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僕は君たちに「新教養主義」を配りたい

2020.08.06

Updated by Shigeru Takeda on August 6, 2020, 10:19 am JST

世の中がごくシンプルに社会的強者と社会的弱者で構成されているとすると、議会制民主主義を採用する国における社会的強者とは、その数において圧倒的多数を占める群ということになるので、意外なことにサイレントマジョリティこそが社会的強者ということになる。政治は彼らの言いなりなのだ。

安倍政権の施策が右往左往しているように見えるのは、社会的強者としての一般大衆の動向に細心の注意を払っていることの裏返し、という見方もできる。一般大衆の典型的なペルソナは「お盆に田舎に帰省して良いのか?」について政府から具体的な指針が出るのをじっと待っているような奇特な人たちである。一般大衆と政府の睨み合いの膠着状態(お互いがお互いの出方を窺っている状態)が、問題の根本的な解決を遅らせていると考えられる。

待てば海路の日和ありと言わんばかりに、あるいは1分を超える大相撲のごとく、くたびれ果ててスタックしたまま微動だにせず問題を先延ばしにする。これは日本という国のお家芸なのかもしれない。

その意味では、功成り名遂げた大企業の経営者、有識者会議の構成員、テレビによく出演する有名人、各種アワードの受賞者、といったカリスマあるいはヒーローと呼ばれるような人達は数が圧倒的に少ないので、実は彼らこそが社会的弱者である。社会的弱者は、一般大衆からは特殊な才能を持った人たちとして賞賛されると同時に、好奇の目に晒される。

しかし残念ながら、仲間でも同胞でもない彼らからの優れた提言(があったとして)は、感心されつつも無視される運命にある。自分のアタマを使っていない共感は単なる同調に過ぎないが、大衆は共感よりは同調を選択する。SNSがこれに拍車をかけることが多いが、この同調圧力に対してカリスマやヒーローの社会的影響力は極めて限定的なのだ。

加えて、社会的な「強者」の中から選抜されたヒーローはろくなことをしない(e.g. アドルフ・ヒトラーなど)という歴史も併せて考えると、穏やかでそれなりに豊かな国を堅持しようとする時に、カリスマモデルはうまく機能しない可能性が高いと判断して良いだろう。

このあたりのことを独自の鋭い観察眼でいち早く察知していたのが、昨年(2019年)47歳で夭逝された瀧本 哲史(たきもと・てつふみ)氏だ。メディアを作る仕事は、多くの優秀な「社会的弱者」に会う機会に恵まれることが多いが、その中でも投資家をはじめとして多様な側面を持っていた彼は極めて優秀だった。ある種の天才だったような気もする。

一時期、彼が拠点にしていた永田町の近くにある赤坂のホテルのラウンジで、よく打ち合わせをさせていただいた。態度は横柄で言葉使いも乱暴だが、彼のビジネス思想の底辺に流れていたのは、日本人に対する深い慈愛だったように思う。それが明確なメッセージになったのが、彼を一躍有名にした『僕は君たちに武器を配りたい』(講談社、2011年9月)だ。一見、よくある売れ線狙いの軽薄なタイトルに見えるが、これは彼の偽らざる本心をそのままストレートに表現したものだ。

そして、これを下敷きにして翌年(2012年)、東京大学・伊藤謝恩ホールで行われたのが「伝説の東大講義」である。ここで彼は、オバマ政権における「Change」という分かりやすいメッセージが何の役にも立たなかったことを引き合いに出しながら、カリスマモデルでは世の中が変わらないことをわかりやすく説明した。そして、これを覆す力があるのは武器を実装した一般大衆のはずだ、だから僕は君たち一般大衆に武器を配りたい、それがこの世の中をより良いものに変える唯一の方法なのだ、と力説した。

2時間に及ぶこの講義の一部始終は(あまりにも切ないタイトルだが)『2020年6月30日にまたここで会おう 瀧本哲史伝説の東大講義』(星海社新書、2020年4月)にまとめられているので、ぜひご一読いただきたい。

若者向けのメッセージではあるが、中高年をも勇気付けてくれる力があると思う。講演録なので短時間で一気に読めてしまうが、深い意味を伴った印象的なフレーズで埋め尽くされているので、できればじっくり時間をかけて味わっていただきたい。彼と親交のあった人なら、当日の講演が(彼の独特の喋り方も含め)ほとんど再編集されることなく再現されていることを実感できるだろう。

メディアを運営している人は程度の差こそあれ、この「武器を配る感覚」を持ち合わせているはずだ。子供を学校へ送り出す時に、弁当を持参させる親の気持ちにも近い。無論、武器は一つに絞る必要もなく、また多ければ多いほど良いわけでもない。

だが、「プランB」を実行しようとする時に必携の武器が「教養」だろう、というのが我々の考えだ。それも古典的な教養主義あるいはリベラルアーツに依拠するわけではない、全く新しく解釈・創造されるべき教養だ。これが「新教養主義宣言」という活動を始めた理由でもある。瀧本氏なら「おー、竹田さんにしちゃ、まともな企画じゃないっすかー」と共感してくれたはず、と信じている。

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竹田 茂 (たけだ・しげる)

新潟県上越市出身。日経BP社にてBizTech(現在のnikkeibp.net)の立ち上げを皮切りに同社の様々なインターネット事業の企画・開発を統括/プロデュース後、2004年にスタイル株式会社を設立。主にB2B分野にフォーカスしたWebメディアを創刊・運営。早稲田大学大学院国際情報通信研究科非常勤講師(1997-2003年)。著書に『会社をつくれば自由になれる』(インプレス、2018年)など。