名古屋大学大学院教育発達科学研究科・准教授の内田良先生が、組体操ピラミッドは土台の生徒にかかる負担が大きいため、危険である、と指摘した記事が話題になっています。
組体操 高さ7m、1人の生徒に200kg超の負荷 10段・11段...それでも巨大化を目指しますか?
この記事を見て、ああ、いまだに日本の学校ではあれをやっているのか、平和だねえと他人事の様に思った次第です。小学生だった当時ワタクシも組み体操をやらされましたが、毎回毎回ピラミッドの一番下だったので、運動会前になりますと、毎日の様に地球消滅の祈祷を欠かさなかったのを覚えております。
さて、これがガイコクだったらどうなるかでありますが、欧州だったら「うっほうっほ!!」と大喜びしながら組体操にまつわるトラブルをウオッチする法律屋さんが湧いてくるでしょう。いい商売のネタですから。こんなピラミッドが危ないかどうかなど話題にすらなりません。いちいち分析しなくても見るからに危ないではないですか。(いちいち真面目に分析して議論してしまっているところが日本らしいですね。何にでも過剰に真面目)
イギリスには様々な弁護士事務所がありますが、教育法違反や学校に対する訴訟を得意とする事務所というのがあります。こういう専門事務所の商売が成り立つというのは、それだけ学校を訴える訴訟が多いということです。この様な事務所の弁護士を雇うための相場は相談が£300(5万円)、ドキュメントのレビューが£500(8万5千円)また弁護士の時給は£180(3万円)から£200(3万4千円)程度です。
こういう事務所を使って学校を訴えるのには様々なケースがありますが、最も多いのが子供が学校で怪我をした場合です。学校側の監督責任や、法令を遵守しているかどうかを元に訴訟を起こします。生徒が停学や放校になった場合も不服として学校を訴えることが少なくありません。また、大学を訴えることも少なくありません。学生が大学側に不当な扱いをされた、大学側が人種差別をしている、大学側が障害のある学生に配慮をしなかった、大学側の成績のつけ方が不適切である、などです。とりあえず、何でもかんでもいちゃもんをつけてみるわけです。
証拠がそろっていると学校側が負けることがあるんです。学校側が負けた場合、賠償金を支払うだけではなく、管理監督責任のある教員が解雇になったりします。
賠償金は安くはありません。例えば、公開されているケースでは、子供が学校のグラウンドで走っていて転んで骨折した場合賠償金が300万円、学校の薔薇の刺を指に指して怪我をして賠償金50万円などです。この様な訴訟で子供側が得た賠償金は2010年には3億2千万円に及びました。
なお、この様に親や生徒が学校を訴えるのが当たり前になってきているので、イギリスでは生徒への体罰や暴言というのは「あり得ないこと」になっています。倫理上どうか、というよりも、訴訟リスクがありすぎるからなんです。80年代までは先生が生徒を叩いたり、厳しく注意するのが当たり前だったのですが、近年では、この様な訴訟が少なくないため、生徒に対しては波風を立てない様に対応するのが当たり前になっています。
この傾向は職場でも同じです。安全管理基準(Health and Safety)が年々厳しくなっている上、ここは訴訟社会で職場を訴えるのが当たり前、職場が負けることも結構あるので、従業員の安全と健康管理には注意をはらいます。また、訴えられない様に職場で事細かいルールを決めるわけですが、それでも「机の高さがおかしいから背骨がおかしくなった!賠償金払え」「キーボードの角度がおかしいから腱鞘炎になった。仕事できないから半年病欠するわ(もちろん有給)」などという人々がボロボロ湧いております。
最近は安全管理基準が行き過ぎてしまって、以下の様なアホらしい状況になっています。
転倒事故を防止するためオフィス内でのビーチサンダルの着用を禁止
窒息する可能性があるので綿飴の棒は禁止
高さが3インチたりないので公園のベンチを廃棄
ドングリに紐を付けて殴り合う場合はゴーグルを着用しなければならない
緊急避難時の転倒を防止するため市営住宅のドアの外に足ふきマットを敷くことを禁止
転倒事故の可能性があるので校庭で走ることを禁止
ボールが飛んできますよと言う看板が不十分だったので £120,000 (約2000万円)の罰金を支払う
安全基準違反になるため店にナイフをおいておらずお客さんがサンドイッチを半分に切ってもらえなかった
政府自ら「 Elf and Safety Madness」(小人さんと安全の狂気)という地図を作製して、イギリスの職場における安全管理義務規則が、いかにアホらしい状態になっているのか、という自虐ギャグをやっているほどです。役所が自虐をやってくれる所がさすが大英帝国です。
さて、イギリスは職場や学校の安全基準がこんな狂った状態になってしまっているわけですが、大陸欧州もこんな感じです。従業員を守るため倫理的にやっているというよりは、役所の命令に従って渋々ルールを作ってやっている、訴訟のリスクを避けたいから、という場合が多数なわけです。
しかし狂っているにしても、こういうルールが事細かにあるので、日本の様なサービス残業とか、デスマーチというのはまれであります。学校でも体罰や無理な運動、無理な行事というのはあまりありません。学校の場合、ルールがなくても、無理な運動やら行事を生徒に強いると、先生や学校のスタッフが、生徒や親に殴打されるという可能性があるわけですが。
組体操がいまだに議論になってしまっている、というのは、日本の学校では先生やスタッフが生徒や親に殴られたり訴えられることがあんまりないということを反映しているわけで、職場でブラック労働がなくならないのも、経営者が従業員に刺されないからなのでありましょう。
なお、日系企業が海外で商売をやる場合、現地の安全基準法や慣習を十分理解していなかったがために、従業員の恨みをかったり、訴えられたりということが多数ありますので、細心の注意が必要です。
最近はローカル化している組織が少なくないわけですが、着任したばかりの駐在員や、日本から短期でやってくる人の中には、日本と同じ基準を押し付けてしまうことがあります。
暗闇で従業員に刺されない様にキーボードの角度には注意してあげて下さい。
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登録はこちらNTTデータ経営研究所にてコンサルティング業務に従事後、イタリアに渡る。ローマの国連食糧農業機関(FAO)にて情報通信官として勤務後、英国にて情報通信コンサルティングに従事。現在ロンドン在住。