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『まなざしの革命 世界の見方は変えられる』

欲望を創造する技術

2022.02.18

Updated by Chikahiro Hanamura on February 18, 2022, 10:48 am JST

テレビ、新聞、雑誌、インターネット、電車内や駅のプラットフォーム…、そしてスマホに至るまで、私たちの日常は広告に取り囲まれている。広告は製品やサービスの情報を伝えると同時に、社会の消費を促進する役割がある。そこで本稿は、2022年1月25日に上梓された拙著『まなざしの革命 世界の見方は変えられる』第五章「広告」より、広告(マーケティング)によって作り出される消費者の欲望について論じられている節から抜粋してお届けする。


物をたくさん作る生産力が上がると、当然作った製品を買ってもらわねばならない。だから良い製品を作ること以上に、その製品の存在や素晴らしさを人々に知ってもらう販売促進が重要になる。そのために、新聞やテレビ、今ではインターネットなどを通じて製品の存在や、機能や有用性を知ってもらう宣伝を行うことになる。その中で培われてきたのが「マーケティング」というテクノロジーである。

マーケティングとは作った商品をいかに売るのか、という販売の手法を言うこともあるが、実は商品が存在する以前から始まっている。どんな商品を作るべきかにもマーケティングは関係するのだ。それは、そもそも私たちにどのような欲望や不満があるのかに焦点が当てられることから始まる。人々は一体何を欲しがっているのか。どんな問題を抱えていて、何に満たされていないのか。そうやって人々の心の中をリサーチすることを通じて、その企業が提供するべきものを突き止める。それがマーケティングの出発点である。

ところが、マーケティング技術が恐ろしいのは、そのような消極的なリサーチにとどまらないことだ。それを通じて、私たちにはもともとなかった欲望が捏造されるのである。どのような感情を引き出せば、その商品やサービスを人々は求めるようになるのか。どのように欲望を生み出し、どのような不安に焦点を当てれば、人々はそれを必要だと思うようになるのか。そうやって積極的に私たちのまなざしを操作し、新たな感情を生み出すことがマーケティングの本質である。

その象徴的なエピソードは、百年前のアメリカ自動車産業におけるフォードとGM(ゼネラルモーターズ)の有名な戦いに見出すことができる。この戦いに、20世紀の資本主義の特質が全て現れている、と経済学者の佐伯啓思は言う。当時、人々が物を購入する消費者へと変わりつつあった社会背景の中で、フォードは「大衆のための車」を生産することを目指した。フォードは生産ラインを徹底的に合理化して大量に生産することで、安価に提供できる仕組みをつくり自動車業界で大成功を納めた。その思想の根底には、一度購入すれば永久に使用することができる「道具としての自動車」があった。

一方で、アルフレッド・スローン率いるGMは、フォードとは全く異なる戦略を取った。スローンが目指したのは、気分や所得に応じて乗り換えていく「ファッションとしての自動車」であった。フォードが確立した大量生産の仕組みは、全ての人を車の消費者に変えたが、スローンは、その上でさらに、どうすれば全ての人に何度も消費させることができるのかにフォーカスしたのだ。そこで、あらゆる方法を使って消費者の欲望を刺激する戦略を考案した。

スローンはまず、自動車をいくつかのグレードに分け、高級車のキャデラックから大衆車のシボレーまで用意した。富める者から貧しき者まで、自動車を手にすることができる夢を植え付け、より上のグレードを目指す「向上への欲望」を生み出した。さらに、毎年のようにモデルチェンジを行い、常に最新のデザインを提供する戦略を取った。そうやって、古いモデルから新しいモデルへと乗り換えたいという「新しさへの欲望」を演出したのだ。その戦略は見事に功を奏し、1930年にはGMはフォードを抜いて自動車産業のシェアの首位についた。

これは、消費者の中にもともとニーズとしてあった欲望を叶えるというような方法ではない。むしろデザインや広告によってイメージにカタチを与え、気づいていなかった無意識の欲望を積極的に表に引きずり出すような手法である。それが後に、マーケティングと名付けられたものになっていく。今やビジネスのシーンでは当たり前すぎる技術であり、あらゆる方法を使って欲望や不安は収益に変えられている。

それは21世紀に入り、インターネットによってさらに先鋭化されている。検索エンジンやウェブメール、SNSなどを使用する度に、私たちが何に関心を持っているのかは背後でデータとしてトラッキングされている。こうしたサービスが無料で提供されているのは、私たちがどこにまなざしを向けているのかをリサーチするためである。昨今の人工知能の発展によってデータ解析の精度は飛躍的に上がった。今や私たちの行動や思考はあらゆる方法を用いて監視され分析されるだけでなく、広告を打つ企業の利益に結びつく。分析データは私たち個別の好みや関心に応じた商品やサービスを提供するために用いられる。だからインターネットで私たちが見ている広告は、もはや個人の好みや関心に基づいた自分だけのものであり、私たちの欲望にぴったりと寄り添っているのだ。こうやって一方的に人々のまなざしを監視することで生まれた個人データの集合は、巨大な資本である。そんな現代の状況を社会心理学者のショシャナ・ズボフは「監視資本主義」と呼ぶ。

こんな状況では営業や販売という仕組みはこれまでと全く変わり始める。私たちがまなざしを向ける先を予測・察知し、その視線上に適切な商品を置くために、私たちの行動や内面を計測しデータに変えることが最も重要になるのだ。経営学者のピーター・ドラッカーは「マーケティングの理想は、販売を不要にすることである」と断言する。最終的には積極的に販売促進などしなくても、人々が勝手に求めるようにすることがマーケティングの理想だとすれば、それが実現しそうな条件は整いつつある。

『まなざしの革命 世界の見方は変えられる』
ハナムラチカヒロ 著
四六変形・316ページ
定価:1,980円(本体1,800円)
発行:河出書房新社

山極壽一氏(人類学者)推薦文!
「過剰な情報が飛び交い、民主主義の非常事態に直面する私たちに、時代の真実を見抜き、この閉塞感から解放されるまなざしを与えてくれる。」

目次

第一章「常識」  第二章「感染」  第三章「平和」
第四章「情報」  第五章「広告」  第六章「貨幣」
第七章「管理」  第八章「交流」  第九章「解放」

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ハナムラチカヒロ

1976年生まれ。博士(緑地環境計画)。大阪府立大学経済学研究科准教授。ランドスケープデザインをベースに、風景へのまなざしを変える「トランスケープ / TranScape」という独自の理論や領域横断的な研究に基づいた表現活動を行う。大規模病院の入院患者に向けた霧とシャボン玉のインスタレーション、バングラデシュの貧困コミュニティのための彫刻堤防などの制作、モエレ沼公園での花火のプロデュースなど、領域横断的な表現を行うだけでなく、時々自身も俳優として映画や舞台に立つ。「霧はれて光きたる春」で第1回日本空間デザイン大賞・日本経済新聞社賞受賞。著書『まなざしのデザイン:〈世界の見方〉を変える方法』(2017年、NTT出版)で平成30年度日本造園学会賞受賞。