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ぼんやり上司の修行

2021.05.31

Updated by Ryo Shimizu on May 31, 2021, 07:00 am JST

少し前、「ぼんやり上司とガツガツ上司」というエントリを書いたところ、これの反響がなかなか大きかった。ちなみにここに書いたようなことと関連したことはこちらのYouTubeでも少し語っている。

今回は「ぼんやり上司」としての立場を受け入れた自分が、どのように「ぼんやり上司道」を極めようとしているのかという話を少し掘り下げてみる。

まず大前提として、「ぼんやり上司」で仕事がうまくいくのは、部下が優秀だからである。

身もふたもない話だが、優秀な部下がいるか、部下が優秀な人間に育つか、どちらかの条件がないとその部署は多分潰れる。方向性だけぼんやり示されても、自分の頭で判断できない部下ばかりだったら部署が成立しないのだ。

ただ、「ぼんやり上司」が優秀な部下を作り出すのか、優秀な部下が「ぼんやり上司」を実現するのかはわからない。できれば前者であって欲しいという願望はあるものの、実際には僕の部下は最初から優秀だったので比較できない。

「ぼんやり上司」に求められる最大のことは、「方向性の見極め」である。
組織が正しい方向に進んでいるか、世の中の流れはどうか、急な変化が来たらどのように対応するか。

さすがぼんやり上司道だけあって、この時点でぼんやりしてる。
そもそも「何が正しい方向」で、「何が世の中の流れ」で、「急な変化とは何か」というのが全くわからない。雲を掴むような話だ。

これについて考えるだけで半年くらい悩んだ。
この状況を打開してくれたのは、実はかつての僕のぼんやり上司であった。

「川行かない?」

十年ぶりくらいにそんな連絡をもらった僕は、早朝に神田で待ち合わせ、元ぼんやり上司の車にピックアップされ、奥多摩へ向かった。

元ぼんやり上司は前の会社が上場した後、相談役に退いた後、なぜかスポーツにハマってしまい、命懸けで山道や雪原や砂漠など、道なき道を走って不眠不休で4人一組で目的地を目指すアドベンチャーレースという、文字通り命懸けの遊びに命を賭けていた。

その過程で、チームメンバーとして自分の特色を出したくて、船のスキルを高めようと救急救命士の資格を取るくらい猛勉強し、いつしか特定ジャンルでは日本屈指の専門家となっていた。100キロあった体重も、60キロ代まで減り、もともと長身であったため、久しぶりに会うとまるで別人のようになっていた。

元ぼんやり上司は、川に着くとビニールの一人乗り用の短艇を膨らませ、「これに乗れ」と言った。インストラクターの人もおり、一通りの操作を練習する。カヌーのオリンピック日本代表選手も一緒だった。

初めて川に一人乗りのボートで漕ぎ出すという体験をどう説明すればいいのか。
簡単にいうと恐怖である。

観光用のイカダや、ラフティングなどとは全く違う。
常に転覆の不安を感じながら、五感を研ぎ澄ませて船を操舵する。

救命士の免許が欲しくなるはずだ。
こんなもの、気軽に人を誘うものではない。

川は流れが複雑で、しかも川の中がどうなっているか、水上からは確認できない。
川の中には岩が数多くあり、それがさらに複雑な流れを作り出している。

一度落ちれば再乗艇は至難の技。
実際、一度川に落ちた時は「これは死ぬかもしれない」と思った。

ボートはどこかにいってしまい、海中では予測できない岩が容赦なく腕や足を打った。

「これは助からんだろう・・・」

と思いながら、事前に受けたレクチャーを思い出した。

実は、川には、川上から川下に流れるだけでなく、川下から川上に流れる場所や全く流れのない場所もある。これをエディと呼ぶ。
なぜこんな場所があるかというと、川は曲がっているため、川の流れが岩などにぶつかって逆流したりして停滞する場所が必ずあちこちにできるのだ。このエディは、休憩をとったりするのに重要な場所である。

川に落ちた場合も、エディにたどり着けば救助される。エディは必ず川の両端にあるので、とりあえず体を流れに任せて、端っこへ泳いでいく。体はライフジャケットがあるから必ず浮く。落ち着いてエディを目指せばいい。

僕はエディにたどり着くと、救出された。インストラクターの人と、オリンピック代表選手の人が僕とはぐれたパドルとボートを持ってきてくれた。

実はエディを利用すれば、川を逆に遡ることもできる。
流れのある場所でも、うまく横切れば逆流できる。

これを利用して同じ場所で何度も練習する事ができる。

川に落ちたり流れ着いたりを何度も繰り返しているうちに、これこそが、今自分が置かれている状況そのものではないか、と感じるようになってきた。

つまり、「正しい方向性を見極め」「世の中の流れを感じ取り」「急な変化に対応する」ための基本をマスターしていくのである。

川は日によって水量が違い、同じ流れというのは二度とない。
そのため、川を正しく下るためには基本のセオリーを抑えてセオリー通りに行動するのが一番なのだ。

つまり、「流れを読んで方向性を定め」「転覆したら流れに逆らわず」「流れが停滞しているところを読んで川を遡る」という基本ルールだ。

こうして流れが読めるようになってくると、危険を察知できる。
でも根本的に流れを知るためには、この川を熟知したインストラクターの情報が重要になる。

これを自分の仕事に当てはめるとどうなるか。

世の中の流れを川の流れだとすると、世の中の流れを熟知した人々(インストラクター)に教えを乞う必要がある。
それはたとえば証券会社のアナリストだったり、場合によっては金融機関の経営者だったり、他の業界の経営者だったり、技術の流れなら大学教授だったりといったものだ。

こうして流れを読み、世の中の進む方向性と技術の方向性を読み切ってから、「流れが停滞しているところ」すなわちエディを見つける。ここの流れを変えれば、大きなビジネスチャンスになる。大手が見落としているところ、みんなが見ていないところ、自分だけが知っている穴場、それがビジネスにおけるエディだ。

仕事に戻った僕は、先輩経営者に次々と連絡をとった。人脈を再構築して、情報を自然に集められるような人間関係を構築することに腐心した。

同時に現場の人間とも定期的に話をして、会社の現場がどんなことをしているか、どんな悩みを持っているか、聞くようにした。

ぼんやり上司の仕事は、「情報収集が99%」であり、アウトプットは1%である。

次に僕が技術の動向を見極めるために行なったのが、AIの論文を読むことだ。
論文を読むといっても、一日に20本も発表される新規論文を毎日全部読むとそれだけで時間がなくなってしまう。

発表された論文は、面白いものもあればあまり役に立たないものもあり、それを効率的に見つけるために、「論文を効率的に読むためのAI」を自分で開発することにした。

といっても、PDFの中から図表だけ抜き出して一覧表示する、というシンプルなものだ。

これは実は意外と役に立つ。
経験上、面白い論文は図が面白いケースが多い。

バーッと一覧を見て、面白そうな図があったらクリックすると論文の本文が参照できる仕組みである。
これでだいぶ効率化される。

情報源を他人と同じものに頼っていると他人より抜きん出ることはできない。

そこで、面白い論文の実装を見つけたら、必ず自分で試してみることを習慣づけている。
試してみた実装のうちごく一部は、YouTube番組としてまとめたり、社内限定で動画を作って公開したりしている。

AIの論文が主張する内容がどこまで本当でどこまでが誇張なのかということは、実際にプログラミングして自分のアイデアを試したり、データを食わせてみたりしないと本当のところは決してわからない。これは絶対に人任せにしない。

これを試すためにテレワークになったので自宅には7台のGPUマシンがあり、常になんらかの計算を行なっている。電気代が大変なことになっているが、これは必要経費として割り切っている。それでも足りなかったら、経産省が開放している深層学習資源であるABCIを使う。

全てのマシンが計算で埋まると、やる事がなくなるので気晴らしにゴルフの練習に行くこともある。
これくらいでちょうどいいと思っている。

そしてとにかくいろんな人に会って話を聞いている。最近は専らZOOMだけれども、色々な人が今何を考えているのかカジュアルに聞けるタイミングで聞く。これは商談ではないので、昼間はできない。

本は読む。なんでも読む。漫画でも雑誌でも、特に興味のない分野の雑誌を読む。
そうしないと世の中の流れがわからないからだ。自分の興味のあるものというのは、ほっといても情報が入ってくるのだが、興味のないものというのは放っておくと情報が入ってこない。そういう時にKindle Unlimitedは便利だ。

新しい企画を考えるとき、大概は本屋さんの雑誌コーナーに行って、自分の興味のない分野の雑誌を何冊か立ち読みしてみる。たまに買う。

地方の図書館に行って、興味のない分野の書架をじっくりみてみる。すると意外なほど新しい発見がある。
そういう時はいくつかの本をその場でAmazonで注文してしまう。

こんなふうに情報をできるだけ集めようとすると、実は時間がいくらあっても足りない。
情報を集めたら、ある時点で整理しなくてはならない。熟考する時間も必要である。

そこで僕は、毎月熟考することを習慣づけるため、一般の人を対象にしたプライベートの講義を定期的に行なっている。
自分が一ヶ月の間に感じたこと、見つけたもの、気になった論文、そこから導き出されるありうべき未来像、世の中の解釈。

そういったものを、一ヶ月ぶんまとめて講義する。

一般の人にわかるように説明することで自分の中で整理され、講義している最中に新しいアイデアが生まれたりする。
そこは僕にとって集めた情報をまとめ、アイデアを共創する場であり、参加者にとってはなんらかのヒントを得る場として、もうかれこれ5年以上続けている。

情報収集に時間を多く割り当てることで、流れを細かく把握でき、流れを細かく把握するから、会社の進むべき方向性が見えてくる。

方向性が見えてきたら、時々社内ブログに落とす。

この社内ブログも、最初は毎日ものすごい量を書いていたのだが、やめた。
なぜなら、情報量が多すぎるとメッセージがあまりにもぼやけるからである。

最初期は会社の成り立ちやエピソード、関連人物の紹介などで書くことがたくさんあったが、方向性を示す社内ブログのたぐ「#orient」は、最低限のエピソードと情報で、ぼんやりと会社の進むべき方向性を示せば十分だと考えるようになった。

なぜここを「ぼんやり」させるかというと、あまりそこをシャープにしてしまうと、結局、単純なKPIを示すのと同じことになってしまい、組織の思考が止まるのである。

たとえば「商品Aを今年は100個売れい」と言ってしまうと、そこで会社の成長が止まってしまう。具体的すぎる目標を社長が自ら掲げるのは結構危険なのだ。そしてそれが到底達成不能な数値であれば、その言葉は現場からは「寝言」と解釈され無視されてしまう。低すぎる数値であっても無視される。無視されてしまうメッセージなど完全に無意味だ。

だからこの「ぼんやり」という部分は、敢えて残さなければならないのだ。
ぼんやり上司が示すのは、「方向性」だけである。「商品Aを100個」だと、それは目的地になってしまう。

目的地を示すのは現場でいいのだ。
経営者が勝手に「今年は売上を○億必達」と言っても現場がついてこなければ達成できない。
現場に適切な目標値を決めさせなければ、そもそも数字に誰も責任が持てなくなってしまう。

しかしあまりにぼんやりした話ばかりすると、「ぼんやりしすぎていて何が言いたいのかわからん」と思われることになる。実際、これは僕も上司がぼんやりしていた時に日々感じていたストレスでもある。

が、僕を川に連れて行った元ぼんやり上司は、そういえば僕にこういうストレスを与えたことはなかった。

何が違うんだろうかと思うと、それは具体的なエピソードを持っているかいないかということではないかと思った。
これは多分錯覚なのだが、指示そのものはぼんやりしていても、付随して具体的なエピソードやヒントを示されると、「なんとなくアイデアが湧きそう」という気持ちにさせられるのである。

たとえば「携帯電話でなんか面白いことできないか考えてみてよ」という指示がきたとする(実際に来た)。「なんか面白いこと」なのでかなりぼんやりしてる。

この時点で自由度は相当高い。

でも、自由度が高すぎると、たとえば「携帯電話をどこかに隠して宝探し遊びをする」とか、「携帯電話のバイブレータを使ってなんらかの大道芸を行う」とかでも良くなる。しかしそれがどうビジネスにつながるのかわからないので、これだけでは混乱する。

ここにもう一つ、「なんか若い人からお年寄りまで楽しめるようなさ、マニア向けじゃない、いい感じの遊び、考えてよ」だったら、一般的なゲームで老若男女がすぐに遊べるものは何か、という方向性に拘束されるのでアイデアが湧きやすい。

この時僕は本屋さんに出かけて行って、全く興味のない分野の雑誌を手に取った。
「釣り」なら老若男女がやる趣味として定番だし、ゲームとしても成り立つだろうと思って釣りゲームを提案して、それは大ヒット作になった。ちなみに釣りはそのゲームを作るために一回しかした事がない。

このように、ぼんやりした指示にもコツがあり、あまり指示の解像度を上げてしまうと狭まってしまい、解像度が低すぎるとどうすればいいのかわからなくなってしまう。

部下のレベルに合わせて適切な解像度の指示を出せるようになるとぼんやり上司としては完成するんだろうか。
ここはまだまだ修行が必要なところである。

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清水 亮(しみず・りょう)

新潟県長岡市生まれ。プログラマーとして世界を放浪した末、 '17年にソニーCSLとWiL LLC.とともにギリア株式会社を設立し、「ヒトとAIの共生環境」の構築に情熱を捧げる。 '17年より東京大学先端科学技術研究センター客員研究員を兼務。著書として「教養としてのプログラミング入門(中央公論社)」「よくわかる人工知能 (KADOKAWA)」「プログラミングバカ一代(晶文社)」など。

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