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ジャーナリスト自身が運営する404 Mediaにみる「オルタナメディア」の可能性
2024.09.03
Updated by yomoyomo on September 3, 2024, 10:46 am JST
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2024.09.03
Updated by yomoyomo on September 3, 2024, 10:46 am JST
プログラマじゃない人間がソフトウエア会社を運営しているのを見ると、サーフィンの仕方を知らない人間がサーフィンしようとしているみたいに思える。(ジョエル・スポルスキー)
2023年5月にVice Mediaが破産申請をしたのを受け、配下のオンラインメディアMotherboardの編集長だったジェイソン・コーブラー、同じくMotherboardの編集者だったサマンサ・コール、エマニュエル・メイバーグ、ジョゼフ・コックスの4人は、自分たちのメディアである404 Mediaを急遽立ち上げました。
2023年8月22日にその4人の連名で公開された「404 Mediaへようこそ」において、「社会を変えるテクノロジー・ジャーナリズムを実践し、持続可能で信頼できる、読者に支持されるメディアビジネスの創造を目指す」と404 Mediaの目標を宣言しています。
興味深いのは、ニューメディアのビジネスモデルの失敗についての言及です。彼らは新しいメディア企業が失敗するのを見てきましたが、それはオーディエンスや収益や影響力や不可欠な仕事が欠けていたからではないと断じます。新しいメディア企業が失敗する原因として、成長すれば何でもいいという考え方、ベンチャーキャピタルによる無茶な評価での投資、そして最も重要なのは、高価なオフィス空間のコスト、経営陣の気まぐれな経営方針や彼らの高給、不必要な企業向けソフトウエアのコスト、問題解明のために連れてこられるコンサルタントにかかる天文学的な諸経費を挙げています。
そのうえで404 Mediaは、シンプルな代替案を提案します。
我々はこの十年、「コンテンツ」がどのようにお金に変わるかを学んできたので、優れたジャーナリズムは、それを作る人たちが生活できる賃金を支払うのに十分な収益をもたらすことが可能だと信じている。良い仕事をし、コストについて常識的な決定を行い、読者に支援を求めるだけで、持続可能で収益性の高いメディア企業を作れると信じている。
これだけ読むと理想主義的に思えるかもしれませんが、それは自分たちの調査報道で有料購読者を集められるという共同創業者の4人の自信の表れとも言えますし、後述しますが、その手本となる存在もありました。
404 Mediaはこの一年、質の高い記事を生み出し続けました。Google Newsの「パクリ記事」だらけな実態やYouTubeの非公開動画をGoogle従業員が閲覧し、任天堂のゲームがリークされた事件の報道などで日本のニュースサイトにも少しだけ伝わっていますが、その評価の高さは、例えば、電子フロンティア財団が毎年選出するEFFアワードにおいて、今年7月に404 Mediaが選出されたことでも明らかです。
この賞は2021年までは「EFFパイオニア賞」という名称で、イノベーションを推進し、デジタルの権利を擁護する主要なリーダーや団体を表彰するものです。オンラインメディアが選ばれること自体稀ですし、しかも創業一年足らずの404 Mediaが選出されたのは極めて例外的な事態といえます。電子フロンティア財団による選出理由を少し訳してみます。
メディア全般、特にテック系メディアが縮小の一途である中、2023年8月にローンチした404 Mediaは、ハッキング、サイバーセキュリティ、サイバー犯罪、セックス、人工知能、消費者の権利、政府や警察による監視、プライバシー、インターネットの民主化といった話題について、鋭い調査報道、深く掘り下げた特集、ブログ、スクープを粘り強く発信してきた。
この後、「正真正銘、テクノロジーについての人間による人間のためのウェブサイト。テクノロジーのビジネスではなく、テクノロジーが現実世界の現実にいる人々にどのような影響を与えるかが重要です」というエマニュエル・メイバーグの発言が引用されていますが、404 Mediaのすべての記事の冒頭に付される但し書きにある「404 Mediaは、人間のジャーナリストによって執筆、報道、所有される独立したウェブサイトであり、AIスクレイパー、ボット、検索アルゴリズムではなく現実の人間を対象読者とします」という一文にも、安易にAIに依存しない人間によるジャーナリズムの誇りを感じさせます。
あと電子フロンティア財団は明言していませんが、404 Mediaの創業者の一人であるジョゼフ・コックスは、2018年から2021年にかけて、世界中の犯罪組織に普及したAnomという暗号化通信アプリが実はFBIに運営されており、FBIは裏社会の情報を収集していたという驚愕の実話に迫る『Dark Wire: The Incredible True Story of the Largest Sting Operation Ever』というノンフィクションを今年夏に刊行し、高い評価を得ているのも受賞に影響したかもしれません。
404 Mediaは、創業から一年経った今年の8月22日に「404 Mediaの最初の一年で学んだこと」を公開していますが、事業として軌道に乗ったことの自信を感じさせる文章になっています。Viceメディアを退職した4人がそれぞれ1000ドルを出資してサイトを立ち上げながらも、個人の貯金を取り崩して生活していた頃からすれば、ポッドキャストのためにオーディオエンジニアを雇い、全文RSSフィードの開発費を賄えるまでに購読者を集めたのは大きな前進と言えます。
面白いのは、この文章の中で、編集面で成功するだけでなく、財政的にも持続可能であることを示す404 Media以外のメディアの名前をいくつか挙げているところです。つまり、404 Mediaの成功は単発的な現象ではないのです。
ここで紹介したいのは、この連載でも何度か名前を引き合いに出しているインターネット起業家にしてベテランブロガーのアニール・ダッシュが6月に公開した「新たなオルタナメディアと出版の未来」です。
ダッシュは、出版業界、特にジャーナリズムを志す人にとって、今があまり楽しい時期ではないが、ここ数十年で初めて希望を与えてくれる動きを目にしていると指摘し、その動きを「新たなオルタナメディア(New Alt Media)」と呼びます。
続いて彼は、そのキャリアの初期にヴィレッジ・ヴォイス紙のウェブ開発者だった頃を振り返ります。彼が在籍した頃すでに、ヴィレッジ・ヴォイスはイケてる存在ではなくなっていましたが、それでも存在意義があり、相応の読者にリーチするプラットフォームでした。最近、ダッシュは元同僚のトリシア・ロマノが著した、ヴィレッジ・ヴォイスの50年代の創刊から2017年の閉鎖までの歴史をまとめた『The Freaks Came Out to Write: The Definitive History of the Village Voice, the Radical Paper That Changed American Culture』を読み、自分が在籍した頃は「オルタナ週刊誌」の絶頂期だったと思い当たります。
「オルタナティブ」という言葉は、1990年代のどこかで無意味なまでに薄まってしまったが、かつてそれに真の意義があったことを思い出す価値はある。当時の主要メディアがいかに息苦しく、閉鎖的だったかを誇張し過ぎることはない。オルタナティブ・ミュージックは純粋に、ラジオではかからない曲で構成されていた。そしてオルタナメディアは、文化を規定する制度から抹殺された話題、問題、コミュニティを取り上げた。今日、私たちが大手メディアの偏見や怠惰や歪曲を批判するのと同じくらい、ゴルフ場で編集部の採用を決めていたという事実を誰も隠そうともしなかった時代には、メディアの欠陥はより極端だった。
だから、不満分子によって作られた騒々しく、手に負えない、厄介なオルタナメディアがそのバブルを突き破ったのは、実に大きな影響があった。はっきり言って、オルタナ週刊誌の世界にも常にろくでなしが大勢いたが(結局のところ、そこも同じ出版業界だったわけで)、たまにだけど、あるストーリーが隙間から漏れ出て……すべてを変えてしまうんだ。
ダッシュがヴィレッジ・ヴォイスから解雇される頃には、ブログがきっかけとなったソーシャルメディア革命が勃発していたと振り返ります。ダッシュは、ブログを破壊者、そしてオルタナ週刊誌の後継者と見ていましたが、それは20年以上前、ゼロ年代のはじめの話です。そして、彼はそれ以来はじめて「これぞメディアの未来だ」という感覚を「新たなオルタナメディア」に覚えたのです。
そして、ダッシュが「新たなオルタナメディア」として挙げるサイトは、404 Media自身が挙げる、編集面で成功するだけでなく、財政的にも持続可能であることを示すサイトとほぼ同じだったりします。両者とも挙げる以下の4つの「新たなオルタナメディア」は知っておいて損はないでしょう。
彼ら(と404 Media)の共通点はなんでしょうか? いずれのサイトもジャーナリスト自身が経営する従業員所有(employee-owned、worker-owned)で、購読者が資金提供(subscriber-funded)している独立ウェブサイトであることです。実は4人のジャーナリストが404 Mediaを立ち上げた時点で、DefectorとHell Gateがお手本としてありました。Fast Companyは、404 Mediaの創業を「StripeのアカウントとGhostウェブホスティングの簡素な一式があるだけで、それ以外はほぼサブスクリプションで生計を立てるDefectorのモデルに従った」と表現しています。
ダッシュはそれに加えて、これらの新たなプラットフォームは、他の誰も伝えていないストーリーを伝えていると指摘します。既存のニュースサイトが生成的アルゴリズムによってナンセンスでスパムまみれになるほど、つながりや人間性を強く望むオーディエンスは、リアルなものを提供する、書き手の顔が見えるメディアに自然と引き寄せられるというわけです。そしてもっと重要なのは、ニュースオタクとしては普通の人たちが、こうしたオルタナメディアの仕事に価値を見出し、有料購読者になっていることです。
その成功は単発的なものではなく、ムーブメントだとダッシュは太鼓判を押しますが、まだこれらのオルタナメディアは、不可避の大炎上やもっとも悪辣なオリガルヒからの攻撃をまだ経験していないことの指摘も忘れていません。
ダッシュの文章を読むと、この20年あまりのオンラインジャーナリズムの変遷もいろいろと思い出します。ダッシュは、ブログこそ破壊者であり、メディアの未来だと考えましたが、ダン・ギルモアがゼロ年代に著した『ブログ 世界を変える個人メディア』、『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』を読めば当時の期待感が分かるでしょう。しかし、現実にはギルモアが期待したような市民ジャーナリズムは実現しませんでした。
2010年代になるとデータジャーナリズムが注目されるようになり、ジェフ・ジャービス『デジタル・ジャーナリズムは稼げるか』といったもう少し地に足の着いたオンラインジャーナリズム論が書かれますが、この当時のウェブメディアの話題としては、BuzzFeedの編集長だったベン・スミスが『Traffic: Genius, Rivalry, and Delusion in the Billion-Dollar Race to Go Viral』で描くような、Gawker、HuffPost、そしてBuzzFeedといった書名になっているプレイヤーによるトラフィックを稼ぐためのしのぎを削る競争がありました。
その背後には、404 Mediaの創業者たちが嫌悪感をあらわに書く、成長すれば何でもいいという考え方(アテンションエコノミー! バイラル!)、ベンチャーキャピタルの無茶な投資、経営陣の気まぐれな経営方針の変更やら彼らの高給やら無駄に金のかかるオフィスやらの問題があったのでしょう。
404 Mediaをはじめとする「新たなオルタナメディア」は、そのアンチテーゼとして、ベンチャーキャピタルの資金に依存せずに有料購読者を募り、ジャーナリスト自身が経営する独立系メディアを目指しました。
少し前に、New York TimesがCNNのオリバー・ダーシー記者が独立してサブスクリプションメディアを立ち上げることを報じていましたが、ジャーナリストが独立してSubstackなどを使ったニュースレターで生計を立てるモデルが一般的になったことも、独立メディアを立ち上げる敷居を下げ、その成算の見極めをしやすくしていると言えるかもしれません。
さて、「新たなオルタナメディア」の話は、日本のオンラインジャーナリズムにも当てはまる話でしょうか?
大手新聞社が2020年代にもなって「「エビデンス」がないと駄目ですか?」と寝ぼけたことをぬかし、最近も「その「エモい記事」いりますか」とナラティブ重視の記事によるアクセス稼ぎに苦言を呈される現状を見れば、日本でも「新たなオルタナメディア」が成立する余地はあると思いますし、The HEADLINEの石田健編集長による「The HEADLINEをなぜやるのか、そして何を目指しているのか」を読むと、課金モデルを明確に打ち出すところなど、かなり近い問題意識を感じます。
調査報道ではTansa、ルポルタージュではSlowNewsあたりもその候補として浮かびます。前者はいくつかの財団がサポート団体として名前を連ねていますが、以前「ブログメディアで頑固一徹に著作権の問題をえぐるグリン・ムーディの尊さ」で取り上げたWalled Cultureもそうですし、Hell Gateも現在までやはり財団の資金を受け入れています。つまり、それもアリなわけですが、有料購読者によって成り立つウェブメディアが、単発的でなく「ムーブメント」と言えるあたりまで来るかとなると、英語メディアのようなワールドワイドな読者層が期待できず、人口減少が続く日本では難しいと思うのも正直なところです。
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登録はこちら雑文書き/翻訳者。1973年生まれ。著書に『情報共有の未来』(達人出版会)、訳書に『デジタル音楽の行方』(翔泳社)、『Wiki Way』(ソフトバンク クリエイティブ)、『ウェブログ・ハンドブック』(毎日コミュニケーションズ)がある。ネットを中心にコラムから翻訳まで横断的に執筆活動を続ける。