企業のトップ辞任発表後に株価が上昇するというのはよくあることで、その最新例が米ヤフーといえるが、こうした株価の動きはその企業の事業がうまくいっていてCEOの交代が必要ないときには普通は起こらない。これは、その企業が危機的状況にあり、経営トップの交代が市場で希望の印と受け止めるために起こるものだ。
ところが、ここしばらく事業がきわめて順調に進んでいるアップルでも、スティーブ・ジョブズ氏のCEO退任発表後に株価が上昇した。もしジョブズ氏がトップの座から去るようなことになればアップルの株価は下落する、というのがそれまで広く信じられていたことだ。しかし、下図が示すように、実際にはその反対のことが起こった。アップルの株価は3%も上昇し、ダウジョーンズ株価指数の動きさえも上回った。そしてこれは短期間の現象ではない。ジョブズ氏のCEO退任発表で過去一年間の最安値を記録したアップルの株価はその後反発した。
そこで、われわれはこの予想とは異なる株価の動きを説明する理由を見つけなくてはならない。ジョブズ氏のように貴重な人物が負債(お荷物)と見なされるというのは、いったいどういうことなのか。
この疑問に対して考えられる理由の1つは、投資家のなかにはジョブズ氏の退任によってアップル株価が下落するとは考えていなかった人もいた、というもの。たとえば、ホレス(デディウ)は一年前に次のようなコメントを記していた。
アップルの業績の伸びや過去の株価推移、競合する各社の株価などを考慮すると、現在の同社の株価が割安な水準にあることはこれまでに何度か示してきた。そして、トップの健康問題が不確実な要因であり、それが株価ディスカウントの原因となっていると思われることから、ジョブズ氏がアップルのトップに居続けることが同社の割安な株価につながっている可能性がある。もしこれが本当なら、同氏の退任により株価は上昇するはずだ。
ジョブズ氏の退任によりアップルの株価が上昇するだろうというホレスのこの見方は、ジョブズ氏の退任がすでにアップルの株価に織り込まれており、あとはそれがいつになるかという点だけが問題として残っていたという事実に基づいたもの。このタイミングに関する不確実性が解消されるまではその点が株価の上昇を抑える重石となるが、いったん解消されれば同社の株価は再び他の要因で変化するようになるということだった。
この「重石」効果を示すためにつくったの下記の図である。この図に含まれる例はいずれも、アップルでCEOの健康問題がニュースになった際のもの(それぞれ左側青色のグラフが発表前5日間の株価の変動幅、それに対し右側の緑色のグラフは発表後3日間の株価の変動幅)。
スティーブ・ジョブズ氏の健康問題が初めて一般に伝わった2004年8月(左端)の場合以外は、株式市場が確実性を好感していることが読み取れる(2009年1月5日には健康問題が浮上したが、同氏はCEOにとどまっていた。いっぽう、2009年1月14日、そして2011年1月17日には病気療養の発表が、そして先日(8月24日)には退任の発表がそれぞれあった)。
この図では緑色のグラフ(マイナス幅)が右に進むに従って小さくなり、CEOへの正式就任が発表でついにはプラスに転じているが、これはジョブズ氏の不在のたびに投資家がティム・クック氏の経営手腕により大きな安心感を抱くようになった事実を示している。
スティーブ・ジョブズ氏のCEO退任は、悲しいことかもしれないが、それによって同社の株価からある種のリスクが取り除かれ、株価の情報につながったとみることができる。
(執筆:Dirk Schmidt / 抄訳:三国大洋)
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