶ場、という側面が強かったが、ここで得られた「生の声」は、以下に続く地域創生のアイデアに生かされたようだ。
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▲朝食を提供いただいた岩間山荘の女将・北村祐子さん(写真右)
地方でこうしたイベントを行う場合、ヨソモノが現場の情報や知識を学ぶだけだったり、ただ「ヨソモノがウチに来た」という形だけで終わらせてはもったいない。相互交流の場を用意することで、ウチモノとヨソモノの双方にとってより有意義な時間となるだろう。
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デート、出稼ぎ、老老観光、脱出ゲーム…地域を活性化する奇抜なアイデア
さて、今回の合宿の集大成として参加者らが導き出した“地域創生アイデア”を紹介しよう。
2日目、まずは、KIT産学連携局次長の福田崇之さんが、今回のアイデア出しの方向性について説明された。その要旨をまとめると、(1)エリアは尾口地区と鳥越地区に絞る。(2)「エンターテイメント」×「モビリティ」を意識したテーマで考える、(3)各企業のソリューションを単に地域(里山)に落とし込むのではなく、「関連学」を踏まえて企業・地域住民・大学(学生や職員を含む)と連携して「里山エンタメ都市」というサービスを創造する、といった視点から“地域を元気にするアイデア”を考える というもの。
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参加者はA〜Dの4チームに分かれた。地域のリソースの洗い出しと共有に始まり、丸一日かけたディスカッションが行われ、プレゼンされた。それぞれチームから提案されたアイデアはどれも真新しく独創的なものとなった。簡潔に紹介しよう。
Aチーム:「白山をカラフルに!〜仮想会社白山〜」
白山地区を何色でもない真っ白なキャンパスに見立て、毎月1つのプロジェクトを短期集中で実現していく“超フットワークの軽いハコ(会社)”を作る。一つひとつのプロジェクトが“カラフルな色”になるイメージだ。
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▲「仮想会社白山」という超フットワークの軽い会社を作れないか
Bチーム:「デートサイエンス」
白山でのデートを感情診断してデータ化し、評価する。各種のセンシング装置を使い、車や食事の選択、デート先のコンテンツ選択、スキンシップの選択などを評価し、最後にレポートを提出、App上でデートを格付けする。
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▲白山でのデートのコンテンツ化をする独創的なアイデア
Cチーム:「U 25 NEO出稼ぎ」「死ぬ前に訪れる地上の楽園“石川県白山市”」「白山におけるエクストリーム体験」
Cチームからは3つのアイデアが出た。
「U 25 NEO出稼ぎ」は、地域の“誰やる問題”を解決するアイデア。25歳以下の若者を白山に呼び、住民からベーシックインカムと住居(空き家)を提供、若者はリモートワークや地域の仕事(手伝い)を行うことで生活する。KITは地域のリソースの確保などに関わる。
「死ぬ前に訪れる地上の楽園“石川県白山市”」は、高齢者の移住促進につながる観光プログラム。温泉やサウナ、スポーツを中心としたヘルスケアツーリズムで、日本に住む超高齢者/高齢者を“敢えて”集めよう、というもの。霊峰白山や白山信仰は「死」と「生」に向き合うのに恰好の場所、という発想から生まれた老々ビジネスモデル。
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▲超高齢者/高齢者を敢えて集める老々ツーリズムのアイデア
「白山におけるエクストリーム体験」は、子供に対して里山(自然)の持つ脅威を教え、生きる力(サバイバル能力や危険察知能力)を身に付けてもらおうというもの。「雪山遭難体験」や「リアル山下り脱出ゲーム」、「川に流される」「城攻め」など、位置情報(GPS)機器を駆使して安全性を担保しながら、ゲーム性のある“危険“を体験するプログラム。
Dチーム:「地域情報Uber」
地方の問題として「移動」が不自由になることから、車に乗りたい人(移動したい人)と乗せたい人(移動途中にある人)をお金ではなく「情報」でつなぐ、というアイデア。乗せる人(住民)は移動途中に乗りたい人をピックアップ。乗りたい人(地域の高齢者・旅行者)は、お金ではなく車中でローカルな情報や旅先の話など情報を提供する。ルート検索やストーリー検索などから双方をマッチングするアプリを作る。
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▲お金ではなく「情報」で人と人をつなぐ「地域情報Uber」
B、C、Dチームはコンテンツを、Aチームはそれらを実現可能なものにする仕組み(会社)を作るアイデアと言えようか。それぞれのアイデアのリスクやデメリットについても検討され、どうすれば実現可能かについても話し合われた後、閉幕となった。
一期一会をアクションにつなげる地域とヨソモノのフラットな関係性づくり
合宿参加者からは、「小さくても良いから、早く、一つでも実現したい」という声が多く聞かれた。帰路でも、本気で実装まで目指すためにいかに動くかが話し合われたほど、地域課題の解決に熱を帯びた合宿となった。
車中泊やテント泊を推進する日本初のカーシェアリング・サービスを提供するベンチャー企業Carstay株式会社の中川生馬さんも、「言いっ放しじゃなく、実際にアクションを起こさないと。地元の方々の信頼を得るためにも、もっと深く関わっていかなきゃならない。一歩ずつ信頼を深めていって、アクションプランまでつなげていきたい」と力強く語る。
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埼玉県秩父でローカルWebメディアを運営する浅見制作所の浅見裕さんは、「本気で実装まで目指すなら、まずは10個のアイデアを全部やってみて、そのうち1個が残ればいいというつもりでフットワーク軽く実行できたらいい」と期待する。
すべては紹介しきれないが、口々に先を見据えた意見が上がったのが印象的だった。一方で、「ディスカッションする時間がもっとほしい」「継続して企画してほしい」「実行しなければ意味がない」といった要望も挙げられたが、これは誰もが次につなげたいと考えているからだろう。
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今回の合宿参加者には、地元企業から来た方もいる。主に電子機器の販売・製造などを行う北菱電興株式会社(本社:金沢市)の酒元一幸さんは、こう総括する。
「地方の方々の特徴に、もどかしいことですが、自己肯定感の低さが挙げられると思う。都会の方から『あれが素晴らしい、これは他にないことだ』と意見をもらって仮に何らかのプロジェクトが立ち上がったとしても、どこか“他人のふんどし”で相撲を取っているようなうしろめたさを覚えてしまう。大学というアカデミックな後ろ盾があるのはありがたいことだが、これも自己肯定感の低さからか、ローカル企業という立場だと大学と組むこと自体に敷居の高さを感じてしまう」
しかし、今回は特別だった、と続ける。
「交流会を見ていたら、地元の方の顔が期待感で輝いているように感じた。全体を通じて関係性がフラットな場になっていたからだと思う。抱える問題やこうありたい未来を語ることで、“自分ごと”として参加企業さんたちに伝えることができたのではないか。私も、地方の問題を自分ごととして考えるきっかけになった。本気で地方を変えようとするなら、地元企業の参加も大事になる。その裾野を広げていきたい」
もちろん最も良い未来のビジョンは生まれたアイデアが実現することだ。しかし、それはまだ少し先の話になるだろう。現在でも参加者らはSNSでつながり、情報交流を続けている。いつかまた集い、(今回出たアイデアとは違った形になるかもしれないが)何からの形を見ることができるかもしれない。それに、いくら良いアイデアがあっても、実働させるには地域住民の協力なしには不可能だ。少なくとも、住民側の感化が見て取れただけでも大切な一歩を踏み出せたのではないか。
今回の合宿は、地方創生につながる扉をひとつ開いたにすぎないが、サトヤマカイギの今後の展開に期待したい。
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最後に、蛇足かもしれないが、取材した感想を付言しておきたい。合宿参加者であるヨソモノからは「目の前にあるお題を解決したい」というパッションが感じられた。適切な言葉か分からないが、ヨソモノにとって「地域課題の解決」はある種のゲームなのかもしれないとも思う。例えば「高齢化を食い止めたい」というお題が与えられれば、白山や他地域のリソースを組み合わせながらそれを解決するために頭を働かせる。リソースや組み合わせは無数にある。課題を抱える地方の方々は、こうした知識と経験あるヨソモノを、“うまく”巻き込んでいけると良い。そうすれば、どんな難題も、一足飛びに解決できるかもしれない。
(取材・執筆 杉田 研人 / 編集・写真 スガ タカシ 企画・制作 SAGOJO)