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ソーシャルメディアは政治を変えているか?(4)

2012.10.07

Updated by Mayumi Tanimoto on October 7, 2012, 21:48 pm JST

ソーシャルメディアと現実の世界

セッション終盤にはパネル参加者の具体的な体験談に沿って議論が進みました。特に質問が多かったのは「ソーシャルメディアは現実社会とリンクしているのか?」でした。

この質問に関しては、著名ブロガーであり、恐らくネットユーザーとの接触がパネルの中で最も多いと思われるGuido Fawkes 氏と、他の参加者の間で意見が分かれました。

Stuart Bruce氏 は、ソーシャルメディアの政治への使用には大きな地域差があると指摘します「ケンブリッジでは政治に興味があるソーシャルメディアユーザーが多く、政治を話題にする人も多い。ソーシャルメディア自体のユーザーも多い。でも、他の地域では全く異なっている。ソーシャルメディア自体を全く使わないユーザーが大勢いる地域もあれば、政治を話題にしない地域もある。Twitterをはじめとするソーシャルメディアは世の中そのままではないので、ソーシャルメディアの中の声が、世間一般だと考えないように注意が必要だ。」と語ります。

イギリスには地域的な経済格差があります。重工業や製造業が破綻した北部は貧しく、金融などのサービス産業で潤う南部は豊かです。南部の中でも、大学や研究所がある町はインフラが豊かで、住民の教育レベルが高いため、ネットを使いこなしている人が多いのです。特にケンブリッジには、大学発のテクノロジー系企業が少なくないため、情報通信技術に精通した専門人材が少なくありません。ソーシャルメディアの利用者が多いのです。

失業者が多く、お役所など以外にはこれと言った仕事のないヨークシャー北部や、銃撃戦が始まる様な地域のあるリバプールでは、貧しいためインフラが貧弱なので、ブロードバンドが十分行き渡っていない地域さえあるのです。ソーシャルメディアなんて聞いたことがない人が多いかもしれません。

同氏はソーシャルメディアを使う人の分析の難しさも指摘します。「それに誰が何を読んでいるか、選挙戦にはどんな影響があるのかはまだ分析が難しい。分析方法はソーシャルメディアのプラットフォーム毎に違う。 ネットでの個人特定も完全ではない。ソーシャルメディアが政治にどんな影響があるのか分析するにあったっての最大の課題だと思う」

一方、Guido Fawkes 氏はソーシャルメディアが現実社会とリンクしていない、と答えました。「アクティブな有権者である25歳から35歳の人は仕事や生活で忙しいんだ。ブログをやってるからわかるけど、大体ネットで大忙しなのは10代で仕事してない若い子や、年寄り、それに無職。大多数の若い人は政治に興味を持つ様になったわけではない。それに、そもそも政治のことでネットで大騒ぎしているのは、全有権者のうちのほんの少数。政治が大好きなネットユーザーは少数派なんだ。たとえば前回のイギリスの総選挙では、ネットでがなり立てていたのは、たった600人程度。有権者の多くは騒いでなかったんだ。つまり声の大きな小数がネットの上で大多数のノイズを生み出していた、というわけだ」

同氏の発言は、2004年から自分でブログを運営し、様々なネットユーザから日々送られてくるたれ込みやコメント、罵詈雑言に対応した経験を下地にしていると思われます。(Twitterでフォロワーが多かったり、ブログを運営してる人であれば、毎日どれだけの罵詈雑言がくるか、良くお分かりでしょう)声の大きなネットユーザーの実態というのは、日本もイギリスと同じです。ネットメディアで長年最前線におられる中川淳一郎さんのウェブはバカと暇人のもの という本に実態が書かれています。

ソーシャルメディアだけではなく、ネットでは、声の大きな少数派の意見が大多数の意見なのか、と錯覚しがちなので注意しなければいけません。これは、小売店などで、顧客サービスに頻繁に連絡してくる人や、不満を言う人が、大多数の顧客の意見を反映していないことがある、というのと同じでしょう。

ネットを理解していない日本の政治家の中には、声の大きなネットユーザーの意見を鵜呑みにして政策を考えたり、広報活動をしてしまう人がいる様ですが、ネットに詳しい人を外部専門家として雇い、意見を参考にするべきでしょう。有権者ですらない声の大きなユーザーの罵詈雑言を相手にするのも時間の無駄です。

選挙の資金集めに効果的

パネルメンバー全員がソーシャルメディアが情報発信や有権者と交流する以外に、「選挙資金集めに効果的だ」と答えた点はなかなか面白かったと思います。イギリスにはアメリカの様に候補者に気軽に寄付する文化がないのですが、ソーシャルメディアはそれを変える可能性を秘めているというのです。

Guido Fawkes 氏は、イギリスもアメリカの様に選挙の資金集めにソーシャルメディアが活用される様になっていくだろうと言います「ソーシャルメディアが最も貢献できることは、僕の予測では、選挙の資金集めだね。資金集めはイギリスでもアメリカの様に効果的だ。多くの人が5ポンド、10ポンドなどの小額を寄付することができる。デモクラシーの進展には良いことだ」

Stuart Bruce氏は「現在選挙資金の多くは、企業などから半ば候補者への賄賂の様な形で提供されている。もしソーシャルメディアで『マイクロドネーション』(小額寄付)が一般的にするとすれば、これは大きな変化だ」と語ります。

Matt Freckleton氏は「イギリスとアメリカでは文化が違う。イギリスには政治家や政党に対して個人が寄付する文化がない。それに、アメリカの様に小額決済基盤があまりない。例えば、スマーフォトンに
カードリーダーを取り付けてカードを読み取り小額決済が可能なサービスを提供するsquareはイギリスでは展開されていない。 こういうサービスがないと小額を気軽に寄付することができないと思う」

アメリカと同じくイギリスもカード社会ですが(田舎の小さなタバコ屋でもカードを使うことが可能です)アメリカに比べると、小額決済を提供するサービスの数は限られています。小額決済サービスの提供は、イギリスだけではなく、日本や他の国でも、政治だけではなく、非営利団体の活動やビジネスを変革する可能性があるかもしれません。

有権者の声を拾うのに最適な道具

Twitterなどのソーシャルメディアが情報発信のための道具だけではなく、有権者動向を調査する道具としても効果的だという指摘もありました。

Sue Llewelyn氏 は「 政治の世界でも報道の世界でも、ソーシャルメディアは人々が何を考えているか知るための最適の道具。人々は自分が興味がある問題、例えば年金や健康に関する問題の情報を知りたいと思っている。そういう声を拾って人々の興味を知り、接触することができる。 政治家は有権者などと議論になることもあるけれども、私のアドバイスは、とにかく議論はしないこと。Twitterは人々の『声を聞く道具』として活用するべき。なぜならTwitterでの議論は難しいし、不用意な発言をしてしまうことが多いので、じっと我慢して聞き役に徹するべき。」と述べています。

同氏が指摘する様に、視聴者や有権者の声を拾うためにソーシャルメディアを活用するには組織の文化を変えるのが重要です。イギリスの放送局や新聞がどのように文化を変えてきたか、というのは以下のパネルディスカッションが参考になります。

BBC Social Media Summit: Cultural Changes

BBC

Stuart Bruce氏は、現役の地方議員だった頃に地元の有権者とネット経由で交流したことが革命的だな体験だったことを語ります。「私が地方議員をやっていた頃ブログを始めましたが、ゴミ収集の話など本当に身近なことを書いていた。そんな話題は誰も読まないと思っていた。所が気がつくと1,6000もの人が読む様になり、リアルな世界でもブログのことで話しかけられたり、思いもしなかった数の人や人と交流する様になった。自分の選挙区以外の人とも交流することができた。本当にびっくりした。地方の政治のことなんて誰も興味を持つと思っていなかったし、想像もしなかった地元の人や外の地方の人とブログをきっかけに接触することができたんだから」政治家が思う以上に、自分の生活に関係する政治に興味を持つ人は多いようです。

Antony Carpen氏「ソーシャルメディアは政治家にとっても政府にとっても大変効果のある調査道具。ソーシャルメディアで集めた声は、政治や行政の課題にピンポイントで的を絞ったものになるし、ごく少数の官僚がその課題により影響を受ける人の声を拾って歩くよりもうんと効果的。反面、興味がある有権者からの意見が直接寄せられるので、政治家や省庁の役人の仕事は難しくなっている」

ソーシャルメディアは有権者に対するターゲティング広告

ソーシャルメディアは、有権者に対する強力な広告であるという意見にはパネルメンバー全員が同意しました。

Stuart Bruce氏は 「政治というのは多くの課題や議論すべきことは実はニッチなトピック。例えばある産業に対する規制。影響を受ける人の数は実はもの凄く限られている。Youtubeなどにビデオをアップしてもアクセス数は少ないかもしれない。ニッチなトピックだから、アクセスする人が少ないのは当たり前。しかし、その規制によって影響を受ける少数の人々に、ピンポイントで情報を届けたり議論sるには本当に効果的なツール。広報をターゲット化できる上、大きな効果がある。それにそういう人の声を拾うのにもものすごく効果的」

Matt Freckleton氏は「ソーシャルメディアの上では、アクティブに活動している人の中で、誰が誰かという選別が可能。例えばTwitterの場合、ある政治家の10万人のフォロワーの内、誰がロビーストでジャーナリストかなどの選別が可能。つまり誰が何を読んでいて、さらに、誰が何を拡散しているか、どんな影響があるか、ということが分析可能になっている。完全に匿名ではない所が面白い」

Antony Carpen氏は、「ソーシャルメディアによって、地理的制限なしに政治的な課題が議論される様になった。これはものすごく画期的なことだ。例えば、地方自治体の首長や政治家がソーシャルメディア上でお互いに政治的な課題の議論を始めると、ソーシャルメディア経由で、地理的な制約無しに議論の内容が拡散していく。今までは地方でしか議論されなかった地方の政治が、まるで中央政府の政治の様に議論され、誰が何を言っているのか、大衆の面前で可視化されていく。違う地方の人が別の地方の政治に興味を持つ。そして今まで知らなかったことを知る様になる。これは面白いこと」

これはソーシャルメディアの拡散力をうまく使えば、予算や人の限られている地方であっても、全国規模で自分の地域に興味を持ってもらうことが可能だということでしょう。その地方の政治が「面白いネタ」であれば、「ウサギと昼寝する猫」や「巨乳女子高生の写真」の様に全国、いえ、世界中に拡散していくのです。誰しも人の不幸や可愛いもの、巨乳、おいしい食べ物、変な物が大好きです。(これはネットメディアでアクセス数が多い記事や、Youtubeの再生回数を見ればわかりますね)地方政治も面白ければ物理的な距離を超えて拡散していくのです。

日本だと佐賀県武雄市の図書館を巡る議論は、地方の温泉町の地方自治議論ではなく、「全国のネットユーザーが目を離せないネタ」に昇華してしまった、という事例があります。これが武雄市に取って良かったのか悪かったのかはわかりませんが、武雄市の存在さえ知らない人が多かったわけですから、広報的には大成功、と言えるでしょう。

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谷本 真由美(たにもと・まゆみ)

NTTデータ経営研究所にてコンサルティング業務に従事後、イタリアに渡る。ローマの国連食糧農業機関(FAO)にて情報通信官として勤務後、英国にて情報通信コンサルティングに従事。現在ロンドン在住。

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