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久保田 晃弘(くぼた・あきひろ) 多摩美術大学・情報デザイン学科・教授

創造的な仮説を生むのは、実践/理論、経験/思索、模倣/逸脱の予期せぬ出会い。芸術はもっと科学から学べるはずだ

Material Science and Nature are Art itself

2022.09.02

Updated by Schrodinger on September 2, 2022, 16:44 pm JST

YouTubeなどの動画を眺めていると、実に「わかりやすい」解説動画で溢れていることにお気付きの方も多いかと思います(玉石混交ではありますが高品質なものが急増しているのも事実)。話を単純化する、枝葉末節をどんどん切り落とす、仮定の数を減らす(=オッカムの剃刀)、アナロジーやメタファーを多用する、歴史的考察を省く、といった手法を駆使すれば、聞き手に極めて短時間で「分かった」ような気になっていただけること請け合いです。

ただし、ここには「分かり易さの罠(trap)」が待ち構えています。「分かり易さ」が物事をスムースに進めるための必要悪であることは否定しませんが、例えば天気予報がそうであるように、現実や真実、そして事実というものは、実際には非常に分かりにくい複雑系であることは、皆さん良くご存知のはずです。

「分かり易さを積み重ねていった未来」がなんだか末恐ろしいものになりそうな気がするのは私だけではないでしょう。

分かり易さをさらに加速させるために「名前を与える」という方法があります。「ゲルニカ」が誰が書いたものかが分からなければ「単なるヘタウマの絵」にしか見えませんが、これが「パブロ・ピカソの絵」となった瞬間におそらく数百億の値がつくでしょう。霊感商法やブランドビジネスと大差ありません。「芸術がダメなのは、それが極めて属人的であること」というのが久保田先生の指摘です。そして、科学の良いところは「それが最終的には属人的価値ではなくなるところにある。芸術は科学に学ぶ必要がある」とも。

「発明」は、(期間限定ではありますが)特許法第35条(職務発明規定)によって最終的には属人化もしくは機関帰属することになります。それに対して「発見」は、それが仮に「エポニム」になったとしても、最終的には極めて恒久的かつ公共的な財産になります。例えば、プランク定数はマックス・プランク(Max Planck)が発見した物理定数ですが、マックス・プランクが発見しなければ、おそらく他の誰かが発見していたでしょう。マックス・プランクが「たまたま少し早かった」だけに過ぎません。このように、芸術も自然科学のようなアノニマスな価値として創出されるべき、というのが久保田先生の主張だと思います。

そのような前提を理解すると、久保田先生が実施している「プロトエイリエン・プロジェクト」(宇宙生物学、化学、メディアアートに関する学際的なラボ)の存在意義をすんなり受け入れていただけるはずです。「芸術は、自然(科学)に任せておけば勝手に凄いものを作ってくれる。マテリアル(物質)こそがフィクション(芸術)だ」というわけです。

この「プロトエイリエン・プロジェクト」は、2019年に久保田先生(他2名)によって始まりました。このプロジェクトが作った作品「FORMATA(冒頭の写真)」は、水のないミニ惑星における、地球外的で、活動的で、自発的な実体です。その柔らかい体は、隕石や彗星に見られるような有機物質に似たもの(脂肪酸、炭化水素、アミノ酸など)で構成されています。地球上の生命とは異なり、FORMATAは水も酸素のないエイリアン世界に生息している、というわけです。FORMATAの大気は、アンモニア、一酸化炭素、アルゴンガスで構成され、その表面は液体ホルムアミドの暖かいプールで覆われています。アミノ酸で満たされたホルムアミド溜まりの中で、これらの実体は静止状態から離れ、変形し、活発に動き、自己分裂していきます(このFORMATAは現在開催中の「山形ビエンナーレ2022」のプログラムの一つになっています)。「非属人的アート」が体感できる、ということの意味がとても良く伝わってきます。

「分かり易さで巨額の科研費を獲得する研究」が積み重なって実現される近未来にそれほど豊かな意味や夢があるとは思えませんが、一方で、この久保田先生のプロジェクトや作品の「分かりにくさ」に共感してくれる人が増えていく世界は、とてもエキサイティングな気がします。これは「シュレディンガーの水曜日」運営者の総意としての主張でもあります。(竹田)

募集要項
9月7日(水曜日)19:30開始
創造的な仮説を生むのは、実践/理論、経験/思索、模倣/逸脱の予期せぬ出会い。芸術はもっと科学から学べるはずだ

久保田 晃弘(くぼた・あきひろ) 多摩美術大学・情報デザイン学科・教授久保田 晃弘(くぼた・あきひろ)
多摩美術大学・情報デザイン学科・教授

1984年 東京大学工学部船舶工学科卒業
1989年 東京大学大学院工学系研究科船舶工学専門課程博士課程修了(工学博士)
1991年 東京大学工学部船舶海洋工学科助教授
1992年 同人工物工学研究センター助教授
1998年 多摩美術大学美術学部情報デザイン学科助教授
2003年 同教授
2018年 多摩美術大学アートアーカイヴセンター所長(兼任)

主な受賞歴
2015年 芸術衛星1号機の「ARTSAT1:INVADER」でARS ELECTRONICA 2015 HYBRID ART 部門優秀賞(チーム受賞)
2016年 「ARTSATプロジェクト」の成果により平成27年度芸術選奨文部科学大臣賞(メディア芸術部門)

・日程:2022年9月7日(水曜)19:30から45分間が講義、その後参加自由の雑談になります。
・Zoomを利用したオンラインイベントです。申し込みいただいた方にURLをお送りします。
・参加費:無料
・お申し込み:こちらのPeatixのページからお申し込みください。


「シュレディンガーの水曜日」は、毎週水曜日19時半に開講するサイエンスカフェです。毎週、国内最高レベルの研究者に最先端の知見をご披露いただきます。下記の4人のレギュラーコメンテータが運営しています。

原正彦(メインキャスター、MC):東京工業大学・物質理工学院応用科学系 教授原正彦(メインコメンテータ、MC):東京工業大学・物質理工学院・応用化学系 教授
1980年東京工業大学・有機材料工学科卒業、1983年修士修了、1988年工学博士。1981年から82年まで英国・マンチェスター大学・物理学科に留学。1985年4月から理化学研究所の高分子化学研究室・研究員。分子素子、エキゾチックナノ材料、局所時空間機能、創発機能(後に揺律機能)などの研究チームを主管、さらに理研-HYU連携研究センター長(韓国ソウル)、連携研究部門長を歴任。現在は東京工業大学教授、地球生命研究所(ELSI)化学進化ラボユニット兼務、理研客員研究員、国連大学客員教授を務める。

今泉洋(レギュラーコメンテータ):武蔵野美術大学・名誉教授今泉洋(レギュラーコメンテータ):武蔵野美術大学・名誉教授
武蔵野美術大学建築学科卒業後、建築の道を歩まず、雑誌や放送などのメディアビジネスに携わり、'80年代に米国でパーソナルコンピュータとネットワークの黎明期を体験。帰国後、出版社でネットワークサービスの運営などをてがけ、'99年に武蔵野美術大学デザイン情報学科創設とともに教授として着任。現在も新たな表現や創造的コラボレーションを可能にする学習の「場」実現に向け活動中。

増井俊之(レギュラーコメンテータ):慶應義塾大学環境情報学部教授増井俊之(レギュラーコメンテータ):慶應義塾大学環境情報学部教授
東京大学大学院を修了後、富士通、シャープ、ソニーコンピュータサイエンス研究所、産業技術総合研究所、米Appleにて研究職を歴任。2009年より現職。『POBox』や、簡単にスクリーンショットをアップできる『Gyazo』の開発者としても知られる、日本のユーザインターフェース研究の第一人者だがIT業界ではむしろ「気さくな発明おじさん」として有名。近著に『スマホに満足してますか?(ユーザインタフェースの心理学)(光文社新書)など。

竹田茂(司会進行およびMC):スタイル株式会社代表取締役/WirelessWireNews発行人竹田茂(司会進行およびMC):スタイル株式会社代表取締役/WirelessWireNews発行人
日経BP社でのインターネット事業開発の経験を経て、2004年にスタイル株式会社を設立。2010年にWirelessWireNewsを創刊。早稲田大学大学院国際情報通信研究科非常勤講師(1997〜2003年)、独立行政法人情報処理推進機構・AI社会実装推進委員(2017年)、編著に『ネットコミュニティビジネス入門』(日経BP社)、『モビリティと人の未来 自動運転は人を幸せにするか』(平凡社)、近著に『会社をつくれば自由になれる』(インプレス/ミシマ社)、など。

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