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機械と人間はどちらが有能なのか。1960年代の宇宙における答え

2024.04.18

Updated by WirelessWire News編集部 on April 18, 2024, 13:51 pm JST

機械と人間では、いったいどちらが有能なのか? この問いは今になって起きてきたものではない。1960年代には既に、宇宙開発を通じて人間はその答えを探り始めていた。科学ジャーナリストの松浦晋也氏が宇宙に人がいることの意義を考える。

文句の付けようがなかったガガーリンの宇宙飛行

宇宙に人が行く。20世紀のロケット工学の長足の進歩が、人間を宇宙空間に送り出すことを可能にした1950年代、宇宙を知るには人が赴くしかなかった。今ならば、まずはコンピューターで制御する観測機器を搭載した無人探査機が赴くところでも、エレクトロニクスもロボット工学も未発達な当時は、人が行って、見て、感じて、言葉で報告する必要があった。

こうして当然のように、ソ連とアメリカで有人宇宙飛行計画が始まる。ところが、米ソの計画は、人間を計画の中でどのように位置付けるかは対照的であった。

先行したソ連は、1960年に宇宙飛行士候補「TsPK-1」の20人を選抜。その中から優秀な6人を、最初の飛行計画の宇宙飛行士候補として優先的に訓練した。その中から、ユーリ・ガガーリンが最初の飛行に選ばれて、1961年4月12日に有人宇宙船「ボストーク1号」で、人類初の宇宙飛行に成功する。

宇宙飛行は、通常は高度100km以上の飛行を意味する。「通常は」というのは、アメリカの軍は高度50マイル(80km)以上と定義して、実験機「X-15」による高度飛行のテストパイロットも宇宙飛行士の数に入れているからなのだが、ともあれ80kmなり100kmなりに到達すれば宇宙飛行士ということになる。

ガガーリンの飛行はそれ以上だった。単に100km以上に上がって、そのまま降りてくる弾道飛行でも宇宙飛行といえる。しかし、ガガーリンの飛行は地球を回る軌道に一度入る、軌道飛行だった。弾道飛行と軌道飛行では必要な運動エネルギーが10倍以上異なる。高度300kmほどの地球を周回する軌道に入り、地球を一周し、逆噴射で地上に帰還する、という内容のガガーリンの飛行は、文句の付けようのない宇宙飛行であった。

ソ連が「宇宙飛行士は若い方が良い」と判断した理由

ところで、ソ連が選抜した最初の宇宙飛行士候補6人の、1960年末における年齢を見てみよう。ユーリ・ガガーリン(26歳)、ゲルマン・チトフ(25歳)、アンドリアン・ニコライエフ(31歳)、ワレリー・ビコフスキー(26歳)、パーヴェル・ポポビッチ(30歳)、グレゴリー・ネリューボフ(26歳)というように、皆、非常に若い。

若いということは、経験を積んでいないということだ。つまりソ連の宇宙飛行計画は宇宙飛行士に経験知を要求していなかった。経験知とは、未知の状況に直面した時に過去の経験と照らし合わせて、的確な対処ができる能力だ。そのような能力を、ソ連は宇宙飛行士に要求しなかった。

ガガーリンら6人が選抜された理由は、まず体力があり、訓練の結果が優秀であったことだった。人間の身体的能力は20代から30代初めがピークである。次いで小柄であること。ボストーク宇宙船は狭く、体格が大きな者は乗れなかった。そして、政治的要請として労働者階級出身であること。共産国家ソ連としては、共産主義の優越性を世界にアピールするために、人類で初めて宇宙に行く者は、資本家ではなく労働者である必要があった。もちろん若いと、共産主義の広告塔としても見栄えは良い。

そもそも、ボストーク宇宙船は、搭乗する宇宙飛行士が、ほとんど何も判断しなくても良いように作られていた。ボストーク宇宙船を動かしているのは、約6,000個のトランジスタで構成された電子回路だった。今風にいうならばハードワイヤードで作り込まれたシーケンサーということになる。打ち上げ後、予め設定されたシーケンスの通りに宇宙船を動作させ、地上に帰還させる。

シーケンスが正常に走っている限り、宇宙飛行士の判断は必要ない。ロケット側が地球周回軌道に放り込んでくれれば後は、宇宙船そのものが自律的に動作する。宇宙飛行士は何をする必要もない。

宇宙飛行士に要求されたのは、打ち上げから帰還までの宇宙飛行において。何が起きているかを記録し、報告することであった。つまり宇宙飛行士は今でいうセンサーであり観測機器だった。

これに対してアメリカは、1959年4月に最初の宇宙飛行士候補「マーキュリー・セブン」の7名を選抜した。応募資格としては、軍のテスト・パイロットが想定されていた。軍用試作機の試験飛行を担当するテストパイロットは、何が起きてもきちんと状況を把握・報告し、なおかつ機体を破棄したり破壊したりすることなく安全に着陸させることを要求される。つまりアメリカは、何が起きるか分からない宇宙飛行において、十分な経験を積み、訓練を受けた人間の判断力・適応力が重要だと考えたのである。

※本稿は、モダンタイムズに掲載された記事の前半部分です。
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