ジオラマ行動力学で原生知能を定式化する
Ethological dynamics for proto-intelligence exerted in diorama environments
2022.04.13
Updated by Schrodinger on April 13, 2022, 19:00 pm JST
Ethological dynamics for proto-intelligence exerted in diorama environments
2022.04.13
Updated by Schrodinger on April 13, 2022, 19:00 pm JST
動物の「心」は人間の「心」から類推できる、という考え方を「擬人主義」といい、現代科学では研究上の態度としては好ましくない(十分な注意が必要)として批判的に捉えられています。その急先鋒が、今回「シュレディンガーの水曜日」に登場する中垣先生です。
中垣先生は、粘菌コンピュータの研究者として知られ、2000年には「粘菌が迷路問題を解決する」、そして2010年には「粘菌は都市の鉄道網を設計できる」ことを示すことでそれぞれイグノーベル賞を受賞されています(注1)。
現代科学では、「ゾウリムシにはゾウリムシにしかない『知性』があって、それは人間には理解し難い高度なものである」ということがどんどん明らかになっているのですが、それをアルゴリズムとして抽出するのが中垣先生のお仕事と考えて良いと思います。抽出しやすい環境としてジオラマを作製しようとするのが「ジオラマ行動力学(ジオラマ環境で覚醒する原生知能を定式化する細胞行動力学)」なのです。
一般に実験環境は、極めてクリーンで計測しやすい状態にするのが普通ですが、これは生物が生息している状態とは全く異なるので、その原生生物の知性が発揮されにくい。一方、(ビオトープなどの)実環境は様々な要素が爆発している状態なので、ある単独の知性を抽出するのは困難です。そこでジオラマ、すなわち生活空間のミクロ形状を人工的に作ることで、生命の環境適応能力をアルゴリズムの形で一つずつ取り出せる可能性がある、というのが「ジオラマ行動力学」です(どのようなジオラマを作るかに研究者のセンスが発揮されるような気がしますね)。
スポーツの世界では、既にこのような「行動の中に潜むアルゴリズム」がある程度分かっている分野もあります。例えば野球で、野手がフライを捕球すべく移動するとき、野手はボールを見る角度が一定になるように移動していることが分かっています。そこで、網膜上のボールの位置と野手の動き、という関係のみに注目すると、ボール位置に対する野手の移動方程式での記述、すなわちアルゴリズム化ができるわけです。ここでは捕球を行うグラウンドを「ジオラマ」と見做すことができます。
自然界に潜む優れたアルゴリズムを実装したコンピュータによる演算が走る世界は、私たちの想像を超えた豊かさを提供してくれそうな予感がします。その辺りの具体的なビジョンもお聞きしたいと思います。(竹田)
注1)イグノーベル賞(Ig Nobel Prize):ノーベル賞のパロディのような形でアメリカ(ハーバード大学)で始まったのですが、最近はノーベル賞と遜色ない研究レベルのものが散見されるようになっています。例えば、オランダ人物理学者のアンドレ・ガイムは2000年には「カエルの磁気浮上」でイグノーベル賞、そして2010年には「二次元物質グラフェンに関する革新的実験」でノーベル物理学賞を受賞しています。イグノーベル賞の受賞者にはイギリス人と日本人が多いことが知られています。
中垣俊之(なかがき・としゆき) 北海道大学 電子科学研究所 教授
著書:
『粘菌 偉大なる単細胞が世界を救う』文春新書(2014)
『かしこい単細胞 粘菌』福音館書店(2012)
『粘菌 その驚くべき知性』PHP研究所(2010)
『生命現象の物理学 生物行動の運動方程式をめざして』日本評論社(2014)
『現象数理学入門』(三村昌泰編)東京大学出版会(2013)
・日程:2022年4月20日(水曜)19:30-21:30(予定)
・今回は講義中にあちこちに寄り道しそうな面白いエピソードが満載なので、最初から延々と雑談形式で進めます。
・Zoomを利用したオンラインイベントです。申し込みいただいた方にURLをお送りします。
・参加費:無料
・お申し込み:こちらのPeatixのページからお申し込みください。
「シュレディンガーの水曜日」は、毎週水曜日19時半に開講するサイエンスカフェです。毎週、国内最高レベルの研究者に最先端の知見をご披露いただきます。下記の4人のレギュラーコメンテータが運営しています。
原正彦(メインコメンテータ、MC):東京工業大学・物質理工学院・応用化学系 教授
1980年東京工業大学・有機材料工学科卒業、1983年修士修了、1988年工学博士。1981年から82年まで英国・マンチェスター大学・物理学科に留学。1985年4月から理化学研究所の高分子化学研究室・研究員。分子素子、エキゾチックナノ材料、局所時空間機能、創発機能(後に揺律機能)などの研究チームを主管、さらに理研-HYU連携研究センター長(韓国ソウル)、連携研究部門長を歴任。現在は東京工業大学教授、地球生命研究所(ELSI)化学進化ラボユニット兼務、理研客員研究員、国連大学客員教授を務める。
今泉洋(レギュラーコメンテータ):武蔵野美術大学・名誉教授
武蔵野美術大学建築学科卒業後、建築の道を歩まず、雑誌や放送などのメディアビジネスに携わり、'80年代に米国でパーソナルコンピュータとネットワークの黎明期を体験。帰国後、出版社でネットワークサービスの運営などをてがけ、'99年に武蔵野美術大学デザイン情報学科創設とともに教授として着任。現在も新たな表現や創造的コラボレーションを可能にする学習の「場」実現に向け活動中。
増井俊之(レギュラーコメンテータ):慶應義塾大学環境情報学部教授
東京大学大学院を修了後、富士通、シャープ、ソニーコンピュータサイエンス研究所、産業技術総合研究所、米Appleにて研究職を歴任。2009年より現職。『POBox』や、簡単にスクリーンショットをアップできる『Gyazo』の開発者としても知られる、日本のユーザインターフェース研究の第一人者だがIT業界ではむしろ「気さくな発明おじさん」として有名。近著に『スマホに満足してますか?(ユーザインタフェースの心理学)(光文社新書)など。
竹田茂(司会進行およびMC):スタイル株式会社代表取締役/WirelessWireNews発行人
日経BP社でのインターネット事業開発の経験を経て、2004年にスタイル株式会社を設立。2010年にWirelessWireNewsを創刊。早稲田大学大学院国際情報通信研究科非常勤講師(1997〜2003年)、独立行政法人情報処理推進機構・AI社会実装推進委員(2017年)、編著に『ネットコミュニティビジネス入門』(日経BP社)、『モビリティと人の未来 自動運転は人を幸せにするか』(平凡社)、近著に『会社をつくれば自由になれる』(インプレス/ミシマ社)、など。
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