米FCCの「ネットワーク中立性」ルール - 映像配信サービスヘの影響は?
2011.01.18
Updated by Kazutaka Shimura on January 18, 2011, 14:00 pm JST
2011.01.18
Updated by Kazutaka Shimura on January 18, 2011, 14:00 pm JST
米国の連邦通信委員会(Federal Communications Commission:以下、FCC)が12月21日に「Open Internet Order」と呼ばれる提案を承認した。この規則(Order)のなかで重要なのは、固定線(有線)を通じたインターネット・トラフィックについて、通信事業者(ISP)によるユーザーへの従量制課金を認めた点、ならびにモバイル・ブロードバンドについて、有線インターネットよりは緩い措置になっている点のふたつだ。
FCCのジュリアス・ゲナコウスキー(Julius Genachowski)委員長は「インターネットはオープンで誰もが自由に利用できなくてはならず、それがイノベーションの源泉となり、米国の競争力が維持される」という考えを持っている。だが、インターネットのネットワークインフラを提供する米国の通信事業者やケーブルテレビ(CATV)事業者各社は、ゲナコウスキー委員長のこの考えに反対してきた。なぜなら、多くの事業者が月額定額制でサービスを提供しているために、インターネットの利用が増えても、それが売上の伸びにつながらず、トラフィックの増大に対応するための新たな投資や運用にまわす原資を確保しにくいと考えているからだ。
いっぽう、グーグル(Google)やフェイスブック(Facebook)をはじめとするウェブサービス提供各社は、インターネットが自由に使えたからこそ、新しい事業を立ち上げ、急速に成長させることができたといえる。だから、こうしたIT企業はオープンなインターネットの維持に賛成の姿勢を示している。
そして、通信事業者やCATV事業者が、IP電話や、大量のコンテンツを配信するインターネットサイトの利用を制限していることが発覚してから、このオープンで自由なインターネットの在り方をめぐって、表現の自由とビジネスモデルの観点からいろいろな意見が発表されてきた。これが、いわゆる「ネットワーク中立性」("Network Neutrality")の議論と呼ばれるものである。
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米国のオバマ大統領は、2009年に現職に就任する前から、このオープンで自由なインターネットを守ると公約してきた。だから、同大統領就任から現在に至るまで、大手通信事業者やIT企業、消費者団体は、それぞれの立場で活発に議会や連邦政府の関係者に対する働きかけ(ロビイング活動)を行ってきた。
オバマ政権と、その意を汲んで行動しようとするゲナコウスキー委員長にとって痛手だったのは、2010年4月に「FCCの権限が、インターネットには及ばない」とする裁判所の判決が出たことだ。これは、2007年にCATV最大手のコムキャスト(Comcast)が、自社の接続サービスに加入するインターネットユーザーに対し、P2P方式で映像コンテンツなどを配信する「ビットレント」(BitTrent)の利用を制限した件で、FCCがコムキャストとビットレントに対し、協調して問題を解決することを求めた裁定に関連したもので、コムキャスト側がこの裁定に異議を唱えて訴訟になっていた。裁判所でFCCの裁定が覆された結果、「インターネットを自由でオープンな場に保つ」という政策をFCCは推進しづらくなっていた。さらに、大手通信事業者寄りの意見に賛同することが多い共和党が、今年11月の中間選挙で下院議会の過半数を押さえたことも、FCCにはさらなる痛手となっていた。
今回承認された「Open Internet Order」について、FCCのゲナコウスキー委員長は、下記の6つのポイントを挙げている。
これらのポイントを見ると、通信事業者による特定コンテンツの排除を禁じるいっぽうで、彼らに利用帯域の制限やコントロールは認めるとの内容になっており、通信事業者側の利害にある程度配慮しつつ、表現の自由を保障した格好といえる。また、今後さらに利用が増加するモバイルブロードバンドについても、インターネットのオープン性を維持することを求めている。
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インターネットの利用料金が従量制になると、映像配信やオンラインゲームの利用を躊躇(ちゅうちょ)するユーザーが増える可能性がある。また通信事業者が自ら映像コンテンツ配信やゲームサービスの提供をはじめ、しかもその価格設定を競合するサードバーティよりも低く抑えることで、シェアを伸ばすかもしれない。
しかし、そうした市場環境では、小資本のベンチャー企業が育たず、イノベーションは生まれなくなってしまう。インフラを提供する通信事業者の垂直統合型の競争優位性が高まるからだ。そうなると、映像ビジネスは放送方式のほうが優位になる可能性も生まれる。
米連邦通信委員会(FCC)による「Open Internet Order」のなかで、最大のポイントは、前述の通り、通信事業者に一般ユーザーへの従量制課金を認めた点にある。この決定が、インターネット経由の映像配信ビジネスに及ぼす影響としては、次のような可能性が考えられる。
まず、ユーザーはインターネットの映像消費時間を少しだけ減らすだろう。大量に映像を見ているユーザーは全体のごく一部、数%に過ぎないが、彼らの映像消費時間は減少する。
次に、通信事業者にとって、従量制課金の導入は一般的なユーザーに対するインターネット利用時間やデータ通信利用量の抑止力となるだろう。たとえば、AT&Tのモバイルインターネットの利用料金は、1ヶ月で2GB以上使うと、1GBあたり10ドルずつ課金される仕組みになっている。一般的なユーザーにはほとんど関係ない話だが、それでも彼らが映像をもっと見たいという動機づけにはならない。
そして、映像配信サービスを広告モデルで運営しているフールー(Hulu)やユーチューブ(Youtube)といった各社は、自社の成長性を少しだけ小さく見積もる必要が出てくる。単価の低いインターネット広告を収入源にして、将来の成長性を確保するには、ユーザーに大量にコンテンツを消費してもらわなければならないからだ。ユーザーは、ネット接続料金が固定制ならば、安心して大量のコンテンツを見るだろうが、従量制課金に移行すれば、視聴するコンテンツを選別することになるだろう。そのため、コンテンツ視聴を促すプロモーションをしても効果は限定的だろう。
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では「放送系の映像配信ビジネスが勢いを盛り返すか」というと、そうとも言い切れない。FCCでネットワーク中立性について議論された前日の12月20日、クアルコム(Qualcomm)は、大手テレビ局のコンテンツを有料配信するモバイル放送ビジネス「FLO TV」を2011年3月に終了するのに伴い、FLO TV用に保有していた周波数帯域を19億2500万ドルでAT&Tに売却すると発表した。FLO TV事業は、累計の営業損失が10億ドル以上あり、カバーエリアも会員も伸びていなかった。
米国では、大手テレビ局が放送の1日後に番組をインターネットで無料配信している。つまり、ユーザーはオンデマンドで自分の好きな番組を見ることに慣れている。そのため、インターネットが従量制課金になったからといって、時間編成でコンテンツを配信する放送モデルに戻るのは難しいだろう。
もし放送系の映像配信ビジネスが勢いを盛り返そうとすれば、従来の放送モデルを、ウェブのオンデマンドサービスに近づけるタイプのサービス--たとえば夜中に端末に映像コンテンツをダウンロードさせ、ユーザーがオンデマンドで見ることを可能にするようなサービスなどを考えることが必要だ。
今回のFCCの決定は、今まで映像配信ビジネスを拡大させてきたフールーやユーチューブ、そしてネットテレビを売り出そうとするメーカーにとって、市場拡大を少しだけ弱める影響があると予想される。
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登録はこちら情報通信総合研究所主任研究員。1991年早稲田大学卒業、WOWOW入社。2001年ケータイWOWOW設立、代表取締役就任。2007年より情報通信総合研究所で、メディア、インターネットの海外動向の研究に従事。2000年エモリー大学でMBA、2005年高知工科大学で博士号を取得。文系・理系に通じ、さらには国内外のメディア事情、コンテンツ産業に精通。著書に『ネットテレビの衝撃―20XX年のテレビビジネス』(東洋経済新報社)『明日のテレビ チャンネルが消える日』(朝日新書)がある。