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エントロピー 煙 天性 イメージ

情報は熱力学第二法則に従う

Information follows the 2nd. law of Thermodynamics

2021.03.12

Updated by Shigeru Takeda on March 12, 2021, 13:43 pm JST

熱力学第二法則のメッセージは、極めてシンプルだ。熱的に閉じた系で不可逆的変化が生じると元には戻りません、何もしなければ乱雑さ(エントロピー:entropy)は増える一方ですよ、と主張しているに過ぎない。

エントロピーの増大は、お風呂に入れた入浴剤(の色)が少しづつ広がっていく様子として観察できる。掃除や整理をしないと部屋にゴミや埃が増えてどんどん汚くなるのも、PCでたくさんのアプリを立ち上げ過ぎ(メモリ管理の乱雑さが頂点に達して)フリーズしてしまうのも同じ理由だ。

この乱雑さを小さくするために「エネルギー」が必要だ。汚れには掃除という仕事エネルギーが欠かせないし、PCならリブート(reboot)させるために電力を使う。リブートした直後のPC内部の情報量はゼロとみなすことができるので、情報というものは、それをゼロにするために最大のエネルギーを使う、というパラドックスがご理解いただけると思う。

インターネット上の情報はゴミ(garbage)だらけ、とはよくいわれるところで、ソーシャルメディアがこれに拍車をかけることで、エントロピーが闇雲に増加している。情報・通信系の企業は、これに対して「情報量の爆発」という表現を割り当てることが多いようだが、熱力学的には単なる散逸に過ぎない。

これを食い止める(=エントロピーを小さくする)べく、検索エンジン、ディレクトリサービス、まとめサイトなどがそれぞれのアプローチで奮闘していたわけだが、ここに援軍として加わったのが人工知能(AI)、と考えれば良い。一見ゴミのように見えるものでも、合理的なアルゴリズムで統計的処理を施せばそれなりに使える場合があるよ、というのが人工知能のメッセージだ(注1)。

メディアを作る作業もまた、全てがエントロピーを小さくする作業だ。雑誌で特集を作ろうとするときは、(当該特集テーマに関連する)膨大な資料やデータを集めるが、その大半は参考にしただけで捨ててしまう。集めた情報の中で誌面に反映される割合は、良心的な雑誌ほど低い。おそらく10-20%程度だろう。つまり、80-90%近い情報は捨ててしまう。膨大な資料を集め、とんでもない時間とエネルギーをかけて検証した結果をたった2ページの一覧表にまとめる、という作業こそが本当のジャーナリズムだ。信頼できる専門書は参考文献が多い、というのも同じ理由である。

その意味において、おそらく途轍もないエネルギーを使っているのが詩人(poets)だ。極めて短いセンテンスの中に、膨大なエネルギーがつぎ込まれていることが実感できる。あまりにエネルギーが大きいので、余白(文字が印刷されていない白地)にまでそれが染み込んでいることを実感している読者も多いはずである(詩集のレイアウトに余白が多いのこれが理由だ)。

長編小説やノンフィクションなら自分でも書けそうな気がしないでもないが(多分書けないけれど)、短編小説や星新一のショートショート、そして詩や俳句はとても真似ができない。ここにはとてつもないエネルギーと感受性、そして天性のセンスが必要なのだと思う(作詞・作曲という行為にも同じものを感じる)。

メディアだけではなく産業も、これまでとは違った小さなまとまり方を望んでいるのが昨今だ。例えば、一昔前に「放送と通信の融合」なるキャッチフレーズが声高に叫ばれていた時期があったが、実際、めでたく融合した(=エントロピーが小さくなった)。ごく普通の人がテレビでYouTubeを見るのが日常になってしまった以上、放送は通信に飲み込まれてしまったので「これからの放送はいかにあるべきか」という議題に、もはやあまり意味はない。通信にまとまることで、エントロピーは小さくなったのである。

そしてその通信は今、電力と融合しようとしているように見える。そもそも、スマートフォンでもっとも利用されているアプリケーションは、ClubhouseでもTwitterでもLINEでもなく、電源(battery)の管理機能だ。「Smart Grid ICT market」という電力と通信が融合した世界も、随分前から想定されている。5Gにおいても、Release 17ではReduced Capability New Radio(RedCap)が検討されていて、これは「LPWA」より高性能だが、フルスペック5Gより省電力であることが期待されており、スマホほど複雑ではないIoT端末での利用を想定している。省電力であることそれ自体がサービスになっていると考えて良く、通信端末に占めるスマートフォンの割合は今後どんどん減少するはずで、例えば自動車に標準で5Gが実装されるようになるのは、それほど遠い先の話ではない。

「2050年におけるゼロエミッションの実現」を宣言しているのは、その時点(2050年)にはもうこの世にいないことを確信している人か、あるいはよほど儲かることが想定できる事業者だと思われるので、あまり気にする必要はないだろう。しかし、現時点では違和感のある「電力と通信」が融合したサービス、それについての展示会、専門メディアなどは、遅くとも5年後にはごく当たり前の風景として私たちの目の前で展開されているだろう。


注1)
ただし、人工知能(AI)はかなり過大評価されているフシがあって、その最たるものが「新しい事業創造にAIを使う」という勘違いである。閉じた系に対する過去データの統計的処理という意味では極めて優れた性能を発揮するが、まだ起きていない現象を創造するためにはあまり役に立たない。まだ起きていないということは、「データがない」ということに他ならないので、AIが純粋な新規事業開発の役に立たないのは当たり前なのだ。箸を握ったまま「なんでこれでスープが飲めないのだ」と騒いでいるのと同じである(目撃したことはないけれど)。

ITリテラシーというと、どうしても「パソコンやスマホの使い方」の話になってしまうが、これは大きな間違いだ。例えば「Zoom」のセキュリティが甘い、と様々なメディアから叩かれまくっている様子を観察しながら、「これはZoomがデファクトスタンダードになる予兆だな」と推察できるかどうかが、本当のITリテラシーだ。つまるところ、様々な情報通信技術に対する思想レベルでの理解がITリテラシーなのであって、表層的な使い方の習得に貴重な時間を使うのは人生の無駄だ(改良されたユーザインタフェースが後ろからあなたを追いかけてくるのを待っていれば良い)。そんな暇があるのなら小説を読みましょう。

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竹田 茂 (たけだ・しげる)

新潟県上越市出身。日経BP社にてBizTech(現在のnikkeibp.net)の立ち上げを皮切りに同社の様々なインターネット事業の企画・開発を統括/プロデュース後、2004年にスタイル株式会社を設立。主にB2B分野にフォーカスしたWebメディアを創刊・運営。早稲田大学大学院国際情報通信研究科非常勤講師(1997-2003年)。著書に『会社をつくれば自由になれる』(インプレス、2018年)など。