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インベーダーゲームとAIの社会実装について

2021.03.31

Updated by Ryo Shimizu on March 31, 2021, 08:48 am JST

AIの社会実装はどのようにして進むのか。

この問いは、AIを仕事にしていても、普段なかなか意識していないことではないかと思う。
というのも、個別の案件だけをやっていては全体が見えず、全体だけを見ようとすると個別の案件がまるで思い付かないからだ。
つまり、両方に精通していなければ具体的な未来像を描きにくい。

それくらい、今のAIは掴みどころがない。
でもこれは新しいテクノロジーには付き物の問題で、新しいテクノロジーがこれまでどういう歴史を辿ってきたかを振り返れば、自ずと道筋が見えてくる。

まず、大前提として、AIはノイマン型コンピュータを将来的に代替する。これは不可避な流れである。
なぜならば、ほとんどの計算において、AIは典型的なノイマン型コンピュータよりもより高い性能をより低い電力で実現できそうなことがわかってきたからだ。

AIとノイマン型コンピュータを対立軸に置く考え方はわかりにくいかもしれないが、コンピュータとて、最初から今の形だったわけではない。少なくとも、「思考」に関する処理の大部分はAI(ニューラルネット)が行い、ノイマン型コンピュータの処理はそれに付随するあれこれを制御する機械として主従関係が逆転していく。

今のAIが動いているノイマン型コンピュータは、あくまでも「ニューラルネットのエミュレーション」を行なっているに過ぎず、いずれニューラルネットの利活用が成熟すれば、専用の半導体、主に光を用いた光学的回路にとって変わられるだろう。

ノイマン型コンピュータにできることはAIにもできる。そして、AIにできることはノイマン型コンピュータにはできない。
したがって、AIの方がより広い領域をカバーできることになる。

では、AIがどのように一般に普及していくか、コンピュータの歴史を振り返りながら想像してみることにしよう。

1950年代、コンピュータという機会が初めて民間企業でも使われるようになりつつあった時代、それが何に使われるのか誰にも理解されていなかった。

この時、まだ世界は半導体と言ってもトランジスタやダイオードしか持っておらず、インテルは存在すらしていなかった(インテルの設立は1968年)。メモリは半導体ではなくコアメモリという、永久磁石と電磁石を組み合わせたものだった。

コンピュータ業界の最初のヒット商品は1964年に発売されたIBMのSysytem/360で、軍や政府、大企業が採用した。もう少し規模の小さいミニコンピュータのPDP-1が1959年に発売され、大学などでも使えるようになった。当時の価格で12万ドル。現在の価格に換算すると1億円くらいの価格だった。当然、それくらい高価なものなので、それでも買うのは主に軍や政府、大学、大企業だけだった。出荷台数はわずか53台。それでも、伝説的なハードウェアである。

PDP-1がなぜ伝説のハードウェアと呼ばれるかというと、ハッカーと呼ばれる人々が使うお気に入りのコンピュータになったことだ。
この場合のハッカーとは、「結果よりもプロセスを楽しむことに重きを置く酔人」であり、ハッカーたちは遊びの中からさまざまな画期的な活用法を見つけ出していった。

PDP-1では、世界初のワードプロセッサや世界初のテキストエディタ、最初のチェスプログラムが開発され、何よりも世界で最初にヒットしたコンピュータゲーム「Spacewar!」が開発された。

このゲームはハッカー文化の精神に則り、今でいうオープンソースのような形で配布され、大ヒットとなった。PDP-1だけでなく、さまざまなハードウェアに移植され、「コンピュータとはこう遊ぶものだ」という新たな価値観が提示された。

このSpacewar!のクローンを作ったのがノーラン・ブッシュネルで、彼はSpacewar!を遊園地に置けるような形にしてアーケードゲーム(ゲームセンターに置かれているゲーム)の原型「Computer Space」を作り、後にAtari社を設立する。Atari社は、スティーブ・ジョブズが最初に働く会社である。

さて、なぜ最初期のコンピュータゲームは全て宇宙が舞台だったのか。

理由は二つある。一つは、開発した学生たちがエドワード・E・スミスの「レンズマン」のファンだったこと。というかこの時代、「レンズマン」は理系の学生なら誰もが読んでおり、イメージが共有しやすかった(のちに発表されたスターウォーズも、レンズマンからヒントを得たと思われる部分が多い)。もう一つは、画面の大部分が黒い方が計算の負担が少なかったことだ。

Atari社はその後大躍進を遂げ、ポンやブロック崩しなどのヒット作を次々と生み出す。それを真似したゲーム産業が日本でも立ち上がった。太東貿易の子会社、日本ではパシフィック工業の社員が送り出した「スペースインベーダー」が史上初の大ヒットゲームとなり、各社がこぞってインベーダーゲームのクローンを作り始めた。それは任天堂やセガでさえ例外ではなかった。

今では考えられないが、任天堂はコンピュータゲーム業界では後発のメーカーだった。
1979年にはスペースインベーダーにヒントを得た「スペースフィーバー」を発売し、その後、処理速度をあげた「レーダースコープ」を発売するがこれはヒットしなかった。大量の基盤が余ってしまい、仕方なく別チームがソフトだけ書き換えたのが「ドンキーコング」という大ヒット作の誕生につながる。今や日本を代表する人気キャラクター、マリオが初めて生まれた瞬間である。

さて、この歴史をまずまとめてみよう。
コンピュータは、最初に軍と政府と大企業で使われていた。この段階ではゲームなど「くだらない遊び」に使うなどということは想像もできなかった。

コンピュータが低価格化(と言っても一台1億円)して、大学で普通の学生でも使えるようになったことで、ふざけてゲームやテキストエディタを作ったりする学生が現れた。これには「プロセスを楽しむ」ハッカー文化が大きく影響していた。そもそもハッカーの起源とされるマサチューセッツ工科大学の鉄道模型クラブは、高価なコンピュータを、こっそり鉄道模型の制御に使ったりしていた。

ところがこの「高価な機械でバカな遊びをしてみよう」という精神がゲーム産業を生み出した。

ゲーム産業も最初期は「Spacewar!」のデッドコピーから始まり、ブロック崩し、インベーダーゲームへと変化していった。インベーダーゲームはクローンが大量に作られ、そのブームの終焉とともに、苦し紛れに新しいコンテンツが生まれた。ハードはインベーダーゲームだが、ソフトだけを書き換えることで別のゲーム機として売り出すことに成功した任天堂は、この発想をそのまま家庭へと拡張し、ファミコンが誕生する。その後の歴史は、よく知られている通りだ。

ゲームがなければパソコンの普及はあり得ず、パソコンの普及がなければインターネットの普及もあり得ず、インターネットの普及がなければスマートフォンの出現はあり得ないのだ。

つまり、コンシューマ向けコンピュータとは、ゲームという「遊び」が起点なのである。

なぜ猫も杓子もインベーダーゲームを作っていたのかといえば、「他に面白い遊びを知らない」からだ。
要は、何に使ったらいいのかわからなかったから、というわけである。

そして世間がインベーダーゲームのクローンを欲していた時代でもあった。

これをAIに適用して考えると、まず、現在のAIは軍や政府、大企業だけが導入している。価格も、1億円から数億円するという点では一致している。例えば経済産業省のディープラーニング用のAI橋渡し基盤(ABCI)は総工費20億円。Yahooの液浸スパコンKukaiは4億円。つまり、ディープラーニングを本格的にやろうと思ったらそのくらいの価格帯からスタートすることになる。

これが小規模なAIであれば、秋葉原で30万円くらいでGPU入りのパソコンを買えばホビイストでも楽しむことができる。つまり、ハッカー用のコンピュータというわけだ。ハッカーたちは、一見すると意味はないが面白そうなAIの使い方を追求する。筆者が開発し、自宅で動作させているAI「画狂」は、人間が言葉でテーマを与えると、そのテーマに沿ったアートを自動的に作り出す。

これは本当に役に立たないのだが、この「役に立たなさ」が逆に面白いのである。
こうした遊びの中から、AIにおけるSpacewar!のようなものが生まれる可能性がある。

例えば、一時期大問題になり、日本では逮捕者まででたDeepFakeは、肖像権の問題さえクリアすれば自分や知人がそのまま出てくる映画なりドラマなりといった、新しいエンターテインメントにつながる可能性がある。

ただ、まだまだコンピュータの処理能力が低く、「遊びとしてのAI」を扱える人は少ないので、ハードウェアの進歩をも待たなければならない。

AI業界全体の動きを見ると、国内外のほとんどの会社が「画像認識」「異常検知」をメインとしてソリューションを展開している。ところが画像認識や異常検知(これも主に画像を使う)は、もはや枯れた技術であり、高い付加価値をつけるのが難しくなってきている。

AI業界が発展し、社会実装を推進していくためには、画像認識や異常検知ではない新しいAIの活用法の提案、AIの持つ可能性の提示が必要であるにもかかわらず、それができている会社はほとんど見ない。画像認識は単なるパーツであり、それを使うにしろ使わないにしろ、新たにどのような価値を創り出すかという点にもっと重きをおかなければ意味がない。

ゲーム業界の勃興が、どちらかというと研究の本流から外れたはみ出し者のハッカーたちから始まっているのは、偶然ではないだろう。

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清水 亮(しみず・りょう)

新潟県長岡市生まれ。プログラマーとして世界を放浪した末、 '17年にソニーCSLとWiL LLC.とともにギリア株式会社を設立し、「ヒトとAIの共生環境」の構築に情熱を捧げる。 '17年より東京大学先端科学技術研究センター客員研究員を兼務。著書として「教養としてのプログラミング入門(中央公論社)」「よくわかる人工知能 (KADOKAWA)」「プログラミングバカ一代(晶文社)」など。

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