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「知性」は再び浮上するか

2023.02.22

Updated by WirelessWire News編集部 on February 22, 2023, 06:06 am JST

雑誌の入れ換えの無意味の時代

前回に続いて引き続き1994年に刊行された橋本治の『浮上せよと活字は言う』を読んでいく。この本は橋本治による書物論であり、出版論である。なかでも1970年代後半以後、決定的に大きな変貌を遂げた雑誌について論じることに多くの紙幅が費されている。

よく知られるように、1980年代は「雑誌の時代」と呼ばれた。しかしこの時代には多くの雑誌が生まれただけでなく、休廃刊する雑誌も多かった。意味を失った古い雑誌が消え、新しい意味を担った雑誌が次々に生まれたのであればよいが、この時代に創刊された雑誌の多くも、読者の支持を安定して得ることができず早々に消えていった。こうした事情について橋本は次のように述べている。

正確な言い方をすれば、一九八〇年代は「雑誌の時代」ではない。一九八〇年代は「雑誌の入れ換えの時代」であり、「雑誌の入れ換えの無意味の時代」だった。新雑誌の創刊点数の多さと、休廃刊された雑誌の数の多さが、そのことを証明している。一九八〇年代に、雑誌というものは変わってしまい、変わることにかなりの程度、失敗したのだ。(「愚蒙を排す」)

1970年代後半以後は総合雑誌(橋本のこの文章が連載された『中央公論』自身のような)が象徴していた権威ある「活字」が意味を失い、読者の支持を失っていく時代だった。そうしたなかで新たに創刊され、例外的に継続的かつ大規模な成功を収めた雑誌が二つある。『POPEYE』(マガジンハウス、1976年創刊)と『JJ』(光文社、1975年創刊)である。橋本は『浮上せよと活字は言う』の大半を、この二つの雑誌が出版界にもたらした変化の意味について論じることに費やす。その熱量がいま読むと不思議なほどに。

※本稿は、モダンタイムズに掲載された記事の抜粋です(この記事の全文を読む)。
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