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[特別寄稿]世界のエネルギーインフラを変革する、超伝導直流送電

2011.04.22

Updated by WirelessWire News編集部 on April 22, 2011, 12:00 pm JST

現代文明は電気という便利なエネルギーに依存している。だが、電気は長距離の送電損失が大きく溜められないという欠点がある。中部大学 超伝導・持続可能エネルギー研究センターの山口作太郎教授らが進めている「超伝導直流送電」が、こうした事情を変えるかもしれない。超伝導直流送電技術で地球規模の電力網を構築すれば、エネルギーを安定供給できる可能性があるというのだ。現在、中部大学では200m級の超伝導直流送電プロトタイプを建設し、実用化に向けた研究を行っている。

どうしてこれまでの送電は、交流だったのか?

▼中部大学の200m級超伝導直流送電プロトタイプ。手前にある2つのタンク上の容器は、電源などをつなぐための端末容器。画面奥にあるタンクは液体窒素の冷却循環装置だ。
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火力発電所や原子力発電所、水力発電所で作られる電気は交流で、日本国内では基本的に交流で送電されています(*)。さまざまな研究機関や企業で研究されている超伝導送電についても交流です。超伝導技術の前に、まず直流で送電するメリットを教えていただけますか?

通常の送電に関して説明すると、長距離の場合、直流の方が送電損失は少なくなります。

電気を使う側を見ても、実はほとんどが直流を使っています。家庭用なら7〜8割、工場やオフィスなら9割以上が直流です。

掃除機やエアコンなど、ほとんどのモーター類は交流ですよね。

そうなのですが最近のモーターは回転数を調整できるようになっているでしょう。あれは交流をいったん直流に変換し、VVVFインバータ制御という技術で任意の周波数/電圧にして、再度交流に変換しているのです。モーターの回転数を調整しようとすれば、必ず直流に変換することになります。また、データセンターでは直流給電を利用することで途中の交流-直流変換によるロスを減らせるため、電気代を20%程度節約できます。

もう1つ大きなポイントは自然再生可能エネルギーです。太陽光発電で生じる電気は直流ですし、風力発電も大型に関しては直流になります。風力発電では風によって風車の回る速度が変化するため、交流では扱いづらいのです。

19世紀後半、直流送電を提案したトーマス・エジソンと、交流送電のニコラ・テスラが対立しました。最終的に交流送電の方が技術的に優れていたため、広く使われるようになったのではないでしょうか? 交流送電なら電圧変換が簡単なので、発電所から高電圧で送電し、途中の変電所で電圧を下げて家庭に届けることができるというメリットがあるのでは?

はい。30年前までであれば、その通りです。しかし30年くらい前から、パワー半導体技術が急速に進化し、パワートランジスタなど大きな電力を扱うための技術が登場してきました。変圧器による交流の電圧変換効率は99%ですが、直流でも98.5%になっており、ほとんど差がありません。

日本では地域ごとに電力会社が分かれており、発電所からの電力を電圧を変えながら送電するようになっています。直流送電はこれまで行われてきませんでした。

日本でも本州と北海道、本州と四国などの海を渡る長距離送電は、送電ロスを減らすために直流で行われています。また、すでに中国における送電網への投資のうち、2/3は直流です。これに対して日本は99%が交流です。世界的にも同様な傾向であり、長距離送電に関していえば、中国の方がスマートになりつつあり、日本はガラパゴス化しているといっていいでしょう。100年以上前に開発されたテスラの技術と基本的には同じです。

日本では地域ごとに電力会社が分かれていますが、日本くらいの面積であれば送電を行う会社は1つで十分なはずなのです。中国では発電会社と送電会社、給配電会社が分かれていますが、あの広い国土で送電会社は3つだけ。送電は広域で行った方が、電力を融通しやすくなります。特に、出力が不安定な再生可能エネルギーなどでは広域連携を行うことで平滑化ができます。

現在の日本の送電網では、東日本大震災によって東京の電力が不足しても、関西や九州の電力を送ることができないでいます。

最近では、不安定な自然再生可能エネルギーを効果的に利用し、送電網を最適化するためにスマートグリッドが注目されていますね。

スマートグリッドは何も米国発というわけではないんですよ。北海道大学の長谷川淳教授らのFRIENDS(Flexible, Reliable and Intelligent Electrical Energy Delivery System)研究会は、30年前から直流送電も含めたスマートグリッドの提案を行ってきています。

これまではいろいろなしがらみがあったため、送電網の技術的な合理性は低くなっていたのですが、今こそ全面的に見直すべきでしょう。

▼屋外へと伸びている送電ケーブル。ケーブルの収められている外管は亜鉛メッキ鋼管である。
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*発電用タービンは固定されたコイルの中で磁石を回転させる構造になっており、ここから取り出される電流は周期的に向きが変わる、つまり交流になる。

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交流の超伝導送電は電気抵抗がゼロにならない

▼超伝導ケーブルは、銅のより線に超伝導体の線材が巻き付いている。電気を通す超伝導線材はテープ状だ。この超伝導ケーブルは液体窒素を満たした内管に収められ、さらに外管に覆われる。内管と外管の間は断熱のために真空状態にしてある。
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超伝導送電ですが、超伝導の最大のメリットは電気抵抗がゼロになるため送電ロスを抑えられるということにあるわけですよね?

確かにその通りなのですが、超伝導技術の教科書ではまず最初に「直流抵抗がゼロになる」と書いてあります。超伝導でも、交流で送電する場合は電気抵抗はゼロになりません。色々な物理現象が関係しますが、例えば超伝導ケーブルに交流電流を流すと磁場が変化し、それに伴って電場が生じてケーブルが発熱するのです。もちろんそれでも銅線を使うより抵抗は少なくなるわけですが、冷却効率が悪くなります。超伝導ケーブルにある電気を通す線材は電気絶縁材料で覆われており、その外側を液体窒素で冷却します。絶縁材料というのは熱伝導が悪いものですから、発熱している線材を冷却するのは、ヒーターに布団をかぶせてその外から冷やすようなものなんですよ。

そしてもう1つのポイントは必要なケーブルの数です。交流の超伝導送電の場合、超伝導ケーブルは3本必要になります。

三相交流ということですね。

はい。交流の発電機は、コイルを120度ずらして3つ配置し、合計3系統の電力を取り出します。三相交流で送電するため、送電線は3本になっています(架空送電線では避雷針代わりの架空地線も合わせて張られている)。交流の超伝導送電でもこれは同じです。

ところが、直流にすれば超伝導ケーブルは1本で済みます。単純に考えてケーブルの費用は1/3になるわけです。

超伝導ケーブルは液体窒素で冷却する必要がありますが、地中に敷設するのですか?

そうです。都市部では地下共同溝に下水管や水道管、ガス管とともに送電線を通しています。超伝導ケーブルもこのように敷設されることになります。

液体窒素で冷却するとなると、そのためのコストがかさみますよね。超伝導送電では数百メートルおきに冷却装置を設置すると聞いたことがありますが、そのような構造では大変な高コストになってしまうのではないでしょうか?

冷却に関していえば、エジソンの時代から使われているOFケーブルでも冷却を行っています。OFケーブルでは送電線を筒で囲んだ構造になっており、筒の中は冷却用の油をポンプで循環させています。ちなみに現在のケーブルはだいたい80〜90℃くらいですから、触るとやけどしますよ。

超伝導ケーブルは液体窒素で-196℃にするのですが、管の内部を真空状態にして冷却効果を高めます。交流の超伝導送電では500mおきに冷却装置を置くことを予定しているようですが、超伝導直流送電では10kmから20kmおきで済むようにする予定です。超伝導直流送電ではケーブルが発熱しないため、液体窒素の流速も(交流に比べて)下げることができる、つまり冷却機器のコストを抑えられるわけです。

ちなみに、東京の地下共同溝に張られている地中送電線は1km当たり10億円です。これに対して交流の超伝導送電ケーブルは1kmで85〜100億円。私たちが研究中の超伝導直流ケーブルは200mの実験線で今までに4億円使っていますので、1km当たり20億円になります。研究段階にしては、かなりのコストパフォーマンスといえるでしょう。

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超伝導ケーブルに必要な資源は十分にあるか?

超伝導ケーブルは何でできているのでしょう?

実際に電気が流れる線材はビスマス(およびストロンチウム、カルシウム、銅、酸素)の高温超伝導体と銀でできており、厚さ0.3mmの薄いテープ状になっています。銅線よりもはるかに薄い線材で、銅の200倍以上の電流を送ることができます。電流当たりの価格で考えると、すでに超伝導ケーブルの方が銅線より安くなっているのではないかと考えています。

ビスマスはレアメタルですよね。埋蔵量は大丈夫でしょうか? また、銀についてはいかがでしょう?

ビスマスはレアメタルとはいっても埋蔵量が少ないわけではなく、無鉛ハンダの材料として使われています。日本でもビスマスは採れますし、埋蔵量に関して心配する必要はありません。

超伝導ケーブル線材の体積のうち、8〜9割は銀です。銀の価格は銅よりも高くなりますが、流せる電流で比較すれば銅よりも低コストになります。銀の使用量はそれほど多くありませんし、流せる電流も現在の200Aから、理論的にはさらに10倍くらい増やせそうです。また、銀の代替となる材料が将来的に開発される可能性もあります。銀自体は超伝導物質なのではなく、いわば結晶を育てるケースとして使われているだけなのです。そして、2000年以降急速にデジタルカメラが普及したため、フィルムに使う銀が不要になり、銀の需要は80%以上なくなりました。したがって、価格は色々な要因で高くなっていますが、資源量的には余ってきているのです。

ビスマスや銀より、通常の送電線に使われている銅の方が状況ははるかに深刻です。被膜のない架空送電線はアルミでできていますが、被膜のある地中送電線には電気抵抗の少ない銅が使われます。このまま銅が使われると、今世紀後半には採掘コストに見合う銅鉱山がなくなるかもしません。バージンの(鉱山から採掘して製錬した)銅を使うのは特別な場合に限られ、それ以外の用途ではリサイクルした銅を使うことになるのではないでしょうか(*)。

日本人1人当たりの銅消費量は中国人の半分ですが、これは日本国内にはすでに送電線が張り巡らされているからです。中国などの発展途上国ではこれから送電線をどんどん作ることになりますから、銅の需要はこれまで以上に増えるでしょう。銅の消費を抑えるという意味でも、超電導技術は大きな意味を持つことになります。

超伝導直流送電を実現する上での課題はどのようなものでしょう?

まだたくさんあります。例えば、1つは超伝導ケーブルを収める管の材質です。これまではステンレスで作られていましたが、ステンレスに使われるニッケルは銅以上に需要が逼迫しており、10年前に比べて価格が数十倍にもなっています。そのため、外側の管を鉄で作り、亜鉛メッキ処理をしました。管の内部は真空ですが、こうした管を鉄で作ったというのは世界的に見ても例がないと思います。

その他の課題として、コストを下げるために真空にするためのポンプもできる限り少なくする必要がありますし、管内の真空状態と液体窒素循環を両立できるポイントも探っていかなければなりません。

次のフェーズでは、2kmの実験装置を作って、液体窒素の冷却ステーションが動作するかを確認したいですね。今までの実験データから推測すると2kmは問題なさそうですが、目標である20kmについては実験を積み重ねていく必要があります。

*現在の超伝導ケーブルでは芯に銅のより線を使っているが、強度の高いステンレス線などで置き換えることを検討している。

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データセンターの電力ケーブルの損失を1/8にできる

長距離送電の場合に(超伝導でない)直流送電は交流より有利ということでした。数百mから数kmという短距離で、超伝導直流送電にメリットはあるのでしょうか?

従来は短距離で超伝導送電をしてもムダだと言われてきました。それは、冷却された超伝導ケーブルと通常の銅ケーブルを接続するところで熱が入り込んでしまい、その熱をくみ上げるためにエネルギーがかかるからです。私たちのチームでは、電気を通すが熱は通さない機器(低熱侵入電流リード)を世界で初めて独自開発し、短距離の送電ロスを減らしています。

2kmの実験設備は大学内に作るのでしょうか?

大学内に設置できるのは、今使っている200mの実験設備が限界でしょう。これからは長時間安定して運転できるノウハウを蓄積する、実証実験のフェーズに入ります。このフェーズでは実験だけでなく、実際のインフラとして運用することになりますから、いっしょに研究開発を行う企業の方針が大きく関わってくることになります。実証実験の候補としては2つほどあり、鉄道やデータセンターなどの比較的低電圧での応用と高圧直流超伝導送電が考えられるでしょう。

超伝導直流送電がうまくいけば、どういうメリットを得られそうですか?

データセンターについていえば、変電所からセンターまでの配線を超伝導ケーブルで置き換えることになります。建物の中で電線を引き回すことによるロスが1/8〜1/10になります。

さらに、大都市には複数の電源から電力供給が行われますので、系統連携をスマートに行うには直流送電などを使うことになると思います。実際、ドイツや中国などでは100kVから200kV程度の直流送電の検討が行われています。このような部分に超伝導を利用すると損失が低減するだけでなく、電力網の安定した運用が可能になるでしょう。

▼室温から液体窒素温度(-196℃)に下げると超伝導ケーブルが収縮する。これによってケーブルが切れないよう、収縮量に応じて端末が移動するようになっている。
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直流超伝導送電網は、人類のインフラになる

データセンター・工場への給配電だけでなく、国内での長距離送電、さらには世界規模のスーパーグリッドまで提案されているそうですね。

現在、ヨーロッパには約150基、日本には約50基の原子炉があります。超伝導直流送電網でこれらの発電所が生み出す電力をつなげないかと考えています。

ヨーロッパから日本まで超伝導直流送電を行った場合、送電ロスは10%程度出ますが、ヨーロッパでは安い深夜料金で仕入れて、日本では高い昼間料金で販売できます。12時間後には、逆に日本の安い電気をヨーロッパで売れるわけです。

福島の原発事故が起こるまで、21世紀中に世界中で2000基の原子炉が必要だとされていました。しかし、これは需要の多い昼間の電力消費に合わせるからです。国同士で電力を融通できれば、作らなければならない原子炉の数を大幅に減らすことができるでしょう。また、中間にある砂漠地帯の太陽エネルギー発電所からの電力を他の地域で活用することも可能になります。

これほど長距離の送電インフラは構築可能なのでしょうか?

超伝導ではありませんが、現在ヨーロッパでは6000km、またアフリカではエジプトから南アフリカまで7000kmの長距離直流送電が計画されています。

もちろん、直流超伝導送電の長距離送電網を構築するには、大変な資金がかかります。しかし、時差を利用して電力を売買できれば、送電会社は利益を上げられます。それは、膨大な送電網の建設費を賄うと同時に、研究開発のための資金を作れるということでもあります。

また、直流超伝導送電網は、パイプラインの代替としても使えるのではないかと考えています。

天然ガスや石油のパイプラインを代替するということですか?

例えば、サハリンでは石油を採掘できますが、これを日本に持ってくるにはパイプラインを使うことになります。30インチものパイプラインを通すとなると、貴重な自然環境が破壊されてしまいます。ならば、サハリンに火力発電所を作り、電気として日本に送ればよいでしょう。同じエネルギーを送るにしても、超伝導ケーブルなら人が歩く道くらいの幅があれば十分なので、自然環境に与える影響も少なくなります。サハリンから日本へは、1%程度の送電ロスで済むでしょう。

パイプラインよりも安く作れるのでしょうか?

天然ガスや石油を通すパイプラインはそれほど安いものではなく、世界中で使われているから大量生産によってコストを抑えられているのです。超伝導ケーブルの性能は年々向上していますし、超伝導送電が一般的になって大量生産が行われれば、コストは問題にならないでしょう。

研究のロードマップはいかがでしょう?

研究資金さえ問題なければ、超伝導直流送電は10年くらいで実用的なレベルに持って行けるのではないかと思います。2020年頃から使われるようになり、2030年には不可欠なインフラとして使われるようになってほしいですね。

最終的には、世界の国同士を結びつける巨大なインフラが出来上がると。

超伝導直流送電網は、古代ローマ帝国の水道のようなインフラになりえます。超低温であれば材質の劣化も少ないため、超伝導ケーブルは10世紀以上使えるでしょう。鉄でできた管にしてもきちんとメッキされていればそうそう痛むものではないのです。イタリアや南フランスでは、ローマ時代の水道がそのまま使われていたりしますが、超伝導送電網も10世紀後にそうやって稼働しているかもしれません。

直流超伝導送電網は、国際情勢の安定化につながるとも主張されていますね。

天然ガスや石油のパイプラインだと、上流の国が下流の国に圧力をかけるために使われることがあります。ところが双方向の超伝導直流送電網だとそうはいきません。他の国に送る電気を止めてしまったら、今度は12時間後に電気が送られてこないため自分も困ります。世界中のどこでもだいたい隣同士の国は仲が悪いものですが、国境をまたがった送電網を利用するには隣の国が嫌いでも仲良くしないといけません。だから、私たちはこの超伝導直流送電網構想を、平和をもたらす「ピースキーパー」(peace keeper)と呼んでいます。

冷戦時代、米国は大陸間弾道核ミサイルをピースキーパーと言っていました。核兵器の恐怖によってお互いが戦争できなくなるという「抑止力理論」からそう名付けられたのです。でも、そんなピースキーパーより、双方向の国際電力網の方がずっとよいでしょう?

201104211700-5.jpg山口 作太郎(やまぐち さたろう)
三菱電機、核融合科学研究所などを経て2001年から中部大学勤務。プラズマ核融合研究を行っていたが、2001年に中部大学に移籍後、主に超伝導関連技術の研究開発を行う。2006年に世界初の直流超電導送電実験設備を構築し、研究を継続している。他に、次世代半導体材料SiCを用いた半導体素子開発を行っているFUPETのメンバーとして放電加工を利用したインゴットの切断技術開発、高圧直流無発弧スイッチ及び半導体の輸送現象などの研究を行う。

文・山路 達也(編集者・ライター)

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