© Shigeru Takeda, Courtesy of Schrodingers.jp
Hope on the Rails
August 25, 2026
竹田 茂 shigeru_takeda
日経BP社の全ての初期ウェブメディアのプロデュース業務・統括業務を経て、2004年にスタイル株式会社を設立。WirelessWire News、TeleGraphic、localknowledgeなどのウェブメディアの発行人兼プロデューサ。理工系大学や国立研究開発法人など、研究開発にフォーカスした団体のウエブサイトの開発・運営も得意とする。早稲田大学大学院国際情報通信研究科非常勤講師(1997-2003年)、情報処理推進機構(IPA)Ai社会実装推進委員、著書に『会社をつくれば自由になれる』(インプレス、2018年) など。
私がまだ小学生の頃、事前の約束などない時代に、自宅から徒歩1分くらいのところにある友人のところへ遊びに出かけ、彼が不在の時は、さらにそこから5分程度の北陸本線の線路まで足を延ばし、冷たい鉄路に耳を押し付け、列車がやってくる気配を独り静かに待っていたりしたものです(真夏はレールが熱くなりすぎるのでできません)。しばらくすると遥か遠くから「シュンシュン」という小さな音が微かに聞こえ始め、そしてその音が少しずつ大きくなってきます。列車がこちらに近づいてきているのです。映画『スタンド・バイ・ミー』(原題: Stand by Me)のようなドラマチックな展開は全くないのですが、この音の記憶は今でも鮮明で、この音に併せて昂っていった興奮は、誰とも共有できない自分だけの財産のような気がします。
鉄道の最大の魅力は、車両や駅舎ではなく、線路( Rails)にある、と確信しています。軌道の先に、希望に満ちた目的地が待ち構えていてくれることに対する安心感、軌道と最終到着地が“確定”していて、途中で寄り道したり、行先を変えたりすることなく、乗客を最後まで確実に運ぼうという強い覚悟と約束の可視化。ローカル線はこれから衰退の一途を辿り、高齢化社会における移動手段は(EVの)自動運転車が主流になるはずで、ローカル線の中に未来を見出すのは困難ですが、この「可視化された軌道がもたらす希望」のようなものは(それが残念ながら“鉄道”ではない、としても)、なんらかの代替手段で実装しておくと、少しだけ幸福感が増すかもしれません。
昨日(8月23日)の日曜美術館(NHK)は、日本を代表する鉄道写真家の広田尚敬(ひろた・なおたか)さん(90歳)の特集でした。広田さんといえばなんといっても蒸気機関車の写真(集)でしょう(私も何冊か所有してます)。彼が撮影する蒸気機関車はもはや機関車というよりは、高度成長期の日本を力強く牽引する得体の知れない、けれども頼りになる生き物に見えてきます。そしてそれ以上に印象的なのは、その鉄道を利用している乗客の表情、機関士の強くて優しい眼差し、そしてその線路の周辺で生活を営む地域の人たちの楽しさ、がしっかり写しとられていることです。彼が撮っていたものは鉄道写真というよりは、線路を中心に展開していた地元の生活あるいは働き方だったのではないかと思います。
「写真集の夜」をご一緒させていただいている飯沢耕太郎さん、そして(私が)敬愛する写真家であるハービー・山口さんが語る広田さんへの熱い想いと鋭いコメントも見所の番組になっています。「日曜美術館/鉄道のくにを撮る 写真家 広田尚敬」は8月30日(日) の午前9:45までこのリンクで配信されています。見逃された方はぜひご覧ください。鉄道ファンではない方でも楽しめると思います。日曜美術館を視聴していて涙腺が緩んだのはこれが初めてかもしれません(笑)。
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上の写真は、松本からやってきた、新宿に向かう上りの特急「あずさ」が小淵沢駅のホームに滑り込む直前に撮影したものです(撮影日:2026年5月)。これからこの「あずさ」に乗り込むのであろう女性の後ろ姿の中に、期待よりは少し不安の方が多いかも、と思わせる様子を感じ取り、シャッターを切って見ました(実際はどうなのかは全く知りませんよ、もちろん)。こういう写真を見ていただくと、写っているのは、実はファインダーを覗いている私(竹田)自身だ、ということがよくご理解いただけるかもしれません。