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樫の木 成長 イメージ

TALPIOT以外のイスラエルのエリート養成プログラム(2) Alonim(アロニム)

2020.11.16

Updated by Hitoshi Arai on November 16, 2020, 19:49 pm JST

「Alonim(アロニム)」とは、樫の木を意味する。大きな常緑樹の硬い木であり、頼れる存在のシンボル、というイメージにつながる名前のようだ。

前回の「Psagot(プサゴット)」と大変良く似たプログラムだが、データサイエンスと情報工学分野の人材を育てる目的で2018年に創設された最も新しいプログラムである。調べてみると、もともと「IDF Academic Reserve」という仕組みがあり、どちらのプログラムもその中の一つに位置づけられることが判った。IDF Academic Reserveというプログラムは、初代首相であるDavid Ben-Gurionのビジョンとして作られた特別なプログラムで、IDF(Israel Defense Force)が必要とする幅広いアカデミック・バックグラウンドを持つ人材を育成するために、高校を卒業する若者を彼らが兵役に就く前に、IDFが一部費用負担して大学で学ばせるプログラムである。

Psagotの回で、登録段階で「予備プログラム(reserve program)」という書き方をしたが、「予備」ではなく、IDF Academic Reserveの「Reserve」であることが判った。つまり、Academic Reserveとしていくつか用意されているプログラムの一つが、PsagotやAlonimで、自分はPsagotに挑戦したいと思う学生がそのコースに「登録」をする、という意味であった。お詫びして訂正したい。

米国でも、従軍した場合には、大学在学中に借りていた学費のローン返済を軍が肩代わりするという奨学金のような仕組みがある。米国では兵役が義務ではないので、これは兵士の採用を促進するためのプログラムである。

イスラエルでは兵役は義務なので、人集めの目的ではなく、IDFが求める専門分野の人材を積極的に育成するための仕組みと理解すべきである。IDFが狙うのは、軍が科学技術的に優れた能力を持つことであり、そのために求めているのは最先端技術分野で優れた力を発揮できるエリート人材である。また、一般の若者は兵役の後に大学に進学するが、選ばれた人材は先に大学で学んで学位を取得し、その後の兵役は修得した技術・知識の実践の場となるので、意欲のある者にとっては単に学費の支援が得られる以上の意味があると考えられる。

プログラムの卒業生は、研究開発だけではなく、IDFの中でもデータ・情報を活用する8200部隊のような部門でのリーダーにもなることができる。Alonimプログラムは、インテリジェンス部門のディレクターが管理している。

研修生の選考プロセスと入学要件

Alonimの場合も、候補者の選抜は多段階にわたる厳しいプロセスがあり、対象は男女を問わない。

第一段階 : サイコメトリーテスト。選考の入学基準値は670。
第二段階 : リザーブルートの登録(WEBサイトからアロニムルートを登録)
第三段階 : イスラエル工科大学(テクニオン)への登録
第四段階 : 個人データと心理テストの結果を精査した上で、選ばれた候補者に対し個人面接と心理面接を行う
第五段階 : テクニオンへの入学審査
第六段階 : リザーブプログラムのトップを含めた最終選考委員会

PsagotであったGroup Dynamicsのテストは見当たらないが、ほぼプロセスは同じである。

テクニオンで学ぶ

Alonimプログラムは、ハイファにあるテクニオンで、データエンジニアリングとデータサイエンスを学び、学士号と修士号を取得するコースである。いうまでもなく、あらゆる分野で使われるようになってきたAIの応用には大量のデータが不可欠であり、データサイエンティストの役割は大変大きい。研修生は最初の3年間で、データ・情報工学の学士号を取得する。残りの1年半はデータサイエンスの修士課程であり、学士課程、修士課程ともに卒業論文作成が含まれる。通常の学士課程が4年、修士課程が2年であることと比較すると、かなり密度の高いプログラムであることが想像できる。

プログラムに参加する研修生には次のようなメリットがある。

・プログラムディレクターが個々の研修生を個別に直接指導する
・Alonimプログラムをコーディネートするテクニオンの教授が研修生の学業達成をサポートする
・Acaemic Reserveメンバーへの学費支援(reserve grant)に加えて、年間5,000シェケル(約15万円)相当の助成金が支給される
・プログラム期間中は学生寮が提供される
・修士期間はさらに授業料奨学金と生活費奨学金が提供される
・IDFの権威ある職務への就職

普通なら4年かかるところを3年で修了させることができるのも、研修生が十分に学べるように大学やプログラム側が手厚く面倒を見ているからであろう。

IDFの軍事訓練と配属

他のプログラム同様に、研修生はIDFのトレーニングも受けることになる。国の安全保障に貢献する人材育成ということで、学術のプログラムとそれを補完するIDFのプログラムは一体となったものとして作られている。 実習は最初の学校年度の終わりに実施される。また、IDFの組織、防衛システム、課題等を理解し、将来の兵役に向けたつながりをつくるために、現場の部隊を訪問する。特にデータや情報を扱う部署を中心とする。

プログラムを修了し研修生が兵役に従事するときは、彼らは将校のコースに入ることになる。個々人の希望も配慮し、エリートユニットの主要なポジションに就く。一般の兵役同様、男子は3年、女子は2年だが、それに加えて追加の3年が課せられるのは、Psagotで述べた通りである。

従来、イスラエルが得意としてきたインテリジェンスやコンピュータ・サイエンス応用分野は、機械学習や深層学習などのAI関連技術の進歩とともに、ますます高度化している。その強みをさらに強化するために、求める人材を探すのではなく自ら育成するというイスラエルのやりかたは、国の安全保障戦略、産業政策の基本かもしれない。彼らの多くは兵役後産業界で活躍している。

日本でも、自衛隊には「貸費学生」という類似の制度があり、大学および大学院で、医学、歯学、理学、工学を専攻している学生で、卒業(修了)後、その専攻した学術を活かして自衛隊に勤務する意志を持つ者に対し防衛省より学資金が貸費される。幹部候補生の人材育成という意味ではIDF Academic Reserveと類似してはいるが、日本市場の人材流動性の乏しさから、これら人材が産業界で活躍しているという事例は見えてこない。組織で人を囲い込むのではなく、人材輩出機関として幅広く貢献するという在り方も考えられるのではないだろうか。

イスラエルのようにプログラムがブランド化して多くの若者が目指す目標となり、卒業生が産業界の様々な分野でも活躍するようになれば、これらの人材から様々なイノベーションが生まれることも期待できるはずだ。

イスラエルイノベーション イスラエルイノベーション特集の狙い

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新井 均(あらい・ひとし)

NTT武蔵野電気通信研究所にて液晶デバイス関連の研究開発業務に従事後、外資系メーカー、新規参入通信事業者のマネジメントを歴任し、2007年ネクシム・コミュニケーションズ株式会社代表取締役に就任。2014年にネクシムの株式譲渡後、海外(主にイスラエル)企業の日本市場進出を支援するコンサル業務を開始。MITスローンスクール卒業。日本イスラエル親善協会ビジネス交流委員。E-mail: hitoshi.arai@alum.mit.edu