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フローティングカーデータを核に自車の安全・安心から社会貢献へ――Hondaのテレマティクスへの取り組み

2011.08.11

Updated by Asako Itagaki on August 11, 2011, 15:00 pm JST

1981年に日本で初めてのカーナビゲーションシステムの提供開始以来、国内の車の情報化を牽引してきたのが本田技研工業(Honda)だ。現在、Hondaのテレマティクスサービスの核となっているのが、同社のカーナビを中心とした情報提供サービス「Internavi LINC Premium Club」(インターナビ)である。同社で現在提供しているインターナビの特徴と、核となる「フローティングカーデータ」(FCD)を活用したさまざまなソリューションについて、インターナビ事業室 企画開発ブロック チーフ 菅原愛子氏に聞いた。

車がセンサーになって予測を精緻化

「快適」「環境」「安全・安心」を3つの柱にサービスを提供しているが、そのベースとなっているのが、走行中の車がセンサーとなって送信する「フローティングカーデータ」(FCD)である。

FCDとは、「時刻」「車の現在地(緯度・経度)」「速度」「向き」を一定周期でカーナビのメモリー領域にデータとして蓄積しておき、交通情報をダウンロードするタイミングで、インターナビ情報センターにアップロードするもの。データの送受信には、ユーザーの携帯電話を用いることを基本としており、2010年2月からは「リンクアップフリー」という専用通信機器を用いた通信費無料のサービスを開始している。リンクアップフリーの専用通信機器は、当初PHS通信モジュールを使用していたが、2011年3月にソフトバンクモバイルの3G通信モジュールに切り替えを発表。新型車から順次切り替えている。

FCDを使った渋滞情報提供の仕組みを簡単に説明すると、それぞれの車が「何時ころに、ある道路を通過するのに、どれくらい時間がかかったか」という情報を蓄積してつないでいくことで、ある区間を通過するための所要時間が分かるというものだ。すなわち渋滞状況が分かるので、その情報を全ユーザーに対してフィードバックすることで、より正確な渋滞情報が提供できる。VICS交通情報の補完を目的として2003年から実用化している。1日に蓄積されるFCDは走行距離にすると約180万km。累計で約15億km以上に上る(2011年8月現在)。

▼フローティングカーデータのイメージ
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FCDを活用した渋滞予測には「リアルタイム情報」「パターンマッチング予測」「統計予測」の3種類がある。「リアルタイム情報」は、車に近い場所の予測の提供で、直近のFCDの通過時間実績情報を提供するもの。「統計予測」は、「平日○時台」などの平均値を提供するもの。「パターンマッチング予測」はその中間で、統計予測による平均値に通過時間のリアルタイム情報を集約したパターンによって「普段より少し混んでいる」「すいている」などの現況を加味して予測する。これらを合わせ、さらにVICSの情報も加えることで、より精度の高い渋滞予測、スムーズなルート案内、正確な到着時刻予測を提供している。

また、交通情報に加えて、駐車場の混雑情報などを合わせて提供することで、ドライブ時の利便性を向上している。

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リアルタイムデータを重視

15億kmのデータ蓄積で、統計予測としてはかなりの精度のものが提供できるようになった。「それでも実際には、突発的な事故などの情報がなくては、有用な渋滞予測は提供できない。さらに精度を高めるには、リアルタイムデータをいかに多く集めるかが大事です」(Honda 菅原愛子氏)そのための切り札として期待しているのが、2010年からハイブリッドカーを中心に提供をはじめた「リンクアップフリー」である。この3月からは、全車種に適用拡大を発表した。

もう一つの目的は、ユーザーとのタッチポイントを増やすこと。走行距離データを収集して、適切な時期にメンテナンスの案内を出したり、ナビの行き先に合わせたイベントや見どころのお知らせや、累積走行距離に合わせて同じ距離にある世界のHondaの事業所の活動を紹介するコンテンツを提供するなど、顧客に対してワン・トゥー・ワンでのコンタクトを可能にするツールとして利用している。

エコドライブ実現に「省燃費」ルートを提案

スムーズで所要時間が短いドライブが可能になるということは、CO2排出量の削減にもつながる。インターナビでは、FCDや燃料消費データを元にした「省燃費ルート」を提案することも可能だ。Hondaが実施したシミュレーション結果によれば、所要時間短縮と平均車速アップにより、通常のナビに比べて、CO2を約16%削減することができたという。

また、運転のしかたによる無駄な燃料消費の削減に役立つのが、「エコアシスト」機能である。「ECON」ボタンを押すと、エアコンの省エネ化やエンジンの出力制御を行い、燃費性能を向上させる。アクセルの使い方によってメーターの色が変化することで、視覚でエコドライブの状況が確認できる。また、ナビ画面ではどの程度エコドライブができたかをチェックすることができ、結果をサーバーに送信して蓄積することで、ウェブなどから自分の運転の上達度、燃費改善率、運転に改善が必要なポイントなどをチェックできる。5000台のエコアシスト利用者の実績データから、購入直後に比べて燃費改善率が平均で約10%、最大20%改善されたことも実証されたという。

▼インターナビ+エコアシストによるエコドライブの上達イメージサイクル
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FCDを利用した位置情報付き安否情報も提供

「安全・安心」サービスとしては、日本気象協会が提供する情報を元に、インターナビで防災情報を提供する。目的地を設定すると、ルート周辺の天候、発令されている注意報や警報などを音声で案内。また、豪雨の警報、路面凍結予報なども表示する。

地震発生時には、震度5弱以上の地域で画面上にカラータイルを表示して、走行注意を促す。

▼地震情報の画面例。設定したルート上で震度5弱以上の地震が発生した場合、画面上に警告を表示する(左)また、地図上にはカラータイルを表示する(右)
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通信された位置と地震情報を組み合わせた登録制の安否確認サービスが「地震発生時安否確認システム」だ。地震発生時、震度5弱以上のエリアに車がいる時には、まずは、家族など、あらかじめ設定したメールアドレスに位置情報を自動的に通知する。メール受信者は、メール内のリンクで、車の所在地が地図上で確認できる。

自動送信される情報とは別に、手動で、安否通知として、「大丈夫」「要支援」のいずれかを選択して、位置情報と一緒に送信することもできる。また、地震発生から12時間は、パソコンと携帯のパーソナルページから、最終通信位置を地図で確認できる。

「3月11日の東日本大震災の日は、インターネットが使えたので、(家族が乗った車の)位置通知のメールはすぐに受信できました。電話やメールが使えなくても安心できました」(菅原氏)

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「通行実績マップ」への取り組みは5年前からはじまっていた

東日本大震災時に大きな話題となったのが、インターナビの通行実績データをGoogleマップ上で提供した、Google Crisis Responseの「通行実績情報マップ」である。

「地震発生から1時間後、担当者全員がオフィスに戻って、Hondaとして何ができるのかを考えた。その日のうちに、通行実績情報をGoogle Earthで利用できるKMLファイルとして提供することを決め、翌朝10時半には一般公開しました」(菅原氏)

その後、3月14日にはGoogleの災害特別情報サイト上での公開が開始された。以前からHondaとGoogleでは、何か協力できることはないかと話し合っていたため、KMZファイル(圧縮されたKMLファイル)提供を3月14日にHondaから打診したところ即座に提供が決まったという。その後、3月下旬からは、ITS JAPANがHonda、パイオニアのデータに加え、トヨタ、日産4社のデータをとりまとめてGoogleに提供(〜4月28日)。4月27日からは、GoogleとYahoo!地図情報に、通行実績情報に合わせて渋滞情報も提供している。

Google災害特別情報サイト 自動車通行実績情報マップ
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そもそもHondaが通行実績マップに取り組み始めたのは、2004年に発生した中越地震に遡る。防災推進機構との共同研究で、FCDの通行実績と実際の道路状況を重ね合わせることで、FCDが通れた道の判別に使えることを認識した。翌年の中越沖地震では、同機構と共同で「通れた道マップ」を試験運用した。

しかし、実際に運用してみて分かったのが「通行実績がある道が安全とは限らない」ということだった。「例えば土砂崩れで土のうが積んであって、通行止めの標識があるようなところでも、車が通れる隙間があれば通ってしまう人はいて、実績は記録されてしまいます」(菅原氏)被災地の自治体担当者からの評価は、「参考になるが、危険な道を通行可能と表示する可能性があるものをそのまま公表はできない」というものだった。

100%安全とは限らない道を提示してしまうサービスを、正式なサービスとして提供していいものか、悩むHonda担当者の背中を押したのが、試験サービスユーザーからのアンケートだった。「800人近くから回答があったが、否定する意見は一つもなかった。役に立った、助かったというユーザーの声を聞いて、100%安全が保証できなくても本当に困っている人の役に立つなら、きちんと説明した上でサービスすればいいと考えました。」(菅原氏)Hondaとして正式に取り組みを決め、2008年の岩手・宮城内陸地震発生時には、インターナビとして単独ではじめて通行実績マップを一般公開した。

今回のGoogleへの情報提供には、こうした下地があったのだ。

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オープンな形式でデータを提供することでマッシュアップが広がる

Hondaが通行実績データをKMLファイルで公開したということは、ニュースで取り上げられる前にSNSを通して広まっていた。「本当に偶然なんですが、TwitterとFacebookに3月11日の午前中に公式アカウントを開設したところでした。3月12日は休日だったけれど、担当者に頼んでデータの公開をアナウンスしてもらいました」(菅原氏)

Twitterでは、地図情報提供の情報拡散と同時に、「インターナビユーザーはデータ送信間隔を短く設定して情報収集に協力しよう」といった呼びかけもユーザーから行われ、3月12日から15日の3日間6800件以上のリツイートが行われ、延べ130万人以上にリーチした。SNSがなかったら短期間でこれだけの認知を得ることはできなかったという。

オープンな形式(KMLファイル)でデータを公開したことにより、さまざまな企業や研究機関などが、通行実績マップと他のデータを重ね合わせた地図を作成している。誰が見ても分かる形でデータを提供することで、さまざまな新しい情報が見られるようになった。

▼マッシュアップの例:東日本大震災減災リポートマップ(ウェザーニュース)。全国の会員からの情報を元に、被災状況が日別にまとめられている。
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フローティングカーデータによる交通環境改善への応用

FDCによって、車の走行状況が分かることを利用して、道路環境の改善にも応用されている。埼玉県と共に取り組んでいるのが、急ブレーキ多発地点の検出と対策の検証だ。ある地点では、現地に出向いたところ、交差点が街路樹の影になっていたため、出会い頭の急ブレーキが多発していることを発見した。16カ所の急ブレーキ多発地点でこうした改善を行った結果、急ブレーキ発生回数が7割減少したという結果が確認できた。

また、CO2排出量の減少にも貢献することができる。フローティングカーデータで渋滞が多発する地点を可視化できれば、現地を見ることで取り除くべき原因も分かる。踏切や信号制御の改善などで原因を除ければ、CO2排出量を減らすことができるはずだ。

スマートフォン版提供でPNDも視野に

2011年3月、Hondaはスマートフォンでインターナビの機能を提供するInternavi LINCの提供を開始した。スマートフォンのアプリで、Googleマップ上に目的地までのルート表示や、到着予測時間計算など、インターナビの機能が利用できる。Honda車のオーナーであれば、車にカーナビを装着していなくても利用できる。2011年8月現在はiPhoneのみの提供となっているが、この秋にもAndroid版の提供を予定している。

カーナビの世界では専用機がタブレットやスマートフォンを利用したPND(Personal Navigation Device)に押され気味となっている。Internavi LINCは「カーナビ専用機ほどの高機能は不要だが、価格重視でシンプルな機能が欲しい」というPNDユーザーのニーズにも対応できる製品として位置づけられると言えるだろう。

▼スマートフォン版Internavi LINC
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特に今後取り組んでいきたいのは、到着予想の精度向上だ。事故や災害など突発的な状況が発生したときに予想はどうしてもはずれてしまうので、精度を上げていくにはリアルタイム情報をフィードバックして都度修正していくしかない。リンクアップフリーの普及によるFCD収集と同時に、スマートフォンからのデータ収集と活用についても研究している。GPSのデータを加速度データやジャイロまで使って位置補正している車と比べるとスマートフォンのデータはどうしても不正確になるが、それでも収集して活用することで、リアルタイムなフィードバックに活用していく方法を模索している。

またHonda全体のCO2削減への取り組みとしては、さいたま市と「E-KIZUNA Project協定」を締結した。Hondaの別事業部が手がけるガスエンジンコージェネレーション発電ユニットや太陽光発電システムを組み合わせた「Hondaスマートホームシステム」を導入した住宅を2012年春までに建設し、これらのシステムで作られた熱や電力を、電気自動車やプラグインハイブリッドカーなども含めてマネジメントすることで、日常的なCO2削減と、災害時の自立した電力供給を可能にするエネルギーマネジメントについて検証する。

「今、車は悪者という風潮があるけれども、情報の力でそれを変えたい」と菅原氏は語る。その言葉の通り、通信回線を通して蓄積されたFCDという膨大なデータは、車そのものの安全・安心に寄与するだけでなく、防災、道路行政、スマートグリッドなど、さまざまな分野を改良するための可視化を実現し、影響を与える存在になりつつある。

201108111500-7.jpg菅原愛子(すがわら・あいこ)
インターナビ事業室 企画開発ブロック チーフ
2004年本田技研工業株式会社入社。研修を得て2004年8月よりインターナビ事業室に配属。配属当初は交通情報の開発を担当。その後、2006年ごろから防災情報の開発も合わせて担当している。

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板垣 朝子(いたがき・あさこ)

WirelessWire News編集委員。独立系SIerにてシステムコンサルティングに従事した後、1995年から情報通信分野を中心にフリーで執筆活動を行う。2010年4月から2017年9月までWirelessWire News編集長。「人と組織と社会の関係を創造的に破壊し、再構築する」ヒト・モノ・コトをつなぐために、自身のメディアOrgannova (https://organnova.jp)を立ち上げる。