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「プランB」と人生のクラウド化/オンデマンド化 ウイスキーと酒場の寓話(29)

2020.06.22

Updated by Toshimasa TANABE on June 22, 2020, 12:23 pm JST

「プランB」とは、最初に想定したやり方(プランA)が上手く行かないときに想定する代替策のことである。コロナ禍を経て、そもそも世界がプランBで動かざるを得ない状況になった。しかし、それが上手く行くという確証はない。従来のプランBのさらに代替策を考えるべきフェーズに入ったのだ。「プランBの再構築」が必要なのである。

収入(売上)はなかなか思い通りにならいし、かつてのような水準に戻ることはなくても、支出はコントロールが可能だ。買わずに済むモノまで買っていないか、既に持っているモノであっても所有していることによって余計なコスト(固定資産税や車検費用などが好例)が発生していないか、持っているモノがなんらかの枷(かせ)になっていないか、常にさらにコストダウンできる余地はないかを検討しているか、という視点は重要だ。逆に、必要なものにはちゃんと投資する、という視点も大切ではある。

アフターコロナにおけるプランBを意識した生き方は、おそらくは富裕層のそれではない。身の丈に合った生き方、あるいは質素ではあるけれど貧乏くさくない、という状態を目指したい。そのためには、モノを買ったり所有したりするということについて、考え方を変える必要があるだろう。

私は起業後に、自宅とオフィスのどちらも、いくつかの事情で何度かの引っ越しを経験した。結果、身の回りのモノを激減させることに成功した。現在、御殿場のアパートに住んで、インターネットで仕事をしつつ飲食店の経営に関わっているが、リモートワークを前提にした仕事の進め方を続けていたことはもちろん、「モノを極力減らしたシンプルなスタイル」で生活していたのが良かったと実感している。

では、何をどう減らしたのか、それで問題はないのか、何を諦めたのか、といったことを振り返ってみよう。根底にある基本的な考え方は「所有より利用」だった。カメラのように軽くて簡単に買ったり売ったりできるものはまだ良いが、問題はそうではないものである。代表的な例として、住まい(不動産)や白物家電、クルマなどが挙げられる。

御殿場に移って飲食店を開業する直前は、横浜・中華街の近くにワンルームマンションを自宅兼事務所として借りていた。既に自宅マンションは賃貸に出しており、持ち物は最小限になっていた。冷蔵庫を持っていなかったので、交差点の筋向いの「コンビニが冷蔵庫」だった。冷蔵庫があったとしても、おそらくビールと氷くらいしか冷やさないだろうし、食事はほぼ外食だったので部屋ではコーヒーを淹れるくらいで調理することもなかった。

こんな状態だったので、引っ越しはレンタカーの2トントラックでさえ大き過ぎるくらいで一人で楽勝だった。壊れ物だけ自分のクルマで運んでおいて、あとは1日かからず完了した。

この状態に至るまでに何を捨ててきたかというと、例えばオーディオである。音楽もオーディオも昔から好きで、スピーカーを何台も自作するほどだったのだが、開店予定の店で使いそうな一部の機器を残して、ほとんどのモノを中古オーディオ店に買い取ってもらった。リスニングルームでじっくり音楽を聴くなどということは、1年のうち数時間あるかないか、ということに気付いてしまったのだ(あくまで私の場合)。有名ブランドのアンプはさすがに良い買い取り価格で、引っ越し代が余裕で賄えた。

CDやDVDも、ブックオフに来てもらって書籍と一緒に大量処分。まず聴かないCD、もう見ないと思われるDVD、読むかどうかというような本はすべて処分した。ほかに音楽関連では、40年モノのアップライトピアノや安物のギター、デジタルドラムなどの楽器も処分(どれも二束三文だったが)。また、趣味方面では、魚釣りの道具や草野球の道具など、時間が取れなくなって遠ざかってしまったものをかなり捨てた。

ソファや食卓のようなリビングの家具も、すべて処分した。値打ちものの家具でもないし、さほど愛着があるわけでもなかった。ソファはかなりくたびれてもいた。何よりオーディオ同様に、リビングでゆったり寛ぐ時間などは、実は人生においてほとんどない、ということに気付いたのだ(これも私の人生の場合だが)。

御殿場に会社名義で借りたアパートは、当初は単身者向けの家具付きウイークリーマンションだった。備え付けの家具は、エアコン、壁にくくり付けのテーブル(折り畳み可)、カーテン、イス2脚、洗濯機、冷蔵庫、電子レンジなどだった。

電子レンジも冷蔵庫も、これまで使っていなかったので無くても困りはしなかったが、せっかく備え付けてあるのと、田舎(御殿場の外れ)のことゆえ近所に美味いカクテルを作ってくれるバーなど望むべくもないことから、冷蔵庫に氷と炭酸水くらいは常備することにした。

私の場合、いくつかの理由で自宅マンションを賃貸に出し、一人でワンルームマンションやアパートを借りていたわけだが、このような経験をする中で自宅あるいは持ち家というものについて、いろいろと考えることができた。

ローン返済は大変だし、ローンがないとしても持ち家には固定資産税がかかる。また、子どもの独立や親の介護など、人生のステージにおいて必要となる自宅のスペックは変化する。多くの場合、「大きめ」を念頭に物件を検討することになるだろうが、30年ものローンであれば、金利にもよるが物件価格の倍ほどのお金を払うことになる。これは、大変な無駄だと感じた。

また、勤務地や客先などは、自宅の場所を斟酌してはくれない。仕事の状況に合った住まいという観点で考えると、どこかに家を買ってしまうことと、そこに縛られてしまうことの不自由さが見えてくる。コロナ禍では、リモートワークに否応なく対応せざるを得なくなった。このことは、通勤の都合が大きな要素だった不動産の選択に大きく影響するだろう。

もうひとつ、田舎で不可欠なのがクルマである。クルマがない生活はあり得ないのだが、これも所有するのはやめてしまった。28歳のときに惚れ込んで60回ローンで買ったイタリアのマニュアルミッションの4ドアセダンに21年乗っていたのだが、もうそこまで惚れ込めるクルマは世の中に存在しなくなってしまっていた。クルマをいじったりする時間もとれなくなってきた。また、そろそろパーツが手に入らないということも見えてきていた。これらの理由から、21年目の車検の前に国産車のリースに切り替えたのだ。既に新車では希少な存在となっていたマニュアルミッションの4ドアセダンである。選択肢は極めて限られていたが、実際に乗り始めてみると思った以上に上品で良いクルマだった。

月に数万円のリース代は会社の経費である。会社名義で購入することもできるが、減価償却対象になったりして、いろいろ面倒くさいということもある。リースの良いところは、通常想定されるオイル交換などの基本的なメンテナンス費用や税金、車検費用等が含まれてのリース料金であり、それを毎月定額の経費にできる、という点であろう。「5月の連休明け、忘れたころに自動車税」ということもなくなった。車検費用も考慮する必要はないのだ。会社経営においては、経費の平準化は重要なことの一つでもある。クルマこそ(惚れ込んだクルマがあれば別ではあるが)所有より利用だと実感した。

このようなスタイルは、ITでいうところの「クラウド」の概念に近いものがある。例えば、手元のパソコンにデータを保管するのではなくて「Google Drive」のようなインターネット上のストレージ・サービスに保管する。あるいは、パソコンで動作するメールソフトではなくて「Gmail」のようなWebメールを使う、というような考え方に相通じる。

所有より利用という基本的な考え方は、プランBを意識した生活にとても良くマッチするものだろう。いわば「人生のクラウド化」である。こうしたクラウド化のアプローチは「身軽さ」を実現し余計なことに煩わされないためにとても大事なことなのだ。もちろん、人によって何を捨てられるか、何を大事に思うか、という価値観や尺度は異なる。あくまで私のクラウド化の例である。とはいえ、プランBを意識し再構築していくというのは、これまでの価値観や尺度、それらの優先順位付けを根本的に見直す、という側面があることを忘れてはいけない。

先日お会いしたある方は、「モノを買わなくなった。本当に必要になってから買うようになった」と仰っていた。私は人生のクラウド化と考えていたのだが、その方はさらに「オンデマンド化」と表現していた。クラウドとオンデマンドというのは、IT的なトレンドというだけでなく、生き方そのものがプランB的な方向にシフトしていくときに、中心的なところに位置する考え方となるだろう。

※「42/54」に掲載した記事に加筆・修正しました。


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田邊 俊雅(たなべ・としまさ)

北海道札幌市出身。システムエンジニア、IT分野の専門雑誌編集、Webメディア編集・運営、読者コミュニティの運営などを経験後、2006年にWebを主な事業ドメインとする「有限会社ハイブリッドメディア・ラボ」を設立。2014年、新規事業として富士山麓で「cafe TRAIL」を開店。2019年の閉店後も、師と仰ぐインド人シェフのアドバイスを受けながら、日本の食材を生かしたインドカレーを研究している。