June 8, 2026
村上 陽一郎 yoichiro_murakami
1936年東京生まれ。専攻は科学史・科学哲学・科学社会学。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。東京大学先端科学技術研究センター長、東洋英和女学院大学学長などを経て、現在、東京大学名誉教授、国際基督教大学名誉教授、豊田工業大学次世代文明センター長、一般財団法人日本アスペン研究所副理事長。2015年に瑞宝中綬章受章。膨大な数の著書・訳書・編著を誇るが、代表的なものに『科学者とは何か』『文明のなかの科学』『あらためて教養とは』『安全学』、シャルガフ『ヘラクレイトスの火』、ファイヤアーベント『知についての三つの対話』、フラー『知識人として生きる』『伊東俊太郎著作集』『大森荘蔵著作集』などがある。幼少より能楽の訓練を受ける一方、チェロのアマチュア演奏家としても活動中。
前項で生者と死者との関係に関して、幾つかの論点を指摘しました。本稿では、「ヒト」の定義に絡む生と死を考えてみたいと思います。と言っても、生物学的な「ヒト」の定義は「ホモ・サピエンス」という種の定義によって与えられていると考えてよいでしょう。ここでは社会的な意味での「ヒト」の定義です。この観点で、最も身近に問題になるのは、胎児は「ヒト」なのか、ということに絡みます。生物学的に見れば、人間の胎児が「ヒト」であることに一点の紛れもありません。しかし、社会的に見た場合、例えば胎児の殺害は「殺人罪」とは見なされません。日本の刑法では、胎児の殺害は「堕胎罪」を構成することはあっても、「殺人罪」のカテゴリーとは別扱いになっています。つまり刑法に関しては、胎児は「人間」ではない、別の生物なのです。
無論刑法でも、人間とは見なされない生物である胎児に関しても、その生命を妄りに奪うことが法的に「罪」に当たると規定しています。煩瑣に亘りますが、実際の文言を見てみましょう。条文は「自」殺的な場合(第二百十二条)と「他」殺的な場合(第二百十三条)とに分けて定められています。第二百十四条では行為者が職業的な場合の堕胎が別途に」規定されています
第二百十二条
妊娠中の女子が薬物を用い、又はその他の方法により堕胎したときは、一年以下の拘禁刑に処する。
因みに、ここで、最近までは量刑判断は「懲役刑」になっていましたが、実質上は二〇二五年施行の改訂版において「拘禁刑」に変更されています。「他」殺的行為の場合は次のようになります。
第二百十三条
女子の嘱託を受け、又はその承諾を得て、堕胎させた者は二年以下の拘禁刑に処する。
第二百十四条
医師、助産婦、薬剤師又は医薬品販売業者が、女子の嘱託を受け、又はその承諾を得て、堕胎させたときは、三月以上五年以下の拘禁刑に処する。
ここでは、刑を科せられる根拠については一切語られていませんから、「殺人」罪ではない理由も判然としません。また、人間の生命を与る医療関係者が堕胎を行ったときには、罪刑が重くなるわけですから、暗黙の裡に「人間の」生命への配慮があることは、歴然としています(例えば人間以外の生物の生命を与る獣医師などは、考慮の対象になっていませんから)が、胎児が「人間」であるとも書いてはありません。
殺人罪に関して、法学者は「保護法益」(ある種の行為を法律が禁じることによって、守られる利益、便益、価値などを指します)を「生命」とする、という形で理解するのが通例で、そのときこの法律の客体(いわば、法律が守るべき相手のこと)は「人」と解釈されています。
堕胎罪の場合は、当然客体は「胎児」で、保護法益は「胎児の生命」ということになりますが、そこで厄介な問題が生まれます。「人」と「胎児」とはどこで区別されるか。ここでも法律は明確な答えを用意しません。法学者でも意見は必ずしも明確ではないようです。従って、基本は判例ということになります。大まかにいうと、これまでの判例で、一応共通に落ち着いた答えというのは、刑法では胎児の「一部露出」段階で、民法では「全部露出」段階で、「胎児」は「人」へと切り替わる、と考えてよさそうです。
もっとも、そう決めたからといって、すべてが解決するわけではないでしょう。例えば胎児の段階で、深刻な障害が見つかり、しかも手術をすれば、治癒可能と判断された場合、子宮を切開して胎児を露出させた上で、当該の手術を行い、子宮を縫い合わせて、妊娠を続行させる、というようなことがないとは限りません。するとその胎児は、いったん全部露出されたのだから、その段階で「人」となり、術後、子宮に封じ込められた段階で再び「胎児」に戻る、というべきなのか。理論上はそうなりますが、どこか、不自然な感じが残ります。
ほかにも、問題はあります。例えば、妊娠中の女性を殺害した場合、刑法上殺人罪に堕胎罪が加算されて判断されるのでしょうか。少なくとも胎児は「人」ではない以上、被害者が「二人」ということにはなりませんが、堕胎罪の適用範囲になるのでしょうか。刑法上の表現は「堕胎した」もしくは「堕胎させた」という形をとっていて、それが目的として目指されていたことが明確です。勿論理屈を言えば、妊婦の殺害に当たって、加害者は、お腹の中の子供も殺す目的意識を持っている場合もありますから、なかなか話は厄介ですが、殺人罪では、「殺そう」とする目的意識の存在が成立与件の一つであり、その与件がない場合は「過失致死」などに当たることを考えると、上のような場合「過失堕胎」という罪過が成立してもよさそうに思いますし、さらに医療過誤で、胎児を死なせてしまった場合には、確かに「過失堕胎」は罪過となるはずですが、あまり聞いたことはありません。
民法上は、胎児は、例えば財産分与の対象となる、つまり相続権が認められています。ただ、条件があって、生きて生まれて、「人」となった瞬間に、その権利は発生することとされていますので、胎児の段階では、その権利は「潜在的」とでも言えばよいのでしょうか。
ことほど左様に、「胎児」の法的権利は、あやふや、というか、少なくとも「人間」扱いはされていないことになりましょう。
ただし、すでに明らかなように、「胎児」であっても、その生命は、法的に守られており、犯されれば、罪が生じることは明白です。ただ、殺人罪と違って、「胎児を殺す」こと、それがすなわち「堕胎」であるわけですが、その行為が法的に罪に問われない場合があること、それも法律によって定められています。かつては「優生保護法」として定められ、現在では「母体保護法」とされる法律がそれです。かつて敗戦直後の国会で、基本的には革新勢力とされる日本共産党や日本社会党の議員たちの手で、議員立法の形で成立したのが、優生保護法でした。比較的最近の国会で、むしろ進歩的とされる勢力によって批判され、保守勢力が、改定に踏み切らざるを得なかったのは、歴史の捻じれ現象と言えるでしょうし、皮肉なことでもありました。敗戦直後、主として海外の「植民地」と言われる地域では、戦中の反動として、日本人に対する激しい敵対行動が頻発しました。財産は奪われ、若い女性には強姦事件が数多く発生しました。従って、引き揚げ業務が始まって、主として北九州の佐世保など、引揚船の付く港の、引き揚げ業務を担当する公的機関では、そうして不本意な妊娠を抱えた被害者たちを引き受ける際に、法的には禁じられている堕胎を、実行せざるを得ないところに追い込まれていました。
実際、この時代に復員してくる兵士たちが、解放された日本で、求めたものを考えるとき、子供の数が増えることは目に見えていました。ただでさえ、引揚者も含めて人口の増加が懸念される時代に、生まれてくる子供の数を制御することは、ほとんど喫緊の政治課題でもありました。現代には悪名高くなった優生保護法は、敗戦後の日本社会にとって、重要な必要悪であったと言えます。
さて、現代に母体保護法として、胎児の殺害を法的に許容するこの法律は、母体にある時期のすべての胎児を対象としたものではなく、殺害の許容機関を「母体外では、その生命を保続できない時期」にある胎児に限っています。かなりの早産で生まれてしまっても、人工哺育器と医療技術の進化で何とか助けられることが多くなっている現代においては、実は、上のように規定されても、母体外で生命を維持できるぎりぎりの時、という認定は、そうした医療技術の進歩に伴って、極端に言えば時々刻々変化すると言わなければならないことになりましょう。
この曖昧な状況に、一応の決着をつけているのが、厚生省(当時)次官通達によって、二十二週未満とされていることは、広く知られています。次官通達ですから、法的に確定されたものではなく、変更が可能となっていることには、注意すべきでしょう。この規定は、二十一週と六日までの胎児の生命は、堕胎罪の適用をもともと逃れており、人間の都合で生かすも殺すも、特段の問題はない、と言われているように見えます。
脱線するようですが、ES 細胞という新しい概念が生まれた際に、一部の生命倫理学者たちは、強く反対の姿勢を示しました。ES細胞というのは、<Embryonic Stem Cell>の省略形で、幹細胞(Stem Cell)は、本来生物の組織の中に存在していて、ある組織がダメージを受けた際に、直ちに修復に働きだすことができる能力を潜在的に備えた細胞のことです。一般に生物体内の細胞は、それぞれの組織に特有の性質を備えています。骨の細胞は、分裂しても骨の細胞にしかなりませんし、肝臓の細胞も、同じように肝臓の細胞しか、分裂によって作れません。いわゆる「分化」してしまっています。しかし幹細胞は、「分化」の程度が極めて低くなっていますので、「万能細胞」とも呼ばれます。体外受精で生まれた受精卵は、母体の子宮に戻すタイミングが訪れるまで、通常凍結保存されますが、両親に当たる関係者が、もはや不要と判断し、廃棄の運命にある凍結卵(通常「余剰胚」と呼ばれます)を材料として、ES細胞は樹立されます。
余剰胚は、当然、その生命の保護が問題になり始める時期(二十二週以後)にない胚ですので、それを破壊してES細胞の材料に使うことは、関係法律が問題なく認めているところです。ところが、生命倫理学者の方々は、将来人間になる可能性を持った胚を、素材として利用することは倫理に反するから、止めるべきだ、と言われます。しかし、二十二週未満の胎児であろうと、将来人間になる可能性を持っていることには、聊かの違いもありません。
「二十二週」というのは、たまたま中絶を容認しなければならない、という現状を救うために定められた便法に過ぎず、倫理上の原理に照らしたものとは言えません。
こう考えてみると、「人の生命」という概念が、現実の世界の中では、簡単に割り切れるものではないことが判ります。
歴史的に見れば、日本では、胎児の扱いは、かなりルーズであった、と考えられます。ヨーロッパの宣教師たちが、来日し始めた初期のころ、キリスト教という宗教によって律しられていない社会であるにも拘わらず(!)、日本の社会が極めて高い倫理的な特性を持っていることに、(僭越にも)感嘆し、その印象を祖国に書き送っている例を、いくつも見ることができます。ただ唯一彼らが、折角の倫理性から激しく逸脱している、と批判するのは、堕胎と「間引き」とが、ごく当たり前に行われていることでした。
実際武家社会、特に江戸時代においては、「家」あるいは「家督」は長子として定められた男児に相続されて行きます。言い換えれば、禄米を藩から支給される、さらに言い換えれば、正当に生きることを保証されている男子は、家族の中で「長子」と認定された者のみでした。それ以外に生まれた男児は、何らかの機会に、長子となるべき男子を欠いている、他の「家」の女児のところへ婿入りして家督を継ぐことで、禄米を保証される以外(藩によっては若干の配慮があったとも言われますが)には、あるいは、勉学で頭角を顕して、藩校の先生に雇われる、というような稀な例を除いては、体制の中では生きるすべはなかったことになります。無論、極く稀に、富裕な禄高を有する家では、その禄高を分けて、「分家」を造り、その当主になるケースはあったでしょう。しかし、そうした幸運に恵まれなければ、生き延びることを許されたとしても、一生当主の庇護の下で飼い殺しのような(屡々「厄介叔父」と呼ばれました)生活を送る、さらには、当主の配慮で非公式に妻になる人をあてがわれることがあっても、その間で命を与えられた子供はすべて、堕胎、あるいは間引きによって、生命を絶たれるのが常識でした。いわゆる「お七夜」というのは、それまでに生き延びることを約束された子供だけが迎えるべき日だったことになります。
こうした習慣は、一面から見れば、資源の限界を前提にして、現在「生きて」いる人々の生存権を守るための、やむを得ない処置であったと考えられ、その点では、胎児・生まれた子供ばかりではなく、ある程度以上高齢となった世代に対しても、陰に陽に、「間引き」に近い棄民が行われてもいました。
もちろん西欧的な価値観の世界でも、ペストの流行時など、現在「生きている」人々の生存権をまもるために、患者となった人々が「棄民」される事例は、数多く報告されています。例えば十四世紀のペストのパンデミックな流行に際して、イタリアのレッジョ・エミーリアという町では、市条例によって、患者は生きたまま、郊外の定められた場所に遺棄され、それを搬送した人も、十日間は郊外に留め置かれ、市内に戻ることができない、とされました。
同じ考え方は、戦時や非常時におけるトリアージにも反映されています。トリアージでは、生命の徴候ははっきりと認められるのに、医療のリソースが限られている場合、医療の手を割くことができずに見捨てられる病者、負傷者が生まれます。
「生きて」いる側の生命の優先、という考え方は、決して、江戸時代の武家社会だけのものではありません。極めて普遍的にどこでも見られることであります。ただ、胎児や生まれたばかりの子供への、上に見たような扱いが、キリスト教の宣教師たちにとって、許し難い思いがあったのでしょう。
話を現代の母体保護法に戻します。では、その生命の保護が必要になり始める二十二週未満の胎児について、その殺害が法的な罪過とならない場合を認める、とする理由付けは何なのでしょうか。一つは、脅迫による不同意の性交や、強姦によって生を受けた胎児の存在は、それ自体が存在の基礎を持たないとされるからです。そうした不幸な出発点を持つ胎児の生命といえども、等しく生存の権利は保証されるべき、という生命尊重の原理は、あり得るでしょう。実際は、ここでも、そのような出発点を持つ子供を産んだ立場の人間の、心理的、社会的、経済的不都合、それが配慮されていることは明らかです。言い換えれば「生きている」側の権利が優先して尊重されていることに違いはありません。さらに問題なのはもう一つの条件で、妊娠の継続や分娩が、身体的又は経済的な理由で、母体の健康を損なうと考えられる場合、ということになります。
母体の健康の保持のため、と一応理屈はついていますが、この法律の前身である優生保護法が戦後まもなく国会で承認された際には、要するに、子供を持つ、ということ自体が、両親に当たる家族の存続・生存に決定的なダメージとなるという、日本が極端に貧しかった時代に、緊急避難的な意味で設けられた理屈でありました。ここでは「既に生きている」側の生存が、徹底して優先されています。
ただ、問題があるとすれば、そうした極度の経済的貧困からは脱却して久しい日本社会において、未だに、優生保護法に代わる母体保護法にあっても、この経済条項が堂々と生きている、という点にあります。再考の余地はないのでしょうか。