東北復興支援のあり方を考える(3)人が循環する流れまで作って、復興は完成する

2012.09.07

Updated by Tatsuya Kurosaka on 9月 7, 2012, 18:30 pm JST

東日本大震災から1年半が経過する中、復興への道のりは険しく、事態は遅々として進まない。いま改めて被災地とどう向かい合い、何をすべきか。(社)RCF復興支援チーム代表であり、復興庁政策調査官も務める藤沢烈氏と、自らも被災者ながら災害ラジオ局やNPO(絆プロジェクト三陸)の設立・運営を通じて復興に携わる、大船渡市の佐藤健氏に、現状と展望をうかがう(なお、本稿は、東北復興支援の現状と課題(Business Breakthrough 757ch・2012年6月13日放送)の内容を書き起こしたものである)。

(2)「支援も避難生活も、手探りではじまった」はこちら

クロサカ:先ほど、自然災害の多い日本では、復興やまちづくりのための激しいディスカッションの経験がゼロではないという話をしましたが、過去の災害から学べることがあるのでしょうか。

藤沢:中越の例をご紹介いたします。中越大震災は2003年10月に起きました。特に大きな被災エリアは新潟県長岡市です。その中でも旧山古志村は全村避難、住民2,000人全員がヘリコプターで避難するという大変な災害のあった地域です。10年経った山古志に先週視察に行きまして、なるほど、これが復興したということかと実感しましたのでご紹介させていただきます。

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左の写真は山古志村のある集落でダム決壊に伴い完全に水没したエリアです。ここはいまでも水没しています。撤去することも出来たのでしょうが、いまでも埋もれた建物があえて残されています。

65歳以上の方が50%を超えると限界集落と言われますが、ここはスーパー限界集落でした。当時20世帯くらいあったそうですが、この地域は65歳以上が75%でした。震災後、住民の皆さんはこの地域の高いところに家を移して暮らされています。

限界集落はその名前から、いずれなくなる集落と思われがちですが、平均年齢が高くとも新たに転入してくる住民がいれば集落はなくなりません。また、交流人口と呼ばれる人の出入りがあればなくなりません。

この山古志は人が来る仕組みをちゃんと持っています。単にハコとしての家が出来た訳ではなく、そこに人が通い続けています。人が循環する流れが作れるかどうか、そこまでやって復興の完成です。

家をたてる、道路を引くということは、行政に頼るだけでもこの10年で確実にできます。しかし行政に頼るだけでは人が来続ける流れはできません。これに関しては地域の方の思いや外部の知恵といった民間側の努力が必要になってきます。

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私もビックリしたのですが現在この地域に居住する12世帯くらいの全ての世帯が物を売っているそうです。写真(※前ページスライド右)のおばあさんはもう年金をもらう世代なので、働く必要もないのですが店に立って、パンをつくったり、山古志牛をつくったりお米を売ったりしています。

この地域の有名人でリーダーでもある71歳の松井さんという方に聞くとポイントは値札だそうです。写真の後ろの方の時計にも値札がついています。これが売れる訳ではないのですが、値札がついていることで、人が足を運べる。

被災地の集会所には外から人は入って行けませんが、値札があることによってものが売れなくても人がやってくるということができるようになります。実際に住民約20人に対してサポーターが300人ついています。皆さん年会費を払って毎月いろんなイベントにやってきます。そして定年後にここに移住したいとおっしゃいます。

こういう地域は絶対に残り続けると思います。人が交流する仕掛けを丁寧に作り続けていて、かつ私も集落に入ってすぐ500円払えと言われましたが(笑)そういったアグレッシブさもふくめてこれぞ復興だなと思いました。

東京にいるとどうせ人の減る限界集落なんだから、集約してしまえという話がありますが、それは違うなと思います。誇りを持たずに余生を過ごすだけの場所になってしまえば、その地域は残らないと思いますが、そこで暮らしたいという思いがあるなら、それを貫くことが認められるべきです。

99%の地域の方は外に出たくないんです。その思いを大事にして地域の中でご本人が豊かに生きれて、外の人とも関わり続けることの出来る仕掛けをいかにつくっていくか、そこまでいって復興だなと、中越へ行って気づかされました。

クロサカ:なるほど。値札がポイントなんですね。値札がついているから、何か商品があるかもしれないと、人が動いたり集まったり外から来たりする理由ができる。そして売れるかもしれないという思いを胸に、埋もれている物を掘り起こすということも大事ですね。

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藤沢:そうですね、みなさん笑顔なんです。来る人を楽しませなきゃと盛んに仰っていました。

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クロサカ:もうひとつパラレルな話ですが自分の住む土地に対する誇りやアイデンティティってやはりすごく大事なんじゃないかと思いました。

経済効率的な乱暴な視点から、そこには住めないから寄せてしまおう、もっと合併を進めようという話があります。確かに、行政システムの疲弊を効率化するという考え方は、大事です。しかし、大船渡は合併によってできた市ですが、みなさん合併前の地域のアイデンティティを大事にされている。佐藤さんご自身も合併前の地元を意識されていますよね。それは素晴らしいことだと思います。

私は東京の港区というところに住みながら、アイデンティティゼロで、正直言っていつ引っ越してもいいなという感覚で住んでいます。なにしろ先日大船渡の復興プレハブ横町で食べたヅケ丼は、今年食べた中でいちばん美味しかった。

佐藤:お待ちしております。移住してきて下さい。

クロサカ:そうなんですよ。新幹線が動いてからは意外と近いんですよね。今年は通信セクターを専門分野としてきた私のできることとして、佐藤さんやられているさいがいFMをローカルメディアとしてどう強くしていくのかということもやって行こうとしていますが、実はその他に、これから大船渡で定期的に飲み会をやろうと思っています。

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私自身がドタバタしていてたまにしか被災地へ行けないというお恥ずかしい状況もありますが、何人か集まれば月に一回くらい飲み会ができるんじゃないかなと思っています。私と佐藤さんの関わりをみて、自分にも何か出来るんじゃないかと考えている周囲の人に、なにか高尚なミッションを与えるのではなく、とりあえず新幹線に乗るお金はあるんだから飲みに行こう!ということをやりたいのですが...こういったことはご迷惑でしょうか?

佐藤:例えば去年であれば、「冷やかしは・・・」という声がありましたが、今は仮設の商店街も立ち並んできましたし、夜に飲める場所も増えてきました。なので今はどんなかたちでも来ていただいて食事でも飲み会でもしてくださるのが復興支援と考えています。

一人二人といわず、大勢でいらしていただいて現状をみていただいて、食べて飲んで、名物の「かもめのたまご」を買って帰っていただければと思います。

宿泊施設の問題もあるのでなんとも言えない部分もありますが。また、いまの大船渡は鉄道が通っていません。高速道路からも距離があり、新幹線の駅までも車で2時間かかるという交通の便がよくないところです。加えて、もともと衰退している町でもあります。

しかし、復興で震災前よりもいい状態を目指すためには、交通・商売ともにこれまでとは異なる新しい大船渡を作って行きたいと思っています。その為にみなさんのお知恵を借りたいと思っておりますので、ぜひお越しいただければと思います。とりあえず、飲みにきてください。

クロサカ:さきほど宿泊施設のお話がでましたが、宿泊はかなり混雑している状況なんでしょうか?

佐藤:業者さんの宿泊や支援団体のバスツアーなどで事前に予約が入っている場合ありますので、事前に確認が必要な状況ですね。

藤沢:宿泊施設の問題は大きいですね。国の方でも取りあげられています。現地の方でも秋ぐらいになるといくつかホテルが出来て受給が和らぐのですが、いまは工事関係者の方が入られているので今大きなホテルを作っても2、3年後には需要がなくなるというのが見えているので難しいですね。石巻なんかでは民宿のようなかたちで、普通のご家庭に宿泊するという民泊が進んでいます。

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クロサカ:私は移動が全く苦にならず大船渡も日帰りなんですが、落ち着いてじっくり見ようとなると東京からだと1泊、2泊は必要になってきます。そうなってくると宿の問題は悩ましいですね。ただ、事前にしっかり準備すれば解決できることですので、今年はそういう機会も増やしたいですね。

単純な物見遊山でもいいと思うのですが行けば気づくことがあると思うんですよね。自分に出来ることも発見できるかもしれない。酒の勢いでもなにか言えることがあって、地元の方と議論ができるんじゃないか、と思っています。

藤沢さんのお話にあったように、明後日の方向の意見でも、まちづくりを考える議論に新しい視点を与えるかもしれないと思います。また飲み会が単なるガス抜きにしかならないとしてもガス抜きは復興のための長い時間を経て行く上では重要なことですし、そういうところで自分たちにできることがあるのかもしれない。

つまり、かっこいいメソッドを打ち出すことだけが、求められているわけではないような気がしているのです。

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藤沢:大賛成です。東京にいると論理で考えすぎてしまうところがあって、課題が何で取り組むべきことは何かと考えすぎてしまいますが、実際には論理の前に関係が必要だなと思います。いろんな方々が現地に入っているのですが、横の連携が取れていないことが大きな問題になっています。

実際、隣の市町村のいい事例を知らなかったり、といったことが頻発しています。また、市を越えても分からないし、行政と民間でも、民間同士の団体間でも連携がとれていないという実態があります。飲み会が重要というのはそこにあります。横の連携が取れている場にはかならずそういった場の設定があります。できれば泊まりで腹を割って話し合うというような論理を越えた関係作りがまずあって、関係が出来てくるとそこからヒントが出てきます。

飲み会では何も生まれなくてもよくて、例えば2ヵ月後に「あのとき一緒に飲んだ○○さんに話してみよう。」となるのがスタートです。知らない行政職員の方にいきなり話しても、向こうには向こうの立場もあり難しいのですが、しかし別の場で関係が出来ていると話が進みやすくなります。

東京にいるとどうしても論理で考えたくなってしまいますが、実際に現地では誰が言っているのか、どのタイミングで言うかということの方が重要だったりしますね。だからこの「まちづくりを考える時間」の間に東京の人間に出来ることは支援の前にまず関係ありきで、関係を作って行くことだと思います。

(4)重要なのは風化させないための「関係作り」に続く)

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クロサカタツヤ(くろさか・たつや)

株式会社企(くわだて)代表。慶應義塾大学・大学院(政策・メディア研究科)在学中からインターネットビジネスの企画設計を手がける。三菱総合研究所にて情報通信事業のコンサルティング、次世代技術推進、国内外の政策調査・推進プロジェクトに従事。2007年1月に独立し、戦略立案・事業設計を中心としたコンサルティングや、経営戦略・資本政策・ M&Aなどのアドバイス、また政府系プロジェクトの支援等を提供している。

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