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電子書籍の市場規模は、"元年"だった2010年が前年比13.2%増の650億円、12年が800億円弱(予測。いずれもインプレスR&D)と右肩上がり。しかし、電子書籍"2年目"であった2011年も、Amazon Kindle storeや GoogleBooksといった真打ちが日本市場に上陸しないまま終えそうな業界にはうっすら厭戦感が漂い、それでもなおうっすら期待感も漂う。少なくとも、いま出版社に「電子書籍のことで」と商談をもちかければ、若干斜に構えられるであろう。

この中途半端な態度は、「米国、中国、韓国等に成功例がある」「電子書籍の方が商品としても経済としても合理的だ」しかし「最有力プラットフォームが未登場」「準備不足」等々ということが理由ではない。

理由1:センチメンタルな目標設定

出版業界の市場規模(販売額)は、2010年で1兆8,748億円(うち書籍8,213億円、雑誌1兆0,535億円。出版科学研究所)。ここ6年減少が続いている。2011年もその傾向が続いた。あまり芳しい数字ではないが、衰えたりといえど2兆弱あり、通信・電子・電器・流通等々の業界が注目するのは道理であろう。また、電子書籍販売が800億だと聞いたところで、出版界がおっとり刀なのもその数の差のためにもみえる。

問題は1.8兆の中身である。ご存じの通り、これは、コミックから児童書、エンタメ、教科書、文芸、専門書、研究書、資料、写真等々、あらゆる内容と用途の書籍、雑誌をかき集めた数字だ。それが「いつの日かまるごと電子媒体に移行し、そしてジワジワ衰える紙出版の危機を救ってくれるだろう」というのが、業界全体にあるボンヤリとした目標値(というより願望)だ。それほどに既存出版業種(著者、版元、取次、書店)の経営は逼迫している。

もちろんその目標値にリアリティはなく、事実、電子書籍800億円弱の大半をコミックとエンタテイメントが占めている情勢が、今日明日で変わることはありえない。だが、毎日200点ずつ発行されてゆく新刊はもちろん、膨大な既刊本も漏れなく電子書籍へと〈移住〉するとなれば、その変換業や流通業は大ビジネス必至であり、というわけでニュースにはそうした〈出版界ノアの方舟〉的な論調がみえるのだ。正しくは「電子書籍に堪えうる出版物が電子書籍化されてゆく」「国会図書館等はそれとは別の論理でのべつデジタルアーカイブ化してゆく」ということであろう。

理由2:〈書籍〉と〈電子書籍〉の定義と範囲

いま一つは〈電子書籍〉の取扱い対象が曖昧なことによる。さしあたりは上記の1.8兆円ある毎年の新刊、そして過去何十年、否もっと古くまで遡りうる膨大な既刊本があるが、これは「書籍JANコード、雑誌コードがついている売り物」という意味であって、〈書籍〉の定義にはならない。

「電子書籍とは、書籍を電子化したものではなく、電子書籍という別物なのだ」というような論をしばしば目にするが、そもそも〈書籍〉の定義・範囲自体が曖昧なのだ。有料/無料があって、一般に公開・頒布されているものとそうでないものがある。そのことは、数年前まで出版発行点数ランキングの上位に自費出版で有名な出版社が名を連ねていたことも意識させる。その一事だけでも、「電子書店における電子書籍販売」だけを対象とみていては市場を読み違えるということがわかるだろう。

逆に上にみたように、「書籍JANコード、雑誌コードがついている売り物」の中でも、web化の進んだ情報社会で、理屈の上では既に命脈を絶たれた出版ジャンルもある。これは個々に判定されるべきである。

さらに言うなら、web情報一般に対し〈書籍的なるもの〉が持つ特質というものがある。つまり「執筆、編集、論旨、情報タイムスタンプ等々、全てが〆切られ、情報が固定されている」「そのため、コンテンツが安心感・安定感・権威などを与え、また論点整理を行ってくれる」というもの。そういう情報は、現在、出版の枠外にあろうと、web上にあろうとなかろうと、〈書籍〉また今後の〈電子書籍〉の枠に入れた方がよい。1.8兆とは言わないが、出版各ジャンル程度の規模のあるものは多いと思われる。

そういうわけで、出版社は、自社の商品が電子書籍の市場になっても売り物足りうるのか、また競争相手がこれまでどおり、つまりライバル社の書籍だけで済むのか、について確信が持てず不安な状態でいるのである。

2012 通信業界のキーワード

 
文・長沖 竜二(スタイル株式会社企画編集室長)

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