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帝国の興亡

2022.10.03

Updated by Ryo Shimizu on October 3, 2022, 05:12 am JST

イタリアの探検家、アメリゴ・ヴェスプッチは43歳にして初航海に出かけた。
彼の航海の記録は1503年に論文「新世界」として発表され、ドイツで出版された。以来、その大陸は彼の名にちなんでアメリカと呼ばれるようになった。

ヴェスプッチが探検したのは主に南米で、コロンブスが発見したのはカリブ海のプエルトリコで、厳密には北米大陸を発見したわけでもない。

それから一世紀後にイギリスのバージニア株式会社が国王ジェームズ一世から勅許を得て、メリーランド州、バージニア州、カロライナ州の開拓を開始した。

アメリカ大陸への植民はビジネスであり、入植者は実質的にバージニア会社の社員と見做されていた。

しかし、先住民族との戦いや疫病といった障害から、最初期の200人の入植者のうち60人しか生き残ることができず、まだ食料の自給自足すらできない悲惨な状況だった。

同時期にスペインは、フロリダ、アラバマ、ミシシッピ、メキシコ、そしてカリフォルニアを開拓し、ニュースペイン王国を構成。

フランスはニューオリンズとメキシコ湾、ミシシッピ川沿いに開拓を進めた。

18世紀になるとイギリスの13植民地が独立を宣言し、ルイジアナ買収として知られる契約によりフランス領がアメリカ合衆国に編入され、テキサス共和国との併合、そして1846年6月14日にカリフォルニア共和国がメキシコからの独立を宣言するが、7月9日にアメリカ合衆国軍に占領された。

そして1959年のアラスカ州併合、1960年のハワイ州の合併を持って、現在のアメリカ合衆国の50州が揃う。アメリカ合衆国の国旗であるスターズ・アンド・ストライプス(星条旗)は、アメリカ合衆国の成立時の13の州を意味する13本のストライプと、州の数だけ配置される星で表現されている。

テキサス共和国の旗はアメリカ合衆国の旗とよく似ている。違うのはストライプが赤と青の一つだけで、星が一つしかないことだ。

この旗はローンスター・フラッグと呼ばれ、ローンスターはテキサスの"国民性"を表現する言葉としても知られる。

僕にとってテキサスは第二の故郷と言ってもいいくらいに愛着のある土地だ。
その日の夜、僕はテキサス州の州都オースティンのダウンタウンにたどり着いた。

時計は23時を回っていたが、ホテルのコンシェルジュに聞くと、まだ店はオープンしているという。

「何時まで?」と聞くと、「そうね、午前二時か、三時くらいまでは」という答えが返ってきた。

アメリカ合衆国で、こんな場所はちょっとない。
ニューオリンズのフレンチクォーターでも、そんなに遅くまでは開いてなかったように思う。

歩いて一ブロック行くと、街は人混みでごった返していた。
まるでコロナなどなかったかのように、人々は路上で酒を飲み、大麻入りのポップコーンを食べている。ここでは何もかも合法だ。メインストリートのバーからはロックバンドの生演奏があちこち聞こえてくる。

コンシェルジュが「おすすめ」した店は、なんとタコスの屋台だった。
行列ができていて、さすがに旅の疲れをまずは癒したいと思い、フライドチキンの店に入り、モヒートを注文する。

帰りにタコスを買おうとすると長い行列に並ぶことになった。
でも確かに美味い。

今回テキサスに来た理由の一つは、友人の撮った映画の全米プレミア公開があったからだ。チケットは最高2000ドルもするマニアックな映画祭で、マニアたちが全米からつめかけていた。チケットオフィスはなく、大麻の栽培グッズを売っている店でチケットを買うことになる。

まるでコロナによるロックダウンなどまるごとなかったかのような喧騒に嬉しくなって、翌日は地元で美味しいと評判のBBQレストランに行ってみるも、どうも待てど暮らせど行列が進まない。

どうしたものかと思ってネットの評判を調べてみると、この店は11時オープンだが先頭に並ぶなら午前4時くらいから並ぶのが普通らしく、11時過ぎに並んだ場合、食べられるのは3時間後ということがわかった。

アメリカ人は行列に並ばないと言うが、ここに来てから行列に並んでばかりだ。

オースティンからの帰りはサンフランシスコ経由とした。
友人のYouTuberがベイエリアに住んでいるからだ。

トランジットついでに一泊して、久しぶりに地元のシーフードも楽しみたい。
サンフランシスコを中心としたベイエリアは、ハイテクの聖地だ。

TwitterやFirefoxで知られるMozilla財団などはサンフランシスコに本部(HQ)を置いているし、FacebookやGoogleやApple、PixarやAdobe、IntelやAMDの本社もすべて近隣にある。

ベイエリアのハイテク企業に職を得ることはステイタスであり、成功者の象徴だった。

そのベイエリアが、いよいよ地盤沈下を始めている。ベイエリアに本拠地を置く世界的企業は少なくないが、この問題は、こうした巨大ハイテク企業(ビッグ・テック)の人材獲得競争の苛烈さから生じている。

もっと平たく言えば、こうした会社が儲かり過ぎていることに原因がある。
巨大な利益を寡占するビッグテックは、さらなる利益を得るため、人材獲得に莫大な資金を投資している。

獲得された人材は、最低1000万円から上は数億円の年棒という日本人の感覚では莫大な報酬を得ることになるが、この競争が激しくて彼らの住居価格も高騰している。サンフランシスコで3LDKに住もうと思ったら家賃7000ドルが最低限の相場と言われる。つまり、住むだけで年間8万4000ドルが必要ということになり、これだけで日本円にして1000万円がすっ飛ぶ。

リモートワークが浸透したといっても、「いざというときには1時間以内にオフィスに集合」することを求める管理職は少なくない。特にシリコンバレーでは最近その傾向が顕著に現れている。

コロナ前まで、年に3、4回は訪問していたベイエリアに、久しぶりに立ち寄ると、あまりの変わり果てた街の姿に愕然とした。

僕が毎回、欠かさずに朝食を食べに通っていたロブスターロールの店は臨時休業。いつ再開するかもわからなかった。休日の昼だというのにフィッシャーマンズワーフに観光客の姿はなく、生活者がまばらにいる程度だった。

現地に住む人気YouTuberの友人と待ち合わせたお店に着くと、路上で出迎えたのはカラフルな服を着た白人のホームレスだった。

「5セントでいいからくれよ。もう3日も何も食べてないんだ」

そうは言っても現金など持っていない。
こういうことがあるから、基本的に現金は持ち歩かないのである。
ましてやこの円安の折、わざわざ日本円を両替してアメリカドルに変えて持ってくるほど僕も裕福ではない。

タクシーはクレジットカード、基本の移動はUberなのでキャッシュレスである。そのほかの買い物も全てクレジットカードで支払える。

待ち合わせまで時間があったので、店の近くにスターバックスがあったのを思い出してスタバに立ち寄ると、営業中なのだが実に奇妙な光景が広がっていた。

店内はがらんとしていて、本来あるべき椅子やテーブルが片隅に全て追いやられているのである。

これは明確に「座るな」というメッセージのはずだが、営業そのものはしているようだった。

ホームレスといい、どうも妙だと思った僕はその店を出て、1ブロック先にある別のスターバックスに向かった。

ところがここも状況は同じだった。
そして備え付けらしく、取り外せなかったであろう長椅子を見ると、ホームレス然とした人物が、マクドナルドのマークが刻印されたカップで何かを飲んでいた。

これは椅子も撤去するはずだ。

改めて路上を観察してみると、歩いている人の大半がホームレスだった。
いや、歩いているならまだいい。ほとんどの人は座っているか、寝ていた。

このアベニューには20年以上前から来ていて、ここのホテルは定宿だった。その頃はアメリカの地方都市でありながら、夜遅くまでバーがやっていたり、夜中に歩いても安全な場所だった。アメリカという場所にあってこのアベニューほど安心できる場所は他にないと思えていたほどだ。

だからこの荒廃ぶりは、全く予想外で、何か致命的な変化が起きている、と感じざるを得なかった。

時間より少し前に店に駆け込んだ。これ以上路上でホームレスに絡まれるのはもうたくさんだったのだ。

店も状況を察してか、開店時間より随分早かったが入れてくれた。
この店は、やはり僕が20年前から通っている海鮮の名店で、当時は厳しいドレスコードがあって、ジャケットを着用していないと店に入れてもらえなかった。
どうしても忘れてしまった場合は、店でジャケットを貸してくれた。

以来、ベイエリアに来るたびにこの店でカニを食べるのが習慣になった。

ところが異変はここにも起きていた。
分厚かったメニューが、パウチされた紙一枚になっていたのである。

当然、料理の種類も減っている。
まるで大将が急病になった老舗のとんかつ屋のようだった。

ここのラビオリが大好物だったのだが、ラビオリはもうやっていないという。
それでも名物のカニは食べられるということでホッとした。

友人が遅れてやってきて、「この辺はもうスラムですよ」とこともなげにいう。

「貧富の差が年々激しくなっていて、この流れはもう止めることができない」

やはりビッグテックの一角で上級管理職として働く彼は、このスラム化したベイエリアではたぶん勝ち組に分類される。それでも決して生活が楽というわけではなさそうだ。

全てのコストが高い。
食材も、家賃も、何もかも。ここではすべてが高級品だ。

ベイエリアのビッグテックが巨大になりすぎたために生じているこうした歪みは、構造的なものであって容易に解消することは難しそうだ。

Teslaを率いるイーロン・マスクは「人手不足」を補うために人型ロボットを開発し、まずは自社工場で人型ロボットを稼働させるつもりだという。

しかし現実には街には失業視野が溢れているのだ。

明けて翌日、Uberを呼ぶと、ボロボロで異臭を放つプリウスが来た。
それでも背に腹は変えられない。彼だってギリギリの生活をしているのだろう。

だが事態は想像しているよりももっとひどかった。

空港の前で大勢がデモをしているのをみた時は、正直、気にもとめなかった。
プラカードに書かれている言葉は「One Job should be enough(一つの仕事で充分であるべきだ)」

ANAのチェックインカウンターが開くと、その異変の正体がわかった。

「ラウンジはストライキであいてないんです。空港内のお店も半分程度はストの影響で営業ができていない状況です」

お詫びとして白い封筒をもらった。ラウンジに入れないことの補償だという。
てっきりクーポンでも入っているのかと思ったら、現金で20ドル入っていた。

クーポンを印刷する手間さえもとれないのだろうか。
寿司屋に入り、好物のレインボーロールを食べることにした。

レインボーロールが15ドルで、酒が10ドル。ラウンジに入れていれば、せめて酒はいくらでも飲めたはずだが、そんなことを言っても始まらない。

さて、人類はいま、どこへ向かおうとしているのだろうか。
人類の誇るハイテク帝国の首都とも言えるベイエリアが、まるで滅亡間近のローマや、銀河帝国の首都トランターの街角のように見えてくる。

世界中から富を吸い上げ、人材と資源を独占するベイエリアのビッグテックと、路上でテント生活を繰り広げるホームレス達とのコントラストは、もはやレディプレイヤーワンの世界がフィクションとは言い切れなく思えてくる。

しかもこれは業界の構造的な問題であって、連邦政府がよほど強硬的な手段を取らなければ解決できないし、強行的に解決をしようとすればかなりの摩擦を生むことになるだろう。

なぜこうなってしまうかというと、ベイエリアに世界中から才能を集める資本が集中し、資本が集中するが故に資本が資本を生み出し、資本がうまれ才能が集まるから人件費が高騰し、人件費が高騰するから家賃が高騰し、ささやかな生活を営んでいたごく普通の人々が家を追い出されて路頭に迷うという構造が生じている。

しかもそれぞれの市がいわば企業城下町であり、市民の大半はどこかのビッグテックに所属している。そのため、地方自治のレベルで解決することは極めて困難に思える。

誰が一人やどこか一社が悪いというよりも、ベイエリアに世界中の資本が集まっており、優れたエンジニアは他社の二倍の報酬を支払ってでも獲得したいという企業の持つ本能がこの状況を生んでいる。

「One Job should be enough(一つの仕事で充分であるべきだ)」というデモが起きるのは、それが「一つの仕事だけでは生活できない」という事実を指摘している。しかし、ただでさえ打撃を受けている航空業界が、ベイエリアで暮らすのに十分な俸給を支払うのは構造的に難しいだろう。航空業界はベイエリアのビッグテックの恩恵をほとんど全く受けておらず・・・というよりもむしろビッグテックの作り出したさまざまな遠隔存在(テレ・イグジスタンス)技術によって打撃を受けているわけで、いくら給料を上げて欲しいと言われても、ウェイトレスに年収10万ドルも払える道理がない。

遠からず、ベイエリアからはビッグテック意外の人々が流出し、サービスレベルは低下するか、別料金になっていくのではないか。少なくともここにいてはビッグテック以外の普通の人々が幸せに暮らすことは難しいだろう。

だがその一方で、一体全体、誰がこのツケを払っているのか。
それはもちろん、我々、世界中に住む人々がビッグテックに支払っている大量のサブスクリプション・フィーだろう。

我々がパソコン一つ、スマホ一台を手にし、YouTubeを見て、検索する度にビッグテックは莫大な収益を約束される。

独占禁止法はあくまでも「特定の企業がなんらかの独占を行う」ことに対して効果があったが、直接の利害関係を持たないごく限られた少数のビッグテックによる「ハイテク業界群」が富を独占しこうした問題を引き起こすことは、資本主義の成立初期段階では予見することが難しかったに違いない。

この歪みは以前から指摘されていたが、もともと歪んでいたところにコロナ禍による経済的打撃で決定的な変化が起きたように感じる。こうした貧富の差がますます広がっていくと、もはや何が起きてもおかしくない。

個人的に、今回のベイエリアほど危機感を感じたことは今までになかった。
今回大きなトラブルに巻き込まれなかったのは、単に滞在時間が短かったのと、運が良かっただけだろう。

かつてニューヨークのハーレムやブロンクスを訪れた時の経験、カウンターが防弾ガラスで囲まれたマクドナルに立ち寄った時も、緊張感はあったが生活者は平然としていた。もっと治安が悪い頃のロスのダウンタウンやフィゲロワストリートでの経験と比べても、ここまで鬼気迫るものではなかった。

ベトナムやタイの人々は貧しい人々でさえも陽気で幸せそうだった。彼らも仕事が足りなくて、ワークシェアリングするのが当たり前だった。20代失業率が50%を超えていたスペインでも大規模なデモを体験したが、こういう感じでは全くなかった。

世界の分断は加速している。

実際の映像

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清水 亮(しみず・りょう)

新潟県長岡市生まれ。1990年代よりプログラマーとしてゲーム業界、モバイル業界などで数社の立ち上げに関わる。現在も現役のプログラマーとして日夜AI開発に情熱を捧げている。

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