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2016年は書籍の定額配信サービスの元年となるのか

2016.08.26

Updated by Satoshi Watanabe on August 26, 2016, 17:42 pm JST

いずれスタートするだろうけれどもさていつだ?と議論が交わされていた本の定額配信サービス、Amazonの「Kindle Unlimited」が日本でも開始された。

奇しくも定額の配信サービスのリリースが続いたことから、2015年は定額制音楽配信サービスの元年であるとの言い方がしばしばされる。引き続いて、2016年は本の定額配信サービスの元年となるのであろうか。

◇ リリース一カ月経ってのユーザーの声

8月3日のサービスリリースから概ね一カ月が経とうとしているが、現時点でのユーザーの反応を見ている限りポジネガまばらである。ネガ側で良く聞かれる声としては、ラインナップがいまひとつであるとのものである。8月10日ごろにコンテンツの間引きが行われたのか、一部書籍へのアクセスが出来なくなっていた。想定外のリストがKindle Unlimitedに含まれていることに気づいた出版社側からの取り下げの依頼があったものか、Amazonのサービス方針の調整なのか原因は分からないが、いずれにせよ、少なくなったラインナップへの不満が各所から聞こえた。

定額制サービスは、言うなればレンタルビデオ/DVDにおける旧作コーナーに近いため、最新作を期待出来ないのはもちろんのこと、どっぷり本読みの人や専門家には不足を感じるであろうラインナップになっている。専門家(?)の事例については例えば姉妹媒体であるマガジン航のこちらの記事を参照頂きたい。

ポジ側の声としては、そうはいっても幅広くあれこれ読むには便利であり、分野を広げて乱読するには最高であるとの反応も少なからずある。

音楽配信の分野でも、特定のアーティストが好きでどうしても入ってないと嫌だ、とのユーザーやスーパーヘビーリスナーにとっては定額配信サービスは不足感を感じ、相応にヘビーリスナーであり音楽に毎月お金を払うにやぶさかではないが、さりとて特定のアーティストにものすごくこだわりがある訳ではない、との雑食型のユーザーにウケている様子がうかがえる。
(余談であるが、むろんウルトラヘビーリスナーになると定額制を含めて複数の音楽サービスを並行利用しているが、全体割合からするとそうは多くない)

総評としては、品揃え発展途上の図書館との解釈が近い。10冊まで借りて(?)読めるとの作りからも実に図書館的である。ユーザーの取り合いでもっとも影響を受けるのは、もしかすると図書館サービスかもしれない。

◇ 書籍販売のデジタルエコシステム

定額制も含めたデジタル配信のチャネルが出てきたことで、書籍流通の仕組みは概ね以下の通りにこの10年強で入れ替わることになった。

・デジタル配信前: ハードカバー⇒文庫本(ペーパーブック)
・デジタル配信後: ハードカバー+デジタル配信⇒文庫本(ペーパーブック)+デジタル配信⇒定額配信

デジタル配信が出てきての大きな変化は、一度デジタル化されたものについては、絶版の可能性が減ることである。出版点数が2010年代には年間8万点を超える状況では、定番になりそうもないものはあっさりと手に入らなくなる。

60年近くに渡る書籍のジャンル別出版点数動向をグラフ化してみる(2015年)(最新)

旧作で多少割引されているとはいえわざわざ買うのは気が引ける、というくらいのコンテンツは、定額制になるとユーザーが気軽に手を出すようになる。文庫になり定番の一角に入ることはなかったものの、特定世代に当時それなりに売れた、という本や漫画は多い。こういった旧作マイナー資料はデジタル化するコストの壁さえ超えられれば定額制には相性が良い。

その昔から「本は文庫落ちしてからゆっくり読む」との読書スタイルのユーザーは一定数いた。同じように、デジタル定額落ちしてから本も漫画も読む、とのスタイルが出てくるのであろう。

新作話題性を特に気にすることなく、多少古くてもいいので自分の目利きで本を読んでいく、あるいは定額なので多少外れても別に、との読者にとっては大変に幸せな時代が音楽に続いてやってきていることとなる。

これはつまり、書き手にとっては、「新人アーティストのライバルはビートルズとマイケルジャクソン」との状況が書籍出版分野でも強くなることでもあり、少々受難の時代であるとも言える。

さてでは、業績を伸ばしつつあるEC事業者やデジタル配信事業者はともかくとして、出版社にとっては福音となるのかさらなる体力勝負への号砲なのか。2017年以降も定額サービスが継続されるかは、この点にかかってるように思える。

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渡辺 聡(わたなべ・さとし)

慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任助教。神戸大学法学部(行政学・法社会学専攻)卒。NECソフトを経てインターネットビジネスの世界へ。独立後、個人事務所を設立を経て、08年にクロサカタツヤ氏と共同で株式会社企(くわだて)を設立。大手事業会社からインターネット企業までの事業戦略、経営の立て直し、テクノロジー課題の解決、マーケティング全般の見直しなど幅広くコンサルティングサービスを提供している。主な著書・監修に『マーケティング2.0』『アルファブロガー』(ともに翔泳社)など多数。