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材料に知性はあるか?

listen to the intelligence of materials

2024.11.07

Updated by Shigeru Takeda on November 7, 2024, 13:29 pm JST

1台のクルマは約3万点の部品で構成されています(BEV=Battery EVは部品点数が激減すると言われていましたが、そうでもなさそうですね)が、タイヤ以外に路面(道路)とコミュニケーションしている部品はありません。タイヤはゴム(だけ)でできていると思われがちですが、実際にはポリエステル、ナイロン、レーヨンなどで構成されるカーカス(タイヤの骨格を決めるコード層)をはじめとして、さまざまな金属材料や繊維材料で構成されています。

路面に設置している部分は「トレッド」と呼ばれ、ここで利用される複合材料としてのゴムがコンパウンドです。どのような種類のゴムをどう調合するかに各タイヤメーカーごとのノウハウがあり、最終的な乗り心地を左右するわけですが、共通しているのは「少し変形する」ということです。

クルマが前に進むのは、タイヤが路面に密着(グリップ)しているからです。路面の細かい凹凸に合わせ、自らを変形させています。変形と復元を猛スピードで繰り返していることになります。ゴムを路面に密着させること自体はヒトのアイデアかもしれませんが、そのアイデアに寄り添う形で自らを変形させてくれているゴムに何らかの意志や知性を感じ取るのはそれほど難しくありません。

雨天になると、路面とゴムの間に薄い水の膜が生じて、摩擦係数が一気に小さくなり、グリップしにくくなります(このためタイヤメーカーはさまざまなトレッドパターンを用意しています)。豪雨の中を100kmオーバーで運転するドライバーの知性と、それでもなんとかグリップしようとするゴムの知性のどちらが優れているのかに議論の余地はないでしょう。

「知性と知能の違い」で検索してみるとさまざまな意見があるようです。どれも一理あるかと思いますが、「知能」の「能」が能力を表現している、と考えると、これは「仕事をこなすための能力」とみなすことができますから、最終的には数値での比較が可能な価値に換算できます。形状記憶合金や圧電性セラミックスなどは機“能”性材料と呼ばれますが、これらはある種の物理的・化学的入力に対して機能を発現させる「能力」がある材料ということになります。従って機能性材料には知能がある、と考えることができます。

一方の「知性」の最大の特徴は自然の摂理に従う、という点にあるのではないかと(個人的に、ですが)考えています。自然の摂理に従った現象や行為に共通しているのは「程よく抑制されている」ということです。見ず知らずの有権者に握手を求め、プロパガンダをがなり立てる選挙演説中の立候補者に知性を感じるのは困難ですが、人の意見に真摯に耳を傾け、無言でじっくり考えている人にはそこはかとない知性を感じます。所作、発言、態度、行動、変化などに程よく抑制が効いている状態こそが「知性」であり、そこでは言葉(parole)の役割が限りなく小さくなるように思います。

例外事例や失敗データの入手が困難、そもそもデータ量自体が少ない、オペレータに高度な材料に関する知識が求められる、といういくつかの致命的な弱点がありつつもマテリアルズ・インフォマティクス(Materials Informatics:MI)が脚光を浴びています。ただし、MIである程度の「知能」を引っ張り出すことは可能かもしれませんが、知性を読み取ることは困難でしょう。材料の研究者に求められているのは、材料や物質の中に潜む(抑制されている)知性を引き出す(引き出させていただく)ことなのかもしれません。

材料に備わる特徴、硬さや色、電気や光の通し易さなど、私たちは多様な材料物性を利用して多くの「モノ」を生み出してきました。「想定した事態なら想定通り呼応できるモノ」に利便性を感じるのは確かですが、複雑な現実社会では多くの状況を想定する必要があり、それぞれの状況に応じた多種多様なモノを作り出す必要があります。

それに比べると人間はさして多様化も変化もせず、自身の臨機応変さを駆使して常に変化する世界で生き延びてきただけ、というのも興味深い事実ですが、今、材料にも臨機応変さという知性を見い出して活用しようとする流れが生まれつつあります。同じ刺激を与えれば同じ反応を返す従来型のモノづくりに留まらず、同じ刺激でも状況に応じて異なる反応を返す材料開発・モノづくりの研究が進んでいるのです。さて、これを材料の知性と言い切っていいのでしょうか。

中山知信(なかやま・とものぶ)物質・材料研究機構(NIMS)国際広報部門長

中山知信(なかやま・とものぶ)物質・材料研究機構(NIMS)国際広報部門長

来る11月23日に開催される「物質知性と共に育むサスティナビリティ価値創造」のセッション7(18時開始)では、物質・材料研究機構(NIMS)の若手研究者3名が「材料に知性はあるか?」をテーマに議論します。ぜひご参加ください(無料)。

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竹田 茂 (たけだ・しげる)

日経BP社の全ての初期ウェブメディアのプロデュース業務・統括業務を経て、2004年にスタイル株式会社を設立。WirelessWire NewsModern Timeslocalknowledgeなどのウェブメディアの発行人兼プロデューサ。理工系大学や国立研究開発法人など、研究開発にフォーカスした団体のウエブサイトの開発・運営も得意とする。早稲田大学大学院国際情報通信研究科非常勤講師(1997-2003年)、情報処理推進機構(IPA)Ai社会実装推進委員、著書に『会社をつくれば自由になれる』(インプレス、2018年) など。