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イスラエル新連立政権のゆくえは?

2021.06.07

Updated by Hitoshi Arai on June 7, 2021, 09:49 am JST

6月2日、現在の野党のうち8党が新政権の樹立に合意した。リブリン大統領に指定された期日内に8党による連立の合意ができたことになり、今後、国会で承認されれば、12年間のネタニヤフ政権が終わり、新政権がスタートすることになる。

多くのメディアが指摘するように、「反ネタニヤフ」の一点だけで手を組んだ、左派から右派まで大変にスペクトルの広い連立政権が誕生する。イスラエルの友人の声を参考にしながら、今後を考えてみたい。

政治構造のおさらい

まず、復習として、イスラエルの政治構造をおさらいする。国会の議席は120であり、過半数の61議席を獲得すれば政権党となる。しかし、イスラエルの総選挙は比例代表制のため少数政党が乱立し、これまでに単独過半数を得た政党はない。

下の表は、3月23日の総選挙の結果である。ネタニヤフ氏が率いる「リクード」が30議席で第一党となり、大統領は当初は彼に組閣を指示したが、4週間の期限内での連立工作は失敗に終わった。その結果、大統領は第2党の「イエシュ・アティド」のラピド党首に組閣を指示、6月2日の期限ぎりぎりで「ヤミーナ」のベネット党首が連立参加に合意したため、今回の結果となった。

イスラエル総選挙結果

▲表 3月23日の総選挙の結果(公益財団法人中東調査会のデータを参考に作成)

表のうち、色をつけたのが今回の連立に合意した8党である。左派から右派まで、しかもアラブ系の党も入っているのが特徴である。イスラエルのメディアは、「イエシュ・アティド」のラピード党首、「ヤミーナ」のベネット党首と、アラブ・イスラム系政党「ラアム」のマンスール・アッーバス党首の3人が、連立政権発足の合意文書に署名している写真を掲載した。中道、右派、アラブが集まるという、従来あまり想像できなかった構図、ということだろう。

ネタニヤフ政権の成果と課題

国内政治の面では、ネタニヤフ首相が率いたこの12年間は、イスラエルの経済成長に大変貢献したと言って良いのではないだろうか。イスラエルといえば、今や「起業国家」というブランドで語られるように、有望なハイテク技術を次々に生み出し、それに対する投資を世界から集めることがビジネスモデルとなっている国だ。

また、サイバーセキュリティ技術に特に強みがあることでも知られている。彼らの技術は、その有効性を「Field Proven:実戦証明済」なのである。このサイバーセキュリティの分野で、産官学軍の4者が集まって協業できる仕組みを立ち上げ、軌道に乗せたのはネタニヤフ首相の功績である。その成功モデルをヘルスケアなどの他分野にも展開し、様々な分野で世界から注目と投資を集めるようになった。

現在、世界中の多国籍企業が、その頭脳を求めてイスラエルに研究開発拠点を置いている。また、世界に先駆けて新型コロナワクチンの普及を実現させた。これも、ネタニヤフ首相のリーダーシップが実現した成果と言われている。

一方、外交面での成果は、アメリカ大使館のエルサレム移転、UAEなどの一部アラブ諸国との国交正常化が挙げられるだろう。長年敵対関係にあったアラブ諸国との国交正常化の意義は非常に大きい。また、イスラエルにとっての具体的な脅威は、イスラエルという国の存在を認めず核開発を進めるイランであり、アメリカがイラン核合意から抜けイランへの制裁を強化したのも、イスラエルから見れば大変重要な成果である。これらは、トランプ前政権との蜜月関係を背景に実現した。

他方、常に国際法違反としてイスラエルが世界から非難されるのは、占領下のパレスチナ自治区への入植活動である。ネタニヤフ首相は、この入植地拡大を推し進めてきた。ヨルダン川西岸地域には、聖書の時代にはユダヤ人の祖先が暮らしていた、という歴史を踏まえた、安全保障だけではなく右派層の支持を確保するため、という側面もある活動だ。

いずれにせよ、ネタニヤフ首相が多くの具体的成果を上げてきたという点には疑問の余地はなく、リクードが今も最大議席を保持しているという事実からも、一定の支持層は確保していると言えるだろう。

その一方で、彼には常に汚職疑惑が付きまとっている。2019年には、収賄、詐欺、背任の三つの罪で検察から起訴されており、不正に飽き飽きした国民からの退陣要求の声も大きい。

既に事情聴取のプロセスは始まっているだけに、首相の座を維持することは彼個人にとっても重要であり、国会での新政権承認を阻止するための様々な工作をしているという(原稿を書いている6月5日時点)。新政権が国会に承認される前のここ数日の間に、仮に再びガザからの攻撃があれば、その収束までは現政権が続くということを指摘する人もいる。

立場を超えた政治があり得るか?

では、新連立政権が発足すると何が変わるだろうか?

これまでのネタニヤフ政権は、超正統派の政党と連立を組むなど右派色が非常に強かったが、今回は左派から右派まで全く異なる主義主張の党の集まりである。しかも、イスラエルでは初めて、アラブ系の党が政権党に参画する。

「反ネタニヤフ」という一点だけで集まった烏合の衆であり、成立したとしてもその寿命は短いのではないか、という見方はある。一方で、今回は全く異なる主義主張の政党の集まりで脆弱であるがゆえに、逆に政権を維持しようとして各党がバランスを取ろうとする力学が働くのではないか、という期待もある。

それは、今回の連立がほどなく破綻するならば、2年半の間に5回目(!)となる総選挙が行われることになるからだ。そうなれば、今回の連立に参加したメンバーが再選される可能性は未知数である。従って、一定の期間は立場の相違を超えたバランス感覚が働くのではないか、という期待である。

具体的には、各政党の色を反映した外交・安全保障などの政治課題は政権分裂の要素であるため、ネタニヤフ政権時代には常に後回しにされてきた鉄道や道路などのインフラ整備や教育制度など、市民の日常生活に関わる課題に当面は取り組むことでバランスを図るのでははないか、という考え方である。

小さな国ではあるが、テルアビブやエルサレムのような大都市と比べれば、アラブ系市民の多い小さな都市の教育環境は相対的に劣る。このような課題の地道な改善は、中長期的にはイスラエル社会の安定につながるだろう。

また、既に国際的な地位を確立している「起業国家として次々に有望な技術を生み出し世界中の投資を集める」というイスラエルの存在基盤は、政権がどうなろうと不変であろう。イスラエル人、イスラエル企業は、政府に何か期待し依存するということは殆どなく、極めて自立している。また、仮に何か政府による規制が作られたとしても、必要であればその抜け道を探し出し、実行するのがイスラエル人だ。実際、この2年間で4回の総選挙が行われたなど、国内政治的には混乱の状況にあったとも言えるが、殆ど経済・産業への影響はなかったのではないだろうか。

また、今回の早期のワクチン普及でも見られたように、彼らは極めて危機管理能力に優れている。危機への対応とは、言ってみれば小異を一時棚上げし「全体最適」の方向に全力で進むことだ。イスラエルでは、既に国民の60%がワクチン接種を完了しており、6月1日には、殆どすべての新型コロナウイルス関連規制が解除された。国だけではなく国民一人ひとりに備わった優れた危機管理能力の為せる技だろう。

5月21日の谷本まゆみ氏によるWirelessWire Newsの記事『「目的」と「手段」を取り違えている日本のマスコミ』でも指摘されているように、集団免疫を実現するためにワクチン接種を加速させることが本来の目的であるにもかかわらず、ワクチン接種予約システムの不備を論う、という些末な「部分最適」にこだわる日本人と比較すれば分かりやすいだろう。

同床異夢の連立政権が仮に政治のゲームで躓いたとしても、経済・社会は必要な方向に進む、というイスラエル人・社会のDNAは変わらないだろうと考えている。

政治的には、ユダヤ教超正統派の党が抜けたことと、アラブの党が入ったことが大変に大きな変化だが、その影響がどのように出てくるかは誰も分からないというのが正直なところではないだろうか。前述の「バランスを取ろうとする力学が働くかもしれない」というのも、そうあれば良いという期待レベルである。

日本のメディアの関心事である中東和平は?

日本のメディアでは、必ず「この政権交代による中東和平のゆくえは」というような問いがなされる。ここでの「中東和平」とは、1947年の国連裁定に戻り、パレスチナ国家とイスラエルとが平和共存できるか、という大きなテーマを指しているが、本音では、両者の関係がどうであれ、ガザ地区を支配するハマスとイスラエルとの間の紛争、それによる死者などの被害を見ずに済むときがくるか、という関心であろう。

しかしそのためには、イスラエルよりもむしろパレスチナ側の複雑な背景、例えば、

・ファタハとハマスに分裂しているパレスチナ自治区が一体化して
「パレスチナ国家」ができる可能性は本当にあるのか?

・テロ組織であるハマスがパレスチナ自治区の人々の支持を集めるの
はなぜか?

・国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)のガザ支援は、本当に
ガザ市民の支援になっているのか。実際には、テロ組織の支援に
なってはいないか?

といった疑問を解明する必要があるが、残念ながらそこにアプローチを試みるメディアは見たことがない。和平のためには、イスラエルの政権がどうなるかよりも、まず、パレスチナが難民として国際支援に頼って生きる自治区から、産業を興して自立した国になる必要がある。日本からは遠い地域だけに、正しい支援のためには、本当に知るべき状況を正しく伝えてくれるメディアが必要だ。

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新井 均(あらい・ひとし)

NTT武蔵野電気通信研究所にて液晶デバイス関連の研究開発業務に従事後、外資系メーカー、新規参入通信事業者のマネジメントを歴任し、2007年ネクシム・コミュニケーションズ株式会社代表取締役に就任。2014年にネクシムの株式譲渡後、海外(主にイスラエル)企業の日本市場進出を支援するコンサル業務を開始。MITスローンスクール卒業。日本イスラエル親善協会ビジネス交流委員。E-mail: hitoshi.arai@alum.mit.edu