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中南米編(1)中南米携帯業界の二大勢力

2010.06.24

Updated by Michi Kaifu on June 24, 2010, 16:00 pm JST

○多くの国が存在しながらも文化的にはきわめて同質性の高い中南米では、国をまたがった携帯キャリア持ち株グループが形成されている。二大勢力としてテレフォニカとアメリカ・モビルが挙げられる。

○後者のアメリカ・モビルは、カルロス・スリムという地元の大富豪を中心として勢力を伸ばした特殊な例である。

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(cc) Image by Minamie's Photo

1. アメリカ・モビルとテレフォニカ

中南米と一口に言っても、ブラジル、メキシコ、アルゼンチンなどと主要国がいくつもあり、さらに中小国まで含めると数多い。それぞれ、政治体制、産業、国民性も多様である。それぞれの国が個別に米国や欧州の国と取引したり人が行き来したりする関係が強く、域内国同士は近くにあっても意外につながりは弱い。

とはいっても、ほとんどの国が(カリブ沿岸を除き)過去にはスペインの支配下にあったため言語は同じで文化の共通性もあり、大きな例外であるブラジルでも、ポルトガルの言語・文化はスペインに近く、宗教もほとんどすべてカトリックで統一されている。地理的にもまとまっており、現在では国同士の大きな政治紛争もなく、中近東やアフリカなどと比べ、地域内の同質性は極めて高い。

こうした文化的な背景も手伝って、中南米では国をまたがった「携帯キャリア持株グループ」が大きく形成されている。一つはメキシコの大富豪カルロス・スリム(世界編第三回参照)傘下のアメリカ・モビル、もうひとつは旧宗主国スペインの旧国営電話会社テレフォニカである。

世界編第三回で紹介したように、新興国市場では植民地時代の旧宗主国が投資して成功している例が多く、テレフォニカはその典型例である。これに対し、アメリカ・モビルは地元の大富豪を中心としたグループで、世界的には特殊な例であると同時に、「新興国の台頭」という時代の流れの象徴でもある。

この二つのグループは、電話民営化の入札やオークションに参加するところから開始し、その後は買収を重ねて規模と範囲を拡大してきた。これにより、インフラ機器や端末の数量をまとめて購入コストを下げ、資金調達を有利にし、域内での人やノウハウの流通によるシナジー効果を出している。

2008年末時点の加入者総数(持株100%でない場合は持株比率で加重したもの)では、チャイナ・モバイルとヴォーダフォンに続き、アメリカ・モビルは世界第三位、テレフォニカは世界第四位に位置する。多くの国にまたがる多国籍携帯キャリアとしては、旧大英帝国領内に広がるヴォーダフォンに次ぐ2社である。

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出典:America Movil、各社財務発表を元にENOTECH作成

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2. アメリカ・モビルの運営規模

201006241600-3.jpgアメリカ・モビルは、中南米だけで合計1億7200万、米国のTracfoneを合わせると1億8200万のモバイル加入者(2008年末現在)を持つ。GSM系技術で中南米17ヶ国に展開しており、展開国全体におけるシェア(17ヶ国の同社持株加重済み加入者数をこれらの国の携帯加入者全体数で割ったシェア)は46%(2008年末)に達する。

メキシコシティに本社を置き、同社の投票権つき株式の50.4%は、カルロス・スリムとその一族が保有、23.4%をアメリカのAT&Tが持ち、株の一部はメキシコとアメリカで上場している。本拠メキシコの他、地理的に近い中米5カ国、コロンビア、エクアドルなどの「北部中南米」で特に高いシェアを持つのが特徴であり、また中南米最大の市場、ブラジルにもオペレーションを持つ。

201006241600-4.jpg出典:America Movilウェブサイト、ITU発表資料を元にENOTECH作成
中米:グアテマラ、エルサルバドル、ホンジュラス、ニカラグア、パナマ
南米南部:アルゼンチン、パラグアイ、ウルグアイ
カリブ:ドミニカ共和国、ジャマイカ、プエルトリコ

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3. アメリカ・モビルとカルロス・スリムの立身出世物語

Carlos Slim Helú
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カルロス・スリムは、オスマン・トルコ支配下から逃れてメキシコに移住してきたレバノン人の父親のもとに生まれた。父親は個人商店から始め、不動産投資などで財を成し、カルロス自身も不動産や種々の産業向け投資を行い、建設・鉱業・小売など各種の事業を傘下にもつ、典型的な新興国の財閥を形成した。

世界編第三回で紹介したように、1990年メキシコでは、東欧・中南米の電話会社民営化ブームのさきがけとして、国営電話会社テルメックスの民営化入札を実施した。民族資本がマジョリティを持つことが条件であったため、スリムはサウスウェスタンベル(現AT&T)・フランステレコムの地元パートナーとなり、同社を落札した。テルメックスは、新興国にありがちな、非効率経営の典型的な国営キャリアではあったが、他に例のない莫大な宝の山があった。米国にいるメキシコ移民からの国際電話である。米国発の国際電話をメキシコ側で着信させると、米国の発側電話会社は、テルメックスに接続料金を払う。メキシコ発米国着のトラフィックは極端に少ないため、圧倒的に米国側の持ち出しとなり、テルメックスにとっては自分で営業もせず、ただ着信させるだけでよい「不労所得」であった。この好業績を背景に、スリムとAT&Tのチーム(フランステレコムはまもなく撤退)は、中南米各国の携帯電話会社を落札・買収にかかった。1999年には、米国のMVNO、Tracfone1を買収している。

2000年に、当時保有していたメキシコ、グアテマラ、エクアドル、米国のキャリア株をアメリカ・モビルに持たせてテルメックスからスピンオフ。その後も、新規の周波数入札に参加する他、過去に外資(米国のベルサウス、フランステレコム、テレコムイタリアなど)が落札したが持ち切れなくなった持分を積極的に買い集めて回った。2000年代前半、米国の長距離キャリアの凋落局面では、メキシコでの提携関係を利用してスリムが一時米国のMCIの筆頭株主となったこともある2

デジタル携帯導入による効率化と、各国の経済成長に合わせ、アメリカ・モビルは急成長を遂げた。2000年のスピンオフ時に13%であった展開国平均普及率は、現在では82%に達している。これに伴い、親よりも規模の大きくなったアメリカ・モビルは、2010年1月に、旧親会社テルメックスを買収している。

こうした経緯を経て、アメリカ・モビルの株価が膨れ上がり、カルロス・スリムは世界一の大富豪となった。アメリカ・モビルも、中南米域内でテレフォニカと競争しながら、引き続き順調に成長を続けている。

  1. Tracfoneは、現在1120万人のユーザーを持つ、米国最大のMVNOである。プリペイド、中南米移民などのサブプライム層向けを特徴とし、同社ブランドの国際電話プリペイドカードとともに、スーパーマーケットなどで販売されている。教育レベルの低い移民は、字を書くのが苦手なため、今でもメールでなく音声が中心である。
  2. その後、MCIがベライゾンに買収され、スリムの持分もベライゾンに売却した。

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海部美知(かいふ・みち)

ENOTECH Consulting代表。NTT米国法人、および米国通信事業者にて事業開発担当の後、経営コンサルタントとして独立。著書に『パラダイス鎖国』がある。現在、シリコン・バレー在住。
(ブログ)Tech Mom from Silicon Valley
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